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家族だから、分かり合わなくてもいい。4年間、義実家と距離を置いた僕が、最後に伝えたかったこと


お盆に訪れた妻の実家の有明海の干潟
雲仙普賢岳も見えてとても綺麗なところです。


今年のお盆。


結婚して8年目になる妻の実家に、4年ぶりに行ってきました。


僕は、妻の実家が嫌いだったわけではありません。


むしろ、好きでした。


妻の実家に行ったら、ただのんびりしたかった。


ご飯を食べて。


子どもたちが遊んでいるのを見て。


田植えを手伝って。


おばあちゃんと話して。


夜になったら、みんなで笑って。


僕にとって妻の実家は、そういう場所でした。


でも、4年前から行かなくなりました。


理由は、とても単純です。


行くたびに、


「お前の生き方が心配だ」


「親の仕事を継いだらいいじゃないか」


「安定した仕事をしたほうがいい」


そんな話になるからです。


僕の人生について、何度も説明しなければならなくなる。


そして、何を説明しても、また別の角度から質問される。


僕はその時間が、だんだん苦しくなっていきました。


だから、距離を置きました。


嫌いだからではありません。


嫌いになりたくなかったからです。


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10年前に、もう答えは出していた


僕の生き方については、10年以上前から自分の親とも何度も話してきました。


悩みました。


考えました。


喧嘩もしました。


そして最後は、自分で決めました。


僕には、ずっと追いかけている夢があります。


最終的にどうなりたいのか。


どんな人生を送りたいのか。


それだけは、ずっと自分の中にありました。


だから、僕は「安定した人生」を知らないわけではありません。


安定を捨てて、何も考えずに生きているわけでもありません。


むしろ逆です。


僕は、自分が納得できる人生をつくるために、ずっと考えてきました。


だから、


「大丈夫なのか?」


と聞かれるたびに、


「大丈夫かどうかは、自分が責任を取ります」


と思っていました。


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4年間、僕は聞き流した


4年間、ほとんど何も言いませんでした。


聞き流しました。


言い返しませんでした。


説明もしませんでした。


そして、距離を置きました。


たぶん、それが一番楽だったからです。


人と争わなければ、傷つかない。


説明しなければ、説明するためのエネルギーも使わない。


自分の人生に集中できる。


だから僕は、そうしました。


でも、時間が経つにつれて、ひとつだけ気になることが出てきました。


妻の祖母が96歳になったことです。


今は元気です。


でも、人はいつまでも生きているわけではありません。


僕は、そのおばあちゃんを尊敬しています。


妻と結婚しようと思った理由のひとつでもあります。


だから、


「このまま何も話さずに時間だけが過ぎていいのかな」


と思いました。


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「また聞き流せばいい」と言われた


今回、僕が全部話したあとに、こんな言葉をもらいました。


「人から何かを指摘された時、全力で言い返すと波風がたつ」


「全力で聞き流す力を身につけよう」


「アンチに振り回されない力を身につけよう」


たしかに、分かります。


全部に反応していたら、疲れます。


どうでもいいことなら、僕だって聞き流します。


でも、僕にはどうしても引っかかる言葉でした。


なぜなら、僕は4年間、それをやってきたからです。


ずっと聞き流した。


ずっと我慢した。


ずっと何も言わなかった。


そして、その結果が「4年間の距離」でした。


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僕は「聞き流すこと」が人間力だとは思わない


僕は、人から何かを言われたら、


「はいはい」


と全部受け流す人間にはなりたくありません。


もちろん、全部に反論する人間にもなりたくありません。


大切なのは、


「その言葉は、自分の人生に必要なのか?」


を考えることだと思っています。


自分に必要なら、受け入れる。


間違っていたら、変える。


知らなかったことなら、学ぶ。


でも、自分の人生とは違うと思ったなら、


「あなたはそう思うんですね」


と受け取った上で、自分の道を進む。


僕は、それが「自分の人生を生きる」ということだと思っています。


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夢を叶えた人は、たぶん何度も否定されている


夢を追いかけていると、


「そんなの無理だよ」


「普通に働いたほうがいい」


「そんなことして将来どうするの?」


と言われることがあります。


僕も何度も言われました。


でも、もしそのたびに、


「そうかもしれない」


と聞き流していたら、今の僕はいません。


夢を叶えるためには、


「本当に無理なのか?」


を自分で確かめる必要がある。


人に言われたから諦めるのではなく、


自分でやってみて、


失敗して、


また考えて、


それでもやりたいなら、また進む。


僕はそうやってきました。


だから、


「聞き流すこと」が夢を叶えるための正解だとは、僕は思えません。


むしろ、時には人から言われた言葉に真正面から向き合う必要があると思っています。


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お金の話をした理由


今回、僕は普段なら絶対にしないような「お金の話」までしました。


それについて、


「そんな具体的なお金の話はしないほうがいい」


「妬みや嫉妬を生む」


とも言われました。


でも、僕は少し違う考え方をしています。


誰かが自分より稼いでいたら、


