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4年に1度しかサッカーを見ない人も、「サッカー大国」をつくっているのではないだろうか|Japan’s Wayから生まれた問い⑤。

ここまで、Japan’s Wayからいくつかの問いを考えてきた。

人口の7%がサッカーをする国とは、どんな国なのか。

会社帰りにフットサルをする人まで、JFAに登録した方がいいのか。

登録者数だけでサッカー人口を数える時代は、もう終わりつつあるのではないか。

そして前回は、

ワールドカップ優勝を争う国では、サッカーはどこまで日常会話になっているのだろうか。

と考えた。

そこまで考えて、もう一つ気になった。

日本では、ワールドカップが始まると、普段サッカーをほとんど見ない人まで一斉にサッカーを見る。

日本代表を応援する。

SNSで試合について書く。

職場で話す。

家族で見る。

そして大会が終わると、多くの人はまた日常へ戻っていく。

以前なら、

「結局、にわかだったね」

と考えてしまいそうになる。

でも、Japan’s Wayを読んだあとだと、少し違って見える。

4年に1度しかサッカーを見ない人も、日本が「サッカー大国」になるための一部なのではないだろうか。

今回は、そこを考えてみたい。

「サッカー大国」と聞くと、コアな人ばかり想像してしまう

サッカー大国という言葉から、どんな人を想像するだろう。

毎週スタジアムへ行く。

地元クラブを熱狂的に応援する。

海外リーグにも詳しい。

子どもの頃からプレーしている。

戦術にも詳しい。

代表戦はもちろん全部見る。

そんな人がたくさんいる国。

確かに、それもサッカー大国の姿だと思う。

でも、本当に国民の多くがそこまで濃い関わり方をしている必要があるのだろうか。

人口の7%がサッカーをする国。

サッカーファミリー1000万人。

そう聞くと、つい巨大なコア層を想像してしまう。

でもJapan’s Wayが描いているのは、もっと広い。

JFAは2050年までに「サッカーを愛する仲間=サッカーファミリー1000万人」と「FIFAワールドカップ優勝」を同時に実現することを掲げている。さらに現在の成長戦略では、サッカーを「する」「見る」「関わる」という複数の接点から捉えている。(日本サッカー協会)

つまり、

全員が同じ濃さでサッカーを愛する必要はない。

ということなのではないだろうか。

以前、「にわかファン」について考えた

少し前に、「にわかファン」について3本の記事を書いた。

最初は、

なぜ「にわかファン」は、サッカー好きから嫌われることがあるのだろうか。

と考えた。

次に、

「にわかファン」は、本当にサッカーファンになる前の未完成な人なのだろうか。

と考えた。

そして最後に、

「にわかファン」が増えることは、日本サッカーにとって本当に困ることなのだろうか。

と考えた。

そのとき私がたどり着いたのは、

ワールドカップだけ見る人は、コアファンになる途中の未完成な人とは限らない。

ということだった。

本人は、そもそも「サッカーファンになろう」と思っていないかもしれない。

ただ、日本代表だから見る。

大きな大会だから見る。

みんなが盛り上がっているから見る。

そして楽しかった。

それだけかもしれない。

でも、それでいいのではないか。

Japan’s Wayを読むと、その考え方はむしろ日本サッカー全体の将来像とも相性がいいように思えてくる。

JFA自身も「ライトファン」を別の存在として見ている

JFAの成長戦略では、「見る人」の中でも関わり方を一様には扱っていない。

代表を深く追う人。

ライトに楽しむ人。

Jリーグを中心に見る人。

それぞれ異なるニーズがあることを前提に、デジタル接点や情報提供を考えている。(日本サッカー協会)

