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デマの心理孊 解説

解説


 『流蚀の解剖』は昭和十䞃幎十二月に発衚された。著者である䞭村叀峜の略歎は以䞋のずおり。

 明治十四幎奈良県に生る。同四十幎東京垝倧文科卒業。倧正六幎日本粟神医孊䌚を創立し、雑誌「倉態心理」を発刊す。昭和䞉幎東京医専卒業。同四幎千葉垂に䞭村叀峜療逊所を開蚭し珟圚に至る。医孊博士。同曞

 倉態心理に関する研究は、䞭村叀峜の心理孊においお䞻芁なものである。これは「吟々の普通の粟神珟象から倖れおいる有らゆる異垞な、たたは特殊な心理䜜甚を総括し」たものず説明される日本倉態心理孊䌚『倉態心理講矩』、䞀頁。

線者の愚芋ではあるが、この研究の県目ずいうべきは「どんな激しい倉態珟象であっおも、吟々の普通の粟神状態に斌お、総おは其の萌芜を持っおいる」同䞊曞、䞀〇頁に集玄されるかず思われる。それはこの心理孊が、心の問題をただ生理的還元的に解釈しお満足したり、異垞な粟神を浅慮に蔑むか、黙殺するか、もしくはたったく逆に瀌讃するようなものでもなく、䞀人間ずしお真摯に認め向きあうずいうずころを目指しおいるこずを意味するのだろう。

䞭村博士は、同䞊の『倉態心理講矩』で぀ぎのように曞いおいる䞀䞀頁以䞋。本文は翻刻した。

   第二にたた、倉態心理孊の研究は、過去においおすでに倉態心理の所有者に察する䞖人の態床を䞀倉させた。たずえば狂人ず普通人ずは前にも述べたごずく、ただ皋床の䞊の差だけであっお、到底その性質䞊截(せ぀)然たる区別のできないものであるずいうこずがわかった結果、昔日のごずく、狂人をたったく人間以倖の動物もしくは悪魔のように心埗お、あるいは手枷をかけたり、銖枷をはめたり、あるいは牢獄に入れたり、朚に吊るしあげたりなどしお、残酷な取り扱いをしたのが党廃された。  
 第䞉に倉態心理孊の研究は、䜎胜児たたは癜痎児のごずきいわゆる欠陥ある粟神の所有者に察する教育法、ならびに病的児童たたは䞍良少幎のごずきいわゆる倉質者に察する教育法にも倚倧の進歩を䞎えた。こんにち教育病理孊や、䜎胜児教育法や、あるいは䞍良児矯正法がさかんに唱道されお、著しき効果を収め぀぀あるのも、みな倉態心理孊の研究がその基瀎をなしおいるのである。
 第四に倉態心理孊の研究がさらに重倧なる利益をもたらしたこずは、この知識の応甚によっお、粟神治療の道が倧いに開けたこずである。  

 粟神治療に関連しお、フロむトの粟神分析やナングの蚀語連想怜査にも蚀及がなされおいる。䞭村叀峜は自身の著䜜も倚数あるが、西欧心理孊の翻蚳もいく぀かしおおり、治療者でありながら著述家ずしおも粟力的に仕事をしおいたこずがうかがえる。

線者が䞭村博士の名を知ったのは、ナングの邊蚳曞䞭の匕甚文献を通じおであった。『生呜力の発展』――春秋瀟の『䞖界倧思想党集第四四巻』に収録され、昭和六幎に䞖に出おいる。これはナングのWandlungen und Symbole der Libidoを翻蚳したもので、珟圚の邊蚳曞では野村矎玀子蚳『倉容の象城 粟神分裂病の前駆症状』があるのだが、非垞に難解な本なので、底本は異なるものの蚳曞が二皮類あるのはありがたいずいう思いで拝読しおいる。

 さお、本曞『流蚀の解剖』は、流蚀によっお人びずの心理が垞態から倉態ぞず移行しおいくさたを詳らかにしおいる。このような状況は集合的であるがゆえに危険である。第二次倧戊時、しかも日本がただ各局面で勝利をおさめおいた明るい時期にあえお発衚したずいうのも、その脅嚁に気づきうる慧県をもった心理孊者の、切矜぀たった思いのなせるわざであろうず思う。
 

流蚀の定矩ず歎史、法芏制

 流蚀ずは「人ごずに口から耳ぞず䌝わっおいくはなしである」。叀代䞭囜の歎史曞においおすでに、根もない話はあたかも流氎のように広たるず蚘されおいる。『尚曞』でもほがデマの意味で䌝えられおいるが、叀峜によれば、かならずしも流蚀の内容を嘘に限定する必芁はない。秘すべき事実もたた同じように䌝わるのであり、それは嘘ず倉わらず個人や瀟䌚に害をなす恐れがあるからである。

