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デマの心理孊流蚀ず雑談の関係䞭村叀峜 流蚀の解剖

䞉 流蚀は雑談を媒介ずする


 流蚀の発生するもずは、これを二぀に分けお考えるこずができる。倖郚的条件ず内郚的条件ずである。

流蚀発生の倖郚的条件

 これは、すなわちその瀟䌚の状態をさすのである。瀟䌚状態が健党であれば、流蚀の発生する䜙地はない。たずえ発生しおも、単なる眪のない颚説か、笑い話の皋床のものにずどたる。そしお、それは颚のように通り去っおしたっお、あずになんの圱響をも残さずに消えおしたう。人を狂奔させたり、焊慮させたり、あるいは残酷な犯眪行為をさせたりするようなこずはない。

 流蚀の発生する瀟䌚状態ずは、たたこれを二぀に分けお考えるこずができる。

 その第䞀は、小は隣組から、垂町村、府県等の階段を経お、䞀囜を圢成する組織的の団䜓をさすもので、これがはたしお健党な、たた堅実な意識をもった団䜓をなしおいるかどうかによっお、根もない流蚀がひろがりやすいか、吊かが決定される。

 第二の条件は、そのずきの瀟䌚が盎面しおいる事情をさす。あるいは戊争をしおいるずか、異垞な灜厄にかかったずか、困難な経枈䞍安なり、瀟䌚䞍安なりの状態にあるずか、いうずきをさすのである。

 この䞡方の条件が組み合わされお、たずえば非垞に動揺しやすい囜民が、異垞な事件に盎面した堎合に、ずお぀もない流蚀がおこなわれお、悲惚な結果に終わるずいう事態を生ずるのである。

 フランス革呜のずきは、氞幎にわたる圧制のために、人心が非垞に動揺しやすくなっおいた。特暩階玚に察する反感が充分に逊われおいたので、たちたち流蚀に動かされお、バスチヌナを砎壊しおしたったのである。

 倧正十二幎の倧震灜における、関東地方の䜏民の心理状態は、はたしお遺憟なかったずいいうるであろうか。この流蚀隒動は、たったくの自衛本胜に発しおいた。そのほかには、たったくなんの雑念もなく、いわんや野心的な䜕物もなく、䞀皮の隣保的掻動であったこずは認められおいい。

 しかし、それが狭あいな芖野に閉じこめられお、䞀歩ひろく進んで芋るだけの䜙裕を欠き、したがっお、事理の刀断が぀かなくなり、無益な流血の惚事をかもしだしたこずは、圓時ある論者がいったごずく、囜民の匱点を暎露したものずしお、おおいに恥じなければならぬ。それたでの囜民は、たったくかかる点に぀いおの教逊も蚓緎も欠けおいたのである。

 安政の倧地震は、もう蚘憶から消え去っおいたし、日枅、日露の圹は、短期に倧勝を埗お、盎接囜民生掻にひびくこずが少なかったのであるから、突発事故に察する心がたえずいうものがたったくなかったのである。

 こんにちの事態は、そのころずはたったく圢盞を異にするのであるから、あのような悲惚を、断じお繰り返しおはならぬのである。しからば、われわれはいかなる心がたえをもたねばならぬか。それには、たず流蚀の媒䜓たる雑談を譊戒せねばならぬ。

 流蚀は、人の口から耳ぞ、蚀語ずいう甚具によっお䌝わっおいく。文曞による流蚀ずいうこずも考えられぬではないが、印刷物や出版物によるものは宣䌝や公衚物であるから、いわゆる流蚀の範囲に入れおは考えにくい。私信などによるずすれば、これは察者を䞀人に限るのであるから、口で語りあうのずなんの遞ぶずころはない。

 蚀語――それは、人間の生掻手段ずしお、なんずいう有力な歊噚であろう。ず同時に、たたそれが人間にずっお、良薬倉じお毒薬ずなるの反䜜甚をなした事実がしばしばあったこずも考えねばならぬ。昔から「女が䞉人よれば姊しい」ずいい、「口は犍の門」ずもいたしめおいる。

 西掋のこずわざにも、「沈黙は金」ずいっおいる。倧孊者になるず、必芁なこずは話しおも、けっしお雑談はしないずいう人が倚い。文豪メ゚テルリンクなどは、明らかに沈黙をもっお最䞊のものずしおいたくらいである。

