過去の香りを、未来の言葉を抱きしめて。
チーチチチ。チーチチチ。
ヂーヂヂヂ。ヂーヂヂヂ。
ちーちちち。ぢーぢぢぢ。
蝉とオオルリの声を風鈴の音色に重ねる……。
文頭の文字を右の人差し指で優しく触れて。
もう一度、心の声に出しながら読んでみる。
正面に映る大きなスクリーンには。
あの日と同じ、天色の空と純白の積乱雲が映り込む。
四十度を超える強い日差しを浴びて。
新芽、若葉、夏虫のグラデーションが草原を彩る。
青、白、緑……。
あの日彼が着ていた服を、私たちの心に分けて。
もう一度、心の声に出しながら名前を付ける。
「帰らなきゃいけなかったのに、いつの間にか夏になってた……。」
私の方が帰りたくなかった。
いつもは正直に言えるのに……なぜかあの日は素直に言えなかった。
「ごめん。」
私たち三人で声を合わせて、何度も言った言葉。
「ありがとう。」
あなたと私の親友が声を合わせて、何度も私に言った言葉。
「未来で待っている。」
あなたが一人で、最後に私に言った言葉。
もう一度、私は優しく左手を添えて。
文頭を右の人差し指で優しくなぞる。
三つの声と、三つの景色と、三つの言の葉を合わせて。
鼻から大きく息を吸い込む。
カビと汗と桃の香りに、十年分の想いを乗せて。
口から少しずつ息を吐く。
野球と小説と一枚の絵画に、十年分の未来を乗せて。
チーチチチ。チーチチチ。
ヂーヂヂヂ。ヂーヂヂヂ。
ちーちちち。ぢーぢぢぢ。
そして、私はあなたの髪をクシャクシャにする。
少し傷んだ自分の肌を触りながら。あなたに触れる。
心の雫を肌に塗り、時代遅れの笑顔を作る。
約束の絵画の前で……。
どんな言葉を掛けようか……。
Time waits for no one
百合(ゆり)の香りを私に。
勿忘草(わすれなぐさ)の花言葉を、あなたに。
