サッカーをする人を「登録者数」で数える時代は、もう終わりつつあるのだろうか|Japan’s Wayから生まれた問い③。
前回、
会社帰りにフットサルをする人まで、JFAに登録した方がいいのだろうか。
ということを考えた。
そこで分かってきたのは、
JFA登録選手数と、実際にサッカーをしている人の数は、そもそも別のものではないか。
ということだった。
公式大会へ出る。
所属チームを管理する。
移籍や資格を確認する。
そういう競技者には登録制度が必要である。
一方で、
会社帰りに個サルへ行く。
大学のサークルで蹴る。
友人と草サッカーをする。
親子でボールを蹴る。
そういう人まで、同じ「選手登録」という仕組みに入れる必要はないように思う。
でも、ここでもう一つ疑問が出てきた。
では、日本でサッカーをしている人を、これからどう数えればいいのだろう。
昔なら、登録者数を見ることで、かなりの部分が分かったのかもしれない。
でも今は、
チームに所属しなくても、サッカーができる。
ネットで予約する。
知らない人と集まる。
2時間蹴る。
帰る。
次に会うかどうかも分からない。
そんなサッカーとの関わり方が普通に存在している。
だとすれば、競技団体とサッカーをする人との関係そのものが、少し変わり始めているのではないだろうか。
昔は「所属すること」と「プレーすること」が近かった
少し単純化して考えてみる。
昔、競技としてサッカーをするなら、
チームへ入る
↓
協会へ登録する
↓
大会へ出る
という流れがかなり自然だった。
少年団。
中学校や高校の部活動。
大学。
社会人クラブ。
地域リーグ。
どこかの組織に所属する。
そのチームが大会へ参加する。
そのために選手を登録する。
だから、
登録者を数えることが、サッカーをする人を数えることにかなり近かった。
もちろん、昔から草サッカーや遊びのサッカーはあった。
それでも、継続してプレーするなら、何らかの組織に所属する形が中心だったのではないだろうか。
ところが今は、その前提が崩れている。
今は、チームに入らなくてもサッカーができる
例えば会社員がいる。
久しぶりにボールを蹴りたいと思う。
スマートフォンを開く。
「個サル」で検索する。
明日の夜、会社から行きやすいフットサル場を見つける。
予約する。
当日行く。
そこには知らない人が集まっている。
チームを組む。
2時間ゲームをする。
終わったら解散する。
それで終わりである。
チームへ入っていない。
会員でなくても参加できる場合がある。
リーグ戦へ出るわけでもない。
次回は別の施設へ行くかもしれない。
でも、
間違いなくサッカーをしている。
これは、かなり大きな変化だと思う。
スポーツをするために、必ずしも組織へ所属する必要がなくなった。
サッカーだけが特別なわけではない
考えてみれば、これはサッカーだけではない。
ランニングなら、もっと分かりやすい。
シューズを履いて走る。
それだけで成立する。
ジムへ行く。
ヨガのクラスを予約する。
テニスコートを友人と借りる。
バスケットボールの個人参加イベントへ行く。
スポーツをする人と、競技団体との間に、
必ず所属組織がある
という時代ではなくなっている。
そしてデジタルサービスによって、
場所を探す
↓
予約する
↓
参加する
↓
支払う
までがスマートフォンだけで完結する。
サッカーも、その流れの中に入っている。
それでも「登録者数」は重要である
ここで誤解のないようにしたい。
私は、
「JFAの登録者数にはもう意味がない」
と言いたいわけではない。
むしろ、登録者数は今後も非常に重要だと思う。
JFAは登録者を、日本のサッカー活動を支える中心的な存在と位置づけている。選手だけでなく、チーム、指導者、審判員などの登録制度を起点として、サッカーファミリーとのつながりを形成している。(jfa.jp)
競技サッカーを見るなら、登録者数は非常に有効である。
育成年代が増えているのか。
減っているのか。
女子選手はどうか。
社会人はどうか。
地域差はどうか。
長期的な変化も追える。
問題は、
登録者数だけで「日本でサッカーをしている人」を全部説明しようとすること
なのだと思う。
「登録」と「接点」は、同じでなくていい
前回の記事で、
「管理するための登録」と「つながるための仕組み」は違うのではないか。
と書いた。
私は、この違いがかなり重要だと思っている。
大会へ出る人には、登録が必要。
誰が所属しているかを確認する。
資格を管理する。
競技を公平にする。
これは「管理」の世界である。
一方で、
月に1回個サルへ行く人
