なぜ世界は原油の値段をドル基準にしたのか
ペトロダラーの表と裏:第2回
前回、原油の値段は、私たちがガソリンスタンドで見る円建ての価格とは別の場所で見えていることを確認した。
WTI(米国の代表的な原油指標)やBrent(欧州で広く参照される代表的な原油指標)といった原油価格は、公開された指標としてドル/バレルで示されている。では、次の疑問は自然にこうなる。
なぜドルなのか。
円ではだめなのか。
どうして原油価格の基準通貨として、ドルがここまで前面に出てくるのか。
この問いに答えるには、石油の話だけを見ても足りない。
まずは、戦後の世界で、ドルがどのような場所に置かれていたのかを見たほうがよい。
ただし、ここで通貨史の教科書を最初から最後までたどる必要はない。
原油価格がなぜドルを基準にするようになったのか。そのために必要な骨格だけを追えば十分だろう。
戦後、ドルは「便利な通貨」ではなく、制度の中心に置かれた
第二次大戦後、世界は通貨の仕組みを作り直した。
その中心に据えられたのがドルだった。
いわゆるブレトンウッズ体制のもとで、各国は自国通貨をドルに固定し、ドルは金1オンス35ドルに固定された。
要するに、ドルは単にアメリカが強かったから広く使われた通貨というだけではない。戦後の国際通貨秩序の中で、制度として中心に置かれていたのである。
ここで大事なのは、当時の世界では、今よりずっと
「通貨は何に裏打ちされているのか」
が重く見られていたことだ。
今の感覚では、お金は国家や中央銀行が管理し、信用によって成り立っていると考えるのが普通だろう。
けれど戦後すぐの時代は、まだ金本位制の記憶が非常に強かった。金は、どの国の政治にも左右されにくく、国境を越えて通用する価値のよりどころだと考えられていた。国際通貨基金(IMF)も、過去の国際通貨体制では、通貨レートが金価格と結びついており、金が中心的な役割を持っていたと説明している。
だから、戦後の通貨秩序でも、いきなり
「これからは金と関係なく、ドルを信じてください」
とはなりにくかった。
そこで世界は、金そのものを毎回使うのではなく、金と結びついたドルを実務の中心にするという仕組みを選んだ。
一言でいえば、金が信用の土台で、ドルが実務の主役だったのである。
なぜ金1オンス35ドルだったのか
ここで、もう一つ素朴だが大事な疑問がある。
なぜ金1オンス35ドルだったのか。
なぜ30でも40でもなく、35だったのか。
これはブレトンウッズ会議でゼロから神秘的に決まった数字ではない。
その前に、アメリカ国内ですでにこの基準が作られていたからだ。
1934年のGold Reserve Act(米国の金準備法)によって、アメリカの金の公定価格は、それまでの1オンス20.67ドルから35ドルへ引き上げられた。つまり、ドルの対金価値が切り下げられ、金との関係が組み直されたのである。米連邦準備制度の歴史解説サイト「Federal Reserve History」も、この法律によって金が1オンス35ドルで評価されるようになったと説明している。
つまり、35ドルという数字は、戦後に突然生まれたものではない。
大恐慌後のアメリカが、自国の通貨と金の関係を組み直した結果として、すでに出来上がっていた基準だった。
そのうえで戦後、アメリカは圧倒的な金保有と経済力を持っていた。
だから世界は、アメリカがすでに採っていたその35ドル基準を、戦後秩序の中心に据えた。
要するに、
まずアメリカ国内で「金1オンス35ドル」という基準ができた。
その後、戦後の国際秩序の中で、そのドルが世界の中心に置かれた。
だから「ドルは金1オンス35ドルと交換可能」という仕組みになった。
という流れである。
ここが分かると、「35ドル」という数字が急に現れた魔法の数字ではなくなる。
それは、アメリカの国内的な通貨再編の結果が、戦後には国際秩序の基準になったということなのだ。