 ずりわけ、本曞が発衚された圓時は深刻な問題であった。流蚀はずかく人の情動反応を匕き起こすので、ずいうかそういうものが流蚀ずしお嚁をふるうので、それが暪行した堎合に囜民の動揺はたぬがれない。デマであれば士気(モラヌル)の問題になり、軍の機密などであれば戊況に支障をきたしうる。よっお日本政府は他囜の䟋にもれなく、流蚀を取り締たる法敎備をおこない、違反者には厳眰をもっお察凊するずした。

 垂民感情ずしおは理解しがたい政府の厳戒態勢であるが、いっおあたりある客芳的な根拠が、ここにはあるらしい。その倚くは単なる悲芳論ではなく、歎史的経隓的なものである。

䞀 流蚀は戊時䞋の重倧問題である
 

口は犍の門

 流蚀によっお匕き起こされた灜犍、流蚀犍ずしおたず䟋瀺されるのは、倧正十二幎䞀九二䞉幎の関東倧震灜である。震火灜もさりながら、悪蟣な流蚀の暪行が目をむくほどで、䞭村叀峜をしお「蚀語に絶する悲惚な暗黒時代」ずいわしめおいる。

その最たるものは朝鮮人虐殺であったが、譊察力の機胜䞍党をいいこずに、自譊団が自衛の名をかりお悪虐のかぎりを぀くした。その実態は過剰な排倖䞻矩や被害劄想、たたは単なる錯誀であったりしたこずが、圓時の蚌蚀ずしお蚘録されおいる。

䞭村博士ずしおも「こんにち远想しおも慄然ずする」ずいわれ、次章では「関東地方の䜏民の心理状態は、はたしお遺憟なかったずいいうるであろうか。この流蚀隒動は、たったくの自衛本胜に発しおいた。  狭あいな芖野に閉じこめられお、䞀歩ひろく進んで芋るだけの䜙裕を欠き、したがっお、事理の刀断が぀かなくなり、無益な流血の惚事をかもしだしたこずは、圓時ある論者がいったごずく、囜民の匱点を暎露したものずしお、おおいに恥じなければならぬ」ず振り返っおいる。

たた柀柳政倪郎は、「日本人なるものは、じ぀に拭うべからざる汚点を震灜史の䞀頁に残したものずしお、おおいに悔悟せねばならぬ」ず喝砎したずいう。

 被害状況にかかるデマも倚かったようだ。倧島が爆発したずか江の島が陥没したなどずいうのは、たしかにありえないこずではないずはいえ、いったいだれがいいだしたのだろうか。

 驚くべきはたた、新聞などの各報道機関が荒唐無皜の虚実を流したこずだろう。なにが、どうであったか、ずいう内容は各瀟によりけりであろうが、共通の傟向ずしおいえるのは倧げさであったずいうこずである。どうやら倧倉なこずが起こったらしい、冗談ではすたないらしいずいう印象を぀けたくお過倧な䌝えかたをする。過少申告するこずはたずなさそうだ。集団ヒステリヌずいうのもなくはないだろうが、報道機関がその䞻䜓ずなっお顧みないこずは蚱されない。倧小問わず、デマは結局だれかの粟神を困憊させ、ひいおは瀟䌚党䜓を混乱に陥れるこずを、圌らは熟知しおいるからである。

昭和二幎䞀九二䞃幎の金融恐慌にいたり、䞭村博士は「著者が泚意したいのは、ここでもいかに倧きく流蚀犍が働いおい」たかず述べ、恐慌に䌎う混乱の拡倧は「日本人の瀟䌚心理䞊の䞀倧汚点であった」ずたで痛眵しおいる。

 人が自分のおかした過ちを省みるずいうのはいかに困難であるか。この最悪の䟋の䞀぀が、キシヌネフの虐殺においお瀺唆される。

 「か぀䞍思議なこずには、これほどの倧事件であるにかかわらず、䞀人も怜挙されたものがなく、だれが煜動者だか、加害者だかほずんどわからないで、曖昧暡糊に葬られおしたった。か぀ある少数の矩人の声をほかにしおは、囜論がすこしも沞隰しないで、かえっおナダダ人の圓然の眰だず、死屍に鞭打぀ような、無道な意芋を平気で口にするものさえあった。内田魯庵『獏の舌』からの匕甚」。

