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【85回目noteマネー掲載】第百二十八章:消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか―

第百二十八章:消費税×ゲーム理論―全員未登録の方が得なのに、なぜ全員登録するのか―

――一人の登録から崩れる協調戦略――

みんなで登録しなければいい?

夜。

みおは、片山財務大臣がインボイス制度について答える動画を見ていた。

画面の向こうから、制度についての説明が流れてくる。

インボイス登録。

免税事業者。


仕入税額控除。

登録するかどうかは、事業者が判断する。

みおは動画を止めた。

みお:
「登録は任意なのよね?」

あおい:
「うん。すべての免税事業者へ、法律が直接登録を命じているわけではない。」

みお:
「だったら、みんなで登録しなければいいんじゃない?」

あおい:
「全員が、その選択を維持できればね。」

みお:
「維持できないの?」

あおい:
「競合が一人、先に登録したらどうなると思う?」

みおは、少し考えた。

みお:

「……裏切り者が出るってこと?」


三人のプレイヤー

今回は、インボイス制度を一つのゲームとして考える。

登場するプレイヤーは三人である。

A:インボイス未登録事業者

Aは、できれば免税事業者のまま、従来の取引を続けたい。

B:Aと競合する事業者

Bも最初は未登録である。

AとBは、同じ発注者から仕事を受けている。

C:本則課税を行う発注事業者

Cは、AまたはBへ仕事を発注する。

価格、品質、納期が同程度なら、自社にとって総コストの小さい相手を選びたい。

最初は、AもBも未登録である。

A:未登録

B:未登録

Cは未登録事業者との取引を避けたいと思っても、登録事業者だけでは必要な仕事を賄えない。

そのため、AとBには取引上の存在価値が残る。

みお:
「二人とも未登録なら、Aだけが不利になるわけじゃないのね。」

あおい:
「うん。少なくとも、AとBの相対的な競争条件は近い。」


ゲーム盤を置く

ここで、AとBの選択を二つに絞る。

未登録を維持する。

インボイス登録する。

そして、それぞれの組合せによる有利・不利を、ゲーム理論の表へ置いてみる。

AもBも未登録

Aの利得:3

Bの利得:3

二人とも新たな納税・事務負担を避けながら、同じ条件で競争できる。

Aは未登録、Bだけ登録

Aの利得:1

Bの利得:4

Bは、Cから見て税務上扱いやすい取引先になる。

Aには未登録であることによる相対的な不利が残る。

Aだけ登録、Bは未登録

Aの利得:4

Bの利得:1

今度はAが有利になり、Bが不利になる。

AもBも登録

Aの利得:2

Bの利得:2

二人の相対的な税務上の差は消える。

しかし、両者とも課税事業者として申告・納税・事務処理を行うことになる。

ここで置いた4、3、2、1は、実際の金額ではない。

どの状態が相対的に有利かを示すための順位である。

この単純モデルでは、AとBにとって最も平和なのは、

未登録・未登録

である。

二人とも新たな納税・事務負担を増やさず、同じ条件で競争できるからだ。

では、なぜ二人とも登録へ向かうのだろう。


Bが先に登録した

ある日、Bがインボイス登録した。

B:登録済み

Bから仕入れれば、Cは要件を満たす限り、通常どおり仕入税額控除を受けられる。

一方、未登録Aとの取引では、Cが控除できない税額が残る。

未登録Aからの仕入れに対応する税額相当額をTとする。

そのうち控除できない割合をαとする。

控除不能額=Tα

Cから見たAとの取引コストは、単純化すると、

Aの価格+Tα+例外処理のコスト

になる。

登録済みBとの取引なら、

Bの価格+通常処理のコスト

で済む。

AとBの価格、品質、納期が同じなら、CはBを選びやすくなる。

Bが値下げしたわけではない。

Aが値上げしたわけでもない。

Bが登録したことで、Aの相対的な取引条件が悪化したのである。

みお:
「Bが自分だけ有利なカードを出した!」

あおい:
「Bは、仕事を守ろうとしただけかもしれないよ。」

みお:
「でもAから見れば、裏切りじゃない!」


Aの最適反応

Bが登録した後、Aには二つの選択肢が残る。

未登録を維持する。

