原油はドルさえあれば買えるのか?為替と決済の違いを改めて整理する
ペトロダラーの表と裏:第3回
前回、原油価格の代表的な窓口でドルが基準になっているのは、戦後の通貨秩序とその後の石油危機の流れの中で理解できることを見た。
では、次の疑問は自然にこうなる。
なら、必要なときにドルへ替えれば済むのではないか。
円をドルに替えて払えば、それで原油は買えるのではないか。
この感覚は、半分は正しい。
たしかに、支払いに必要な通貨を用意することは必要だ。
けれど、それだけでは足りない。
問題は、ドルを持てるかどうかだけではない。
そのドルを、どの仕組みを通して相手に届けられるかが問われるからだ。
ここで出てくるのが、金融の“配管”という考え方である。
為替の話と、決済の話は違う
まず、ここを分けて考えたほうがいい。
円をドルへ替えるのは、為替の話だ。
だが、ドルを相手に送り、支払いを完了させるのは、決済の話である。
この二つは似ているようで、実務上は別の段階にある。
たとえば、現金を持っていても、それを安全に相手に届ける手段がなければ、支払いは終わらない。
国際決済でも同じで、通貨を持っていることと、その通貨を相手まで通せることは別である。
ここが、石油とドルの話で一番見落とされやすいところかもしれない。
原油価格がドル建てで示されているからといって、ただドルをどこかで調達すれば自動的に取引が完了するわけではない。
そのドルを実際に動かすには、銀行のネットワークと口座関係が必要になる。
「ドルを持っている」ことと「そのドルで決済できる」は違う
国際決済では、ある銀行が別の銀行に口座を持ち、その口座関係を通じて支払いを進める。
国際決済では、相手国の銀行網につながる「銀行どうしの口座関係」が必要になる。国際決済の資料では、これを「コルレス銀行取引(correspondent banking)」と呼んでいる。
要するに、相手通貨を扱う国の銀行網につながる口座関係が必要なのだ。
これは少し分かりにくいので、噛み砕いて言い換えてみる。
原油代金をドルで払うとする。
このとき重要なのは、単に自分の側がドルを持っていることではない。
そのドルを、相手が受け取れる形で、銀行をまたいで、国境をまたいで、きちんと記帳し、着金させられることが必要になる。
だから問題は、
「ドルを買えるか」
だけではない。
「そのドルを、どの銀行網と口座関係を通して相手へ届けられるか」
が重要になる。
ここで初めて、通貨の問題が単なる両替の話ではなくなる。
SWIFTはなにであって、なにではないのか
この文脈で、よく名前が出てくるのが SWIFT だ。
ただ、SWIFT を「お金そのもの」だと思うと話がずれる。
SWIFT は、銀行どうしが送金情報をやり取りする国際的な通信網に近い。
公式サイトでも、SWIFT は 制裁 に関する公式FAQや、制裁チェックや制裁対応の確認機能 といったサービスを案内している。
ここはかなり誤解されやすい。
「SWIFTから外された=お金そのものを全部失う」と思われがちだが、そういう単純な話ではない。
一方で、「SWIFTはメッセージ網にすぎないのだから大した問題ではない」と言うのもまた違う。
国際決済の実務では、メッセージが通らなければ処理は進みにくくなる。
誰が、誰に、いくらを、どういう名目で送るのか。
そうしたやり取りが正しく届かなければ、資金移動の実務は止まりやすい。
だから、SWIFTは「資金そのもの」ではない。
しかし、国際決済の現場で極めて重要な役割を担う金融の“配管”の一部ではある。
ただし、それだけを見ても足りない。
その背後にある銀行口座関係まで見なければならない。

制裁は、金融の“配管”に作用する
では、なぜこの配管の話が制裁につながるのか。
OFAC(米財務省外国資産管理室) は、特定の外国金融機関について、米国の金融機関がその銀行との 決済用口座 や 相手国の金融機関に通すための口座 、米国の金融網に繋がる口座 を開設・維持してはならない場合があることをFAQで明示している。
場合によっては、すでに持っている口座を閉じる必要もある。
これはかなり重要だ。
制裁は、「その国はドルを使うな」と抽象的に言っているだけではない。
実際には、ドルを通すための銀行口座関係そのものに手を入れる。
つまり、通貨の問題というより、通貨の流れが通る”配管”を止めるのである。
ここまで来ると、「必要なときにドルへ替えれば済むのでは」という疑問に対する答えが少し変わって見えてくる。
たしかに、理屈の上ではドルを調達できるかもしれない。
しかし、そのドルを、相手が受け取れる形で、国際銀行網を通して、安全に、継続的に流せるかどうかは別問題なのだ。
制裁が効くのは、ここに作用するからである。
ドル建て原油価格の支払いが通るかどうか
第1回で見たように、WTI などの原油価格は公開仕様上、ドル建てで示されている。
CME Group の契約仕様でも、価格表示は U.S. dollars and cents per barrel となっている。
けれど、それだけで支払いが完了するわけではない。
価格がドルで表示されることと、その代金を安全に送れることは別だからだ。
ここで、第1回からの話がようやくつながる。
原油価格の代表的な窓口ではドルが基準になっている
その背景には戦後の通貨秩序がある
しかし、そのドルを実際に通すには、銀行・口座・メッセージの配管が要る
だから石油とドルの話は、単なる値札の話で終わらない
つまり、石油とドルの関係は、価格表示だけを見ていても分からない。
その背後にある金融インフラまで見て初めて、なぜこの問題が国家の自由度や制裁の話にまでつながるのかが見えてくる。
ここまでを、いったん整理しておく
原油価格がドルを基準にしていることは、第1回と第2回で見た。
でも、それだけではまだ半分だった。
本当に重要なのは、
原油の売買のためのドルを持てるか
よりも、
原油の売買のためにドルを通せるか
である。
国際決済は、見えにくい銀行口座関係とメッセージ網の上に成り立っている。
だから制裁は、通貨そのもの以上に、その金融の“配管”に作用すると強く効く。
ここまで来ると、次の問いが見えてくる。
では、そうした金融の”配管”に従うこと自体を不当だと感じた国々は、何を取り戻そうとしたのか。
何に抗い、何を守ろうとしたのか。
次回からは、いよいよその話へ入っていきたい。
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