カダフィはリビアから何を夢見ていたのか?「アフリカ自立」と通貨主権のあいだ
ペトロダラーの表と裏:第10回
前回見たタンカー戦争では、石油の秩序が、海の”配管”そのものを守る軍事秩序へ達していた。
では、その秩序に対して、通貨や資源主権の象徴政治を、もっと大きな地域構想と結びつけて語った人物はどうだったのか。
その代表的な一人として、しばしば名前が挙がるのが、リビアのムアンマル・カダフィである。
ただし、この話は非常に神話化されやすい。
「カダフィは金本位の独自通貨を作ろうとしたから倒された」というふうに、一気に一本の物語にまとめられやすいからだ。
だが、ここでも必要なのは、話を早くまとめることではない。
むしろ逆に、何が制度として確認できるのか、何が政治的構想だったのか、何が後から膨らんだ解釈なのかを、分けて見ることが重要になる。
第10回では、その順番を守りながら、カダフィが何を夢見ていたのかを考えたい。

カダフィは何を統合しようとしたのか
まず、かなりはっきり言えることがある。
カダフィは、アフリカ統合を本気で推進していた。
これは後から作られた神話ではない。
アフリカ連合の資料でも、彼が “United States of Africa” を強く唱えた人物として位置づけられている。
ここで重要なのは、カダフィの視野が、リビア一国に閉じていなかったことだ。
彼はリビアの指導者であると同時に、アフリカ大陸全体を、より政治的に統合された単位として動かしたいと考えていた。
その意味で、彼の構想は単なる外交的スローガンではなく、大陸規模の主権構想だったと言っていい。
1999年のシルテ宣言(Sirte Declaration)は、その象徴的な出発点の一つである。
シルテはリビアの都市であり、この宣言は、後のアフリカ連合(AU)形成につながる重要な節目として、AU自身によって位置づけられている。つまり、カダフィは「アフリカ統合を夢見た」と言うだけでは足りない。彼は、その夢を大陸規模の制度形成へ接続しようとした、現実の政治家でもあった。
ここを押さえておくと、カダフィを「派手な言葉を振り回す独裁者」とだけ見る読み方は不十分だと分かる。
たしかに彼には誇大な表現も多かった。
だが、その奥には、ポスト植民地世界において、アフリカがいつまでも外部に依存する周辺であってよいのか、という本気の問いがあった。

