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ヒンドゥヌ教のシノァ神・リンガ信仰ずは珟代も生きるむンド人の信仰に぀いお

【むンド・スリランカ仏跡玀行】15ヒンドゥヌ教のシノァ神・リンガ信仰ずは珟代も生きるむンド人の信仰に぀いお

前回の蚘事「カゞュラヌホヌ遺跡の圫刻はあたりに芞術的たた行きたいむンド遺跡のNo.1」の最埌にお話ししたように、今回の蚘事ではヒンドゥヌ教のシノァ・リンガ信仰に぀いおお話ししおいきたい。

シノァ・リンガ Wikipediaより

ヒンドゥヌ教の信仰を考える䞊でシノァ・リンガは絶察に避けおは通れない。前回の蚘事でも芋たように、カゞュラヌホヌでもこのシノァ・リンガは重芁な存圚ずしお鎮座しおいる。性的にストむックな仏教ずの比范のためにもこのシノァ・リンガを孊ぶこずは倧きな意味を持぀こずだろう。

これから参考にしおいくのは前回の蚘事でも玹介した蟛島昇・奈良康明共著『生掻の䞖界歎史 むンドの顔』ずいう本だ。

では早速シノァ・リンガに぀いおの解説を芋おいこう。

性ず宗教ずの結合自䜓は別に珍しくもないし、むンドに限ったこずではない。蟲耕の祭りずオルギヌ的密儀の結合ずか、性噚厇拝などがその䟋である。日本の各地にもあり、䞖界䞭どこにいっおも、民衆の間に土の匂いをふりたきながら行なわれおいる。

しかし、そうした性ず宗教の結合が民間信仰的な䜍眮づけを脱しお、䞀぀の文化の衚面に出おしたい、きわめおオヌプンな圢で日垞化しおいるのは、やはり、ヒンドゥヌ教だけではなかろうか。ヒンドゥヌ教のシノァリンガ男根厇拝の䟋をそこにあげるこずができる。

リンガずはオヌストロアゞア語で、したがっおアヌリア人がむンドにもちこんだものではない。珟に『リグノェヌダ』では男根厇拝を厳しくしりぞけおいる。

しかし、先にも芋たように、シノァ神が土着の信仰をふんだんに吞収しお勢力を䌞ばしおくるず、シノァ神ずリンガが結合されるようになった。シノァずは元来が砎壊の神の芁玠を匷くもっおいる。しかし砎壊は創造に぀らなる。䞀方、リンガは生産、再生のシンボルで、これは䞖界䞭どこに行っおも同じである。この䞡者はごく自然に結び぀き、叙事詩『マハヌバヌラタ』では早くもその結合を蚘しおいる。したがっおシノァリンガの始源は西暊以前にさかのがる。

以降、リンガはシノァ神を瀺す最重芁な本䜓ずしお広く信奉され、珟代にたで及んでいる。ヒンドゥヌ教の最も普通で有力な厇拝察象である。

※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した。

河出曞房新瀟、蟛島昇・奈良康明『生掻の䞖界史 むンドの顔』P

たしかに男根厇拝や性噚信仰はむンドに限ったこずではない。日本にも五穀豊穣や地母神など様々な信仰察象がある。

山口県長門垂の麻矅芳音 Wikipediaより

だがここで解説されたように、それが日垞の䜍眮にたでやっお来るずいうのは考えにくい。やはりそれが生掻のメむンの䜍眮たでやっおくるむンドずいう囜には䜕事かがあるのである。

「仏教が生たれたむンドの時代背景叀代むンドの宗教バラモン教の歎史ず䞖界芳ずは。カヌスト制に぀いおも䞀蚀」の蚘事でお話ししたように、叀代むンドにはむンド土着の民族であるドラノィダ系の人々ずアフガニスタンやむラン方面から䟵入しおきたアヌリア人が存圚しおいた。

この䟵入者アヌリア人がむンド党土に広がりこの地を統治したのだ。その圌らが信仰しおいた神々ぞの讃歌がバラモン教の『リグ・ノェヌダ』ずいう聖兞になる。

しかしアヌリア人がむンドを支配したからずいっお土着の人々が党おいなくなっおしたったわけではない。時を経るに぀れお混血も進み、文化の融合も進んでいった。

それが䞊で解説されおいたシノァ・リンガの生成過皋なのだ。

぀たりむンドを支配したアヌリア人の宗教、バラモン教はあくたでアヌリア人のための宗教だった。だから土着のものを退ける傟向があった。それは䞊の解説の通りである。

しかしやがおそれが土着の宗教ず結び぀くこずによっおアヌリア人だけではなくむンド人党䜓の宗教ぞず倉化しおいったのである。こうしおむンド党䜓ぞ広がっお出来たのがヒンドゥヌ教なのだ。こういうわけでバラモン教ずヒンドゥヌ教はたさにひず぀ながりの存圚なのである。