 犍があるからずお、談話をたったく封じおしたうずいうこずはできない。掗緎された豊富な話題の持䞻であるこずは、人間が瀟亀的動物であるかぎり絶察に必芁である。

 故新枡戞皲造博士は、近䞖の日本が生んだ偉倧な䞖界人で、ほずんど䞖界䞭の知名人を友人ずし、芪しく語り合っおきた人である。その芪しく語り合った知名人に぀いお、博士が蚘述されたものを芋るず、䞖界的に名をなすような孊者政治家は、豊富な話題、掗緎された教逊の持䞻であるこずがわかる。あるいは矎術を語り、あるいは思想を論じ、愉快に語り合うこずを瀟亀堎の儀瀌ずしおいる。圌らは、䞀二の䟋倖を別にしおは、けっしお他人を批評したりしお、感情を害するようなこずをいわない。たた圌らは、政治䞊の機埮など、䞀囜の政治問題に関するこずを䞍甚意にいわない。たた圌らは、品性に関するような、䞋劣な事柄を話題ずしない。愉快に話し合っお、しかも埌に悪い感じを残すこずをしない。これ掗緎されたる談話の埳である。

 ひるがえっお、われわれの呚囲を顧みるに、はたしおどんな状態であるか。

 ある地方では、芖察にきた政治家の歓迎宎䌚に、芞者が郜合ででなかったら、その政治家が倧倉怒ったずいう颚聞があった。こういう政治家が、いったいどんな雑談をしおいるか、掚察にあたりある。
 倧臣をやめたずきの感想ずしお、「飯食っお糞たれたようなものだ」ず攟蚀したものもあった。この人が、どんな気持ちで矎術品などを、集めたり、ひねくったりしおいるかが想像されるではないか。

 䞊流に䜍する人間にかかる者ある以䞊、ふ぀うの垂民階玚における雑談に、高玚な質は望みがたいこずかもしれない。他人のうわさ、自慢ばなし、䞍平ばなし、そんなこずが䞻ずなっおいるずころぞ、うっかり思想だの、矎術だのずいいだせば、「あい぀は䞖間知らずだ」ずか、「あい぀は人間ばなれしおいる」ずか冷評される。

 かかる䜎玚な雑談が、流蚀にはもっずも奜適な枩床ずなっお、その䌝播を助けるのである。さればここには圓然、この雑談する人の心理状態に぀いお、少しメスを向けるこずにしよう。

話したがるこず

 䞖にはいわゆる「話し奜き」ずか「話し䞊手」ずいわれる人が倚い。女の「話し奜き」は共通の倩性のようにいわれおいるが、男にも倚い。「話し奜き」が同時に「話し䞊手」であるずはかぎらないが、よく話したがる人がある。なんでも知ったこずにはすぐに口を出す。そしお、なかなか人の話は聞こうずしない。他人がなにか話しだすず、すぐ話の腰を折っおしたい、自分のいいたいこずばかりいっおいるずいうふうである。

 圌らはどんなこずを話すかずいえば、たず自己の経隓である。自慢である。そうしお、たた反察の䞍平、苊痛の蚎えである。他人の論評である。こずに悪口が倚い。こずごずく卑近なこずばかり、䜎劣な品性を芋透かされるようなこずばかり、しかもそれを自芚するこずはほずんどない。

聞きたがるこず

 䞖にいわゆる「聞き䞊手」ずいうもの。しかしこれも、巧みに談話を操瞊しお、瀟亀的粟神を発揮し、人びずの心を愉快にするずいう意味のものならば結構であるが、倚くは䞀皮の奜奇的な詮玢癖からくるものであるからよろしくない。その詮玢の的ずなるものは、われわれの日垞生掻に関係深い政治䞊、経枈䞊の事項であるはただしも、他人のうわさ、こずさらに人聞きの悪いこずを、根ほり葉ほり聞きたがるのが、われわれ凡人の通有性である。

話題は人を支配する

 人が䜜っおなす雑談であるが、これがいったん口を出るず、今床は逆に人の感情や行動を支配する。日垞のわれわれではほずんど気が぀かないのがふ぀うだが、少しく神経的の異垞者においおは、これが明瞭にあらわれる。

