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フセイン、カダフィ、マドゥロ、ハメネイ体制は何が似ていて、何が違うのか?資源主権・通貨主権・圧力の比較

ペトロダラーの表と裏:第12回

前回見たベネズエラのペトロは、石油と通貨と主権を一つに束ねようとした実験だった。

では、ここまで見てきたフセイン、カダフィ、マドゥロ、そしてイラン指導層は、どこが似ていて、どこが違うのか。

「また同じ構図なのか」という見方は、たしかに魅力的だ。
石油を持つ。
米国中心の秩序と緊張する。
制裁や軍事圧力にさらされる。
そして、ドルや決済の支配から距離を取りたがる。
この並びだけを見ると、4者は同じ物語の登場人物のようにも見える。

けれど、それだけでは雑すぎる。
大切なのは、「同じか違うか」を先に決めることではない。
むしろ、どこが重なり、どこでずれるのかを、資源主権・通貨主権・制裁・軍事圧力の軸で見分けることだ。
今回は、その重なりとずれを見ていきたい。

なお、ここで比べる対象は厳密に同じ単位ではない。
フセイン、カダフィ、マドゥロは個人名で語られやすいが、イランはむしろ体制としての継続性が重要になる。
今回はその違いを承知のうえで、資源・通貨・制裁・圧力への向き合い方を比較している。

4者には共通点がある一方で、通貨実験の実務性、制度化の深さ、制裁や軍事圧力の受け方は大きく異なっていた。[各回で確認した公的資料・一次資料をもとにJKMF編集部作成]

フセイン、カダフィ、マドゥロ、そしてイラン指導層は、どこで似ているのか

まず、共通点は確かにある。
それは、資源を自前で決めたいという欲求である。

イランのモサデグ以来の流れを思い出せば分かるように、石油をめぐる争いは単なる収益配分の争いではない。
誰が掘るのか。
誰が売るのか。
誰が値段を決めるのか。
誰がその収益を使うのか。
4者はいずれも、この問いを自国側へ引き寄せたいという志向を持っていた。

フセインは通貨変更を政治的な誇示に使い、カダフィは大陸統合と自立を構想し、マドゥロは資源を裏付けにした通貨実験に進み、ハメネイ体制は制裁下でドルを介さない決済や「抵抗経済」を語ってきた。
形は違っても、そこには「資源を持つ自分たちが、なぜ外から決められる秩序に全面的に従わなければならないのか」という感覚が通っている。

もう一つの共通点は、彼らが外部からの圧力を、単なる外交対立ではなく、主権への侵食として受け止めていたことだ。
とりわけハメネイ体制は、制裁を経済戦争に近い感覚で捉え、石油価格の変動、金融制裁、ドル依存を一続きの圧力として語ってきた。
程度の差はあっても、この感覚は4者に共通する。
彼らはみな、資源・通貨・国家の向きを、別々の問題ではなく、一体のものとして見ていた。

そして三つ目の共通点は、通貨や決済を象徴政治に使う傾向である。
通貨は単なる支払い手段ではない。
どの通貨を使うか、どの決済回路を通るかは、秩序への服従や距離の取り方を示す。
フセインのユーロ建て、マドゥロのペトロ、ハメネイ体制の非ドル二国間決済構想は、その分かりやすい例だ。
ここでいうイラン側の発想は、Khamenei.ir の非ドル二国間決済に関する説明でも確認できる。

フセイン、カダフィ、マドゥロ、そしてイラン指導層が似ていても、同じではない理由

ただし、ここで4者をひとまとめにすると、すぐに見誤る。
決定的な違いは、実務の深さ制度化の度合いにある。

フセインのイラクは、国連制裁下の石油輸出管理枠組みの中で、原油販売通貨をドルからユーロへ切り替えた。
これは事実だが、自由な市場でドル秩序全体へ挑戦したわけではなかった。
実務としては限定的で、意味としては象徴的な色彩が強かった。
つまりフセインは、通貨を通じて大きな秩序転換を実装したというより、通貨を誇示の装置に使ったと言うほうが近い。

カダフィは、方向が少し違う。
彼の強みは、一国の通貨変更ではなく、アフリカ統合という大陸的構想にあった。
Sirte Declaration とAU形成への関与、2009年のAU議長就任は、その構想が単なる妄想ではなく、ある程度制度の側へ接続していたことを示している。
しかし他方で、いわゆる「金ディナール構想」については、確認できる一次資料がまだ弱い。
夢は大きいが、通貨制度としてどこまで具体化していたかは慎重であるべきだ。

マドゥロは、さらに別の位置にいる。
ペトロは、資源・通貨・主権をかなり直接的に結びつけた点で、4者の中でも特に分かりやすい事例だった。
米国は大統領令13827で早くからペトロ関連取引を禁止し、米財務省もそれを制裁回避の希望と見ていた。
つまり、象徴政治としても、制裁回避の実務装置としても、かなり具体的だった。
だがその一方で、ベネズエラの石油生産基盤そのものが深く傷んでいた。
通貨実験はあっても、それを支える物理的な石油生産と輸出能力が崩れていたのである。
そのため、象徴は強かったが、制度としては脆かった。

そしてハメネイ体制は、少し異質だ。
理由は、最も長期的で、体系的で、決済実務に意識的だからである。
ハメネイ体制は、自国通貨による二国間決済や銀行間の決済協定を通じ、ドルを介さない貿易決済を繰り返し構想してきた。
さらに、制裁と石油収入の遮断を、国家そのものに対する継続的な圧力として理解し、「抵抗経済」という形で戦略化してきた。

