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医薬の祖神~大名持と少名彦

日記(2026年4月2日)

 ひとに備わっていた機能は、現代では、器官すら退化しているという。

 それで、「危険」を察知できなくなり、あらゆる場所を怖れる。
 逆に、「安全」と伝えられたら、危険な領域にも踏み込む。

 間違いたくないから、自分の感覚を信じないのだろうか。

 知識が増えても、その正誤は判らない。
 命を左右する医学さえ、全てではないが一部は、仮説を基盤にしている。

 先生は、全てではないが一部は、「仮説」を基盤にして生徒を導く。
 困るのは、他者の現実を「自説や通説」の枠内に押し込める先生方。

『暴力を振るったヒトは、反省をするから、暴力を振るわなくなっている。だから、暴力を振るわれたひとが相手と関わりを断つのは冷たすぎる』と、執拗に批難するのだ。まるで、被害者が社会を悪くしているかのように。

「では、被害者が加害者の元に戻り、ケガで重度障害を負ったら、あなたは一生をかけて介護をするのですね」と問えば、そこで返答は無くなる。

 わたしは何十年も生きているから、そういう返しもできるけれど、
「無防備な子どもたち」は、危険な場所に戻されてしまうのだろう。

「できること」を、わたしは自分でする。
 使わない機能は衰えると知っているから。

 でも、自説が他者の現実だと信じて疑わない先生は、医師でもないのに、
「車椅子を使うのは絶対にダメっ。歩けなくなるよっっ」と指導してくる。

 ところが、こちらは、長い距離を歩けなくなったから使っているのだ。
 おかげで、残っていた歩行能力を保ったまま、長い年月を過ごせている。

「足こぎ車いす」の旧型を医療機器メーカーの展示品処分で手に入れたら、残していた力が激増したので、立ち上がるたび様々な所へ踏み込んでいく。

 どこまで行くか、判断はしやすい。
 どこまでも想いは先をゆくが、ついていけない身だから無事でいられる。

蛇瀧

『吉野川』を渡って『武木川』の上流へ走ると、『蛇瀧』が見えてくる。
 ここまで来ると、舗装された道路も、大型動物の領域だ。

 多くの地域で境界が曖昧になってしまったのは、県境を越える移動さえ、多くのひとが控えていたためでは。

 その間に、こちらの領域が侵食されてしまったのではない。
 境界線は、示さないでいると消えてしまう。

 この滝は、たぶん、いまの季節にしか見えない。
 木々が葉をつけたら、「水が動いている」と判るだけになるだろう。

 無数の枝が、滝壺から流れ出る水を隠している。

 渓谷を下っていく水は絶えず動いているから、細かい網目に遮られても、かろうじて行方を追える。

『吉野川』も『おおたき龍神湖』も、これまでに見たことがないほど水位が低くなっていた。

 だから、吉野川へ向かう水は涸れていないと知って、少し息がつけた。

 でも、これだけの水が、吉野川に届いているとはおもえない。
 麓へ辿り着く前に、おおかたが地下水になってしまうのだろうか?

小祠

 神さまに手を合わせて、感謝を伝える。
「この国土の美しい水を護ってくださって、ありがとうございます」

 目をあげると、周囲は大岩。
 滝の落ち口の傍でなかったら、こちらが御神体だとおもっただろう。

 ここも「岩戸」のようだが、女神が現れた『井光』は、この山の向こう。

 そして、左側の林道は意外にも、『丹生川上神社中社』に繋がっている。
(車で走り続ける勇気はないから、ここで折り返すけれど。)

