マドゥロ大統領はベネズエラで何をつなごうとしたのか?制裁、石油、通貨実験としての仮想通貨ペトロ
ペトロダラーの表と裏:第11回
前回見たカダフィには、アフリカ統合と自立を大陸規模で構想する夢があった。
では、その後の時代に、もっと露骨に
資源・通貨・主権
を一つに束ねようとした政権はどうだったのか。
その代表例として見ておきたいのが、マドゥロ政権下のベネズエラである。
ベネズエラは、世界有数の石油埋蔵量を持ちながら、長い経済崩壊と制裁の中で、通貨の信用も、石油生産も、大きく傷んでいった。
そうした中で打ち出されたのが、2018年の 仮想通貨 ペトロ だった。
ペトロはしばしば、失敗した国家仮想通貨とか、奇妙な制裁回避の試みとしてだけ語られる。
もちろん、その見方には一理ある。
だが、それだけでは足りない。
ペトロが面白いのは、そこに
石油があるなら、通貨も作れるはずだ
という発想がむき出しで現れているからだ。
第11回では、このペトロを「笑い話」ではなく、
制裁下で何を試み、どこで行き詰まったのか
という視点から見ていきたい。

ペトロとは、何を名乗っていたのか
まず押さえておきたいのは、ペトロが何を名乗っていたのかである。
Britannica によれば、2018年2月、マドゥロ政権はペトロを導入した。
その価値は、ベネズエラ原油1バレルの価格に結びつけられ、さらに金、ダイヤモンド、ガス、石油などの資源によって裏付けられると説明された。
ここで重要なのは、ペトロが単なる仮想通貨ではなかったということだ。
それは、ビットコインのような分散型通貨を目指したものではない。
むしろ逆で、国家が、自国の地下資源を根拠に、新しい通貨の信用を作ろうとした試みだった。
この発想は、この連載でここまで見てきた問題意識とよくつながる。
モサデグは地下資源の主権を問うた。
OPEC は価格と収益の主導権を問うた。
フセインは通貨変更を象徴政治に使った。
マドゥロは、その全部を一つにつなごうとした。
つまり、
石油があるなら、通貨も主権も自前で支えられるはずだ
と考えたのである。
この意味で、ペトロは単なる経済政策ではない。
それは、資源、通貨、主権を一体のものとして語る、かなり露骨な政治的装置だった。
米国は、なぜすぐ止めたのか
このペトロに対して、米国は非常に早く反応した。
2018年3月19日、トランプ政権は Executive Order 13827 という大統領令を出し、ベネズエラ政府が発行したデジタル通貨、デジタルコイン、デジタルトークンに関する、米国内または米国人による取引を禁止した。
大統領令の本文は、マドゥロ政権が新たなデジタル通貨を発行することで、米制裁を回避しようとしていることを前提にしている。
ここで注目すべきなのは、米国がペトロを笑って無視したのではなく、かなり明確に止める対象として扱ったことだ。
つまり少なくとも米国政府にとって、ペトロは「何の意味もない冗談」ではなかった。
それは、制裁の抜け道になりうる、新しい金融的手段として意識されていた。
この点は、米財務省の 2019 年の発表を見るとさらに分かりやすい。
ロシア系銀行 Evrofinance に対する制裁発表の中で、財務省は、この銀行がペトロの主要な国際金融機関になっていたとし、さらに
“Maduro’s hope that the Petro would allow Venezuela to circumvent U.S. financial sanctions”
と書いている。
つまり、米財務省自身が、ペトロを 制裁回避の希望 として認識していたのである。
ここまで来ると、ペトロは単なる国内向け宣伝ではなかったことが見えてくる。
それは、制裁に包囲された国家が、資源を根拠に新しい決済回路を作ろうとした試みでもあった。


