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【むンド旅行蚘】いざ仏教聖地ぞむンドに呌ばれた私はそこで䜕を感じたのか


【むンド・スリランカ仏跡玀行】 むンドに呌ばれた私はそこで䜕を感じたのか

幎月䞋旬、お盆たけなわの時期を終えた私はむンドに向かいたした。

歳にしお初めおのむンド・・・。

私はこれたで様々な囜や地域の宗教に぀いお孊んできたした。幎には「宗教ずは䜕か」をテヌマに䞖界䞀呚の旅に出、幎には「芪鞞ずドスト゚フスキヌ」をテヌマにペヌロッパやコヌカサス地方を巡りたした。

そしおこの幎から幎にかけお、私の最埌の海倖ずなるむンドの旅を蚈画したのでした。

いわば、このむンドの旅は私の「宗教を巡る旅」の終着点でもありたす。様々な宗教や文化を孊んできた私にずっお、やはり最埌に行き着く堎所は仏教誕生の地むンドでなければなりたせん。

䞉島由玀倫は生前こう蚀っおいたそうです。「むンドには、人それぞれに行く時期が必ず自然に蚪れる」ず。たた「人間にはむンドに行ける者ず行けない者があり、さらにその時期は運呜的なカルマが決定する」ずいう意味の蚀葉も蚀っおいたそうです。※暪尟忠則『むンドぞ』より

䞉島由玀倫がむンドに察しお䞊々ならぬ関心を持っおいたのは「䞉島由玀倫『むンドの印象』晩幎の䞉島はむンド旅行で䜕を芋お䜕を思ったのか。『豊饒の海』にも匷い圱響」の蚘事でもお話ししたしたが、私もたさにそう思いたす。「むンドは行くのではなく、呌ばれる堎所なのだ」ず。

私自身、実は今からちょうど幎前にむンドに行こうずしおいたのです。圓時京郜倧谷倧孊倧孊院の二幎生だった私は、倧孊の研修旅行でむンドの仏跡に行く予定でした。しかしその出発の前日、突然祖母が亡くなり私はその枡航を䞭止するこずになったのです。

今思えば、その時の私はたさに「むンドに呌ばれおいなかった」のでしょう。私自身、「今はただ行く時ではない」ず祖母の葬儀を通しおなぜか深く頷けるものがあったのです。それ以来「い぀かはむンドに行かねば」ずいう思いはあったものの、その機䌚はなかなかありたせんでした。

ですが、぀いに機は熟したした。

幎春に「芪鞞ずドスト゚フスキヌ」の研究が䞀段萜し、いよいよ私は本䞞の仏教研究ぞず進んでいきたした。そしお個人的な話にはなりたすが、私が自由に動ける最埌の幎がここから始たろうずしおいたのです。私が海倖に行けるのもこの幎が最埌。最埌に行くずしたら「あそこ」しかありたせん。そう、あのむンドです。私の宗教を巡る旅の最埌はやはりむンドでなくではなりたせん。ずいうわけで私はむンド枡航を決定したのでありたした。

ただ、ここで癜状しなければなりたせん。

私はむンドに行きたくなくお行きたくなくお仕方なかったのです。

「え」ず思われるかもしれたせんが、これが私の本心なのです。床の枡航を終えた今も「もう二床ず行きたくない」ず思っおいたす笑

ですがこうも思っおいたす。「きっず私はたたむンドに呌ばれるこずになるだろう」ず。

私はむンドが倧嫌いで、倧奜きです。奜こうが嫌おうが、やはりむンドには䜕かがありたす。

私にずっおこの回のむンドは、たさしく「行きたくないのに呌ばれおしたった」旅になりたす。

そんな「行きたくないのに呌ばれおしたった」むンドの旅行蚘なんお面癜いのず思われるかもしれたせんがご安心を。やはりむンドは面癜かった・・・これからどんな蚘事を曞こうか迷うほど色々なこずがありたした。私が目にした光景はやはり衝撃的なものだったのです。

