『伝説 稲生 物怪録』第七夜の妖怪は青入道。一人の力だけで進もうとせず、 相手の声を聞いて歩調を合わせれば、大きな困難も乗り越えられる。
『伝説 稲生 物怪録―魔王令嬢と剣士の魑魅魍魎なお伽話―』
【でんせつ いのう もののけろくーまおうれいじょうとけんしの ちみもうりょうなおとぎばなしー】
★江戸時代中期 寛延2年(西暦1749年)
、備後三次(現在の広島県三次市)に
実在した稲生正令、通称・稲生武太夫
(幼名・平太郎)が16歳の年に体験した
という、妖怪にまつわる怪異をとりまと
めた物語。それをベースにしたラブコメ
第七夜 秋競べの青入道
重陽の試練から数日後。
平太郎が朝餉を食べていると、
屋敷の庭から法螺貝の音が鳴り響いた。
ぶおおおおお――!
「今度は戦か?」
平太郎が刀へ手を伸ばす。
小夜は縁側へ駆け出し、目を丸くした。
庭一面が、色鮮やかな紅葉に囲まれた広い
競技場へ変わっている。中央には、万国旗
ならぬ無数の妖怪旗が風にはためいていた。
『第七回・婿殿選定妖怪秋競べ』

大きな立て札を読み、
小夜の顔が真っ赤になる。
「お、お父様! 誰が婿殿ですか!」
「おまえが一番嬉しそうだぞ」
「違います! これは怒りで赤いのです!」
「では俺は帰る」
「待ちなさい!
わたくしを置いて逃げるおつもり?」
「どちらだ……」
地響きとともに、競技場の向こうから
巨大な青い入道が現れた。
冷たい霧をまとい、
頭には白い鉢巻きを巻いている。

「我は青入道!
二人で三つの競技を突破せよ。
失敗すれば、娘は魔界へ連れ戻す!」
平太郎の表情が変わった。
「小夜を連れていくなら、
俺を倒してからにしろ」
「なっ……!」
小夜はうれしさを隠すように、
平太郎の背中を扇子で叩いた。
「勝手に格好をつけないでください!」
第一の競技は、二人三脚だった。
赤い組紐で足首を結ばれた二人は、
一歩目から派手に転んだ。

「おまえが合わせろ!」
「女性に合わせるのが殿方でしょう!」
「俺より先に足を出すな!」
「平太郎が遅いのです!」
言い争いながらも、
小夜が「右」、平太郎が「左」と
声を掛け始めると、
二人の足取りは不思議なほど揃った。
第二の競技は、妖怪障害物競走。
跳ね回る唐傘をくぐり、
転がる巨大団子をかわし、
最後には紅葉の谷を越えなければならない。
「小夜、手を出せ!」
「お姫様抱っこのほうが速いのでは?」
「調子に乗るな!」
そう言いながら、平太郎は小夜の腰を抱え、
一気に谷を跳び越えた。

小夜は彼の首へ腕を回し、
小さな声でつぶやく。
「このままでも、よろしいのですよ」
「何か言ったか?」
「聞こえないなら結構です!」
最後の競技は、青入道との綱引きだった。
青入道が綱を引くたび、
凍てつく霧が広がり、
平太郎と小夜の足元が滑る。

「平太郎、わたくしが合図します!」
「俺に命令するな」
「一、二の三ーーんっ!」
二人が同時に引くと、
青入道の巨体がわずかに傾いた。
しかし青入道は怒り、冷気を爆発させる。
平太郎は小夜を背後へかばい、刀を抜いた。
「競技で刀を使うとは卑怯者め!」
「勝つためではない。
おまえの冷気だけを斬る」
刀身を中心に、
赤や黄金の紅葉が旋風となって渦巻いた。

「秋剣《紅葉疾風》!」
平太郎が横薙ぎに刀を振る。
燃えるような紅葉の光が競技場を駆け抜け、
青入道の身体を傷つけることなく、
冷たい妖気だけを切り裂いた。
しゅるるるる――。
青入道の巨体がみるみる縮み、
最後には手のひらほどの青い小人になった。
鉢巻きに身体を包まれたまま宙を一回転し、
紅葉の山へ落ちる。

「覚えておれ!次は一人競技にしてやる!」
小さな青入道は紅葉をかき分け、
懸命に逃げていった。
競技場が消えると、
二人の足には赤い組紐だけが残っていた。
「もう競技は終わったぞ。ほどけ」
「せっかく息が合うようになったのに、
もったいないでしょう?」
「歩きにくい」
「では、一緒に歩けばよいのです」
小夜が平太郎の腕へ身を寄せる。

顔を赤くした平太郎は、
組紐をほどかないまま歩き始めた。
「右からだ。転ぶなよ」
「はい。平太郎こそ、
わたくしについてきなさい」
一歩、二歩。
また足がもつれ、
二人は紅葉の山へ一緒に倒れ込んだ。
庭の外では、
小さな青入道がそれを眺めてため息をつく。
「あれでは勝負にならぬ。息が合いすぎだ」
第七夜の教訓
一人の力だけで進もうとせず、
相手の声を聞いて歩調を合わせれば、
大きな困難も乗り越えられる。