ペトロは、何を誇示しようとしたのか
では、マドゥロ政権はペトロによって何を誇示しようとしたのか。
ここで見えてくるのは、単なる技術実験ではなく、かなり分かりやすい主権誇示である。
通貨の信用が崩れている。
米制裁でドル決済の回路も細っている。
石油収入も落ちている。
そのとき、「自分たちには石油がある。だから、その石油を根拠に新しい通貨を作る」と言うのは、かなり強い政治的メッセージになる。
このときペトロは、二つの顔を持つ。
一つは制裁回避の金融手段としての顔。
もう一つは、
「ドルに閉め出されても、資源を根拠に自前で通貨を作れる」
という象徴政治としての顔である。
この意味で、マドゥロがつなごうとしたのは、
制裁
石油
通貨
主権
の四つだったと言える。
ペトロは、それらを一つの装置に押し込めた国家プロジェクトだった。
なぜ、それだけでは立て直せなかったのか
しかし、ここで厳しい現実が立ちはだかる。
どれほど強い象徴を掲げても、石油そのものを掘り、運び、売る基盤が崩れていれば、通貨実験だけで秩序は立て直せない。
EIA の 2024 年 Country Analysis Brief によれば、ベネズエラの crude oil production は 2023 年でも 742,000 b/d にすぎず、2013 年水準から累積で 70% 減少していた。
さらに EIA は、生産能力とインフラの多くが傷み、老朽化、投資不足、PDVSA の機能低下が長期の制約になっていると説明している。
また EIA は 2019 年時点で、ベネズエラの crude oil production が 830,000 b/d まで落ち込み、2003年1月以来の最低水準になったと報じている。
つまり、ペトロが打ち出された時期、ベネズエラは通貨の問題だけでなく、石油生産そのものが歴史的に崩れていた。
ここが第11回の核心かもしれない。
ペトロは、資源を通貨に変えようとした。
だが、その資源を安定して掘り出し、輸出し、収益化する物理的基盤が、すでに大きく傷んでいた。
だから、象徴としては強くても、制度としては弱かった。
通貨を作るだけでは、油田もパイプラインも精製能力も回復しない。

マドゥロは何をつなごうとしたのか
ここまでを踏まえると、マドゥロが本当にやろうとしたことが少し見えてくる。
彼は、制裁下で切り離されつつある国家を、石油という資源を軸に再接続しようとした。
ドルに頼れない。
金融の配管は詰まりつつある。
国内通貨は信用を失っている。
そのとき、
石油を通貨の裏付けにする
という発想は、ある意味で非常にベネズエラ的だった。
それは、石油を単なる輸出品ではなく、国家そのものを支える根拠としてもう一度使おうとする発想である。
この意味でペトロは、かなり直接的なかたちで
資源・通貨・主権
をつなごうとした装置だった。
ただし、その挑戦は、制裁だけで挫折したわけでもない。
もともとの石油産業の衰弱、国営企業の機能低下、投資不足、インフラの老朽化が深く進んでいた。
だからペトロは、たしかに強い象徴だったが、崩れた生産基盤そのものを代替できるものではなかった。
ここまでを、いったん整理しておく
マドゥロ政権のペトロは、石油1バレル相当をうたう仮想通貨として、資源・通貨・主権を一つに束ねようとした実験だった。
そこには、制裁を回避し、ドルに依存しない新しい回路を開きたいという意図が確かにあった。
米国が大統領令で早々に止めたことや、米財務省が制裁回避の希望として言及したことからも、その政治性ははっきり見える。
だがその一方で、ベネズエラの石油生産基盤そのものは深く傷んでいた。
だから、通貨実験だけで石油秩序を立て直すことはできなかった。
この事例が示しているのは、「脱ドル」の象徴政治が、物理的な生産基盤そのものを代替できるわけではない、という厳しい現実である。
ここまで来ると、次の問いが自然に出てくる。
では、フセイン、カダフィ、マドゥロ、そしてイランの指導層を、どんな共通項と相違点で並べられるのか。
次回は、いよいよ4者を接続して考えたい。
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