私は、ここが面白いと思う。

ライトファンを、

「まだコアファンになっていない人」

とだけ見ていない。

ライトにはライトなりの楽しみ方がある。

それなら、4年に1度しかサッカーを見ない人も、単なる「途中の人」と決めつけなくていい。

その人は、

4年に1度、サッカーと濃く接する人

なのかもしれない。

サッカーとの距離には、かなり幅がある

少し並べてみる。

毎週Jリーグを見る人。

ホームゲームはほぼ全部行く人。

DAZN中心の人。

日本代表だけ見る人。

海外サッカーだけ見る人。

ワールドカップだけ見る人。

自分ではプレーするけれど、プロの試合はほとんど見ない人。

子どもの試合だけ見る人。

審判をする人。

指導者をする人。

スポンサー企業で関わる人。

ボランティアをする人。

サッカーとの距離は、全部違う。

でも、日本サッカーが大きくなるということは、

このいろいろな距離の人が、社会全体にたくさん存在すること

なのではないだろうか。

「人口の7%」が全員コアなサッカー人である必要はない

最初の記事で、Japan’s Wayに出てくる「人口の7%」について考えた。

現在の日本人口で考えれば、7%は約860万人になる。

でも860万人全員が、

毎週リーグ戦へ出る。

JFA登録選手になる。

Jリーグのクラブを応援する。

海外サッカーまで詳しくなる。

そんな必要はない。

会社帰りに月2回フットサルをする人がいる。

年に数回だけ草サッカーをする人がいる。

子どもと公園で蹴る人がいる。

そして、

サッカーはしないけれど、ワールドカップだけは見る人もいる。

この最後の人は「7%のプレーヤー」には入らないかもしれない。

でも、その人まで含めた社会の厚みが、サッカー大国をつくるのではないだろうか。

コア層だけでは、国民的スポーツにはならない

例えば、100万人の人がものすごく熱心にサッカーを見ている国があるとする。

毎週見る。

スタジアムへ行く。

グッズを買う。

詳しい。

でも、それ以外の人はほとんどサッカーを知らない。

一方で、

100万人の熱心なファンがいて、

500万人が時々見る。

1000万人が代表戦なら見る。

数千万人がワールドカップなら知っている。

という国がある。

どちらが「国民的スポーツ」に近いだろう。

私は、後者だと思う。

スポーツが社会へ浸透するというのは、

熱心な人がどれだけ熱心か

だけではなく、

薄くでも関わる人がどれだけ広くいるか

でも決まるのではないか。

4年に1度しか見ない人がいるから、ワールドカップは社会現象になる

ワールドカップのとき、日本では一気にサッカーの話題が増える。

ニュースになる。

会社で話す。

学校で話す。

SNSで話す。

普段サッカーを扱わない番組でも話題になる。

それが起きるのは、毎週サッカーを見ている人だけが見ているからではない。

普段見ない人まで見るから

である。

つまり、4年に1度しか見ない人は、

「サッカー文化の外にいる人」

というより、

サッカーが社会全体の出来事になる瞬間をつくっている人

とも考えられる。

これはかなり大きい。

「見る人」が増えたこと自体に価値がある

2026年ワールドカップ後、JFAとJリーグは、サッカー界全体の観戦者層が大きく広がったことを示している。

私は以前、

ワールドカップで増えた「見る人」を、どうすれば日常のサッカーへつなげられるのだろうか。

という記事を書いた。

あの記事では、ワールドカップで生まれた接触を、Jリーグや次の代表戦へつなぐことを考えた。

その考えは今も変わらない。

ただ、Japan’s Wayを読んでいると、もう一つ加えたくなる。

つながらなかった人も、無価値ではない。

ということである。

全員をJリーグへ連れてくる必要はない

例えば100人がワールドカップを見た。

そのうち5人がJリーグを見るようになった。

10人は次の代表戦を見る。

1人は子どもをサッカー教室へ連れていく。

残り84人は、また4年後までほとんどサッカーを見ない。

それでもいい。

84人は失敗ではない。

4年後、

「今日、日本戦だよね」

と誰かに話すかもしれない。

家族でテレビを見るかもしれない。

子どもが興味を持つかもしれない。

会社で話題にするかもしれない。

そして、その84人の中から次の大会では1人、2人と日常のサッカーへ近づく人が生まれるかもしれない。

サッカーとの関係は、一直線ではない。

「見る→ファンになる→コアになる」という一本道ではない

私たちはマーケティング的に考えると、

知る

見る

好きになる

ファンになる

コアファンになる

という階段を作りたくなる。

でも、実際の人間はそんなにきれいに動かない。

見る。

離れる。

また見る。

