『伝説 稲生 物怪録』第二夜の妖怪は星食い。七夕の短冊に嘘を書くと、星食いに怒られる。
『伝説 稲生 物怪録―魔王令嬢と剣士の魑魅魍魎なお伽話―』
【でんせつ いのう もののけろくーまおうれいじょうとけんしの ちみもうりょうなおとぎばなしー】
★江戸時代中期 寛延2年(西暦1749年)
、備後三次(現在の広島県三次市)に
実在した稲生正令、通称・稲生武太夫
(幼名・平太郎)が16歳の年に体験した
という、妖怪にまつわる怪異をとりまと
めた物語。それをベースにしたラブコメ
第二夜「七夕の星喰い」
七月七日の夕暮れ。
平太郎が屋敷へ戻ると、軒先から庭まで、
色鮮やかな七夕飾りで埋め尽くされていた。

「……なんだ、これは」
「七夕を知らないのですか?
風情のない男ですわね」
笹の前では、
小夜が得意げに扇を広げている。
「飾りすぎだ。
屋敷が笹に乗っ取られているぞ」
「文句を言う前に、短冊をお書きなさい」
「俺に命令するな」
そう言いながら、平太郎は筆を取った。
小夜は背を向け、
短冊へ素早く願いを書く。
―平太郎が、
わたくしだけを見ますように。
「何を書いた?」
「み、見ることは許しません!」
平太郎が短冊へ手を伸ばすと、
小夜は顔を真っ赤にして飛びついた。

「これは魔王令嬢の機密です!」
「願い事に機密も何もあるか」
二人が短冊を奪い合った瞬間、
空から星が一つ消えた。
続いて二つ、三つ―。
天の川が黒い穴に吸い込まれ、
夜空から光が失われていく。
笹の上に現れたのは、
星明かりを腹いっぱいにのみ込んだ
妖怪・星喰いだった。

「願い、隠す。星、甘い」
星喰いが大きく息を吸うと、
無数の短冊が宙へ舞った。
小夜の短冊も、その口へ吸い寄せられる。
「待ちなさい!それだけは返しなさい!」
「そんなに大事な願いなのか?」
「あなたには関係ありません!」
星喰いが短冊をのみ込む。
すると、腹の中から小夜の声が響いた。
『平太郎が、わたくしだけを見ますように』
「な……!」
小夜の顔が、角の先まで真っ赤になる。

「忘れなさい! 今すぐ!」
「俺の記憶にまで命令するな」
そのとき星喰いは、
平太郎の短冊ものみ込んだ。
『小夜が少し静かになりますように』
「まあ!」
「いや、待て。裏もある」
『そして、
十夜が終わるまで無事でいますように』
今度は平太郎が顔を赤くした。
「ずいぶんお優しい願いですこと」
「うるさい」
星喰いが最後の星をのみ込むと、
辺りは完全な闇に閉ざされた。
足場を失った小夜の手を、
平太郎がつかむ。
「離すな、小夜」
「命令ですの?」
「頼んでいる」
「それなら、聞いて差し上げます」
暗闇の中、二人は手探りで笹へ近づいた。
小夜は髪に結んでいた赤い組紐を外し、
残った一枚の短冊を平太郎と一緒に
笹へ結ぶ。

二人が書いた願いは、同じだった。
―奪われた星を、夜空へ返す。
短冊から天の川の光があふれ、
星喰いの巨体を照らし出す。
だが、のみ込んだ星の力が暴走し、
星喰いは黒い霧をまとって二人へ
襲いかかった。
平太郎は小夜を背にかばい、刀を抜く。
小夜は赤い組紐の端を、刀の柄へ結んだ。

「わたくしの願いもお使いなさい!」
「仕方がない。
今夜だけは命令を聞いてやる」
刀身を青白い天の川が流れ、
無数の星が刃の周囲で渦巻いた。

「剣技―《天河・星結び》!」
平太郎の一閃が、星喰いの身体ではなく、
暴走した黒い妖気だけを斬り裂く。
のみ込まれた星々が夜空へ舞い戻り、
天の川が鮮やかによみがえった。
光が収まると、笹の葉の上には、
手のひらほどに縮んだ星喰いが座っていた。
「願い……食べすぎた」
星喰いは小さなくしゃみをした。

口から星が三つ飛び出し、
慌てて夜空へ逃げていく。
平太郎は小夜の短冊を拾い上げた。
「これは返しておく」
「読んでおいて、
今さら紳士ぶらないでください!」
「では、願いをかなえてやろうか」
「え……?」
平太郎が小夜をまっすぐ見つめる。
耐えきれなくなった小夜は、
扇で赤い顔を隠した。

「み、見すぎです!」
「俺に見ろと願ったのはお前だろう」
天の川の下、二人を結ぶ赤い組紐だけが、
いつまでも淡く輝いていた。
第二夜の教訓
願いは隠しているだけでは届かない。
言葉にし、誰かと力を合わせて初めて
未来へつながる。