「アフリカ自立」は、何を意味していたのか
では、その「統合」は何を目指していたのか。
ここで見えてくるのが、アフリカ自立というテーマである。
カダフィの構想において、統合とは単なる友好や連帯ではない。
もっと現実的に言えば、アフリカが
政治的に
経済的に
そして場合によっては安全保障の面でも
より自立した単位になることを意味していた。
この感覚は、この連載でここまで見てきたイランのモサデグやエジプトのナセルの問題意識ともどこかでつながっている。
モサデグは、自国の地下資源を自国で決めたいと考えた。
ナセルは、自国の通り道を自国で握りたいと考えた。
OPEC は、値決めと収益の主導権を自分たちの側へ引き寄せようとした。
カダフィは、その問題をさらに大きくして、アフリカという単位で自立したいと考えていた。
だから、カダフィの「アフリカ自立」は、単なる理想主義ではない。
それは、資源を持つ地域が、その資源の利益と決定権を、自らの側へより強く引き寄せるにはどうすればよいか、という問いでもあった。
一国では弱い。
ならば大陸として束ねる。
この発想は、奇矯に見えて、実はかなり筋が通っている。
2009年にカダフィが AU 議長を務めたことも、この象徴性を強めた。
それは単に輪番で回ってきた地位というだけではなく、彼が少なくとも一時期、アフリカ統合の語りの中で大きな位置を占めていたことを示している。
金ディナール構想は、どこまで事実なのか
ここで、どうしても避けて通れないのが「金ディナール」の話である。
カダフィについて語るとき、この言葉は非常によく出てくる。
アフリカの資源取引をドルやユーロではなく、金に裏打ちされた独自通貨で行おうとしたのではないか、という話だ。
ただし、この点は慎重でなければならない。
今回確認した範囲では、AU の公式資料や国連公文書のレベルで、金ディナール構想が具体的な制度設計としてどこまで固まっていたかを強く裏づける材料は弱い。
つまり、「そうした言説や構想が語られていた」ことと、「実際に制度として具体化寸前だった」ことは、同じではない。
ここは非常に大事だ。
この連載は、読者が陰謀論的な短絡に流れやすいテーマを扱っている。
だからこそ、史料の強さに応じて書き分ける必要がある。
カダフィにアフリカ自立の大構想があったことはかなり確かだ。
だが、それを直ちに「完成間近の金ディナール計画」と言い換えるのは、今の確認水準では踏み込みすぎだろう。
では、金ディナールという話を完全に捨てるべきか。
そこまでは言えない。
少なくとも、カダフィの周囲で、通貨主権やアフリカ独自の金融的自立をめぐる想像力が働いていたことは、彼の統合志向から見て不自然ではない。
ただ、そのことを、「制度としてどこまで確認できるか」と、「象徴として何を語っていたか」に分けて扱うべきだ、ということだ。
2011年介入の公的説明は何だったのか
この点と関わって、もう一つ慎重に扱うべきなのが、2011年のリビア介入との関係である。
よくある語りでは、金ディナール構想や独自通貨構想があったから、NATO に潰された、というふうに一気につながる。
だが、少なくとも公的説明の水準では、そうはなっていない。
国連安保理会合記録での、2011年の介入をめぐる議論の中心は、民間人保護、飛行禁止区域、そして安保理決議1973の実施にあった。つまり、公的説明の前面に出てくるのは、人道危機への対応であって、通貨構想ではない。
もちろん、公的説明だけで歴史の全体像が尽きるわけではない。
国家はしばしば、公式には別の言葉で行動を説明する。
しかし、だからといって、一次資料で強く確認できないものを主因として断定することもまた危うい。
第10回で守るべき線はここにある。
2011年介入の公的説明と、
後から広がった通貨陰謀論的な解釈は、分けて扱わなければならない。

カダフィは何を夢見ていたのか
ここまでを踏まえると、カダフィが夢見ていたものが少し整理できる。
彼は、おそらく単にリビアの地位向上だけを目指していたのではない。
もっと大きく、アフリカを一つの政治的・経済的単位として立て直し、西側への従属から距離を取ることを夢見ていた。
その夢の中には、資源主権、政治統合、経済自立、そして通貨主権に関する想像力も含まれていたはずだ。
ただし、その夢のすべてが、同じ水準の事実として確認できるわけではない。
シルテ宣言(Sirte Declaration)やアフリカ連合(AU)形成への関与は、かなり確かな制度的事実である。
アフリカ連合(AU)議長就任もそうだ。
一方で、金ディナール構想をどこまで具体的な実行計画として記述できるかは、なお慎重に見たほうがよい。
だから第10回で大事なのは、夢の大きさを認めつつ、史料の強さに応じて語ることだ。
カダフィは、奇矯さの奥に、ポスト植民地世界における大陸的自立構想を抱えていた。
しかし、そのことを一本の陰謀物語へ還元すると、むしろ見誤る。
必要なのは、神話化でも矮小化でもなく、構想と史料のあいだで丁寧に読むことである。
ここまでを、いったん整理しておく
カダフィには、アフリカ統合と大陸規模の自立を強く志向する構想が確かにあった。
シルテ宣言 と アフリカ連合 形成への関与、そして アフリカ連合 議長就任は、そのことを制度の側から示している。
一方で、「金ディナール構想」や 2011 年介入との直結は、今回確認した範囲では慎重に扱う必要がある。
そこに関心を持つこと自体は自然だが、史料の強さに応じて書かないと、すぐに神話へ流れてしまう。
ここまで来ると、次の問いが自然に出てくる。
では、その後の時代に、制裁下で「通貨・資源・主権」をもっと露骨に結びつけて語った指導者はどうだったのか。
次回は、マドゥロとベネズエラを見ていきたい。
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