プレーする。

観戦はしない。

子どもが始めたから戻る。

代表戦だけ見る。

ある選手だけ好きになる。

サッカーから10年間離れて、また戻る。

それでいい。

前の記事で、私は、

「管理するための登録」から「つながるためのID」へ

ということを考えた。

見る人についても同じなのかもしれない。

コアファンへ一直線に育てるのではなく、

離れても、また戻れる接点を残しておく。

その方が長い目では大切なのではないだろうか。

サッカー大国とは「濃い人だけの国」ではない

私はここまでJapan’s Wayを読んできて、「サッカー大国」のイメージが少し変わった。

以前なら、

強い代表。

満員のスタジアム。

巨大なリーグ。

多くの登録選手。

そういうものを想像した。

もちろん、それらは必要だと思う。

でも、もっと外側がある。

公園で蹴る人。

会社帰りにフットサルをする人。

子どもの試合を見る親。

代表戦だけ見る人。

4年に1度だけワールドカップを見る人。

昨日の試合について会社で話す人。

それらが、

濃淡を持ちながら社会全体に分布している。

そういう国が本当のサッカー大国なのかもしれない。

「サッカーファミリー1000万人」も、同じ形で考えられるのではないか

JFAは2050年までに「サッカーを愛する仲間=サッカーファミリー1000万人」を掲げている。(日本サッカー協会)

これも、

1000万人のコアサポーターをつくる

という話ではないはずである。

JFAの行動規範にも「仲間の拡大」があり、サッカーの仲間を増やすことを明確に掲げている。(日本サッカー協会)

仲間には濃淡があっていい。

毎週関わる人。

月に1度の人。

年に1度の人。

4年に1度の人。

それでも、その人なりにサッカーとの接点がある。

そう考えた方が「1000万人」という数字も、少し現実的に見えてくる。

サッカー大国は「サッカーの入口が多い国」なのかもしれない

では、日本がそこへ近づくためには何が必要なのだろう。

私は、

入口を増やすこと

ではないかと思う。

日本代表から入る。

Jリーグから入る。

海外サッカーから入る。

好きな選手から入る。

ポケモンとのコラボから入る。

無料招待から入る。

学校から入る。

会社帰りのフットサルから入る。

子どもから入る。

ワールドカップから入る。

そして、入った人に、

「次はもっと詳しくなってください」

と求めなくてもいい。

その入口の近くにいてもいい。

別の入口へ移ってもいい。

一度出てもいい。

また戻ればいい。

入口がたくさんあって、出入りが自由なスポーツ。

それが社会に根づいたスポーツなのではないだろうか。

日本には、すでに巨大な「4年に1度のサッカー人口」がいる

日本はサッカー大国ではない。

と簡単に言うこともできる。

でも、ワールドカップになると社会全体が大きく動く。

これは日本に、

巨大な「4年に1度のサッカー人口」

がすでに存在するということでもある。

私は、それを弱点とだけ考えなくてもいいと思う。

むしろ、かなり大きな資産である。

問題は、

「なぜ普段は見ないんだ」

と責めることではない。

次に興味を持ったとき、もう一度戻れる場所を用意しておく。

それくらいでいい。

4年に1度しかサッカーを見ない人も、「サッカー大国」をつくっている

最初の問いへ戻る。

4年に1度しかサッカーを見ない人も、「サッカー大国」をつくっているのではないだろうか。

私は、つくっていると思う。

直接ゴールを決めるわけではない。

JFA登録選手でもない。

Jリーグの年間チケットを持っているわけでもない。

でも、ワールドカップを社会全体の出来事にする。

家族で見る。

職場で話す。

子どもへ伝える。

日本代表を応援する。

その存在も、日本サッカーの裾野の一部である。

サッカー大国とは、

サッカーを深く愛する人だけがたくさんいる国ではない。

深く愛する人がいる。

時々見る人がいる。

プレーだけする人がいる。

4年に1度だけ見る人もいる。

それぞれ違う濃さでサッカーとつながっている。

そして、その接点が社会のあちこちに存在している。

私は、そんな国の方が「サッカー大国」という言葉に近い気がする。

Japan’s Wayが目指しているのも、もしかするとそういう日本なのではないだろうか。

代表が強くなる。

だけではない。

サッカーが、いろいろな濃さで普通に存在する国になる。

その巨大な土台の上で、いつか日本代表がワールドカップ優勝を争う。

Japan’s Wayを読んでいると、その2つは別々の目標ではなく、同じ未来の表と裏なのかもしれないと思えてくる。


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