を管理する必要はない。
どこのチームにも所属していない。
試合資格も必要ない。
でも、日本サッカーにとってその人の存在が分かることには意味がある。
それなら必要なのは、
選手登録番号ではなく、「軽くつながっていられる何か」
なのかもしれない。
JFA自身も、DXをかなり重要な位置に置き始めている
ここで最新版のJFA成長戦略を見ると、かなり興味深い。
JFAは2026年から2031年までの成長戦略で、
DX戦略
を、Japan’s Wayなど5つの柱を支える3つの「梁」の一つに置いている。
その目的は、
デジタル活用で、サッカーを「する」「見る」「関わる」人々の豊かさをサポートする
ことである。(jfa.jp)
私は、この表現がかなり重要だと思う。
対象が、
登録選手
ではない。
「する人」。
「見る人」。
「関わる人」。
である。
JFA自身が、デジタルの対象を従来の登録制度より広い範囲へ広げようとしている。
DX戦略を見ると、JFAが見ようとしている人の範囲が広い
JFA成長戦略のDX部分には、さらに具体的な姿が示されている。
「する人」として、
選手。
指導者。
審判員。
「見る人」として、
代表コアファン。
代表ライトファン。
Jリーグファン。
「関わる人」として、
FA・連盟関係者。
チーム運営者。
保護者。
それぞれが、
何を知りたいのか。
何につながりたいのか。
どんな記録を残したいのか。
まで整理されている。(jfa.jp)
ここを見ると、JFAが今後作ろうとしているデジタル環境は、
登録者を管理するためだけのシステム
ではないことが分かる。
むしろ、
サッカーとの関係を続けるための基盤
へ広げようとしているように見える。
これはかなり大きな変化ではないだろうか。
JFA IDは、すでに「登録番号」とは別のものになっている
JFAにはJFA IDという仕組みがある。
選手登録番号とは別に、個人単位で持つIDである。
JFA Passportでも、JFA IDと選手登録番号を紐づける仕組みが用意されている。つまり、
「その人自身のID」と「競技者としての登録番号」は、すでに別のものとして扱われている。
(jfa.jp)
これは当たり前のようで、かなり重要だと思う。
競技者ではなくなっても、JFA IDは残せる。
指導者になるかもしれない。
審判になるかもしれない。
保護者になるかもしれない。
代表戦を見る人になるかもしれない。
あるいは10年後、またサッカーを始めるかもしれない。
つまり、
「選手として登録している期間」より、「サッカーと関わる人生」の方が長い。
その長い時間をつなぐ仕組みとして、個人IDには意味がある。
「選手登録」が切れても、サッカーとの関係は切れなくていい
例えば、小学生から高校生まで登録選手だった人がいる。
大学では競技サッカーをやめた。
JFA登録から外れる。
今までの考え方なら、
登録者ではなくなった。
で終わる。
でも、その人は大学でサークルに入るかもしれない。
社会人になって個サルへ行くかもしれない。
子どもができて、少年団へ連れていくかもしれない。
審判資格を取るかもしれない。
Jリーグを見るかもしれない。
つまり、
登録から消えたからといって、サッカーから消えたわけではない。
むしろ、人生の中で関わり方が変わっただけである。
Japan’s Wayが「生涯スポーツ」を重視するなら、ここをつなぐ仕組みはかなり重要になる。
JFA成長戦略でも、Japan’s Wayを「競技力向上と生涯スポーツの相乗効果」と位置づけている。(jfa.jp)
「管理するための登録」から「つながるためのID」へ
私は、ここにこれからの方向があるように思う。
昔は、
登録する
↓
大会へ出る
が中心だった。
これからは、それに加えて、
つながる
↓
自分に合うサッカーを見つける
という役割が増えていくのではないか。
例えばJFA IDを持っている人が、
自宅周辺の個サルを探せる。
初心者向け教室を見つけられる。
女性向けの参加機会を探せる。
40代のサッカーを探せる。
シニアになったらウォーキングフットボールを知る。
転勤したら新しい地域のプレー環境が出てくる。
子どものサッカーチームを探す。
観戦情報も届く。
もちろん、これは私の想像を含む。
JFAが現在ここまで具体的なサービスを予定しているという話ではない。
ただ、DX戦略が、
「する」「見る」「関わる」人々を支える
ことを掲げるなら、方向としてはかなり自然だと思う。
データを取るためだけのIDでは意味がない
ここは前回と同じである。
JFA側が、