「なんでそんなに稼げるんだろう?」


と僕は思います。


「どんな経験をしたんだろう?」


「何を勉強したんだろう?」


「何を変えたんだろう?」


「自分にも真似できることはあるかな?」


と考えます。


嫉妬するより、分析したい。


羨ましがるより、学びたい。


僕は、そういう人間です。


もちろん、それを他人に強制するつもりはありません。


ただ、僕はそういう考え方で生きています。


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本当は、もっと聞きたかった


今回、僕が自分のことを洗いざらい話したのには理由があります。


僕も、本当は相手のことを知りたかった。


表面的な話だけじゃなくて、


「なぜ、そういう考え方になったのか」


「これまで何があったのか」


「どんな人生を歩いてきたのか」


を知りたかった。


だから僕も、自分のことを話しました。


普段は話さないお金のことも。


今まで聞き流していたことも。


自分がどう考えているのかも。


全部。


本音を出したら、相手も本音を出してくれるかもしれない。


そう思っていました。


でも、そうはなりませんでした。


そこで、僕はひとつ気づきました。


人には、人に話したくないことがある。


それも当然なんです。


家族だからといって、すべてを話さなければいけないわけではない。


信頼関係がなければ話せないこともある。


僕はそれを、今回改めて知りました。


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家族だからこそ、距離が必要なこともある


最終的に、


「価値観が違いすぎる」


「ストレスになる」


「今後はお互いに交わらないほうがいい」


と言われました。


僕も、


「それなら、行く日をずらしましょう」


と伝えました。


そして、そこで終わりました。


昔の僕だったら、


「分かってもらわなきゃ」


と思ったかもしれません。


でも、今は思いません。


分かり合えなくてもいい。


価値観が違ってもいい。


無理に仲良くしなくてもいい。


家族だからといって、いつも一緒にいなければいけないわけではない。


大切なのは、お互いを変えようとしないことなのかもしれません。


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僕は、妻の実家が嫌いなわけじゃない


ここだけは、最後に伝えておきたい。


僕は妻の実家が嫌いなわけじゃありません。


むしろ、また行きたいと思っています。


田植えも、本当は手伝いたい。


子どもたちも、いとこたちと遊ばせたい。


おばあちゃんにも会いたい。


妻にも、実家でゆっくりしてほしい。


ただ、


「僕の人生について説明するために行きたいわけではない」


それだけです。


僕の家には、姉と妹の旦那さんも来ます。


僕は、嫁の実家に来てくれる旦那さんという存在は、それだけでありがたいと思っています。


だから、来てくれたら、


「今日はゆっくりしていって」


と思います。


普段の疲れを少しでも取ってあげたい。


子どもたちにも楽しんでもらいたい。


姉や妹にも、少しでもゆっくりしてほしい。


僕は、そういう家族の時間が好きなんです。


だから僕も、妻の実家ではそうありたい。


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「分かってもらう」ことを、もうやめる


今回、一番大きかったのは、


「自分の生き方を分かってもらわなくてもいい」


と思えたことかもしれません。


僕は僕の人生を生きる。


相手は相手の人生を生きる。


正解は一つじゃない。


僕が正しいとも思わない。


相手が間違っているとも思わない。


ただ、違う。


それだけです。


だから、これからは無理に近づかない。


でも、必要以上に憎むこともしない。


会いたい人には会う。


大切な人は大切にする。


子どもたちには、できるだけたくさんの人から愛されて育ってほしい。


そして、自分自身は、自分の人生を進む。


---


最後に


僕は、夢を追うことを諦めたくありません。


「普通はこうする」


「安定したほうがいい」


「そんなことやめておけ」


と言われても、


一度しかない人生だから、


最後くらいは、


「自分がやりたいと思ったことを、思い切りやった人生だった」


と言える人生にしたい。


もちろん、全部がうまくいくわけじゃない。


失敗することもある。


間違えることもある。


人とぶつかることもある。


それでも、自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取る。


僕は、それを続けたい。


そして、もし今この記事を読んでいる人の中に、


「自分も、本当はやりたいことがある」


「でも、家族に反対されている」


「周りから普通にしろと言われている」


「もう諦めたほうがいいのかな」


と思っている人がいたら。


僕は、その人に一つだけ伝えたい。


あなたの人生を生きるのは、最後まであなた自身です。


誰かに理解してもらうことより、


自分自身が、


「これでよかった」


と思える人生を生きること。


それを、僕は大切にしたい。


そしてもう一つ。


家族だから、全部分かり合わなくてもいい。


離れることは、嫌いになることじゃない。


距離を置くことは、負けることでもない。


もしかすると、


大切な人を嫌いにならないために、離れるという選択もある。


僕は今回、そう思いました。


もしあなたにも、


「家族だからこそ、言えないことがある」


「夢を応援してもらえなかったことがある」


「それでも家族を嫌いにはなれない」


そんな経験があるなら、


よかったらコメントで教えてください。


僕も、今回のことをきっかけに、


「人と分かり合うって何なんだろう」


「夢を追うって何なんだろう」


と、もう一度考えてみたいと思っています。

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