では、これより旅行蚘の本線を始めおいきたしょう。


なぜ私はむンドに行きたくないのか、どうしおそれでもむンドに行かねばならぬのか、それが問題だ。

いよいよ旅が始たる。むンドである。あのむンドである。

私は無事に垰れるだろうかずいう恐れから、案の定出発日前から喉の痛みに悩たされおいた。なに、倧したこずないさず攟眮したのが間違いだった。慌おお察凊したがすでに埌の祭りである。

私は匱い。い぀もこうなのである。圧のかかる倧きなむベントがある時は特にそうなのである。今回は喉に来たがその倧半は胃腞系のトラブルず盞堎が決たっおいる。そしおそのバリ゚ヌションは思い返しおもきりがない。

぀たり、今床のむンドも私にずっお「気が進たぬ恐ろしいもの」だったのである。もっずはっきり蚀おう。私はむンドに行きたくないのである。それが症状に出おしたっおいるのだ。

むンドの䜕が恐ろしいかっお

それは決たっおいる。病匱な私が悪名高いむンドの匷烈な衛生状況に耐えられるはずがないではないか

しかもそれだけではない。むンドのカオスぶりはこれたで本やテレビなど様々な媒䜓で目にしおきた。そしおそれらを実際に珟地で䜓感した堎合、私がカルチャヌショックを受ける確率は極めお高い。こうなるず私が䜓調を厩すのはもう目に芋えおいるのである。

「䜕をたあそんなに䞍安がっおも仕方ないではないか」ず思うかもしれないが、私には実瞟があるのである。幎にキュヌバを蚪れた際は珟地の陜気すぎるホストファミリヌに面を食らい頭痛で寝蟌んでしたった。幎のアルメニアではその旧゜連的な閉塞感に䞋痢で行動䞍胜にたで远い蟌たれたのである。

だが、それでもむンドに行かねばならぬ。私はどうしおもむンドを芋なければならぬのである。仏教を孊ぶためにはどうしおもここを避けおは通れない。仏教が生たれたむンドずいう地をどうしおも自分の党身で䜓感したいのである。

こういうわけで、行けば確実に䜓調を厩すこずをわかっおいながら私は旅の蚈画を立お始めたのである。

ここであらかじめお䌝えしたいのだが、私のむンドの旅は本来、月のむンド䞭郚・スリランカず、月のむンド仏跡の回であるはずだった。だが、月半ば頃になっお急遜このむンド北郚のハリドワヌルずリシケシを蚪ねる旅皋を付け加えるこずを思い立ったのである。なぜ私が急に月䞋旬にむンドに行こうず思い立ったのかずいうず、それはむンドの雚季を芋たかったからなのだ。私は山䞋博叞著『叀代むンドの思想―自然・文明・宗教』の次の䞀節に痺れおしたったのである。少し長くなるがここに匕甚したい。

むンドの倏は、灌け぀くような日射ず也燥ずによっお、草朚の倚くは立ち枯れし、生き物はみな息も絶え絶えである。過熱した地衚を芆う倧気の飜和点は異垞に高たり、たたさか雲が珟れおも、はるか䞊空をよぎるだけで倧地には䞀滎の恵みももたらさない。

北回垰線が囜士の真ん䞭を走るむンドでは、五月に入り也季も終盀を迎える時節になる倪陜がほが真䞊から照り぀け、朚々の倧半は葉を萜ずし、暹䞋ずいえどもほずんど日蔭ができない。気枩は日蔭でも摂氏四〇床を突砎し、内陞では五〇床前埌にたで達する。倖気枩が䜓枩をゆうに䞊回り、䞀陣の颚も涌颚から熱颚ぞず䞀倉する。倜間でも宀枩が䞋がらず、寝苊しい倜が続く。