または、

自分も登録する。

Aが未登録を維持すれば、CにはTαが発生する。

Aも登録すれば、未登録であることによる相対的な価格ハンデを消せる。

受注を守ろうとするAの最適反応は、登録する方向へ近づく。

Bが登録する

Aだけ未登録だと不利になる

Aも登録する

これはBから見ても同じである。

Aが先に登録すれば、Bも登録した方が受注を守りやすい。

つまりAは、Bがどちらを選んでも、登録する誘因を持つ。

Bが未登録なら

自分だけ登録して有利になれる。

Bが登録しているなら

自分も登録して不利を消したい。

Bも同じ判断をする。

その結果、二人は「登録・登録」へ向かう。


全員未登録の方が得なのに

ゲーム盤を、もう一度見よう。

未登録・未登録

利得は、3と3。

登録・登録

利得は、2と2。

AとBだけを見れば、全員未登録を維持できた方が、二人とも新たな負担を避けられる。

それでも、一人だけ登録した場合の利得は4である。

相手が未登録なら、自分だけ登録した方が有利。

そして相手が登録した後は、未登録のままでは利得1になる。

相手が登録したなら、自分も登録した方が損失を小さくできる。

したがって、個々の事業者が自分の受注を守ろうとすれば、登録を選びやすい。

全体では未登録を維持した方がよかったとしても、個別には自分だけ登録する誘惑がある。

一人が登録すれば、残った未登録者も登録せざるを得なくなる。

これは、囚人のジレンマに近い協調崩壊である。

みお:
「二人とも未登録の方が得だったのに!」

あおい:
「でも相手を前提にすると、自分だけ未登録を続けることが不利になる。」

みお:

「全員、自分の仕事を守っただけなのに、全員登録してるじゃない!!」


「登録・登録」がナッシュ均衡になる

ゲーム理論には、ナッシュ均衡という考え方がある。

簡単に言えば、

相手の戦略を前提にすると、自分だけ戦略を変えても得をしにくい状態

である。

AもBも登録した状態を考える。

A:登録

B:登録

ここでAだけが未登録へ戻れば、Bは登録済みのままである。

Cから見れば、Aとの取引には再びTαが生じ、Bとの取引には通常の控除が認められる。

Aだけが不利になる。

Bも同じである。

相手が登録を維持している限り、自分だけ未登録へ戻ることは難しい。

だから、

登録・登録

という状態が維持されやすくなる。

みお:
「別に登録したくて残っているわけじゃない。」

あおい:
「自分だけ外れると不利だから、登録状態が続く。」

みお:

「右下のマスから、誰も出られなくなってるじゃない!!」


未登録同盟は、なぜ崩れるのか

全員で未登録を維持できれば、Cは未登録事業者を無視できない。

しかし、その協調を維持するには条件がある。

誰が登録したか分かる。

誰も先に離脱しない。

未登録を続ける利益が、登録する利益より大きい。

現実の市場では、競合他社がいつ登録するかを完全には監視できない。

相手の受注状況も、取引先との交渉内容も分からない。

Aは、Bが明日も未登録でいる保証を持たない。

Bも、Aを信用し切れない。

A:

「みんなで未登録を貫こう。」

B:

「もちろん。」

翌月。

B:登録済み

A:
「お前ェ!!」


Bは制度を支持したから登録したとは限らない。

受注を失わないために登録しただけかもしれない。

未登録同盟を壊すのは、思想的な裏切りではない。

各事業者が、自分の仕事を守ろうとする行動である。


プレイヤーが動く間に、利得表も動く

さらに、インボイス制度のゲーム盤では、条件が固定されていない。

免税事業者などインボイス発行事業者以外からの課税仕入れについて、経過措置による控除割合は段階的に縮小する。

控除できない割合αで表示すると、次のようになる。

2026年9月まで

α=0.2

2026年10月から

α=0.3

2028年10月から

α=0.5

2030年10月から

α=0.7

2031年10月から

α=1

同じ取引、同じ価格、同じTなら、

α↑

Tα↑

未登録戦略の利得↓

となる。

普通のゲームなら、プレイヤーは固定された利得表の上で戦略を選ぶ。

しかし、このゲームでは違う。

プレイヤーが戦略を選んでいる途中で、未登録カードの条件が段階的に厳しくなる。

現在のαが0.2なら、最終状態のα=1は、その5倍である。

運営:

