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『伝説 稲生 物怪録』第四夜の妖怪は影盗り。人は一人で強がるより、誰かに支えられることで本当の強さを得られる。

『伝説 稲生 物怪録―魔王令嬢と剣士の魑魅魍魎なお伽話―』

【でんせつ いのう もののけろくーまおうれいじょうとけんしの ちみもうりょうなおとぎばなしー】

 ★江戸時代中期 寛延2年(西暦1749年)
、備後三次(現在の広島県三次市)に
実在した稲生正令、通称・稲生武太夫
(幼名・平太郎)が16歳の年に体験した
という、妖怪にまつわる怪異をとりまと
めた物語。それをベースにしたラブコメ

予告編 第一夜 第二夜 第三夜

第四夜 十五夜の影盗り

夏祭りから、ひと月ほど過ぎた十五夜。

平太郎の屋敷では、
縁側にすすきと月見団子が供えられていた。

「十五夜だというのに、
        どうしてお前までいる」

平太郎が尋ねると、
  小夜は澄ました顔で団子を頬張った。

「お父さまから、
 人間の月見を調べてこいとの命じゃ」

「それで十二個目か」

「調査には十分な試食が必要なの」

「十五個しかないんだぞ」

「残り三つも調べてあげるわ」

平太郎が皿を取り上げると、
        小夜は頬を膨らませた。

その様子を庭から眺めていた権八が、
        すすきを揺らして笑う。

「夫婦喧嘩なら、俺は帰るぞ」

「「夫婦ではない!」」

二人の声が重なった瞬間、
      夜空の満月がふっと消えた。

庭も屋敷も、墨を流したような闇に沈む。

平太郎、月が!」

小夜が思わず平太郎の袖をつかんだ。

暗闇から、ズルと細長い影が立ち上がる。
頭には欠けた月のような角、
背中には人々から盗んだ影が何枚も貼り
ついていた。

「我は月影盗り
月の光も、人の影も、すべて我がもの」

「お父さまの刺客ね」

山本五郎左衛門さまは申された。
          娘を守る男ならば、
己の影を失っても立ってられるか試せと」

黒い腕が伸び、
  平太郎の足元から影を引き剥がした。
  平太郎の体がぐらりと傾く。

平太郎!小夜が抱きとめる。

「離れろ。おまえの影まで取られる」

「嫌よ!」

「これは俺の試練だ」

「だったら、
    私が隣にいるのも私の勝手よ!」

小夜は平太郎の腕を肩に回し、
           必死に支えた。

「影がなくても、
    私が支えれば立てるでしょう!」

平太郎は驚いた顔で小夜を見た。
「お前、俺を心配しているのか」

「ち、違うわ!ここで倒れられたら、
     これから団子を誰が作るのよ!」

「心配するところは団子か」

月影盗りが無数の影を刃に変え、
          二人へ放った。

平太郎は小夜を背後へかばい、
          腰の刀を抜く。

「俺の影は奪えても―
     守るべき者までは奪えない」

刀身に青白い月光が宿った。 一閃。

平太郎が刀を振るうと、
銀色の水流が龍のように庭を巡る。
月光を帯びた水の渦が影の刃を砕き、
夜空へ無数の光のしずくを舞い上げた。

「月影一刀《水月》!」

二閃目が、月影盗りの胸を通り抜ける。

肉体には傷一つない。
斬られたのは、盗んだ影を縛っていた
        黒い妖力だけだった。

影たちは一斉に解き放たれ、
      持ち主のもとへ飛び帰る。

月影盗りの体が、ぽん、と煙に包まれた。

煙が晴れると、
そこには手のひらほどの
       小さな妖怪が座っていた。

「ち、小さくなった!?」

月影盗りは慌てて、月見団子を一つ抱える。

「今宵はこれにて失礼!」

「それはわたしのお団子よ!」

小夜が追いかけると、
小妖怪はすすきの間を転がるように
            逃げていった。

満月が夜空へ戻り、庭を明るく照らす。
平太郎の影も足元へ戻った。

小夜

「なによ」

「さっきは助かった」

「当然よ。
あなたを試していいのは、
お父さまと…私だけなんだから」

「ずいぶん勝手な話だな」

平太郎は皿に残った最後の団子を
半分に割り、一方を小夜へ渡した。

「半分だけだ」

小夜は団子を受け取り、
     少しだけ頬を赤くした。

「最初から、こうすればよかったのよ」

二人の影が、
   十五夜の縁側でそっと重なった。

遠くの山では、水鏡を覗いていた
山本五郎左衛門が腕を組む。

「影を失っても、娘に支えて立ったか」

隣で小さくなった月影盗りが団子をかじる。

「大将、あれは試練というより、
            縁結びでは?」

「黙れ。次はもっと恐ろしい刺客を送る」

「その前に、
    元の大きさへ戻してくだされ!」

五郎左衛門の豪快な笑い声が、
         満月の山に響いた。

今夜の教訓

人は一人で強がるより、
   誰かに支えられることで
   本当の強さを得られる。