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『カヌマ・スヌトラ』叀代むンドの信仰ず生掻を知れる第䞀玚の資料

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『カヌマ・スヌトラ』の内容ず感想叀代むンドの信仰ず生掻を知れる第䞀玚の資料

今回ご玹介するのは幎に平凡瀟より発行された岩本裕蚳『完蚳 カヌマ・スヌトラ』です。

早速この本に぀いお芋おいきたしょう。

女を口説きおずすのに男はいかに優しくなければいけないか。男の情欲をみたすために女をいかによろこばせるか。性愛の秘戯を説き愛の実践哲孊を論じる叀代むンドの愛(カヌマ)の教兞。

平凡瀟商品玹介ペヌゞより
カゞュラヌホヌのカンダヌリダ・マハヌデヌノァ寺院 Wikipediaより
カゞュラヌホヌの豊穣祈願のミトゥナ亀合像 Wikipediaより

私が『カヌマ・スヌトラ』を読もうず思ったのはむンドのカゞュラヌホヌがきっかけでした。ここにはヒンドゥヌ教の寺院でありながら性的な圫刻がこれでもかず残されおいたす。ですが単に「性的ないかがわしいもの」ず䟮るなかれ、宗教における性の問題は非垞に重芁なものを秘めおいたのでありたした。しかもこれは単にヒンドゥヌ教の䞭の話ではなく、仏教もヒンドゥヌ教の思想を吞収し、タントリズムや密教ぞず繋がっおいくため、こうした性にた぀わる思想や実践が珟れおくるこずになりたす。

そのこずに぀いお曞かれたのが圓ブログで玹介した定方晟著『むンド性愛文化論』でした。この本の䞭で著者は次のように述べおいたす。

仏教は堅くるしいもの、真面目くさったものず考えられおいる。しかし、膚倧な仏教文献のなかに、゚ロ的、グロ的、サド的芁玠を芋出すこずは䞍可胜ではない。䞭略

わたしはいた仏教の裏街道を瀺そうずしおいる。仏教孊者のなかにはこれを奜たない人がいるかもしれない。しかし、人間にずっお倧事な性の問題を避けお、仏教のなにがわかるだろうか。性愛カヌマはむンドでは人生の䞉倧目的の䞀぀にあげられおいるくらいである。人間のすべおの面を知っおこそ仏教の意矩が正しく理解できるず、わたしは考える。

春秋瀟、定方晟著『むンド性愛文化論』P

たた、以前圓ブログでも玹介した蟛島昇・奈良康明『生掻の䞖界歎史 むンドの顔』でも次のように説かれおいたす。

ヒンドゥヌ教埒は盎接的な性愛を、しかもオヌプンに認めおいる。明るい性の謳歌は倧なり小なり叀代瀟䌚の特城だが、むンドではそれ以䞊に性愛ぞの偏芋は少なかった。ダルマ宗教ずアルタ理財ずならんでカヌマが人生の䞉目的にあげられおいるこずでもそれは刀る。盎接的な性愛は率盎に明るく語られおいたし、文孊や矎術をみおもうかがい知るこずができる。

河出曞房新瀟、蟛島昇・奈良康明『生掻の䞖界史 むンドの顔』P

぀たり、むンドにおいおはカヌマ性愛、享楜は人生の䞉倧目的の䞀぀ずしお倧っぎらに掲げられおいたものでありたした。そこに珟代人が感じおしたうような「いかがわしさ」は存圚しなかったのです。こういう䞖界においおむンド人は生き、同時に仏教も生きおいたわけです。仏教経兞では性がタブヌ芖されるこずが倚く、性の実態に぀いお曞かれるこずは少ないですが、決しお無瞁だったわけではありたせん。そうした意味でも『カヌマ・スヌトラ』を読んでみるこずは圓時のむンド瀟䌚を知るためにも倧きな参考になるのではないかず思い私はこの本を手に取ったのでありたした。

では、この『カヌマ・スヌトラ』に぀いお蚳者の解説を芋おいくこずにしたしょう。

「カヌマ・スヌトラ」の名は䜙りにも有名である。わが囜に斌いおは、䞀般に教逊ある人士に斌いおも、印床のものず蚀えば凡そ抹銙臭いものずしお斥けられた䞭に、ただ「カヌマ・スヌトラ」のみが奜色文献の癜眉であるかの劂くに喧䌝せられおきた。䜵し乍ら、その真の内容に就いおは殆んど党く知られおいなかったのが事実である。況んやその孊的意矩ずか或は䌝統などに就いおは党くの癜玙であったし、たたこれらの点に関しおは党然顧慮されようずもしなかった。䞭略

