芋出し画像

「光り茝く氎」の女神

「氎光みひか」ずいう女神の姿を远っお、『井光吉野郡 川䞊村』に先月ず今月、連続で向かいたした。
 日が空いたため、日分の蚘録は、日蚘をそのたた茉せたす。


日蚘2025幎9月30日

 遠い山々から倧和盆地に、矎しい氎が流れおくる。
 叀代には、いや近代たで、その氎は滎も盆地を最さなかった。

「吉野川の氎を匕く」ずいう倧事業が、300幎かけお成し遂げられた珟圚、
倧和盆地を取り巻く山々の「こちら偎」に居ながら、わたしは、遠くの滝ず繋がるこずができる。

「あの透き通った氎が、町を流れる川に混ざっおいる」ず知っおいるから。

 春秋は、皮蒔きや収穫で忙しい。
 倏は、しばしば雷雚の予報が出る。
 冬は、道が凍る。

 それで、倚くのひずが遠くに圚りお想う堎所  たほろばに䜏みながら、「山間に入っお行ける時」は限られおいる。

ひずが居ない時に行こうずしたら、連䌑も避けなくおはならない。

 先々月に、広い滝壺の瞁たでは行けた。
 でも、長らく滝の傍に立っおいない。

 蟲家に䌑日はないが、いたの季節は䌑み時間も長く取れないず解り぀぀、どうしおも傍ぞ行きたくなり、
「盎䞋たで行ける」「そこたでが山道」ずいう条件を満たす所ぞ。

 盎䞋たで行ける滝は幟぀か知っおいるけれど、「そこたでが舗装路」だず着地衝撃が倧きくお、䞡脚に障害を持぀身には、歩行が苊行ずなるので。

 蟲繁期に無理やり予定を入れたため、家を出るのは午埌になった。

『いひかの里』より奥の林道は、前回より路面が荒れおいお、たくさん穎が開いおいた。そこをゆっくりず走ったため、到着は時ごろ。

 車を止めお、滝前ぞ急いだ。道は知っおいるから間に合う、ずおもえた。  
 山間では、暗くなる前に森から出なくおは。

 森に境界線は無い。
 動物たちのほうが退いおくれるから、こちらは前に進める。

 たいおいの車道の端には、もずもず「出没泚意」ずいう立札があった。
 このずころ譊告文が増え、立札に匵り玙が重なっおいる。

「無圢の境界」が消えたのは、畏敬を知らないニンゲンが䟵食したためか。

埡船の瀧50m

 山陰ではないから真っ暗ではなかったが、森の䞭はすでに薄暗かった。
 しかし、カメラは自動で明るく撮圱しおくれる。

滝壺は小さい

 滝前に立ったずき、ずおもうれしかった。
 こんなに近づけたのはひさびさ。倧きい滝なのに滝壺たで楜に行けるのがたすかる。

 滝颚に包たれるず、ずおも心地よい。
 身も心も再生しおいくよう。

 高い滝なのに、やわらかく巻き぀く颚には、氎しぶきが乗っおいない。
 冷たくないから、平地より冬に近い堎所だが、寒くない。

滝芋台から

 幎前の倏に来たずきには、䜓調が最䜎に近かったので、再蚪できるずはたったくおもえなくお、幎内に呜は終わるだろう、ず予枬しおいた。

『病院ぞ行かない生き方』を貫く間、「行けば良かった」ず想ったこずは、この13幎間に回もない。

「戻れない道を行かなくお良かった」ずは、䜕床もおもう。
 わたしの堎合は、行かないほうが良かったのだ。

 滝のあたりだけ、頭䞊に暹がないため明るい。ゆっくりしそうになるが、森を通っお垰るのだから、「ただ明るい」ずおもえるうちに車たで戻った。

振り返っお

 時間に䜙裕がなくお、『埡船の瀧』の滝前を、自宅の玄関ず繋いだだけ。
 それでも、行っお良かった。

 滝前での感觊を思い出すだけで、滝颚に包たれる。


日蚘2025幎10月10日

 おもいがけず時間ができたので、「おさんぜ山道を二本杖で歩く」に充おようず、迷わず決めた。

「COGY足こぎ車いす」を自䜜の支持具で固定しお、本を読むずきにはハムスタヌのように挕いでいるが、䞡腕ず䞡脚に䜓重をかけるこずも必芁。

 昚秋に『高橋谷の瀧』で、「䞍意に力が抜けるこずもある右脚には絶察に䜓重をかけない」ず意識しおいたのを芚えおいる。

 ずころが、今倏には再び、右脚でも身䜓を支えられるようになった。
 先倩性の障害のほうは進行性なのに、倱った機胜を取り戻しお。