 神経質者や神経衰匱者などは、自己の症状に執着しおいる。自己の病苊を執拗に蚎えるこずによっお、かえっおその病苊を増悪しおいる堎合が倚い。

 「苊しい、ああ苊しい」ず絶えず苊悶を口にするがために、いっそうその苊しさが倧きくなっおくる。このこずは心理孊者によっおもすでに確かめられたこずで、これはゞェヌムス・ランゲの法則()ず称せられる。したがっお、この執着を去るために、皮々な手段が甚いられる。あるいは薬物を甚いるこずもあり、あるいはたた暗瀺により、あるいはたた䜜業等の肉䜓的運動を課するこずも有効である。

 この病苊の執着は、雑談によっお、さらに匷化される。心内の苊悶だけでは、はっきりした定型をもたぬ堎合がある。

 しかし、䞀床これを口に出すず、蚀葉の調子によっお、どうやら圢をなしおくる。雑談の盞手からの暗瀺も手䌝う。自分が無意識のうちにたじえる想像や虚蚀も手䌝う。そうしお、自分の心内のもやもやが、いかにもはっきりした倧げさなものになっおくるのである。そうしお、はじめからそんな倧げさなものであったように思っお、非垞な苊悶におそわれるのである。

 著者の経営する神経病患者の療逊所では、療逊者に察し、いっぜうでは肉䜓的の䜜業を課し、他方では、雑談の厳廃ずいうこずを培底的に励行させおいる。
 その理由は、右の説明で圓然うなずかれるであろう。

 普通人の雑談にあっおも、皋床の差こそあれ、かかる珟象は぀ねに芋受けられる。「話し半分」ずいうずおり、ずかく、人の話には誇匵がたじる。芋えすいた嘘をいう人がある。すぐばれるうそを平気で、䜕床でも繰り返すのである。

 嘘を぀こうずしおの嘘でないだけに、かえっお始末がわるい。その嘘を、たたみずから信ずる。そうしお、みずからそれに支配される。

 こずさらにそれが、各人の生掻に密接な関係をもっおいる流蚀である堎合にしかりである。婊人があわおお買いだめ、買いあさりに歩くのは、倚くこれである。

 ゞェむムズ‐ランゲの理論は、生理孊的な倉化が情動を生じさせるずする説。抹消起源説ずもいう。この説によれば、「泣くから悲しい」ずいうこずになる。これに察し、情動が生理孊的倉化を惹起するず考えるキャノン‐バヌドの理論䞭枢起源説がある。この説では、「悲しいから泣く」ずなる。心因的な文脈ずするなら、ここではキャノン‐バヌドの理論が劥圓するず思われる。

雑談には埮劙な刺激がある

 なんの気なしに話したずいうこずをよくいう人があるが、そのなんの気なしに話したこずが、どんな埮劙な圱響力なり感化力なりをもっおいるかを、少しでも考えおみた人がはたしおあるだろうか。

 たず態床の刺激がある。盞手がたじめであるか、ふたじめであるか、身分が高いか䜎いか、皮々な堎合に応じた刺激がある。そうしおこずさらには、蚀葉は䞁寧を尜くし、真心をあらわしおいるように芋えおも、その顔぀きなり、目぀きなり、たたは身のこなしなりに、本心は案倖鋭くあらわれるものであり、自分では意識しないでも、自然ずそれに察する同化なり、たたは反発なりを瀺しおいるものである。

 倚数の人ず亀わっおいるず、自然に奜き嫌いができるのもそれである。そうしお倚数人が、比范的たじめな人物の集団なり、あるいは䞍良傟向をおびた者ばかりの集団なりに、自然ず分かれおくるのも、ここに䞀぀の原因がある。この珟象は、こずさらに幎少な、感芚や感情の鋭敏な者の集たりにおいお、よく芋られる。圌らは、瀟亀的の術策に比范的うずいからである。教育家がよく「友を遞べ」ずいう。悪い者の集団に入るず、圱響されおたすたす悪くなるこずを防ぐための努力である。

 蚀葉の刺激もある。単に態床ばかりでなく、雑談の蚀葉そのものが、案倖真情を停りえぬ堎合が少なくない。盞手がなんの気なしにいったこずでも、聞き手は自分の身に匕きくらべお考え、異垞な衝動を受けるのである。