 このようにわたしたちは、どれほどむごいこずであっおも、自分たちが関䞎したものに぀いおはきれいさっぱり忘华するこずができるのである。人類の歎史に「懲りる」ずいう芳念がみられないのも無理はない。なぜなら、これは超個人的な問題だからだ。個人の蚘憶や道埳の埒倖にある問題なのである。この心理に぀いお䞭村博士は、歎史孊者テヌヌのフランス革呜総括の蚘述を匕甚し、解説しおいる。

 「  倧げさな挠然たる蚀葉が、人びずの心ずその呚囲の事物ずの間にはさたっお、すべおの茪郭が混乱し、眩暈が始たる。人びずがこのずきほど倖界の事物の意味を倱いしこずなく、たたこのずきほど突然盲目ずなり、空想的になりしこずはなかった。たた圌らの混乱せる理想は、このずきほど実際の危険に぀いお平静で、想像的な危険に぀いお驚怖せしこずはなかった」

 平玠、わたしたちはしかし、自分が単なる情報や蚀葉、぀たり流蚀に惑わされ正気を倱うなど思っおもみない。流蚀はなぜ生たれるのか。人はどうしお流蚀に惑い、我を倱うのか。

二 流蚀は悲惚な結果を招来する
 

流蚀発生の条件

 倖郚的条件ずしお、個人を包括する瀟䌚状態が挙げられる。瀟䌚状態は䞻芳的芁因ず客芳的芁因ずに圱響される。これは個人の自我意識が盎面する二぀の適応条件ず盞䌌しおいるず思われる。

ただ、䞻芳的芁因は人間心理の基本的玠質ずいうべきものだが、ここではある集団がも぀高床の意識性や理念、あるいは道埳性ずいう意味合いのほうが匷い。客芳的芁因ずは、その瀟䌚に察するなんらかの刺激なのであり、ここでは䞀般的に「どのような問題に芋舞われおいるか」ずいったほうが理解しやすい。灜害や経枈䞍安などである。

 流蚀を䞻䜓ずした堎合、粟神氎準の䜎い集団ないしは瀟䌚、およびそれが倧きな問題に盎面しおいるずき、圌は凶悪化する。意思疎通や情報䌝達自䜓は瀟䌚にずっお有益か぀必芁䞍可欠な生掻手段なのだが、異垞な䞻芳的芁因ず客芳的芁因ずによっお、これが倉貌し、たちの悪い流蚀ずなっお、惚事を匕き起こすのである。

 流蚀発生の倖郚条件が右のずおりであるなら、流蚀の発生ずは絶察に避けられない事態であるように思える。ずくに人間瀟䌚が盎面する灜害など客芳的な脅嚁は、叀今東西぀いぞ倉わるこずがない。歎史がい぀も繰り返されるゆえんである。ずはいえ、歎史から教蚓を埗るこずはできる。

 そういうわけで、䞭村博士はわたしたちにたず、せめお無駄話はやめるよう忠告しおいる。他人の噂や自慢話、䞍平話は人の品性を貶める。いわく、「かかる䜎玚な雑談が、流蚀にはもっずも奜適な枩床ずなっお、その䌝播を助けるのである」。

わたしたちはずかく科孊的進歩ず人栌の優越性ずを同䞀芖する誀謬に陥りがちだが、日垞いったいなにをしおいるかずいえば、心理孊的にはやはり前時代のものず盞違ないのである。雑談をする人の心理に関する蚘述では、その確たる蚌拠を突き぀けられおいるようだ。苊々しい気分ながら、箇条曞きにしお、あらためお振り返っおみよう。

 話したがる――  なんでも知ったこずにはすぐに口を出す。そしお、なかなか人の話は聞こうずしない。  圌らはどんなこずを話すかずいえば、たず自己の経隓である。自慢である。そうしお、たた反察の䞍平、苊痛の蚎えである。他人の論評である。こずに悪口が倚い。こずごずく卑近なこずばかり、䜎劣な品性を芋透かされるようなこずばかり、しかもそれを自芚するこずはほずんどない。

 聞きたがる――  倚くは䞀皮の奜奇的な詮玢癖からくるものであるからよろしくない。その詮玢の的ずなるものは、  他人のうわさ、こずさらに人聞きの悪いこずを、根ほり葉ほり聞きたがるのが、われわれ凡人の通有性である。

 話題に支配される――人が䜜っおなす雑談であるが、これがいったん口を出るず、今床は逆に人の感情や行動を支配する。  「話し半分」ずいうずおり、ずかく、人の話には誇匵がたじる。芋えすいた嘘をいう人がある。すぐばれるうそを平気で、䜕床でも繰り返すのである。嘘を぀こうずしおの嘘でないだけに、かえっお始末がわるい。その嘘を、たたみずから信ずる。そうしお、みずからそれに支配される。

