論文紹介 NATO加盟国間の能力格差がマルチ・ドメイン作戦の実行を難しくする
近年、大国間の軍備競争が復活したことによって、欧州の安全保障環境は変化しています。北大西洋条約機構(NATO)は、この変化に適応するため、マルチ・ドメイン作戦(Multi-Domain Operations)として知られる新たな構想を採用しようとしています。
マルチ・ドメイン作戦は、米陸軍におけるドクトリンの開発を通じて発展した構想であり、陸上、海上、航空、宇宙、サイバー領域を横断して戦力を運用するアプローチを基礎としています。しかし、この構想を作戦計画に深く組み入れることで、NATO加盟国間にある能力の格差が顕在化するという問題も生じることが以下の論文で指摘されています。
Gilli, A., Gilli, M., & Grgić, G. (2025). NATO, multi-domain operations and the future of the Atlantic Alliance. Comparative Strategy, 44(1), 73-91. https://doi.org/10.1080/01495933.2024.2445491
2010年代以降、米軍は精密誘導兵器の拡散を踏まえ、軍事的優位を回復するための構想を模索するようになりました。マルチ・ドメイン作戦は異なる領域の能力を逐次的に使用するのではなく、並列的に使用することによって、複数の努力線に沿って戦闘力を発揮するアプローチです。
著者らの解釈によれば、1980年代に米軍が対ソ戦に備えるために考案した構想であるエアランド・バトル(AirLand Battle)が敵防空網の制圧と指揮統制システムの破壊、そして縦深にわたる航空阻止を陸上戦闘で反撃に転じるための前段階として位置づけていたのに対して、マルチ・ドメイン作戦は同時に複数のアプローチを切り替えながら用いる点が異なっています。ただし、このような構想を現実の作戦で遂行するためには、複数の領域で戦力を運用できる強固な指揮統制システムが必要とされます。
そのため、NATOがマルチ・ドメイン作戦を基本の構想とすると、同盟国間の能力の格差が表面化し、軍事的な有効性の低下だけでなく、同盟の内部における緊張を引き起こすことが予測されます。NATOに加盟する32か国の軍隊の状況はさまざまで、指揮統制システムの変更にかかる費用を負担できるとは限りません。例えば、指揮統制システムの改革のためには、指揮階層ごとに人工知能、データ分析、サイバー防衛、そして通信ネットワークなどを実装するための装備調達や教育訓練などの投資が必要であり、費用は指揮組織が大きくなるほど膨張します。
NATOの指揮統制システムは、すでに多数の多国籍本部で構成されており、それらの費用は共同資金から支出されています。NATOが全世界で遂行する連合作戦を統制しているのは作戦連合軍(Allied Command Operations, ACO)であり、これはベルギーのモンス郊外カストーにあるNATO欧州連合軍作戦司令部(Supreme Headquarters Allied Powers Europe, SHAPE)に設置されています。作戦連合軍の統制に従って、作戦レベルの部隊運用を担当する統合軍司令部(Joint Force Command, JFC)としてはイタリアのナポリ、オランダのブルンスムがあります。
改革を統括する変革連合軍(Allied Command Transformation, ACT)は米国バージニア州ノーフォークに位置しており、また後方支援を担当する司令部にはドイツのウルムに統合支援有効化司令部(Allied Joint Support and Enabling Command, JSEC)が置かれています。これらの司令部一つ一つをマルチ・ドメイン作戦に適した指揮統制システムに変革するには、同盟国間で費用負担などを決める交渉が必要となりますが、著者らは装備や要領を変更するのに多大な費用がかかる場合、すでに慣れ親しんだ技術に引き寄せられる傾向があるとして、その実現可能性が低いと予測しています。
また、仮に指揮統制システムを刷新できたとしても、同盟国間で情報のアクセスをどのように管理するべきかという難題が残されます。マルチ・ドメイン作戦を遂行するためには、敵の意図、能力、行動に関する情報を迅速に共有しなければなりません。しかし、NATOの加盟国の間ですべての機密情報が共有されているわけではありません。米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは、高度な通信傍受、シギント(SIGINT)で獲得した情報を共有するファイブ・アイズという枠組みを共有していますが、ほとんどのNATO加盟国はこの情報にアクセスできません。ロシアによるウクライナ侵略が発生してからも、ハンガリー、スロバキアのようにロシアとの外交関係に配慮する国家があることも、マルチ・ドメイン作戦の実行を妨げています。
マルチ・ドメイン作戦という構想は、米国の内部で発展したものであり、それは他の同盟国の了承を受けているわけではありません。NATOによる連合作戦の有効性を高めることは重要な課題であり、マルチ・ドメイン作戦から見込まれる有効性を追求する際には、ある程度のバランスを図らなければならないことを著者らは明らかにしています。
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