情報革命の時代の軍事理論の方向性を示したIn Athena's Camp(1997)の紹介
1990年代に軍隊の情報化の意義をいち早く指摘した研究として『アテナの駐屯地にて(In Athena's camp)』があります。この表題にあるアテナとはギリシア神話においてオリュンポス十二神の一柱とされる知恵と戦争の女神のことであり、情報化の時代において情報が具体的な戦力となることを暗に示しています。
『アテナの駐屯地にて』はランド研究所が米国防総省のために作成した論集であり、情報戦というテーマを中心に理論的な分析が展開されています。ランド研究所のウェブサイトでは無料で公開されているため、サイバー戦の先駆的な研究成果として広く参照されています。今回は、学説史を確認する意味で、この研究成果の内容の一部を紹介してみたいと思います。
Arquilla, J., & Ronfeldt, D. (1997). In Athena's camp: Preparing for conflict in the information age. Rand Corporation. https://www.rand.org/pubs/monograph_reports/MR880.html
この著作の主張によれば、情報技術の時代における軍隊の能力は部隊規模の優劣ではなく、情報の優劣によってますます決するようになります。たとえ小さな規模の部隊であったとしても、情報優勢を獲得することが可能であれば、精密誘導打撃によって敵を効率的に撃破できるため、大規模な部隊を抱えているよりも、情報システムの有効性を高めていくことが重視されています。ただし、収録されている論文の趣旨はそれぞれ異なっています。
例えば第2章の「サイバー戦がやって来る!(CYBERWAR IS COMING!)」では、サイバー戦(cyberwar)を敵に対する情報優勢を獲得するための戦いと位置付け、敵の情報システムを破壊、あるいは攪乱することによって遂行することができるものと捉えています(Arquilla & Ronfeldt 1997: 30)。言い換えれると、サイバー戦は必ずしもコンピューター・ネットワークのような特定の情報通信技術基盤による戦いではなく、敵と味方が情報優勢をめぐって繰り広げる戦いとして理解されています(論文紹介 コンピューターがサイバー戦争のすべてではないを参照)。
第6章での「情報、権力、大戦略(INFORMATION, POWER, AND GRAND STRATEGY)」では、情報優勢を獲得するためには、情報という概念を単に送信者から受信者に伝達されるシグナルという意味に限定して理解すべきではないとされています。古くから情報は有意義な内容を含むシグナルやメッセージという意味で使われてきましたが、1940年代以降に弾道学研究者のノーバート・ウィーナーのサイバネティクスの理論を通じてコミュニケーションを担う通信手段、つまりメディアが情報システムの有効性を高める上で重要な要素の一つであり、近年では物理的な現実の一部として認識されるようになっています(Ibid.: 145-7)。
第7章の「情報時代における戦い(WARFARE IN THE INFORMATION AGE)」では、ポスト冷戦時代の情報戦(Infowar)における抑止の問題を取り上げており、コンピューター・ネットワークに対する攻撃を抑止するためには、攻撃者の身元を特定し、報復することが必要であるものの、そのような手順を考えることが難しいことが指摘されています(Ibid.: 184)。このような脅威に対応するためには、軍事部門と民間部門の協力が不可欠であり、都市が戦略爆撃のターゲットになるように、将来的には民間の情報システムが攻撃される可能性が高いとも予見しています(Ibid.: 186)。
軍事的観点から興味深いのは、第19章において戦闘スウォーム(battle swarm)を将来の軍事ドクトリンの基礎にすることが提案されている箇所です。細かく分かれた単位が、共通の目的達成に向かいながらも、それぞれが自律的に行動することによって、敵に捕捉されることなく戦闘を遂行することが構想されています(Ibid.: 471)。戦闘スウォームのドクトリンは、陸海空それぞれの作戦だけでなく、統合作戦にも適用が可能であり、また烈度が高い状態の武力紛争から低い状態まで幅広く適用可能であり、テロリストやゲリラに対処する際の基本となると論じています(Ibid.: 472)。そのためには、分散した単位部隊が、共通の指揮統制システムを通じてネットワーク化しておき、ある目標に対して、離れた位置にある部隊が相互に情報をやり取りしながら火力を指向するといった行動がとれなければなりません(Ibid.)。
情報通信技術の発達によって軍事理論の前提にさまざまな変化が生じ、戦力の組織化や運用の考え方が見直されるようになったことは今ではよく知られています。特に2000年代以降の軍事理論の発展によって、こうした議論は目新しいものではなくなりました。現在でも、情報化が軍隊の能力をどのように変化させてきたのかという点については議論が続いていますが、ここで取り上げた著作は情報戦に関する幅広い主題をカバーしています。こうした研究蓄積を踏まえることで、次の四半世紀を見据えた情報戦の研究を進めていくことが必要だと思います。
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