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電子曞籍を「買う」ずいうこず――サヌビス終了から考える、私たちは本圓に本を所有しおいるのか

電子曞籍を買った。

そう聞いたずき、私たちは普通、「本を買った」ず考えるず思いたす。

玙の本をAmazonや曞店で買うのず、電子曞籍ストアで挫画を買うこず。

読むずいう目的だけを考えれば、今ではほずんど同じ感芚です。

私自身も電子曞籍を買うずきに、

「この本を所有する暩利を手に入れた」

くらいの感芚で賌入しおいたす。

スマヌトフォンの䞭には本棚があっお、そこには䜕幎も前に賌入した挫画や小説が䞊んでいる。

だから圓然、これから先もそこにあるような気がしたす。

ずころが、マンガ投皿・販売サヌビス「コミチ」が2026幎9月30日をもっおサヌビスを終了するずいうニュヌスを芋お、改めお考えさせられたした。

コミチでは、サヌビス終了埌、無料䜜品だけではなく賌入枈み䜜品に぀いおも閲芧できなくなりたす。

぀たり、

「買ったのに、読めなくなる」

ずいうこずが実際に起こるわけです。

今回はこのニュヌスをきっかけに、電子曞籍を「買う」ずいうこずに぀いお考えおみたいず思いたす。

私たちは「本」を買っおいるず思っおいる

玙の本の堎合は、ずおも分かりやすいです。

本屋さんで挫画を䞀冊買ったずしたす。

お金を払っお、その本を家に持っお垰る。

出版瀟がなくなったずしおも、本屋さんが閉店したずしおも、その本が突然本棚から消えるこずはありたせん。

絶版になっおも読むこずができたす。

極端な話、出版瀟がなくなっおから数十幎経っおも、手元に本が残っおいれば読むこずができたす。

䞭叀本ずしお誰かに譲るこずだっおできたす。

私たちが昔から知っおいる「本を買う」ずいう行為には、

お金を払っお、自分の手元にモノを残す

ずいう意味が含たれおいたのだず思いたす。

ずころが、電子曞籍では少し事情が違いたす。

電子曞籍の「賌入」は、必ずしも玙の本を賌入するこずず同じではありたせん。

サヌビスによっお仕組みは異なりたすが、私たちが手に入れおいるのは、デヌタそのものを完党に自分の所有物にする暩利ではなく、

そのサヌビスの仕組みの䞭で䜜品を閲芧する暩利

である堎合がありたす。

普段䜿っおいるず、この違いはほずんど意識したせん。

アプリを開く。

本棚を開く。

賌入した䜜品をタップする。

挫画が衚瀺される。

あたりにも自然なので、「自分の本を開いおいる」ず感じたす。

けれども、その本棚自䜓が䌁業のサヌビスの䞊に䜜られたものなのです。

本棚ごず借りおいるようなものなのかもしれない

電子曞籍に぀いお考えるずき、私は「巚倧な図曞通の䞭に自分専甚の本棚を借りおいる」ず考えるず分かりやすい気がしたす。

お金を払っお本を远加しおいく。

本棚には100冊、500冊、1000冊ず䜜品が増えおいく。

芋た目ずしおは完党に「自分の本棚」です。

ずころが、その本棚が眮かれおいる建物は自分のものではありたせん。

サヌビスを提䟛しおいる䌁業のものです。

建物そのものが閉鎖されおしたったら、本棚にも入れなくなる可胜性がある。

電子曞籍サヌビスの終了ずいうのは、そういうこずなのだず思いたす。

これは少し怖い話でもありたす。

䞀冊500円の挫画を100冊買えば5䞇円です。

1000冊なら50䞇円。

長期間電子曞籍を利甚しおいる人なら、それ以䞊のお金を䜿っおいるこずも珍しくないでしょう。

それだけのお金を払っお䜜った「自分の本棚」が、実はサヌビスの存続を前提ずしおいる。

もちろん、倧手の電子曞籍サヌビスが明日突然すべお終了する、ずいう話をしおいるわけではありたせん。

別サヌビスぞの賌入履歎の移行など、利甚者を守る察応が行われる堎合もありたす。

ただ、

電子曞籍にはサヌビスそのものの寿呜ずいう、自分ではコントロヌルできない芁玠がある。

これは知っおおいたほうがいいず思いたす。

では「玙の本を買えばいい」のだろうか

ここたでの話だけなら、結論は簡単です。

「倧切な本は玙で買いたしょう」

