💘『運命の人は白菜を持っていた。』
「今年中に結婚できなかったら、婚活やめます」
そう宣言した瞬間、
相談所の担当者・田中さんが、ものすごく困った顔をした。
「美奈さん。今年、あと三か月です」
「知ってます」
「三か月で結婚ですよ?」
「だから崖っぷちなんです」
私は胸を張った。
胸を張るところではない。
私、佐伯美奈、38歳、独身。
会社では経理課の主任。
年収そこそこ。
料理も一応できる。
掃除もする。
借金なし。
健康。
性格――たぶん普通。
なのに結婚できない。
いや、正確には、
結婚したいと思える人に出会えない。
婚活歴は、今年で六年目になった。

これまで会った男性は、数え切れない。
プロフィール写真と実物が十年前後違う人。
初対面で、
「子どもは最低二人欲しいですね」
と言った人。
会って十五分で、
「料理は毎日します?」
と聞いてきた人。
逆に私も、
「年収は?」
「転勤あります?」
「ご両親との同居予定は?」
なんて質問をしてきた。
ある日、ふと思った。
これはデートなのか、採用面接なのか。
しかも、お互いが面接官だった。

そして日曜日。
私は人生最後――の予定である婚活パーティーに参加した。
会場には男女合わせて二十四人。
司会者が明るく叫ぶ。
「運命の相手を見つけましょう!」
簡単に言わないでほしい。
こっちは六年間探している。
三分で見つかったら、今まで払った相談所代を返してほしい。
一人目。
「趣味は?」
「投資です」
終了。
二人目。
「休日は?」
「筋トレです」
終了。
三人目。
「好きな女性のタイプは?」
「若い人です」
なぜ私の前に座った。
私は笑顔のまま、心の中でテーブルをひっくり返した。

そして七人目。
名前は、高橋修平、40歳。
普通だった。
驚くほど普通。
年収も普通。
身長も普通。
顔も普通。
プロフィールの趣味には、
「散歩・スーパー巡り」
と書いてある。
地味すぎる。
「スーパー巡りって何ですか?」
私が聞くと、修平さんは少し恥ずかしそうに笑った。
「スーパーによって、同じ商品でも値段が違うじゃないですか」
「はい」
「それを比べるのが好きで」
私は思った。
この人とはないな。
六年間婚活してきた女の勘である。
そして、その女の勘が六年間外れ続けていることには、
その時は気づかなかった。

ところが帰り道。
駅へ向かっていると、雨が降ってきた。
「最悪……」
傘を持っていない。
すると後ろから声がした。
「佐伯さん」
振り返ると、修平さんだった。
「駅まで入りません?」
傘を差し出している。
「あ、ありがとうございます」
二人で歩き始めた。
しばらく沈黙。
気まずい。
婚活パーティーでは三分しか話さなかった男と、相合傘である。
人生は展開が雑だ。
すると修平さんが言った。
「僕、婚活向いてないんですよね」
「私もです」
即答した。
「プロフィールを書くたびに、自分が商品みたいに思えてきて」
私は足を止めそうになった。
六年間、ずっと感じていたことだった。
年齢。
年収。
学歴。
身長。
家族構成。
趣味。
条件。
そして最後には、
選ばれるか、選ばれないか。
「分かります」
私は小さく笑った。
「私なんて最近、自分に値札が付いてる気がします」
修平さんも笑った。
「僕なんて半額シールですよ」
「40歳だから?」
「いや、スーパー好きだから」
思わず吹き出した。

駅前に着いた。
そこで修平さんが言った。
「よかったら、ご飯でも食べません?」
普段の私なら考える。
年収。
将来性。
家族。
価値観。
でも、その日は疲れていた。
「いいですよ」
入ったのは、小さな定食屋だった。
おしゃれでもない。
夜景もない。
キャンドルもない。
私は生姜焼き定食。
修平さんはサバ味噌定食。
そこで一時間。
どうでもいい話をした。
コンビニのおにぎりは何味が好きか。
洗濯物を畳むのが嫌いだとか。
子どもの頃、給食のプリンをじゃんけんで勝ち取ったとか。
そして気づけば、私は笑っていた。
婚活でこんなに笑ったのは初めてだった。

