『伝説 稲生 物怪録』第一夜の妖怪は手長足長。もしも、妖怪を見たらちゃんと怖がってあげよう。例え変な格好でも...
『伝説 稲生 物怪録―魔王令嬢と剣士の魑魅魍魎なお伽話―』
【でんせつ いのう もののけろくーまおうれいじょうとけんしの ちみもうりょうなおとぎばなしー】
★江戸時代中期 寛延2年(西暦1749年)
、備後三次(現在の広島県三次市)に
実在した稲生正令、通称・稲生武太夫
(幼名・平太郎)が16歳の年に体験した
という、妖怪にまつわる怪異をとりまと
めた物語。それをベースにしたラブコメ
第一話「手長足長の怪」
夏の夜。備後国三次。
百物語(肝試し)の帰り道でも
顔色ひとつ変えない稲生平太郎は、
道端で転んだ子供を助けていた。

「夜道を走るな。
妖怪より石ころの方が危ないぞ」
その姿を、物陰から小夜が見つめていた。
「口は悪いのに、優しいのですわね…」
頬が熱くなり、
小夜は慌てて扇子で顔を隠した。
その夜、小夜の父・山本五郎左衛門は、
娘の様子を見抜いた。
「ひと目ぼれとは、我が娘ながら気が早い」
「ち、違います!
少し見どころがあると思っただけです!」
「ならば十夜をもって、
その想いと男の度胸を試してやろう」
翌晩。
平太郎が屋敷へ戻ると、
天井から着物の裾が垂れていた。
「誰だ」
「本日から、こちらで暮らします」
小夜が天井板を外し、逆さまに顔を出した。

「なぜ天井にいる」
「登場の仕方を考えていたら、
降りられなくなりましたの」
「帰れ」
「嫌です。父上の試練が終わるまで、
十日間ここで暮らします」
「勝手に決めるな」
「わたくしを追い出して、
夜道で妖怪に襲われてもよろしいの?」
「妖怪の娘が何を言ってる」
小夜が天井から飛び降りた瞬間、
屋敷が大きく揺れた。

庭から二本の異様に長い腕が伸び、
障子を左右へ引き裂く。
月明かりの中、
手足だけが不自然に長い怪物が、
屋根をまたいで立っていた。

「第一の刺客、《手長足長の怪》である!」
「父上、本当に送り込んできましたわね」
「お前の父親、加減を知らないのか!」
長い腕が、小夜をつかもうと襲いかかる。
平太郎は小夜を抱き上げ、畳を蹴った。

巨大な手が、二人のいた床を叩き割る。
「きゃっ!」
「しがみつくな!」
「落としたら承知しませんわよ!」
「助けられてる最中くらい静かにしろ!」
平太郎は小夜を抱えたまま、
次々と伸びる腕をかわした。
手長足長が長い脚を振り上げる。
平太郎は小夜を縁側へ下ろし、
その前へ立った。

「そこを動くな」
「わたくしに命令を―」
「守れなくなる」
小夜は言葉を失った。
平太郎が刀を抜く。
月光を受けた刀身に、
青白い風が巻きついた。
その姿を見た小夜の胸が、大きく鳴る。

「少しだけ……格好よろしいですわ」
「何か言ったか」
「何も!」
手長足長の腕と脚が、
四方から平太郎へ迫る。
平太郎は身を低くし、一気に踏み込んだ。

「風剣―《疾風・千鳥斬り》!」
無数の青白い風の刃が千鳥の群れとなり、
長い手足へ絡みつく
黒い妖気だけを斬り裂いた。
手長足長の巨体が、しぼむように縮み始める。
屋根より高かった身体は人の背丈になり、子供ほどになり、最後には手のひらほどの小人になった。
長い手足だけはそのまま残り、小さな身体へ何重にも絡みついている。
「ぬおっ、手が邪魔で立てぬ! 足が結べた!」
小さな手長足長は、畳の上を転がった。
小夜が扇子の先でつつく。

「これが父上の刺客ですの?
ずいぶん可愛らしくなりましたわね」
「可愛いと言うな!
我は恐ろしい妖怪―あっ、足を踏むな!」
「長すぎて避けられません」
「わざとだろう」
「平太郎、あなたは黙っていてください」
「俺の屋敷だぞ」
二人の口論を見上げ、
手長足長は深いため息をついた。
「この二人を引き離すなど、
十夜あっても無理ではないか……」
長い手足をばねのように縮めると、
小さな身体が天井へ飛び上がった。
「五郎左衛門様へ報告してやる!
この娘、男より恐ろしいぞ!」
「お待ちなさい!」
小夜が扇子を振る。
手長足長は「シューッ」と音を立て、
月夜の彼方へ飛んでいった。
静かになった屋敷で、
小夜が平太郎を横目で見る。
「先ほど、
わたくしを守れなくなると
おっしゃいましたわね」
「聞き間違いだ」
「では、もう一度妖怪にさらわれて
確認します」
「やめろ!」
第一夜は、
二人の口論とともに明けていった。
第一夜の教訓
本当の勇気とは、
怖さを感じないことではない。
大切な人を守るため、
怖さより先に一歩を踏み出すことである。
