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折原久左ヱ門

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折原 久左ヱ門(おりはら きゅうざえもん、1931年7月18日 - 2022年2月1日)は、日本の金工家、金属造形作家。北海道教育大学名誉教授。日本芸術院賞受賞者[2][3]。

生涯

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山形県南村山郡南沼原村(現・山形市南沼原)に生まれる[2]。山形師範学校予科を経て東京教育大学に入学し、講師として来ていた芳武茂介から鉄板の絞りや鍛金技法を学んだ[2]。1955年に東京教育大学を卒業し、福島大学助手、ついで北海道学芸大学岩見沢分校助手、北海道学芸大学函館分校助教授を経て、1974年に、北海道教育大学(元・北海道学芸大学)の教授となった[2]。

活動

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1956年の第12回日展に「鉄花器」が初入選した[2]。その後、日展や全道展、日本現代工芸美術展などに出品を重ねた[2]。1986年、日展出品作「祀跡」に対して日本芸術院賞を受賞した[3]。

また、函館を拠点に制作と教育を続け、晩年まで道内各地のモニュメント制作にも携わった[2][4]。

作風

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初期には一枚の鉄板を打ち出して構成する鍛金作品を制作し、折紙を思わせる直線的で鋭い造形を特徴とした[2]。しかし、長年の鍛造作業で聴覚に障害が及んだことから、1970年代以降は溶接や鋳造へ技法を移し、鉄のほかブロンズ、アルミニウム、黄銅、白銅なども用いて複雑な造形表現を展開した[2]。

栄典

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2010年、教育研究功労により瑞宝中綬章を受章した[5]。

脚注

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  1. ↑ “日本藝術院賞受賞者一覧1-80回|文学賞の世界” (2025年4月2日). 2026年4月14日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “折原久左ヱ門”. 東文研アーカイブデータベース. 東京文化財研究所. 2026年3月22日閲覧。
  3. 1 2 “昭和60年度日本芸術院賞決定”. 美術界年史. 東京文化財研究所. 2026年3月22日閲覧。
  4. ↑ “芸術の森事業モニュメント一覧”. 神恵内村. 2026年3月22日閲覧。
  5. ↑ “わが道 輝く功績 春の叙勲道南18人”. e-HAKODATE. 2026年3月22日閲覧。