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『伝説 稲生 物怪録』第三夜の妖怪は面喰い。お面は顔を隠せても心は隠せない

『伝説 稲生 物怪録―魔王令嬢と剣士の魑魅魍魎なお伽話―』

【でんせつ いのう もののけろくーまおうれいじょうとけんしの ちみもうりょうなおとぎばなしー】

 ★江戸時代中期 寛延2年(西暦1749年)
、備後三次(現在の広島県三次市)に
実在した稲生正令、通称・稲生武太夫
(幼名・平太郎)が16歳の年に体験した
という、妖怪にまつわる怪異をとりまと
めた物語。それをベースにしたラブコメ

予告編 第一夜 第二夜

第三夜 夏祭りの面喰い

八月の宵。

三次の鎮守では夏祭りが催され、
        参道を埋める赤提灯が、
         夜空に浮かんでいた。

平太郎が縁側で待っていると、
          障子が静かに開く。

現れた小夜は、
 黒地に赤い朝顔を染めた薄物姿だった。
結い上げた黒髪の先は深紅に輝き、
二本の角には小さな金飾りが揺れている。

「どうじゃ?」

小夜がくるりと回った。

「何がだ?」

「見れば分かるであろう!」

「祭りへ行くには派手ではないか」

「おぬしの目は板で塞がれて
          おるようじゃな!」

小夜は頬を膨らませ、一人で歩きだした。

「待て。道は分かるのか?」

「わらわを子供扱いするな!」

その直後、小夜は反対の道へ曲がった。

「祭りはこっちだ」

「試しただけじゃ!」

「何を?」

「道をじゃ!」

「負け惜しみだな」

「うるさい!」

祭りは笛と太鼓の音でにぎわっていた。
     小夜は屋台の狐面を手に取る。

平太郎、これを買え」

「なぜ俺が?」

「着物を褒めなかった詫びじゃ」

「褒めてほしかったのか?」

「違う! 今の言葉は忘れよ!」

そのとき、太鼓の音が止んだ。

狐面をつけた子供が倒れ、
         顔から笑みが消える。
続いて鬼面やおかめの面をつけた人々も、
         次々と表情を失った。

赤提灯の奥から、
幾十もの仮面を顔に重ねた巨体が現れる。
面の隙間では、長い舌がうごめいていた。

「我は面喰い
    面とともに、人の心を食らう者」

小夜は扇を抜いた。

「父上の刺客じゃな!」

「今宵の試練は、
      偽りの顔に惑わされぬこと」

舌が小夜の狐面を絡め取る。
  白煙が巻き起こり、その中から二人の
             小夜が現れた。

一人は平太郎へ寄り添い、愛らしく微笑む。

平太郎様。わたくしは、
       何でもお言葉に従います」

もう一人は眉を吊り上げた。

「早く見破れ、この唐変木! 
     間違えたら三日三晩恨むぞ!」

平太郎は迷わず、
     怒っている小夜の手を取った。

「こちらが本物だ」

「なぜ分かった?」

「俺の知る小夜は、
       人の言葉になど従わない」

「助けられたのに腹が立つ!」

偽物が砕け、面喰いの姿へ戻った。

「ならば、おぬしの心を暴いてやろう!」

仮面が激しく回り、
平太郎が最も会いたい者の顔を映し出す。

浮かんだのは、小夜だった。

「へ、平太郎……おぬし、
     わらわに会いたかったのか?」

「妖怪の見せた幻だ」

「ならば、こちらを見て言え」

「今は妖怪が先だ!」

「逃げるでない!」

面喰いが無数の仮面を飛ばす。

平太郎小夜を背にかばい、
        祭り太鼓を蹴り上げた。

どおん―!

大音響に仮面がひるみ、
   その奥から黒い妖気の核が現れた。

小夜、そこを動くな」

「命令するでない!」

「守れなくなる」

「……それなら仕方ない。
          特別に従ってやる」

平太郎が刀を抜く。

赤提灯の火が刀身へ集まり、
     金色の火花となって渦を巻く。
   砕けた仮面の欠片が光の輪となり、
        平太郎の周囲を巡った。

「《祭火・百面一閃》!」

赤と金の斬光が、夜空に大きな狐面を描く。

刃は面喰いの身体を傷つけず、
人々から奪った表情と黒い妖気だけを
             斬り払った。

笑顔や涙が色とりどりの光となり、
        人々の顔へ戻っていく。

面喰いの巨体は、
      しゅるしゅると縮み始めた。

最後には手のひらほどの小人となり、
     何枚もの仮面に押し潰されて、
   狐面の穴から足だけを出していた。

「我の恐ろしい顔を見よ!」

「顔が見えておらぬぞ」

小夜が扇の先で狐面をつつく。

「や、やめよ! 目が回る!」

「人の顔を奪った罰じゃ。
       しばらくその面で暮らせ」

小夜が扇であおぐと、
   小さな面喰いはくるくる回りながら
          杉林へ飛んでいった。

やがて祭りが再開され、
      夜空に大輪の花火が咲いた。

平太郎は隣の小夜を横目で見る。

「その着物……よく似合っている」

小夜は狐面で真っ赤な顔を隠した。

「遅い。だが、今夜だけは許してやる」

「面で隠していては、表情が分からないな」

「見るな! 今だけは絶対に見るでない!」

狐面の下で小夜が笑っていることを、
      平太郎は見ないふりをした。

遠くの杉の上では、
   山本五郎左衛門が腕を組んでいる。

「偽物の娘は迷わず見破ったか。
       されど、自分の本心には、
     まだ面を被っておるようだな」

二人の間に垂れた
       赤い組紐を照らすように、
     ひときわ大きな花火が咲いた。

第三夜の教訓

人の本当の美しさは、
    作られた笑顔や見た目ではなく、
     その人らしい心と言葉に宿る。