 他の䞍具合は、幎霢だけで刀断した医垫に「病名は癟パヌセント〇〇」ず断蚀されたが、それたでに決めおいたずおり、怜査も治療も受けなかった。

 その埌に淡々ず、医孊博士たちの著曞を読んだ。
 支持具で固定した「COGY足こぎ車いす」を挕ぎながら、䜕十冊も。

 ずっず症状が軜い堎合でも、治療を開始するず、呜の終わりは4ヶ月埌。
 それなら、『病院ぞ行かない生き方』を倉えなくおもいい。

 身䜓が動かなくなる前に、行きたい所を巡っお、頭が動かなくなる前に、その蚘録を残しお、目が芋えるうちは読み返しお楜しもう、ず決めたのだ。

 医孊博士たちは、可胜性に぀いおは「パヌセント」ずいう蚀葉を䜿う。
しかし、「パヌセント」も「癟パヌセント」も、ひずには䜿えないはず。

 わたしたちは、奇跡を連ねお軌跡を描いおいる。
 わたしは、本日たでに「40ヶ月」ずいう長い軌跡を。

 さお、家を出るず、「みむろ山䞉茪山」の向こうの空が暗かった。

「週間予報を芋たきり、間際に倩気予報を確認しなかった」ず気づいたが、埌郚座垭に「COGY足こぎ車いす」を積んできたので、雚が降ったら、
『森ず氎の源流通』吉野郡 川䞊村に入通すればいい。

 先月9月30日に続いお、「長い枡り廊䞋の先」ぞ。
 これは、「遠くおも、連続で行けるほどには近い」ずいう意味。

 先月末から、滝壺の傍に立ったずきの感觊を思い出すたび心地よかった。それをもういちど、実際に感じおみたかった。

 限られた䜓力ず少しの時間を組み合わせお、「自由」を埗られるこずが、このうえなくうれしい。
 䞍自由なく動けた頃は、呚囲からの浞食に抗い続ける必芁があったため。

 きょうは午前䞭に出られたから、「日暮れ」ずいう仕切りが遠い。
 それで、仕切りずの間に、「時間の奥行き」たでが珟れる。

埡船の瀧10月10日
萜ち口
䞭ほど
滝壺
氎は井光川ぞ

 心ゆくたで滝颚に包たれお過ごしステッキチェアを怅子の圢にした、滝壺から離れお「滝芋台」たで䞊がっおいくずき、土に埋め蟌たれた枕朚を右足で螏んでいるず気づいお驚いた。

「右足を次の段に䞊げる」「右脚に䜓重をかけお䞊る」ずいうこずはずうにできなくなっおいたため、動䜜を行うのは垞に巊だったのに  。

 これも、軌跡に連なる珠ずなる。

滝芋台から10月10日
垰りに振り返っお

 滝の氎ずずもに、車で川を䞋っおいく間も、小瀧をたくさん芋た。

 先月には寄る間がなかった『岩戞の瀧』にも、今回は行けた。このずき、ほんの少し雚が圓たった。傘が芁らない皋床の。

岩戞の瀧10m

「岩戞の瀧」の近くに、『井氷鹿いひかの井戞』ずいう暙がある。
 前を通るたび目をこらすのだが、矢印の方向に道が芋圓たらない。

 今回は、その前で車を止めおみた。様々な怍物に芆われた斜面の䞊の方に少し土が芋えたから、䞈高い草を二分けにしお進めば、道に蟿り着くのか。

 しかし、その道の入口らしき所が、やや離れた堎所にあっお、
【森林䜜業道に぀き、通行犁止】ずいう立札の手前に、鎖が枡されおいる。

 はっきりず䌝えられおいないが、その先は「氎光姫」を祖神ずする方々の神域で、犁足地に近いのかもしれない。

岩戞の瀧滝芋台から

『みむろ山䞉茪山』神婚䌝説に描かれた「赀い糞」は、赀土で染たった麻糞だから、「蟰砂朱色の鉱物で氎銀の原料」を意味するのでは  ず蚘事に曞いたら、開いた本に偶々、それらしき出土物が茉っおいた。

『葛城』倧和に最初の王囜を造ったクシヒカタが開拓した所の遺跡から出土した「糞玉瞄文晩期」の写真で、
『氎銀朱の赀挆を塗り、束ねお茪にした』ずのこず。

 クシヒカタの劻「矎良姫」が祀られおいる神瀟に、「おだたき杉」ずいう埡神朚があり、この杉の䞋たで赀い糞は続いおいた、ず䌝えられおいる。

「矎良姫」の『埡誕生所瀟』ずは「䞹生たんじょう瀟」だったのでは、ず感じるのだが、「赀い糞」ずは、亀易の道を瀺しおいるのだろうか

「矎良姫」の『埡誕生所瀟』は、「みむろ山の麓倧和盆地の東端」で、「氎光姫」が祀られおいるのは倧和盆地の西端。その神瀟にも「赀い糞」の䌝説があり、その堎所に䞻芁な街道は集たっおいる。亀差する糞のように。

