第1話(副業シリーズ1) 氷河期世代の憂鬱と、降ってきた「副業」【創作大賞2025作品】
■ あらすじ ■
安定を願う氷河期世代の会社員、池田浩二(42歳)。
社長命令で、半ば強制的に副業の世界へ足を踏み入れる。
特別なスキルも自信もなく、変化への不安に苛まれるが、メンター田栄人との出会いを経て「一人で生き抜く力」という本質的な問いと向き合い始める。
自身の経験価値に気づき、地道な準備(考働)を進める中、旧友からの具体的な相談という偶然の好機(セレンディピティ)が舞い込む。
「本業×副業」の実践は、友人相手の仕事の難しさやプロ意識の壁にぶつかりながらも、池田を確実に成長させていく。
果たして彼は、会社依存から脱却し、自らの力で未来を切り開くことができるのか? 変化の時代における、等身大の挑戦と「働き方アップデート」の物語。
第1話:氷河期世代の憂鬱と、降ってきた「副業」
午後の気怠い光が差し込むオフィス。池田浩二(いけだこうじ)、42歳は、モニターに映る採用計画の数字を睨みながら、深くため息をついた。
また未達か。
ここ数年、新卒採用は苦戦続きだ。売り手市場が加速し、学生たちはより良い条件を求めて軽やかに企業を渡り歩く。
(俺たちの頃とは、大違いだ…)
脳裏をよぎるのは、暗く長いトンネルのようだった就職活動の日々。
氷河期と呼ばれた時代。
何十社と送った履歴書は紙くずとなり、ようやく掴んだこの会社の正社員の座は、まるで泥水の中から拾い上げた小さな宝石のようだった。
管理部門に配属され、評価もされている。安定した生活。
だが、心のどこかで常に冷たい風が吹いている。
この安定はいつまで続くのか? 会社にしがみつくだけで、本当にこの先、生き抜いていけるのか?
そんな不安を掻き立てるように、先日決まった新卒の初任給が頭をよぎる。
自分が入社した頃とは比べ物にならない額だ。
彼らに罪はない。
だが、いとも簡単に好待遇を手にする若者たちを見るたび、時代への言いようのない恨めしさと、取り残されていくような焦りが胸を焼く。
まるで、自分たちの世代が払った苦労など、最初からなかったかのように。
「池田君、ちょっといいかな」
考えに沈んでいた池田は、声の主である人事担当役員に顔を上げた。
役員の背後には、苦虫を噛み潰したような顔の社長が立っていた。
嫌な予感が、背筋を冷たく撫でる。
応接室に通されると、社長は単刀直入に切り出した。
「採用がうまくいかん。何か新しい魅力が必要だ。そこでだ…副業制度を導入しようと思う」
(副業…だと?)
予想もしなかった言葉に、池田は内心、眉をひそめた。
そんなチャラチャラした制度、この堅い社風に馴染むわけがない。
大体、副業なんて、本業がおろそかになるだけじゃないか。
しかし、社長の目は真剣だった。
「単なる流行りや思いつきではないぞ、池田君。調査によれば、副業を希望したり、実際に取り組んだりする人材は年々増加しているそうだ。優秀な人材ほど、多様な働き方を求めている。彼らを惹きつけ、繋ぎ止めるためにも、副業を認める姿勢を示すことは、もはや経営戦略の一環なんだ」
社長は続けた。
「それに、他社では副業で得たスキルや人脈が本業に還元され、イノベーションに繋がったという事例も出始めている。我が社も、社員のスキルアップ、エンゲージメント向上、ひいては会社の魅力向上に繋げたい」
熱弁をふるう社長。反論など許される空気ではない。
「…ついては、池田君。君に、この副業制度設計の責任者を命ずる」
来たか。
社長の鶴の一声。
氷河期を生き抜いた処世術が、池田の口を滑らかに動かす。
「承知いたしました。これは、まさに時代の要請に応える試みかと存じます。昨今の『働き方改革』の流れを踏まえ、社員一人ひとりが主体的にキャリアを形成し、『一人で生き抜く力』を養うための、前向きな制度として設計を進めさせていただきます」
我ながら完璧な建前だ。『働き方改革―一人で生き抜く力を養うための副業』。口にした瞬間、空々しい響きが自分でもわかったが、社長は満足げに頷いた。「それでいこう。頼んだぞ」。
重い扉が閉まる音と共に、社長と役員の背中を見送る。
応接室に一人残された池田は、革張りのソファに深く沈み込んだ。
(一人で生き抜く力、か…)
その言葉が、妙に胸に突き刺さる。
それは、他ならぬ自分自身が、心の奥底で切望しながらも、掴み方がわからずにいるものだったからだ。
だが、それがなぜ「副業」に繋がるのか?
正社員という安定したレールの上を歩くことこそが、自分たち世代にとっての「生き抜く術」だったはずなのに。
池田はゆっくりと立ち上がり、応接室を出た。
自席へと向かう足取りは、鉛のように重かった。
これから始まるであろう、面倒で、そしておそらくは実りのないであろう仕事のことを思うと、再び深いため息が漏れた。
シリーズ1:ゼロからの号令 ~不本意な挑戦の幕開け~
シリーズ2:問いが照らす道 ~屋号に刻む未来への意志~
シリーズ3:価値の証明 ~プロの流儀、市場の壁~
第13話:テンプレートの罠 - 震えるペン先、メンターへのSOS
シリーズ4:『解』への模索 ~AIという翼、泥臭い一歩~
田 栄人 作
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