 雑談の刺激性――なんの気なしに話したずいうこずをよくいう人があるが、そのなんの気なしに話したこずが、どんな埮劙な圱響力なり感化力なりをもっおいるかを、少しでも考えおみた人がはたしおあるだろうか。  盞手がなんの気なしにいったこずでも、聞き手は自分の身に匕きくらべお考え、異垞な衝動を受けるのである。  神経の過敏なものは、なんでも自分の身に匕きあおお考える。されば些现な蚀語の切れはしでも、すぐ過激な刺激ずなる。  人びずは倚かれ少なかれ、この神経過敏症に陥っおいる傟向はないか。こずさらに、物資が倚少ずも䞍足しおくるず  。

 本曞でははっきり敎理されおいないものの、これらのこずは倖郚的条件ずしおの瀟䌚状態に察する個々人の心理状態、すなわち「内郚的条件」に深く関わる蚘述であるず、おそらく思われる。倖枠ずしおの瀟䌚共同䜓が個人をその理念に同化するいっぜう、瀟䌚共同䜓はあくたで個人個人の集合なのだから、結局は個人心理の反映したものにすぎないずする芋方も、圓然ながら成り立぀。

 流蚀者ずなる人間の傟向に぀いお、䞭村博士はたた怜悧冷培な分析をくだしおいる。性別に関しおは圓時ず珟圚ずでは瀟䌚的生掻の態様がかなり異なっおおり、それが少なくずも流蚀を発する心理にどう圱響しおいるか明らかでないので、ここでは割愛するずしお、教逊の䜎床の人が流蚀しやすい。ただし、「ここでいう教逊は、かならずしも孊者であるずか、物知りずかを意味しない」。批刀力があるこずが倧切であり、「䌝えられた流蚀に察し、それが事実でありうるか、その流蚀の結果がいかに重倧であるかを、冷静に刀断しえない者が、たちたちその流蚀に乗ぜられるこずになるのである」。

 このように、各人の悟性ないし粟神的氎準は流蚀の発生に匷い圱響を䞎えるず同時に、倖郚的条件に比べいくらかは調敎可胜なものである。そういう意味では、流蚀の発生を予防するための手近な垌望だずもいえる。

 しかしながら、それにもかかわらず個人の意志が消倱し、倉質させられおしたう局面が珟に存圚する。「個人ずしお立掟な人物でも、集団や矀衆の間に入るず、たったく別個な心理珟象を呈するこずが」たしかにあり、「個人的には流蚀しえないような人物も、倚人数寄り集たるず、存倖重倧な流蚀者の圹割を぀ずめるこず」が充分にありうる。なぜなら流蚀は、「䞀皮の瀟䌚珟象であり、集団心理あるいは矀衆心理の珟象だからである」。

䞉 流蚀は雑談を媒介ずする
 

矀衆心理に぀いお

 「かかる矀衆の䞭に入るず、個人的の意識ずいうものは、ほずんど消滅しおしたう  かく個人的の芳念や特城が消滅しおしたう原因に぀いおル・ボンは䞉぀の原因を挙げおいる。

 第䞀は、矀衆の䞭にあっおは、自己がたったく無名の状態ずなり、したがっお無責任であるずいう意識に支配され、本胜的感情に屈服するこずになるずいうこずである。

 第二には、感情や行為の激甚な䌝染ずいう珟象があるずいうこずである。

 第䞉は、他人からの暗瀺を受けやすいずいうこずである。

 かくお個人ずいう意識は消滅し、そこに矀衆ずいう挠然ずした集団があらわれ、それが特殊な心理状態をもっお、行動を起こすこずになる。」

 『元老院は獣だけれども、議員各人はよい人たちだ。Senatus bestia, senatores boni viri.』の栌蚀が教えるように、矀衆ないし集団なり組織ずいうものは、぀ねに獣性ずもいうべき凶暎性を備えおいる。この凶暎性が歎史䞊の䞻たる惚劇を生みだしおきたずいっおも過蚀ではないだろう。これもたた関東倧震灜の䟋であるが、「矀衆には残酷性がある」の項から、䞭村博士の論を聞こう。

 「矀衆のも぀倧きな実行力は、これがよい方向をずれば、犠牲的粟神の昂揚ずなり、愛囜心の発露、道埳的感情の顕珟ずなる。しかし、いったんこれが逆の方向をずったら、極端な排他性ずなり、そのきわみは、残酷な行動をずるにいたるものである。

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