 著者の療逊所の患者で、期埅どおりの順調な経過をずっおいる者が、途䞭でふず心機䞀転したように悪化し、それたで本人自身すこしも気にしおいなかった些现なこずに、激しく煩悶しだすこずがある。その堎合を調べおみるず、かならず厳犁を砎っお、他の患者ず雑談をしおいるのである。そしお、盞手がくどくど病苊を蚎えるのを聞くず、自分がいたたで気にしおいなかったこずも、重倧な症状であったかのような錯芚を起こし、あずからあわおお苊悶しだすのである。神経の過敏なものは、なんでも自分の身に匕きあおお考える。

 されば些现な蚀語の切れはしでも、すぐ過激な刺激ずなる。これも、著者の療逊所が、雑談の厳廃を芏定する䞀぀の理由なのである。

 戊時䞋ずいう非垞時局にあっお、人びずは倚かれ少なかれ、この神経過敏症に陥っおいる傟向はないか。こずさらに、物資が倚少ずも䞍足しおくるず、家庭生掻の担任者たる婊人が、いたずらに神経を尖らしお、「䜕がない」ず聞けばすぐ買いあさり、「どこに䜕がある」ず聞けばすぐ買いだめる傟向がありはしないか。

雑談ず垞䌚

 こんにち、隣組ずいう組織が普及しお、隣保共助の粟神を堅固にし぀぀あるのはよいが、その垞䌚なるものは、雑談の芋地から、もう䞀床芋盎し、もっず譊戒する必芁がありはしないか。
 圓局のほうでも、垞䌚が流蚀の枩床ずなりやすいこずを戒めおいるが、どこでも婊人が倧郚分の出垭者であり、なんの話題もなく挫然集合するこずは、いきおい雑談の巣ずなり、流蚀の培逊基ずなりやすいこずは圓然である。
 この組織の改廃ずいうこずはちょっず困難ではあるが、圓面の策ずしお考えれば、婊人方の自重を望むずずもに、この章のはじめに述べたように、だれもがもっず高玚な豊富な話題をも぀ようにありたいず思う。
 最近にも、぀ぎのような投曞が、新聞玙䞊に発衚されおいるのを芋た。この䟋では、盞手が倖人だったから、目暙になりやすかったが、これが日本人であり、しかも無意識に流蚀を飛ばしおいるこずが、倚くの垞䌚にあるのではないかず考えさせられる。
 「山手のある隣組に、頻々ずしおデマが飛び始めた。そのうちに、このごろこの隣組に越しおきたずいう倖人が怪しいずいうこずになった。
 は某囜人で日本に十幎あたりも䜏み、日本語もなかなか巧みで、毎日東京の商事䌚瀟に通勀しおいるずいう話だったが、垞䌚などにもよく出垭しおは熱心にみんなの話を聞いおおり、ずくに物資配絊䞍円滑などの盞談には人䞀倍関心を瀺すふうだった。おかしいず思われるのはなにかのたびに『遞挙遞挙』ず投祚の圢で総意を決めたがり、なにかの甚事での家に行くず、応接宀には埗䜓の知れぬ機械類がいっぱい集めおあり、節電の䞖もどこ吹く颚で、深倜煌々ず電燈の灯がそこから掩れおいるずいう始末に、隣組䞀同の意芋がどうも倉だずいうこずに䞀臎した。
 それからはみんなで泚意しはじめたが、ずんでもない非囜策のデマの出所がであるこずを突きずめたのが、同じ隣組の八癟屋のさんだった。以来のいる堎合には、物資配絊などの話も深入りをしないこずにしお、遠巻きに監芖するいっぜう、亀番に代衚が出向いおの身蚱調査をお願いした。
 たもなく圓局の掻動ずなり、は家宅捜査をおこなわれ怜挙されたが、隣組を通じおいく぀かの諜報が集められおいたず聞いたずき、䞀同顔を芋合わせお『口は犍のもず』であるこずに、いたさらながら防諜の誓いを固くした。」暪浜、防諜生、䞃月十六日、朝日新聞
 ぀ぎには、雑談なる瀟䌚的行為を組成する各個人を少し考察しよう。
 だれでも圌でもが流蚀するものか。かならずしもそうずはいわれない。流蚀しやすい人、容易に流蚀しない人、ずいう区別はもちろんある。その区別はどうしお生ずるか。それにはいろいろな条件がある。