 大和王国の初代大王は、この細い道を通ったのだろうか。
『夢淵』と繋がっている道を。

「蛇瀧」から流れ出る水とともに下って、「吉野川」沿いに少し南へ進み、『井光川』を遡って、「光り輝く女神」と出会ったのか。

「何者か」と尋ねられて、
「天降った白雲別神の娘で、名は豊御富(とよみほ)」と答えた女神は、
「水光(みひか)」という名を、新たに与えられている。

「豊御富」が「豊水富(東出雲王家の姫君)」なら、そちらの字をわたしは使いたい。

「豊かな水の富」と想うだけで、地が満たされていくように感じる。
 このところ、『大和盆地』の井戸の水位も下がっているのだが………


◇◇あきつの小野公園◇◇

 この季節には、山間を走るだけで、目の奥が桜色に染まる。
「目に入る桜の本数を合計すれば、吉野山を超えるかも」と考えるほど。

 それでも、車を止めて桜の下に立ちたい、とおもった。

 紅葉の季節とは異なる風情に惹かれて、『音無川』の岸辺に歩み寄ると、
流れのなかの小滝が増えていた。

 静かに流れるだけだった水が、本日は3ヶ所で、小滝になっていたのだ。

小さな滝

 ここに来るたび、「上流の滝には行かない」と、声に出して宣言する。
 道が整備されていて、不自由な身には山道より体力が要るので。

 山道のままだったら、「足が置けた所」をつないで進んでいけるのだが、整備された道だと、段差が大きい所では、次の段に足が届かない。

 けれども、毎回、宣言しては撤回している。
 ここでは、水の流れとは逆に引力が働くのだ。

入り口は段差が小さい

 そのうち、両腕の力だけでは進めなくなるかもしれない。
 だけど、這ってでも滝に近づいていきたい。

 そう考えながら、足元の石段から目をあげたとき、視界を流れ落ちたのは
『蜻蛉(せいれい)の瀧』ではなかった。

雌瀧

 左奥の『雌瀧』が、これまでにない水量だったのだ。
 前に来たときには、水の流れが見えなかったのに。

 そして、右側の『蜻蛉の瀧』は、水煙がたなびくほどの水量だった。

蜻蛉(せいれい)の瀧

 この水も『吉野川』に流れ込むのだが、ぜんぶは届かないのだろうか。

 それでも、「豊かな水が『武木川』や『井光川』や『音無川』の上流では轟々と音を立てて流れ落ちている」と想っていられるのがありがたい。


◇◇櫻木神社◇◇

「行きとは別の道を通って、宇陀の桜を眺めながら帰る」と決めていたが、信号待ちの間に進む方向を変えた。

 出雲の「医療の神」に手を合わせたい、と感じたので。

御神木

 出雲神を祀る『櫻木神社』は、創建の由来に、「古来から怖れられていた感染症」の治癒の神さまが象に乗って天から降りてきた、と記されている。

 出雲の王族は「ほんとうの医療」を広めたので、治癒の神さまであるのは分かるし、出雲神の一柱は「象」の姿をしている。 

 平城京の時代に疫病を収めたのも(象に乗って天から降りてきたのは)、出雲王国の「大名持(主王)」「少名彦(副王)」の子孫だったのだろう。

[注:『note』の記事は、学問を修めていない者が想像した内容で、歴史を学ぶ方の参考にはなりません。念のため。]

櫻木神社

 ここは、在位11年間で31回も『吉野』に行幸した女帝にとって、「天から降りてきた神の一族が医療や美容の知恵を分けてくれる場」だったのでは。

象(きさ)の小川

 参拝の後、ふと右側を見ると、『象(きさ)の小川』の岸に下りられるとわかった。

 来るたび、鳥居の手前にある『こぬれ橋』から上流を眺めていたのだが、見えていた所まで歩いて行けそう。

 この川も、これまでより水量が多く、小さな滝の数が増えている。

 そして、この川も、『吉野川』に流れ込んでいる。

 平らな岩を見ると、「古代人が水辺で神事をしたのだろうか」とおもう。

「医学的にはあり得ない状態」で、わたしは生存している。

 2023年の秋に生前整理を済ませたのだが、いまだに身体も頭も動く。
 体重も容貌も変わらないし、できなくなったことはひとつもない。

 もし医師たちに従っていたなら、身体の多くの部分が切り取られていた。

 それらは、医師たちにとっては「無くても生存に関わらない部分」だが、身体にとっては、「新しい役割を担える部分」なのだ。

 体内の有害物質を包み込んだ赤血球が腫瘍になるのだとしたら、身体は「集積場所」を、すぐには命に関わらない所から選ぼうとするだろう。

[注:『note』の記事は、学問を修めていない者が想像した内容で、医学を学ぶ方の参考にはなりません。念のため。]

 どの科の医師たちも、「医学的にはあり得ない」という分類枠を作って、わたしをそこに振り分けてきた。

 だから、自分のことは自分で仮説を立てるようになったのだ。
 14年前から病院へ行っていないが、それで問題が生じたことはない。

 帰宅後、「病状が現れてから4年になるのに、なぜ生存できているのか」と自問して、
「失血死へ向かうのが、わたしではなく、腫瘍だから」と、答えを得た。

 すると、応えるかのように、役目を終えた腫瘍の排出が始まった。
 それは、おぞましい姿をしていないし、前回よりも、さらに美しい。

 2023年の冬に身体が切り離した大きな腫瘍は、古い注連縄のようだった。
(自然に治癒した腫瘍は、白い繊維状になるそうだ。)

 また、小片の幾つかは辰砂のようであり、琥珀のようでもあった。
 微生物の働きによるのか、それらは美しかったのだ。

 このまえ、洗濯機の奥にある排水口を手入れして、微生物を流し入れた。
 すると、半日後には、鉋で削った木材と同じ匂いが洗面所に満ちていた。  

 そのようになったのは初めてだが、人体でも体液が樹液に近くなるのか、
腫瘍から抜けていく大量の血液さえ、ふしぎにも芳しい(かんばしい)。

 わたしは、住処を整えるように、自分自身を整えている。
「医薬の祖神」が広めたのも、似たような方法だったのではないだろうか。

「医薬の祖神」を配祀する『大神神社』の御神体や御神木に同じ微生物群が散布されているので、自分がしていることをひとに伝えやすい。