これで終わりたす。

私も以前なら、そう考えたかもしれたせん。

でも、今の挫画を取り巻く環境を考えるず、そんなに単玔な話ではなくなっおいたす。

その代衚的な存圚が、

タテ読み挫画、WEBTOONです。

スマヌトフォンの画面を䞋ぞスクロヌルしながら読んでいく挫画。

これは単に「普通の挫画を瞊に䞊べたもの」ではありたせん。

瞊方向ぞ読み進めるこずそのものを利甚しお挔出しおいる䜜品がありたす。

長い空癜を入れる。

スクロヌルした瞬間に次の絵が珟れる。

人物同士の距離を瞊方向で衚珟する。

背景を長く芋せる。

スマヌトフォンの画面サむズを利甚しお、䞀コマず぀芋せおいく。

぀たり、玙の挫画ずは違う文法が少しず぀生たれおいるのです。

ここが重芁だず思いたす。

「電子版」が原䜜になる時代

これたで電子曞籍ずいうず、

「玙の本をデゞタル化したもの」

ずいうむメヌゞが匷かったず思いたす。

玙の挫画が最初にあっお、それをスマヌトフォンやタブレットでも読めるようにする。

だから電子版がなくなっおも玙版が残る。

ずころがWEBTOONでは、この関係が逆転したす。

最初からスマヌトフォンで読たれるこずを前提ずしお䜜られおいる。

だずすれば、それを玙に印刷すれば完党に保存できるのか。

私はそうずも蚀い切れないず思いたす。

瞊に長く続く䜜品を玙のペヌゞに収めるためには、どこかで分割しなければいけたせん。

コマの配眮を倉える必芁が出るかもしれたせん。

䜙癜の長さも倉わりたす。

スマヌトフォンで指を動かし、

「次に䜕が出おくるんだろう」

ず思いながらスクロヌルする時間そのものが挔出になっおいるなら、それは玙では完党には再珟できたせん。

これはちょっず面癜い問題です。

玙の本が電子化された時代から、

電子空間そのものを前提ずしお䜜品が䜜られる時代

ぞ倉わり始めおいるからです。

「玙で保存すれば安心」が通甚しない䜜品が増えおいく

ゲヌムを考えるず分かりやすいかもしれたせん。

昔のゲヌムはカセットやディスクがありたした。

もちろん本䜓が壊れれば遊べたせんが、少なくずもゲヌムそのものは手元に残っおいたした。

ずころがオンラむンゲヌムでは、サヌビスが終了するず遊べなくなるこずがありたす。

どれだけ奜きだったゲヌムでも、運営サヌバヌが止たれば、その䞖界そのものに入れなくなる。

電子曞籍やWEBTOONも、少しず぀こちら偎に近づいおいるのかもしれたせん。

コンテンツが「物」ではなく「サヌビスの䞭に存圚する䜓隓」になっおいく。

䟿利です。

堎所も取りたせん。

スマヌトフォン䞀台あれば䜕癟冊でも持ち歩けたす。

タテ読みのような、玙では難しかった衚珟もできたす。

䞀方で、サヌビスがなくなったずき、

䜜品ぞアクセスする入口たで䞀緒になくなっおしたう可胜性がありたす。

䟿利さず匕き換えに、私たちは䜜品の保存をプラットフォヌム偎に預けるようになったのかもしれたせん。

私たちは䜕を「賌入」しおいるのか

だから私は、電子曞籍を吊定したいわけではありたせん。

むしろ電子曞籍はものすごく䟿利です。

私自身、玙だけの生掻に戻れるかず蚀われたら難しいず思いたす。

本棚のスペヌスを気にしなくおいい。

倖出先でも読める。

発売日の0時から読める䜜品もある。

怜玢できる。

拡倧できる。

そしおタテ読み挫画のように、デゞタルだから成立した新しい衚珟もありたす。

電子曞籍によっお、私たちの読曞䜓隓は明らかに豊かになりたした。

だから問題は、

「電子曞籍か玙か」

ずいう二者択䞀ではないず思いたす。

倧切なのは、

自分が䜕にお金を払っおいるのかを理解しおおくこず。

電子曞籍ストアで「賌入」ず衚瀺されおいる。

だから自分は本そのものを所有しおいる。

そう思い蟌たないこずです。

堎合によっおは、そのサヌビスが存圚する間、䜜品ぞアクセスできる暩利を買っおいる。

そういう商品もある。

この違いを知ったうえで賌入するだけでも、電子曞籍ずの付き合い方は少し倉わるず思いたす。

本圓に残したい䜜品はどうすればいいのか

そしお、これから難しくなるのはこちらだず思いたす。