帰り際、修平さんが言った。
「また会ってもらえますか?」
私は少し迷って、
「はい」
と答えた。
条件を確認するのを忘れていた。
でも、不思議と怖くなかった。

それから私たちは何度か会った。
デートらしいデートは少ない。
スーパーへ行った。
商店街を歩いた。
ファミレスで三時間話した。
修平さんは、本当に普通の人だった。
でも私が疲れている日は、
「今日は帰って寝たほうがいい」
と言ってくれた。
仕事で失敗した日は、
「それは大変だったね」
とだけ言った。
アドバイスもしない。
説教もしない。
ただ聞いてくれる。
そんなある日。
私は気づいた。
この人の前では、自分を良く見せようとしていない。
それは六年間の婚活で、一度もなかったことだった。

十二月。
今年も残り二週間。
田中さんから電話が来た。
「美奈さん、どうです?」
「何がですか?」
「今年中に結婚できなかったら、婚活やめるって」
「あ……」
忘れていた。
あれほど焦っていたのに。
電話を切ったあと、私は笑ってしまった。
結婚。
結婚。
結婚。
ずっと、その二文字ばかり追いかけてきた。
でも本当は、
結婚がしたかったわけじゃないのかもしれない。
くだらない話をして、
疲れた日に隣にいて、
一緒に歳を取ってもいいと思える人に、
出会いたかったのだ。

その夜。
修平さんとスーパーへ行った。
「見てください」
彼が興奮している。
「何?」
「白菜、98円」
「安いの?」
「激安です」
「じゃあ買えば?」
「一人じゃ食べ切れないんですよ」
修平さんは白菜を持ったまま、私を見た。
そして、妙に真剣な顔で言った。
「美奈さん」
「はい?」
「これから先も、一緒に食べてもらえませんか」
私は白菜を見る。
彼を見る。
もう一度、白菜を見る。
「それって……」
「はい」
修平さんの耳が赤くなった。
「結婚してください」
六年間。
ホテルのラウンジにも行った。
夜景の見えるレストランにも行った。
高級なお店で食事もした。
なのに。
私がプロポーズされた場所は――
スーパーの野菜売り場だった。
しかも彼の手には、
98円の白菜。
「普通、指輪じゃない?」
私が言うと、
「指輪はこれから買います」
「白菜持ってプロポーズする人、初めて見た」
「僕も初めてしました」
私は笑った。
涙が出るほど笑った。
そして言った。
「じゃあ……半分ずつ食べようか」
彼は目を丸くした。
「それは、つまり?」
「よろしくお願いします」
その瞬間、店内放送が流れた。
『本日、白菜がお買い得となっております』
二人でまた笑った。

38歳。
婚活六年目。
私はずっと、
崖っぷちに立っていると思っていた。
若くない。
時間がない。
選ばれなくなる。
そんな言葉に追い立てられていた。
でも違った。
崖だと思っていた場所の向こうには、
ちゃんと道が続いていた。
ただ私は、
「結婚」というゴールばかり見て、
その道を一緒に歩きたい人を見落としていただけだった。

帰り道。
修平さんが白菜の入った袋を持ち、
私はその隣を歩いた。
「鍋にします?」
「いいね」
「豆腐あります?」
「ない」
「じゃあ買って帰りましょう」
そんな会話が、
なぜだか、とても幸せだった。
運命の人には、
鐘の音とともに出会うわけじゃない。
白馬に乗って現れるわけでもない。
もしかすると――
98円の白菜を抱えて、
普通の顔で立っているのかもしれない。

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