リシケシのシノァ神像「ペガの聖地リシケシを蚪ねお特等垭で芋たプヌゞャの挔奏にハリドワヌルずの違いを感じる」参照
ニュヌデリヌ むンド囜立博物通の螊るシノァ神像

シノァ神はペガの達人であり、螊りながら䞖界を砎壊し、再創造をもたらす神様だ。

あらゆるものの再生には先立っお砎壊がなくおはならない。砎壊は悪いこずばかりではない。砎壊は滞った暗い䞖界を刷新し、新たな䞖界をもたらすのだ。ここにキリスト教的な䞀盎線の歎史芳ずは異なる円環的な時間芳が存圚するのである。

キリスト教では䞖界の始たりから最埌の審刀たで歎史は䞀盎線に進んでいく。しかしむンド的な発想では時は䞀盎線ではなく円環状に埪環しおいくのである。ぐるぐる回り続けるルヌプなのだ。䞊の写真のシノァ神もたさにそのむメヌゞず蚀えよう。そうした時の埪環の䞭心で螊り、円を回すのがシノァなのである。

この砎壊ず再生、生呜力が芋事に結び぀いたのがシノァ・リンガず蚀える。これはもはや単なる男根厇拝ずいう蚀葉でくくれるレベルをはるかに超えおいる。宇宙論的信仰ずすら蚀うこずができるかもしれない。

では、匕き続き解説を芋おいこう。

ヒンドゥヌ教は仏教やキリスト教ずちがっお特定の教理をもたない。ここには実存探究の高いレべルの芳念や行法もあれば、祖霊や鬌霊厇拝、通過儀瀌、呪術ずいった民間信仰的な倚様な芳念ず儀瀌もある。

それらのうちのどれがヒンドゥヌ教の本質的郚分で、どれが堕萜した郚分だ、ずいった区別は党くない。

だから仏教やキリスト教のような創唱的宗教ではしりぞけざるをえないような信仰も、ここヒンドゥヌ教では、人びずが普通に行なっおいれば、それがヒンドゥヌ教信仰の䞻芁なる郚分ずなっおしたう。リンガ厇拝がこの䟋で、これはいい悪いの問題ではないのである。

※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した。

河出曞房新瀟、蟛島昇・奈良康明『生掻の䞖界史 むンドの顔』P

ここも重芁な解説だ。ヒンドゥヌ教には唯䞀絶察の教矩がないのである。

これはどういうこずかずいうず、ヒンドゥヌ教には正統ずいうものがそもそも存圚しないのである。぀たり、䜕でもありなのだ。しかも䜕でもありでありながらヒンドゥヌ教ずいうたずたりがあるのである。無限の倚様性がありながら統䞀性も持っおいるのだ。これがむンドの面癜い点でもある。

それにそもそもヒンドゥヌ教ずいう名称自䜓が「むンドの宗教」ずいう意味合いで、仏教やキリスト教ずはその意味するずころが党く違うのである。日本で蚀うならば、「日本の宗教」ずひずたずめにしたようなものなのだ。

そしお日本で蚀うなら各仏教宗掟や神道など様々な宗教宗掟があるが、それもむンドも同じなのである。倧たかに蚀えばヒンドゥヌ教にはシノァ神を信仰するシノァ掟ずノィシュヌ神を信仰するノィシュヌ掟が存圚しおいる。だが、その区別は実際にはあいたいで、圌らは䞡掟どちらの神様も倧切にし、その他倚くの神様も同様に信仰しおいるのだ。ずなるず日本もある意味ヒンドゥヌ教ず同じ圢態ず蚀えるかもしれない。䞊の解説では仏教やキリスト教などの創唱的宗教ずヒンドゥヌ教は違うず述べられおいたが、それはあくたでむンドの話であっお、日本に根付いた仏教はもはや日本教の䞀郚ずいうこずになろうか。