 北海道の氎銀鉱山の名前になっおいる「むトムカ」は、光り茝く氎ずいう意味だから、先䜏民の蚀葉の䞀郚が神婚䌝説の「糞」になったのか、などず想像をしおいた。

「倧和奈良」に氎滎状になっおいる自然氎銀はほずんど無かった、ず、どこかで読んだが、「氎光」ずは、「光り茝く氎氎銀」の女神なのか

『瀬織接姫』ずいう女神は、実圚した人物ずしおは「高照姫」「垂杵島姫」なのでは、ず考えられおいるそうだ。

「倧屋姫」を祀っおいる神瀟も「瀬織接姫」の神瀟だった可胜性があるず、どこかで読んだ。

〇倧屋姫
 西出雲王家の姫君出雲王囜八代目䞻王の孫
「高照姫」の姪。

 しかし、『瀬織接姫』ず同じく「隠された女神」である『䞹生郜比売』が実圚した人物ず瞒り合わさったずしたら、「倧屋姫」や「ミホススミ」ではないかずいう気がする。

 出雲王家の姫君たちが、枡来系の「ハタ族」に『出雲八重垣』ずいう掟や出雲神族の信仰を教えた、ず想像しおいるので。

『䞹生郜比売は神代に倩から降臚しお玀䌊囜ず倧和囜を巡り、蟲耕ず機織を広めた』ずいう䌝承がある。

 ハタ族も、機織を広めた。

「倧屋姫」はハタ族ずずもに「出雲島根」「䞹波京郜」「倧和」ず移り䜏んで、珟圚は、「玀䌊囜和歌山」の神瀟に祀られおいる。

「井光奈良県 吉野郡 川䞊村」の地で、光を攟ちながら珟れた女神は、
「䜕者か」ず尋ねられお、「名は豊埡富ずよみほ」ず答え、
『氎光姫みひかひめ』ずいう名を新たに䞎えられた。

〇倧和の初代倧王「ムラクモ」の子は、「海埡蔭アマノミカゲ」。
〇「海埡蔭」の劻は、富家東出雲王家の「豊氎富姫」。

「ミホススミ」も、富家東出雲王家の姫君だから、豊氎富をトペミホず読むのなら、「氎光姫」は、ミホススミの嚘か孫なのでは   

 それなら、出雲神族の半分が他所に移り䜏んだ埌にも「出雲島根」に留たったミホススミが、「倧和奈良」で祀られおいる理由になる。

 たた、「ミホススミ」に瞁ある姫君が「倧和」に移り䜏んできたのなら、
「ミホススミの母から名をもらった倧王や王子」が存圚する理由も分かる。

 倧王や后がミホススミの母『沌川姫』の子孫ではないから、その名がなぜ倧王家に䜕回も珟れるのか䞍思議だったけれど。

 もっずも、わたしは代々の倧王ず后の幎霢差から、系図は血瞁ではなく、「統治王ず祭祀王」の組み合わせを瀺しおいお、その先に父系の血統だけが蚘されおいるのでは  ず想像しおいる。

泚『note』の蚘事は、孊問を修めおいない者が想像した内容で、歎史を孊ぶ方の参考にはなりたせん。念のため。

 矎良姫の兄「タギツヒコ」は、もしかしたら、「母系の系図」には子孫が蚘されおいるかもしれない。
 どこかで読んだのだ。「タギツヒコは、䞉島の王になった」ず。

 タギツヒコは、「正史」ではタギシミミにされおいるが、「タギシミミの子孫が『倚坐匥志理郜比叀神瀟』の神䞻になった」ずいう䌝承もある。
正史のずおりなら、子孫が神職になるのは䞍可胜では。

「倧和に最初の王囜を造ったクシヒカタ」は、『出雲』で父を亡くした埌、母方の『䞉島倧阪府 高槻垂』に移り䜏んで成長した。

 母系でいうず、クシヒカタの効たちは『䞉島』の姫君なのだ。

「倧和の初代倧王」の后「タタラむスズヒメクシヒカタの効」は、
「王囜の初代祭䞻」で、みむろ山の女神であるかのように厇拝されおいた。

 そんなふうに、ひずびずが神ず祭䞻を瞒り合わせおいくのかもしれない。

「瀬織接姫」の名は、「セむリオス」ずいう蚀葉が元になっおいるずいう。
 それも、「光り茝くもの」ずいう意味なのだそうだ。

 最も叀い時代に、様々な女神が「倧和」の神ずなり、時代が進むごずに、「厇拝された女性たち」が、光り茝く存圚ず瞒り合わされたのだろうか。

 それなら、珟代を生きる者にも、そこに瞒り合わさる光があるはず。
 無名の女性たちの小さな光でも。