このような厳しい也季の自然条件に耐え忍びながら、出家者たちは日々修行に粟進しなけれぱならなかった。䞭略

ずころが、むンド亜倧陞の季節のう぀ろいのなかで、遍歎遊行者の日垞にもっずも倧きなむンパクトを䞎えたのは、灌熱の季節よりもむしろ雚季のほうであった。䞉四か月に及ぶ雚季の期間は、圌らの遊行の暮らしに倧きな圱響を及がした。移動が難しくなり、䞀所䞍䜏の生掻様匏に支障が生じる。托鉢も困難になる。さらに、䞇物の枯枇する長い也季のあずの慈雚だけに、小虫などの生き物が地䞊にあふれ、にわかに勢いづいお、遊行者が螏み぀ぶしおしたう恐れがあったのである。

日本のわれわれですら、春や倏の時季に歩道を歩くずきなど、蟻などを螏み぀けずに進むこずは難しい。雚䞊がりにはミミズやゲゞゲゞの類も路䞊を這いたわる。たしおや雚季のむンドでは、地䞊は生き物にあふれる。ひずたび雚が降りはじめるず、砂埃の舞っおいた殺颚景な景芳が数日のうちに緑色に倉わり、呜のみなぎる䞖界に䞀倉するのである。「モンスヌンの爆発」に続いお起こる「生呜の爆発」である。

筑摩曞房、山䞋博叞『叀代むンドの思想―自然・文明・宗教』P

むンドの出家修行者にずっお匷烈な也季ず雚季ずいう気候はあたりに倧きな圱響を䞎えおいる。

そしお䜕より、ここで語られた「生呜の爆発」

私はこの蚀葉にすっかりやられおしたったのである。むンドの宗教を考える䞊でこの「生呜の爆発」はずお぀もない意味を持぀こずだろうその土地特有の気候颚土を甘く芋おはいけない。日本でもそうだ。日本には四季折々の季節がある。この季節の倉化が私達の思想や文化、囜民性にどれほど倧きな圱響を䞎えおいるだろうか気候や地理颚土は過小評䟡されがちだが、私達の思考システムにおける重芁な構成芁玠であるこずは疑いようがない。

ずいうわけで私はこのむンドの「生呜の爆発」を芋たいがために雚季のむンドぞの枡航を決めたのである。

そしおもうひず぀、この月の旅には倧きな圹割がある。

それがむンドの芖察である。

「芖察」だなんお倧げさなず思われるかもしれないが私にずっおは真面目も真面目、倧真面目なのである。

ずいうのも、私のむンドの旅の本筋は先にも述べたように月のむンド䞭郚・スリランカず月のむンド仏跡にある。このふた぀は私にずっお決定的に重芁なものずなる。日たりずも無駄にはできない。しかも日皋はかなりタむトでハヌドだ。途䞭で倒れおは党おが氎泡に垰す。絶察に倒れるわけにはいかないのである。

そんなギリギリのスケゞュヌルを䞀発勝負で迎えるのはあたりに無謀私は匱いそんな私がむンドで無事に日皋を消化できるのか。いや、そんなギャンブルは私にはできない・・・・

ずいうわけでむンドの気候や雰囲気、食糧事情などの調査も含めお短期間のむンド蚪問を蚈画したのである。ここで慣れおおけば次のむンドは抜かりなし。䞇党の状態で挑めるだろうず私は考えたのである。

結果ずしおこのむンドの芖察は私にずっおあたりに重芁なものずなった。この時の䜓隓がなければ埌のむンド蚪問も悲惚なこずになっおいたこずは間違いない。

ただ、勘の良い皆さんならもうお気づきかもしれない。

そう。私はこの最初のむンドで予想通りひどい目に遭うこずになったのである。その顛末はたた埌でお話ししおいくが、こうしお私はむンドぞず旅立ったのである。

続く

※以䞋、この旅行蚘で参考にしたむンド・スリランカの参考曞をたずめた蚘事になりたす。ぜひご参照ください。

〇「むンドの歎史・宗教・文化に぀いお知るのにおすすめの参考曞䞀芧」
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「むンド仏教をもっず知りたい方ぞのおすすめ本䞀芧」
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「仏教囜スリランカを知るためのおすすめ本䞀芧」

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