「日本のプレー人口を把握したいから、登録してください」
と言っても、人は動かない。
利用者側にメリットがなければ続かない。
だからIDは、
JFAが人を把握する仕組み
ではなく、
本人がサッカーとつながり続ける仕組み
である必要がある。
その結果として、
どの年代がどんなサッカーをしているのか。
いつ競技から離れるのか。
どんな形なら戻ってくるのか。
地域ごとに何が足りないのか。
といったことが、個人が特定されない形で見えてくればいい。
順番はこちらだと思う。
利用者に価値がある。
↓
だから使う。
↓
結果として日本サッカーの実態が少し見える。
「サッカー人口」は、1つの数字ではなくなるのかもしれない
ここまで考えると、
日本のサッカー人口は◯万人です。
という1つの数字そのものにも、少し限界があるように思えてくる。
登録選手。
週1回以上する人。
年1回以上する人。
個サルへ行く人。
フットサル中心の人。
ウォーキングフットボールをする人。
親子で蹴る人。
それぞれ意味が違う。
全部を足して、
「日本のサッカー人口」
としてしまうより、
サッカーとの関わり方を複数の層で見た方がよい
のではないか。
例えば、
競技登録人口。
継続プレー人口。
カジュアルプレー人口。
再参加人口。
こうした層を別々に見る。
その方がJapan’s Wayの「7%」へどう近づいているのかも見えやすい。
7%を目指すなら、「所属しない人」を無視できない
前々回から考えてきた人口の7%。
日本の現在人口なら約860万人である。
その規模へ行くには、
登録選手だけを増やして到達することは、おそらく現実的ではない。
むしろ、
競技サッカーをする人。
カジュアルにする人。
人生の途中で離れたり戻ったりする人。
年齢によって強度を変える人。
そうした人を全部含んで初めて近づける。
だから、これからのサッカー人口を考えるとき、
「どこのチームに所属していますか」
だけでは足りない。
「あなたは今、どんな形でサッカーと関わっていますか」
という問いの方が重要になるのかもしれない。
JFA自身も「登録制度を起点に、その先へ」と考え始めている
今回調べていて、JFAのデータボックスにある説明が印象に残った。
JFAは、登録制度を日本サッカーの基盤として位置づけながら、近年はデジタルサービスを活用し、サッカーファミリーとのつながりをより継続的で広がりのあるものにしていくと説明している。(jfa.jp)
これは、
登録制度を捨てる
という話ではない。
登録制度を起点にして、その外側へ広げる。
私はそう読んだ。
だから今回の問いも、
「登録者数なんてもう古い」
という結論にはならない。
むしろ、
登録者数だけでは、日本サッカーの全部を表せなくなってきた。
ということなのだと思う。
サッカーをする人を「登録者数」で数える時代は、もう終わりつつあるのだろうか
最初の問いへ戻る。
私は、
終わるというより、「登録者数だけで数える時代」が終わりつつある
のだと思う。
登録者数は今後も必要である。
競技サッカーの基盤として重要である。
でも、その外側に大きなサッカーがある。
個サル。
草サッカー。
大学サークル。
親子サッカー。
シニア。
一度競技をやめて戻ってきた人。
そうした人たちを、
「登録していないから見えない人」
のままにしておく必要はない。
そして、見えるようにするために、全員を選手登録する必要もない。
必要なのは、
管理するための登録から、つながるためのIDへ。
選手としての登録が切れても、
サッカーとの関係は続く。
その人の人生のどこかで、
「また蹴ろうかな」
と思ったときに、日本サッカーともう一度つながれる。
そんなデジタル基盤ができれば、Japan’s Wayが目指す「生涯サッカー」はずいぶん現実に近づく気がする。
そして次は、この「する人」から少し離れてみたい。
Japan’s Wayが描くサッカー大国は、ボールを蹴る人が多い国だけなのだろうか。
ワールドカップ優勝を争う国では、
サッカーはどこまで日常の会話になっているのだろう。
競技人口でも登録者数でも測れない、もう1つのサッカー人口について考えてみたい。
次回:ワールドカップ優勝を争う国では、サッカーはどこまで日常会話になっているのだろうか|Japan’s Wayから生まれた問い④
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蒼色真琴
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