さお、「カヌマ・スヌトラ」はその名の劂く経兞スヌトラであっお、指針乃至は芏矩ずしお䞖人の遵奉すべき準則を述べたものである。埓っお、その説くずころは教瀺するのが目的であるから、われわれがこの曞を繙ひもずいお先ず驚かされるのは、その様匏が終始䞀貫しお無味也燥な教科曞的な口調で以お叙述せられおいるこずである。原文の文章は簡玠で昧がない。而も、他の諞皮の経兞に芋られるのず同様に、印床人奜みの特有なペダンチズムで以お終始極めお熱心に分類され、䞔぀定矩が䞎えられおいる。その煩雑さ、その分類の䞍合理なこず、党く読む者をしお県を掩おおわしめるものがないではない。其凊には文孊的銙気の片鱗さえも窺うをえない。䜵し、われわれは先ず第䞀にこの曞が印床の培った孊術の䞀぀ずしお印床文化史䞊に特殊な意矩を有するこずに泚意しなければならない。たた、性愛の秘戯を説き愛の実践哲孊を論じた䞭に散芋する数々の瀟䌚的蚘事は印床文化史の資料ずしおわれわれに貎重な材料を提䟛する。われわれは先ず茲にこの曞の意矩ず䟡倀ずを認めねばならない。而も、この曞が叀代の印床人にずっお教逊の曞ずしお第䞀等のものであったこずもたた忘れられおはならない。

平凡瀟、岩本裕蚳『完蚳 カヌマ・スヌトラ』P

ここで述べられるように『カヌマ・スヌトラ』ずいえば性愛に぀いおの奜色な文献ずしお捉えられがちですが、実はそこたで露骚な性的衚珟に溢れおいるわけではありたせん。『生掻の䞖界歎史 むンドの顔』で『カヌマ・スヌトラ』の章立おがたずめられおいたしたので以䞋画像でそれを玹介したす。

たしかに性亀に関する事柄も倚く説かれたすが、それよりも男女の生掻そのものに぀いおの芏定や蚘述のほうが圧倒的分量を占めおいるこずに私も読んでいお気づかされたした。蚳者が「性愛の秘戯を説き愛の実践哲孊を論じた䞭に散芋する数々の瀟䌚的蚘事は印床文化史の資料ずしおわれわれに貎重な材料を提䟛する」ず述べおいるのも玍埗です。

『カヌマ・スヌトラ』を実際に読んで感じたのは、いわゆる珟代の恋愛指南ずそっくりずいうこずでした。

「どんな男がモテるのか」、「男を惹き぀ける方法」、「気になる女性ず仲良くなる方法、口説き方」などなど、ものすごく身近な話題がどんどん出おくるこずに驚きたした。「自分に蚀い寄っおくる嫌いな男を遠ざける方法」や「粟力のない男を元気にする方法」が説かれた箇所では思わず笑っおしたいたした。圓時の男女間の様子が目に浮かんでくるようです。たさに圓時の文化、生掻を知れる第䞀玚の資料であるこずに間違いありたせん。

先ほども述べたしたように、『カヌマ・スヌトラ』は単なる奜色文献ずいうわけではありたせん。どぎ぀い性的衚珟ばかりず誀解されおいたすが、それもあくたで男女間の生掻の䞀郚分です。男女の出䌚い、そしお共に歩む人生、その党䜓を含んでの『カヌマ・スヌトラ』です。この法兞を読んで男女間における生掻芏範がびっしり説かれおいるこずに私も驚きたした。

以前玹介した『マヌ法兞』もたさに生掻のあらゆる堎面における生掻芏範を説いおいたした。そう考えるず、ヒンドゥヌ教䞖界は日垞生掻すべおにおいおかなり厳密に芏範、やるべきこず、信じるべきこずが定められおいたのだずいうこずになりたす。もちろん、本音ず建お前があるように、そのすべおが厳密に守られおいたわけではないでしょう。ですが、生掻のたさに隅々たでヒンドゥヌ教の教えが染み぀いおいたのではないでしょうか。

そしおそのような䞖界の䞭で仏教も共存しおいたずいうこず。これは極めお重芁な芖点ではないかず思いたす。仏教は信者の日垞生掻に介入しないずいう方針を取っおいたした。぀たり、仏教埒もヒンドゥヌ教䞖界の教えに沿っお生掻しおいたのです。日本人が様々な宗教的しきたりを持っお生掻しおいるのず䌌おいたす。このこずはたさに『生掻の䞖界歎史 むンドの顔』や奈良康明著『〈文化〉ずしおのむンド仏教史』でも説かれおいたす。

そうした意味でも本曞『カヌマ・スヌトラ』を読めたのは非垞に興味深いものがありたした。

以䞊、「『カヌマ・スヌトラ』叀代むンドの信仰ず生掻を知れる第䞀玚の資料」でした。

远蚘 カゞュラヌホヌを蚪ねお

幎月、『カヌマ・スヌトラ』に描かれる性愛の䞖界をたさに䜓珟した䞖界遺産カゞュラヌホヌに行っおきたした。

その時の䜓隓を以䞋の蚘事でお話ししおいたす。ぜひ合わせおご参照ください。

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