なぜ、わざわざドルと金と結びつける必要があったのか
では、なぜそこまでして金と結びつけたのか。
なぜ最初からドルだけではだめだったのか。
当時、金は単なる商品ではなかった。
最後の信用のよりどころに近い存在だった。
ある国の政治が不安定になっても、ある通貨の信用が揺らいでも、金そのものは国境を越えて価値を持つと考えられていた。
ブレトンウッズ体制は、金本位制を完全に復活させたわけではない。
けれど、金が果たしていた「信用の土台」としての役割を、ドルを通じて間接的に残そうとした。Federal Reserve Historyも、この体制が金本位制の機能を一部引き継ぐ仕組みだったと説明している。
言い換えると、世界は金を完全には手放せなかった。
けれど、すべてを金そのもので回すには不便すぎた。
貿易も、復興も、資本移動も、戦前とは比べものにならない規模になっていたからだ。
だから世界は、
金だけでは足りない。
でも、金を完全に捨てるのも不安だ。
なら、金と結びついたドルを中心にしよう。
という折衷案を選んだのである。
金と結びつけたドルの仕組みは、最初から無理を抱えていた
ただし、この仕組みには最初から弱点があった。
世界経済が成長すると、国際取引に必要な準備資産も増える。
しかし、金そのものの量には限界がある。
その一方で、国際経済を回すにはドルをどんどん供給しなければならない。
すると、しだいにこうした疑いが強くなる。
そのドルは、本当にすべて1オンス35ドルで金に交換できるのか。
これが、ブレトンウッズ体制の中核にあった矛盾だった。
Federal Reserve Historyの解説では、体制の維持にはドルと金の供給バランスが必要だったが、1960年代にそれが揺らいでいったことが説明されている。
世界がドルを必要とすればするほど、ドルは世界にあふれる。
だが、ドルがあふれるほど、「それを金に換えられるのか」という不安も強くなる。
この矛盾が、1960年代を通じて大きくなっていった。
1971年、ドルは金から切り離された
そして1971年、ニクソン政権はドルの金交換停止を打ち出す。
米国務省の歴史解説ページ「Office of the Historian」は、これをニクソン・ショックと呼ばれる一連の政策の一部として位置づけており、ブレトンウッズ体制の終わりの始まりになったと説明している。Federal Reserve Historyの解説でも、インフレ上昇と金流出への圧力の中で、ドルの金交換停止が行われたとされる。
ここで、自然にこう思うはずだ。
だったら、ここでドルは終わったのではないか。
金との結びつきが切れたのに、なぜドルはそのまま残ったのか。
この疑問はもっともだ。
ただ、ドルはその時点で、すでに世界の取引や準備の中心に深く入り込んでいた。
各国通貨は長くドルを軸に組まれ、国際決済や準備資産としてもドルは広く使われていた。
つまり、金との結びつきが切れても、ドルそのものの地位が一気にゼロに戻るわけではなかった。IMFも、固定相場体制は1973年に終わったが、ドルはその後も主要な準備通貨であり続けていると説明している。
ここで大切なのは、
ドルは金の裏づけを失ったが、世界の実務の中心であることまでは失わなかった
ということだ。

そこへ、石油危機が重なった
そして、その直後に石油危機が来る。
1973年から74年にかけての石油禁輸は、世界経済を強く揺さぶった。
米国務省の歴史解説ページ「Office of the Historian」は、この石油危機が石油輸出国への力の移動を促し、外国産石油に依存する側の脆弱性をはっきり示したと説明している。Federal Reserve Historyの解説でも、禁輸と減産が原油価格を大きく変えたことが確認できる。石油輸出国機構(OPEC)自身も、自らの役割を加盟国の石油政策の調整・統一と市場安定の確保として位置づけている。
ここで話がつながる。
1971年にドルは金から切り離された。
それでもドルは国際通貨の中心に残った。
その直後に、世界経済にとって最重要の戦略資源である石油が大きく揺れた。
石油輸出国には巨額のドルが流れ込み、石油とドルの関係は新しい重みを持ち始めた。
ここではまだ、「ペトロダラー」の全体像を全部語る必要はない。
ただ、少なくとも、金との結びつきを失った後のドルが、石油と国際金融の流れの中でなお中心性を保ち続けた、という流れは見えてくる。米財務省の文書でも、「ペトロダラー」は政策や分析の文脈で使われる用語になっている。

ここまでを、いったん整理しておく
原油価格の代表的な窓口でドルが基準になっているのは、最近の偶然でも、単なる癖でもない。
戦後、ドルは制度として通貨の中心に置かれた。
そのときドルは、金と結びついていた。
金は当時、今よりずっと「最後の信用のよりどころ」として重かった。
だから、金に裏打ちされたドルが、世界の実務の中心通貨になった。
そして1971年、その結びつきは切れた。
それでもドルは消えなかった。
すでに世界の実務に深く入り込んでいたからだ。
その直後に石油危機が起き、石油とドルの関係はさらに大きな意味を持つようになった。
ここまで来ると、第1回で見た
「原油価格はなぜドルを基準にしているのか」
という問いに、少し骨格のある答えが与えられる。
それは単なる慣習ではない。
戦後の通貨秩序の延長線上にある。
そして、その延長線の上で、石油がきわめて大きな意味を持つようになったのだ。
ただ、ここでまだ一つ疑問が残る。
原油価格の基準がドルだとしても、必要なときにドルへ替えれば済む話ではないのか。
なぜそれが、国家の自由度や制裁の話にまでつながるのか。
次回は、そこで出てくる
金融の”配管”
を見ていきたい。
連載一覧
関連マガジン
情報源
Federal Reserve History, “Creation of the Bretton Woods System”
Federal Reserve History, “Nixon Ends Convertibility of U.S. Dollars to Gold…”
U.S. Department of State, Office of the Historian, “Oil Embargo, 1973–1974”
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