イラン、そしてハメネイ体制は、なぜ少し違って見えるのか

この違いは、イランが受けてきた圧力の長さを考えると理解しやすい。
米国は2018年時点で、イランの石油輸出を大幅に減らし、石油収入へのアクセスを断つことを明確に狙っていた。
つまりイランの問題は、石油価格の問題だけではなく、石油収入が金融の配管へ入れなくなることでもあった。

逆に言えば、制裁緩和で何が起きたかを見ると、この点はもっとよく分かる。
IMFの年次審査文書では、核合意後にEUの石油禁輸が解除され、国際送金メッセージ網への再接続が確認されている。
同時に、銀行どうしの口座関係はまだ十分には回復していなかったとも書かれている。
ここから見えるのは、イランにとって「石油を売る」ことと「その収入を決済回路へ戻す」ことが切り離せない、という現実だ。

イランにとって問題だったのは、石油を売れるかどうかだけではない。その収入を、どの決済回路を通して国内へ戻せるかでもあった。[JKMF編集部作成]

この意味で、ハメネイ体制は、第3回で見た「金融の配管」に最も自覚的なケースだと言える。

フセインが象徴としてユーロを使い、マドゥロが資源を裏付けとする仮想通貨を打ち出したのに対し、ハメネイ体制は、どの通貨を使うかだけでなく、どの回路を通すかまで問題にしている。
そこが、4者の中でイランが少し違って見える理由である。

「脱ドル」は、どこまで現実を変えたのか

では、ここまで見てきた4者の「脱ドル」志向は、どこまで現実を変えたのか。
ここで一度、冷静にブレーキを踏む必要がある。

IMFの2025年ワーキングペーパーは、石油輸出におけるドル依存を減らす政策について、頑健な証拠はないと述べている。
つまり、各国が反ドルを語り、非ドル決済を模索し、制裁回避の装置を打ち出したとしても、石油輸出の実務そのものが大きくドルから離れたとまでは言いがたい。
これはかなり重要なポイントだ。

「脱ドル」は一つではない。主権の象徴としては意味を持っても、石油輸出の実務を大きく動かしたとは限らない。[JKMF編集部作成]

ここから導けるのは、彼らの試みが無意味だったということではない。
むしろ逆で、象徴政治としてはかなり意味があった
ドルに依存しない決済や資源主権を語ることは、外から決められる秩序への拒否を示すからだ。
だがその一方で、石油秩序の実務は、金融インフラ、銀行間の口座関係、保険、海運、そして市場慣行に深く埋め込まれている。
そこを一国の意志や一時的な制度実験だけで動かすのは難しい。

だから、「脱ドル」は二重に見る必要がある。
一つは、主権の象徴としての脱ドル
もう一つは、石油秩序の実務をどこまで変えられたかという脱ドル
4者はいずれも、前者では一定の象徴効果を持った
だが、後者ではかなり限定的だった。
この整理を失うと、「また同じ構図だ」という見方はすぐ雑になる。

「また同じ構図なのか」と問う前に

ここまで来ると、問い方そのものを少し変えたほうがよいことが分かる。
「4者は同じだったのか」と聞くと、答えはたぶん、はいでもあり、いいえでもあるになる。

はい、と言えるのは、彼らがみな、

  • 資源を自前で決めたい

  • 外から決められる秩序に距離を取りたい

  • 通貨や決済を、その意志表示の一部として使いたい

という共通感覚を持っていたからだ。

いいえ、と言えるのは、そのやり方も、実務の深さも、成果も、さらされた圧力の形も大きく違うからである。
フセインは限定された枠組みの中で象徴的に動き、カダフィは大陸的構想を持ちながら制度化の根拠に強弱があり、マドゥロは制裁下で通貨実験を打ち出したが生産基盤が弱く、ハメネイ体制は最も長期的・体系的に制裁と決済回路の問題に向き合っている。

だから大切なのは、彼らを一つの陰謀物語へ押し込めることではない。
むしろ、石油、通貨、制裁、軍事がどう重なったかを、人物や体制ごとに違う角度で見ることだ。
そのうえで初めて、「また同じ構図なのか」という問いは、少しだけまともな問いになる。

ISLAMIC REPUBLIC OF IRAN【出典】INTERNATIONAL MONETARY FUND

ここまでを、いったん整理しておく

フセイン、カダフィ、マドゥロ、ハメネイ体制には、確かに共通点がある。
それは、資源を自前で決めたいという欲求と、外から決められる秩序への拒否である。
そして彼らはしばしば、通貨や決済を、その拒否の象徴として使おうとした。

だが、そのやり方と現実の成果は大きく違う。
象徴政治としての脱ドルはあっても、石油輸出の実務を本格的に非ドル化できた証拠はなお弱い。
石油秩序は、思っている以上に金融の配管と市場慣行に深く埋め込まれているからだ。

ここまで来ると、最後に問うべきことが見えてくる。
では、ペトロダラーとは結局、何の秩序だったのか。
資源、通貨、決済、海運、軍事、制裁がここまで重なったあとで、改めてそれをどう定義すればよいのか。
次回は、連載全体を束ねるかたちで、その表と裏をまとめたい。


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