男女どちらが流蚀しやすいか

 遺憟ながら、女性に指を屈しなければならぬ。井戞端䌚議ずいう女性を䟮蔑した蚀葉があるずおり、たこずに婊人は噂が奜きである。奜奇心が匷い。詮玢癖がある。詮玢癖も、それが、高尚な、教逊を高めるための孊究心ぞ発展しうる詮玢癖ならよいが、卑近な、ずるにも足らぬこずに、いちいち耳目を働かせたがる。近所の花嫁の姿を芋るためには、炊きかけの飯の焊げ぀くのもかたわずにかけだすずいうのが、女性の通癖である。

 詮玢癖はたた誇瀺癖ず連絡する。知りえたこずは、さらに他人に瀺しお、いかにも自分が優越の地䜍を占めたかのような満足感を埗る。「六阿匥陀嫁の噂の捚おどころ」ずいう川柳が瀺す、この婊人の噂奜きこそ、流蚀の食いこむもっずも倧きな隙間である。

 珟代の戊争が始たっお以来、わが日本人の間にも、遺憟ながら流蚀に食いこたれたこず絶察になしず誇称するこずはできない。

 その流蚀の䞭で、婊人らしい奜みの流蚀がいかに倚いこずか。近くは本幎二月䞀日衣料切笊制が実斜されるず、たちたち、「玙も切笊制になる」ずいう流蚀がおこなわれた。そうしお、各所の玙屋に婊人が殺到しお行列をなし、たちたち玙の品切れをきたした。なんずいう恥蟱であろうか。玙が切笊制になったずしおも、配絊を適圓にするずいう意味ではあっおも、絶察に売らぬずいう意味ではない。それを、絶察手に入らぬかのごずく考えお、二幎分にも䞉幎分にもあたる倧きな玙束を買いだめた婊人の浅たしさには、心ある者はだれしも憀りを感ぜずにいられないであろう。

 婊人の流蚀は、軍事行動ずか、政治動向ずかに関するものは少なく、盎接日垞生掻に関するものが倧郚分である。しかしこれは、じかに圌女らの利己的感情を刺激し、すぐに盎接行動ずなっおあらわれるのであるから、䞀郚の者に倚倧の迷惑をおよがし、それが぀もっおは瀟䌚的の恥蟱をさらけ出し、敵偎には「日本窮せり」ずの䞍利な情報を提䟛するこずになるわけである。

 思慮なき婊人の䞀蚀䞀行、事はたこずに小さいようであるが、たた考えようによっおは非垞に倧きな意矩をもっおいるずいわねばならぬ。

幎霢関係ではどうか

 はっきりしたこずはいえないし、たた、そうした調査の機関も機䌚も埗られないが、幎霢にずもなう、知識、教逊の皋床によっお差別がある。そうしお、あたりに幎少のものは、知識が䜎床であるから論倖ずしお、青少幎の盛りのころに比范的倚い。

 著者の呚囲の芳察によっお、ほがかかる結論に到達した。圌らの心理状態を考うるに、ほが前項の婊人ず同様な状態で、知りえた興味ず、これを瀺したい欲望にずらわれるものらしい。しかしお半面、その事実に批刀を加うべき教逊の欠乏が、これを助けおいるこずは争われない。

 ある䞭孊生は、その父芪が盞圓高玚な軍人で、出動するこずになったずいうこずを、「これは秘密だよ」ず前眮きしながら、だれ圌なしに話しお歩いた。

 総じお、この皮青少幎の流蚀は、婊人のごずく盎接日垞生掻に関するものが少なく、瀟䌚的䞀般的興味に属するものであるこずは、圌らが生掻の責任者でない点から、圓然銖肯しえられるであろう。

どんな教逊の人が

 もちろん、前二者の芳察から、圓然教逊の䜎床な人が流蚀しやすいずいうこずがいわれる。ただしここでいう教逊は、かならずしも孊者であるずか、物知りずかを意味しない。ひろく知るよりも、批刀力のあるずいうこずが倧切である。䌝えられた流蚀に察し、それが事実でありうるか、その流蚀の結果がいかに重倧であるかを、冷静に刀断しえない者が、たちたちその流蚀に乗ぜられるこずになるのである。

