軍事史を踏まえて根本的な兵站問題を考察したLifeblood of War(1991)の紹介
軍事学で兵站の歴史に関する著作としてよく知られているのはイスラエルの研究者マーティン・ファン・クレフェルトの『補給戦』(1977)ですが、イギリスの研究者ジュリアン・トンプソン(Julian Thompson)が出した『戦争の源泉(Lifeblood of War)』(1991)もよく知られている業績です。今回はこちらの資料を紹介してみたいと思います。
トンプソンの兵站研究の特色は、古代から現代まで広く軍事史を調べた上で、同じような兵站の問題が繰り返し現れることを指摘していることです。この点を中心に研究内容を紹介してみたいと思います。
Thompson, J. (1991). The lifeblood of war: Logistics in armed conflict. Brassey's.

トンプソンは第1章でクラウゼヴィッツとジョミニの古典的な学説を検討し、兵站の原則を示すことで議論の枠組みを提供しています。理論的な分析に入り込むことは避け、軍事教範に記された兵站管理の原則を示しています。イギリス軍の兵站原則では先見、経済、柔軟、簡潔、協調の5原則が示されており、アメリカ軍の兵站原則では兵站情報(Logistics Intelligence)、目標、生成的兵站(Generative Logistics)、相互依存、簡潔、タイムライン性(Timeliness)、推進性(impetus)、費用対効果、保全という9原則が示されています(Thompson 1991: 7)。
2章では古代から第一次世界大戦までの兵站の発展を手短に要約し、3章以降で第二次世界大戦における兵站から朝鮮戦争、ベトナム戦争、フォークランド紛争の記述が続きます。これらの内容を検討することによってトンプソンは機動戦を遂行する際に兵站システムが直面する問題がそれほど変わっていないことを明らかにしています。
1914年に第一次世界大戦が勃発したとき、各国の軍隊は戦前に作成した弾薬の所要量の見積りがあまりにも楽観的すぎたことを学ぶことになりました。攻勢作戦を発起する前に十分な弾薬を集積するため、数週間から数か月にわたって作戦休止を余儀なくされることは当たり前となり、弾薬の集積所は航空機の格好の攻撃目標となりました(Ibid.: 43-44)。
1982年のフォークランド紛争においてイギリス軍は水陸両用作戦を遂行する過程で後方支援の問題に直面していますが、戦後に国防省が議会に提出した報告書では4つの教訓が示されたことを紹介しています。著者はこれらは遠征部隊を派遣する際に直面する典型的な課題であり、目新しいものではなかったと指摘しています。
「第一に、弾薬費の高騰であり、これにはミサイルや対潜武器も含まれている。第二に、第一に続き、NATO領域の外において作戦行動に対する兵站支援の水準を見直す必要があることである。第三に空中給油の重要である。第四に、民間の資源が防衛にもたらす重要性である。これらの中で第一と第二の教訓については、明らかに必ずしも「学ぶ」必要がないものであった」
冷戦時代に西側では長期戦を避けるために、機動戦のドクトリンを発展させましたが、トンプソンは後方支援を提供するという観点から見れば、陣地戦は機動戦より優れていると主張しています(Ibid.: 292)。NATOが機動戦によって短期決戦を図ろうとしたとしても、予想通りの結果にならない可能性があり、そのため陣地戦に移行して事態が長期化した場合への備えをより重視するべきであると論じています。
ソ連軍のドクトリンとしては、軍事技術の発達によって激しい戦闘が短期間に集中的に発生する可能性を受け入れつつも、戦争それ自体が長期化する可能性は否定しておらず、予備在庫を緊急予備、動員予備、戦略予備、国家予備の4つのカテゴリーに分類した上で、戦時体制に移行するまでは緊急予備、動員予備で対応し、軍事生産を拡大して需要に見合った供給が確保できるまでは戦略予備と国家予備で対応する兵站システムを準備していると記述しています(Ibid.: 299)。
トンプソンはNATO加盟国では平素から軍需品の在庫を30日分確保する方針を採用していることは評価していますが、現実には多くの加盟国がこの水準の在庫さえ確保できておらず、長期戦に対する備えが貧弱であることに強い危機感を持っていました。イギリス軍がフォークランド紛争(1982)で1日のうちに「通常の」5倍の弾薬を消費した例があり、大規模武力紛争への備えでは、さらに大きな在庫を集積すべきだと述べています(Ibid.: 310)。長期戦に対する備えが軽視されていることは、兵站システムの相互運用性の欠如としても現れているとも指摘されており、国際的な連携の欠如を解消しなければならないとされています(Ibid.: 311)。
兵站の観点から軍事史を研究すると、同じような問題が繰り返し起きており、戦訓の学習が上手くいっていないという指摘は今でも注意を払うべき問題だと。なぜ平時の軍隊が十分な在庫水準を確保することに繰り返し失敗するのかという点について定説的な説明はなく、管理上の問題に踏み込んだ分析を加えるべきだと思います。残念ながらトンプソンの議論は問題の所在を明らかにしているものの、そのメカニズムの説明には至っていません。
一般に軍事思想の歴史では長期にわたる消耗戦略の実践が望ましくないものとして見なされてきた歴史があることが関係しているのかもしれません。冷戦以降、兵站のあり方も大きく変化していますが、私たちはこの分野の知見を十分に深めることができておらず、ウクライナ戦争の経験を通じてその研究の不足を再認識しているのが現状ではないかと思います。
参考文献
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