「現在のデバフは20%です。」

「次回は30%です。」


「最終的には100%です。」

「今の5倍になります。」

みお:
「イベント告知みたいに言うな!!」

あおい:
「税制の話だよ。」


登録事業者だけで市場が回る臨界点

登録事業者が少ない初期段階では、Cも未登録Aを避け切れない。

Aを使わなければ、必要な仕事や商品を調達できないからである。

しかし、Bが登録する。

Dも登録する。

EもFも登録する。

登録者が増えるほど、Cが登録事業者だけで調達できる範囲は広がる。

そして、ある地点で、

登録事業者だけで必要な仕入れを賄える

状態へ近づく。

ここでゲームが変わる。

登録者が増える

Cが登録者だけで調達できる

未登録Aを使う必要がなくなる

Aの交渉力が下がる

Aの品質が落ちたわけではない。

Aが値上げしたわけでもない。

Cが、Aを選ばなくても困らなくなったのである。

A:
「私も同じものを売っていますけど?」

C:
「今の取引先で間に合っています。」

市場から追放する命令は出ていない。

市場が、Aを必要としなくなった。


あとから登録しても、仕事が戻るとは限らない

Aが未登録を維持している間に、Cは登録済みBへ仕事を移した。

A→C

という商流が、

B→C

へ組み替えられる。

CとBの取引が安定する。

担当者同士の関係ができる。

商品の仕様が共有される。

購買マスタと経理処理もBへ合わせて標準化される。

その後でAが登録する。

A:
「私も登録しました。」

C:
「今の取引先で間に合っています。」

登録すれば、未登録による税務上のハンデは消せる。

しかし、一度移った仕事が自動的に戻るわけではない。

抵抗している間に失うものは、登録番号ではない。

自分がいた商流の位置である。

制度が将来変わったとしても、一度形成された取引関係には、それ自体の経済合理性がある。

これが、商流の経路依存である。


制度への反対と、個人の戦略は別である

インボイス制度に反対することと、現在の制度の下で登録することは矛盾しない。

制度への賛否は、ゲームのルールをどう評価するかという問題である。

登録するかどうかは、現在のゲーム盤の上で、どの戦略を選ぶかという問題である。

制度評価

インボイスというゲームのルールに反対する。

経営判断

そのゲームが存在する間、受注を守るため登録する。

この二つは両立する。

むしろ制度に反対している人でも、利得表を見れば登録を選ばざるを得ない場合がある。

それでも登録を選ばせるほど、未登録側の市場コストが大きいのである。


発信者と実行者は、同じゲームをしていない

ここで、もう一人の登場人物を置いてみよう。

制度反対を呼びかける発信者Pである。

Pが最大化したいものは、制度変更の可能性、運動の維持、政治的な影響力かもしれない。

一方、事業者Aが最大化したいものは、今日の受注、利益、取引先、生活の安定である。

二人の目的関数は同じではない。

P:

「みんなで未登録を維持しよう。」

A:

「分かりました。」

C:

「登録済みBへ切り替えます。」

A:

「仕事を失いました。」

Pには、Aが失った取引を戻すことができない。

戦略が成功すれば、運動参加者全体が利益を得る可能性がある。

しかし戦略が失敗したとき、失った商流は個々の事業者が負担する。

政治的に合理的な戦略と、一事業者の経営として合理的な戦略は、同じとは限らない。

A:
「お前、このゲームのプレイヤーじゃなくて実況者だったのか!!」

これは、発信者の人物評価ではない。

発信者と実行者では、最大化しようとする利益と、失敗したときに負う損失が違うという話である。


一人の登録から崩れる協調戦略

全員未登録を維持できれば、未登録事業者は市場で一定の交渉力を保てるかもしれない。

しかし、その協調には離脱する誘因がある。

一人が登録する。

登録者が相対的に有利になる。

競合も登録する。

登録事業者だけで市場が回り始める。

未登録者が取引候補から外れやすくなる。

「登録・登録」が維持される。

誰も制度を支持していないかもしれない。

誰も未登録事業者を排除したいと思っていないかもしれない。

それでも、各事業者が自分の仕事を守ろうとすれば、市場は登録へ向かう。

インボイスは、登録を直接命令しない。

一人だけ未登録でいることを不利にする。

そして、その不利は時間とともに大きくなる。


みお、街を見る

翌日。

みおは、街を歩いていた。

小さな工務店。

一人で仕事をする職人。

デザイナー。

配送業者。

地域の卸売事業者。

店先を見ても、誰がインボイス登録しているかは分からない。

仕事の品質にも、登録番号は書かれていない。

それでも、会社の中では取引先が静かに入れ替わっていた。

一人が登録する。

その競合も登録する。

登録済みの仕入先が増える。

未登録事業者を使わなくても、商売が回るようになる。

最後まで未登録を維持した事業者が、登録を決める。

しかし、以前の取引先は答える。

「今の取引先で間に合っています。」

誰かが、その事業者を追放したわけではない。

市場が、その事業者なしで回る形へ変わっていた。

みおは、スーパーのレジに立った。

商品が一つ、読み取られる。

ピッ。

全員未登録なら、残れたかもしれない。

しかし、一人が登録した。

もう一人が登録した。

それを見た誰かが、また登録した。

ピッ。

誰も、裏切ったつもりはなかった。

誰もが、自分の仕事を守ろうとしただけだった。

その合理的な選択を積み重ねた先に、登録事業者だけで回る市場ができた。

制度は、誰にも登録を命じなかった。

ただ、一人だけ未登録でいることを不利にした。

もう一度、レジが鳴った。

ピッ。

その音は今日も、

誰かが裏切った音ではなかった。

誰もが自分の仕事を守ろうとした結果、

戻る場所が一つ消えていく音だった。

ピッ。

その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。


このモデルの前提

本稿の利得表は、インボイス制度によって競合間の戦略がどう変わるかを確認するための単純化モデルである。

  • AとBは、同じ本則課税事業者Cから受注する競合事業者

  • AとBの価格、品質、納期は同程度

  • 登録事業者からの仕入れでは、Cが要件を満たせば通常どおり仕入税額控除を受けられる

  • 未登録事業者との取引では、Cに控除不能額Tαと追加の管理コストが生じる

  • 登録による受注上の利益が、登録に伴う納税・事務負担を上回る

  • 利得表の4、3、2、1は金額ではなく相対的な順位

したがって、B2C中心の事業、買手が簡易課税を適用する場合、代替困難な商品・技術、未登録側に十分な価格差がある場合などでは、異なる結果になり得る。

また、「全員未登録の方が得」とは、この単純モデルにおけるAとBの利得を比較した表現であり、社会全体の利益が必ず最大になるという意味ではない。

参考資料


【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ

参考動画:

【彼女は全てを知っていた。】

【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】


ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。

その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。


2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。

2012年、彼女はすべてを知っていた

「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。

片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。

たとえば、街の蕎麦屋である。

今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?

これは、単なる問いではない。

消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。


全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。

片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。

さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。

つまり、彼女は知っていた。


消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。

しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。


消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。

14年後、問いが戻ってきた

それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。

答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。


安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。

完全転嫁という幻想

多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。

「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。


それは、制度を成立させるために置かれた予定である。

赤字でも消費税が発生する理由

消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。

消費税

売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額


標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。

消費税

(課税売上 − 課税仕入)× 10/110


ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、

課税売上 − 課税仕入 > 0


であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、

課税売上 − 課税仕入 > 0


となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。

だから、赤字事業者にも消費税が発生する。


赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。

付加価値の先取り

課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。


単純化すれば、

付加価値

課税売上 − 課税仕入


さらに、その付加価値は概ね、

付加価値

利益 + 人件費


と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。

消費税≒ 付加価値 × 10/110


さらに単純化すれば、

消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110


となる。
ここで、何が起きているのか。

事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。


本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。

国が消費税を先に取る。


残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。

しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。


利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。

安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。

消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。


その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。

レシートに書かれた「内消費税」

安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。

その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。


レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。

それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。


そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。

ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。


しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、

「その価格で、一つの取引が成立した」


という事実である。

2012年の言葉と、2026年の言葉

2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。

同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。


市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。

あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。


その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。

2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。


価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。

そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。

だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。


人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。

それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。

これは事件の記録である

14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。

彼女が座る椅子だった。


制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。

制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。

14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。

これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。


誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。

その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。

失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。


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制度の名前だけを見ても、
あなたにとって何が有利なのかは分かりません。

まず、自分の

売上・仕入税額控除の対象になりそうな仕入や経費・事業区分

を入れて、4方式を概算してみる。

そして、

自分で申告できそうなのか。
税理士さんへ相談した方がよさそうなのか。

そこまで一度、整理する。

税理士さんへ相談する前に。

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