 支那事倉勃発の圓初、非囜民的行為のあった者は、憲兵が即座に銃殺するずいう流蚀が飛んだこずがある。かかる流蚀は、法治囜民ずしお、少し萜ち぀いお考えれば、すぐ刀断ができるはずである。
 いかなる犯眪も、裁刀を経ずしお刑に凊せられるこずはない。たずえそれが軍事に関しおも軍法䌚議なるものが厳存しお、そこに回付されおはじめお眪を問われるこずになるのである。この事実の䞀角をでも了解しおいれば、かかる流蚀の根なし草なるこずは、すぐに䌚埗がいったはずである。
 しかし、教逊の高い人は絶察に流蚀を信じないか、ずいえばかならずしも断定できない。これはのちに述べる矀衆心理による堎合もあるし、たた、その個人の事情にもよるこずである。

 倧震灜のずき、長岡半倪郎博士ほどの人が、鮮人の毒薬投入の流蚀を信じられた『思想』倧正十二幎十䞀月号参照。もっずも、博士は、呚囲の人心に適応したたでで、内心は苊笑いしおおられたのであろう。博士自身は少しもこんな流蚀を䌝播された様子はないし、したがっおこの話も単なる逞話でしかない。しかし著者の近蟺のある文筆に携わる者が、その子息の䞭孊入孊の問題にからんで、受け持ちの囜民孊校蚓導を誹謗し、十䜕ケ条かの非をあげお人に觊れ歩いた。その蚓導の枅廉なるこずを知っおいた著者ずしおは、ひそかに憀懣を犁じえなかったこずである。教逊の高いものでも、ずきにかかる流蚀癖に陥るこずがあるのであるから、もっずも戒心せねばならぬ。

どんな性栌の人が

 個人的には、やはり動揺しやすい人ずいうほかはない。理智的よりも感情的な人、䞀盎線に、前埌関係を刀断し、考慮する傟向のない人。この点で、もっずも婊人的の傟向ずいいうる。

 いったい流蚀は、秘密的の臭味をもっおいる。この点がこずさらに、奜奇的興味をいだかせる。秘密であるずいっお話されるこずは、同じこずでも異垞な感銘をいだかせる。秘密なこずを自分が知りえたずいう独占欲を満足させる。冷静に考えれば、はたしおその秘密が、自己の独占にのみ属するか吊かは、あやしいふしが倚い。しかしかかる点はたったく考慮の倖に投げだされお、「秘密」の垜子をかぶった事柄に、異垞の興味を満足させる。

 しかしこの秘密を知ったずいう喜びも、自分だけが守っおいたのでは他人にはわからない。他人にわからないでは、せっかくの興味も、充分には満足させられない。

 そこで、圓然これは誇瀺欲、あるいは発衚欲に結び぀けられる。他人に発衚しお、自分がその秘密知埗の優先者であったこずを明らかにするずきに、初めお心ゆくたでの誇りを味わうこずができる。

 この心理過皋の䞊から考えお、圓然理智的刀断が䜎くお、他人の物事をむやみに知りたがる人、そうしお䞀面、饒舌家で、なににかぎらず、知りえたかぎりを発衚したがる人、そういった性栌のものが流蚀の䌝播に有力な圹割を぀ずめおいるこずがわかる。

 そうしお、その裏面には、極端な利己本胜や恐怖本胜が働いおいる。経枈䞍安の堎合には、利己本胜から、あわおお買いだめをやる。瀟䌚䞍安等の堎合は、恐怖本胜から、無益な殺傷事件をも生ずる。震灜時の流血など、この皮のものず考えるこずができる。

その他の諞条件

 その他、職業関係もあり、宗教関係もあり、皮々な人の区別によっお、流蚀しやすい人、流蚀を信じやすい人、それらの皮類があるこずが考えられる。しかしこれらは、䞀括した考察は困難な問題であるから、各人の立堎にたっお考慮しおもらいたい。

 さお、個人個人の堎合は、どんな人が流蚀に乗るかを考えおきたが、それではすべおの堎合に、かならずこうであるかずいえば、それがいいきれない。ずいうのは、流蚀は䞀皮の瀟䌚珟象であり、集団心理あるいは矀衆心理の珟象だからである。

 個人ずしお立掟な人物でも、集団や矀衆の間に入るず、たったく別個な心理珟象を呈するこずが少なくない。したがっお、個人的には流蚀しえないような人物も、倚人数寄り集たるず、存倖重倧な流蚀者の圹割を぀ずめるこずなきを保蚌しえない。

 そこで、ここに矀衆心理なるものに぀いお、考察する必芁が生じおくるのである。

䞉 流蚀は雑談を媒介ずする


いいなず思ったら応揎しよう