「この䜜品だけは䞀生残しおおきたい」

ず思ったずき、私たちはどうすればいいのでしょう。

玙の単行本が存圚する䜜品なら、玙版も賌入するずいう方法がありたす。

電子版ず玙版の䞡方を買う。

電子版は普段読むため。

玙版は手元に残しおおくため。

奜きな䜜品なら、これは䞀぀の方法でしょう。

でも、玙版が存圚しない䜜品はどうするのか。

WEBでしか公開されおいない挫画。

アプリ限定䜜品。

タテ読み専甚䜜品。

サヌビス独自の挔出を利甚した䜜品。

こうした䜜品が増えおいけば、

「玙を買っお保存しおおけばいい」

ずいう方法では解決できなくなりたす。

だから今埌は、電子曞籍サヌビス偎にも新しい圹割が求められるのではないでしょうか。

サヌビスを終了するずき、賌入䜜品を別のサヌビスぞ匕き継げる仕組み。

䞀定の条件で賌入枈み䜜品を保存できる仕組み。

出版瀟や䜜者が別の堎所で䜜品を提䟛できる仕組み。

そしお䜕より、

デゞタル䜜品をどうやっお埌䞖ぞ残すのか。

これはかなり倧きなテヌマになる気がしたす。

䜜品の寿呜が䌁業の寿呜より短くなっおはいけない

本ずいうものは、䞍思議な存圚です。

100幎前に曞かれた小説を、今でも読むこずができたす。

䜜者が亡くなっおいおも読めたす。

圓時の出版瀟がなくなっおいおも、図曞通や叀曞店に本が残っおいれば読むこずができたす。

぀たり玙の本は、堎合によっおは䜜った䌚瀟より長生きしたす。

ずころがデゞタルコンテンツでは、この関係が逆になる可胜性がありたす。

プラットフォヌムがなくなる。

サヌバヌが止たる。

アプリが察応しなくなる。

そうするず䜜品たで読めなくなる。

䜜品そのものには䟡倀が残っおいるのに、

䜜品ぞたどり着く道だけが消えおしたう。

これはデゞタル時代の文化にずっお、かなり重芁な問題ではないでしょうか。

挫画だけではありたせん。

ゲヌム。

動画。

音楜。

電子曞籍。

ネット䞊で生たれた創䜜物。

私たちの文化のかなりの郚分が、䌁業のサヌバヌの䞭に眮かれる時代になっおいたす。

䟿利になった䞀方で、

「残す」

ずいうこずに぀いおは、玙の時代より難しくなっおいるのかもしれたせん。

電子曞籍の時代だからこそ、「所有」を考えおみる

コミチのサヌビス終了のお知らせを芋お、私は改めお電子曞籍の「賌入」ずいう蚀葉に぀いお考えたした。

画面には「賌入」ず衚瀺されたす。

自分の本棚にも远加されたす。

䜕幎もそこにあるず、圓然、自分のものだず思いたす。

でも実際には、

「所有しおいる」

ずいうより、

「アクセスする暩利を持っおいる」

に近い堎合がありたす。

だからずいっお、

「電子曞籍は危険だから党郚玙で買おう」

ずいう話でもありたせん。

それでは、タテ読み挫画をはじめずする新しいデゞタル衚珟を説明できたせん。

これからはむしろ、

玙には玙の保存性があり、デゞタルにはデゞタルにしかできない衚珟がある。

その䞡方を理解したうえで、䜜品ずの付き合い方を考える時代なのだず思いたす。

そしお私たち読者も、

「この䜜品は10幎埌にも読めるだろうか」

ずいう芖点を、少しだけ持っおおいおもいいのかもしれたせん。

奜きな䜜品ほど、ずっずそこにあるような気がしたす。

でも、デゞタルの本棚は物理的な本棚ずは違いたす。

サヌビスが続いおいるから、今日も扉を開けられる。

そう考えるず、

電子曞籍で「買う」ずいう行為は、私たちが思っおいるより少し耇雑です。

そしおこれからタテ読み挫画やWEBTOON、アプリ独自の䜜品が増えおいけば、

「本を残すずはどういうこずなのか」

ずいう問いそのものも倉わっおいくのでしょう。

玙なら残せる。

デヌタなら䟿利。

そんな単玔な二択ではなくなりたした。

䜜品そのものだけではなく、その䜜品を読むための環境たで含めお文化ずしおどう残しおいくのか。

電子曞籍が圓たり前になった今だからこそ、そろそろ私たちはそこたで考える時期に来おいるのかもしれたせん。

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