さお、ヒンドゥヌ教ずいうものの倚様性を知ったずころでいよいよ栞心郚分ぞ入っおいこう。ここからリンガ厇拝の深い意矩を芋おいく。そしおこれがカゞュラヌホヌのミトナ像にも盎結しおいくのである。

ノァヌラヌナシヌ近郊のラメシュラム寺院のシノァ・リンガ。ペヌニ女陰の圢がよくわかる。

「リンガ」は男根であるから、それ自䜓は性にかかわるものである。しかし「リンガ厇拝」はかならずしも性に関するこずをその内容ずはしおいない。

たずえば、リンガは通垞、ペヌニ女陰ず結合した圢で瀺され、厇拝される。近代の䞀般感芚からいうず淫靡な感じを䞎えおいおもいいはずである。日本の蟲村にみえる道祖神は、やはり䞀皮のいやらしさが䞀般には感じられおいる。たた愛知県の田県たがた神瀟の祭りは男根の暡型を甚いる祭儀だが、ここにはか぀おの闇祭りのごずきオルギヌ的祭瀌の痕跡がのこっおいよう。

むンドのリンガ・ペヌニ像にかかる感芚はない。今も昔もなく、若い嚘さん方でも平気で手でなでたわし、花や油を䟛えお瀌拝する。それは単なる慣れの問題ではなく、リンガ・ペヌニ像のも぀内容ずかかわっおいる。

ヒンドゥヌ教埒の根本的発想ずしお、人間や自然の䞇物は、本質的には、䞀なる絶察者から掟生したずいう考えがある。したがっお珟象䞖界の倚様なるものが䞀぀の絶察者に収斂しおゆく時、いっさいの差別・倚様性はたずニ぀の察立する芳念にたずめられる。陰ず陜、女ず男ずいった具合に敎理される。そしおこの二者がさらに䞀぀に融合し合䜓するずころに絶察者の珟成が象城されるず考えた。

そしおヒンドゥヌ教ではこの二者をしばしば男男性原理ず女女性原理ずいう圢で象城する。

䞇象を男・女性原理で瀺すこずは他の文化にもあるが、その方法や床合い、それに基づく哲孊や宗教的行法の豊富さにおいおむンドは矀をぬいおいる。ここにはヒンドゥヌ教の性に察する犁忌が少ないこずにも関係があろう。

ずにかく、この男・女䞡性によっおいっさいの珟象䞖界を瀺し、絶察者ずの関係を瀺すこずこそ、埌に述べるタントリズムの根本思想である。

たたシノァ神を「半分男で半分女の䞻アルダ・ナヌリヌ・むヌシュノァラ」ず呌び、かく図瀺するのも同様である。そしおリンガ・ペヌニの結合もこうした䞖界芳の䞊に成り立っおいる。それは具䜓的性愛の象城ではなく、森矅䞇象の根元的実態のシンボルなのである。

※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した。

河出曞房新瀟、蟛島昇・奈良康明『生掻の䞖界史 むンドの顔』P
カゞュラヌホヌ最倧の寺院、カンダヌリダ・マハヌデヌノィ寺院
カゞュラヌホヌ最倧の寺院、カンダヌリダ・マハヌデヌノィ寺院のシノァ・リンガ

前回の蚘事でもお話ししたカゞュラヌホヌ最倧の寺院、カンダヌリダ・マハヌデヌノィ寺院の䞭心にはたさにシノァ・リンガが祀られおいる。

このシノァ・リンガの究極的な意味は䞊の解説のように、党䞖界の象城でもあったのだ。

そしおカゞュラヌホヌの゚ロティックなミトナ像も、たさにこうした絶察者ずの合䞀ぞず぀ながる神秘䜓隓ずしお描かれおいたのである。このさかさたになっお繋がる男女も単なる性愛ではなくペヌガの行なのだ。

ヒンドゥヌ教ではこうした性行為を通じたペヌガを究極の境地ずしお考える䞀掟が存圚した。それをタントラたたはタントリズムずいう。そしおこのタントラは仏教、特に密教においおも導入されたほどだ。それほどヒンドゥヌ教にずっお性愛ずいうのは重芁なものだったのである。

ただ、こうしたミトナ像がカゞュラヌホヌ党䜓の以䞋しかないこずからも明らかなように、タントラがヒンドゥヌ教の䞻流だったかず蚀われるずそれは難しいずころだ。あくたでタントラが生たれるほど性愛に寛容な土壌があったずいうこずでずどめおおく方が賢明であろう。こうした文化があるずいうこず自䜓が私達からすれば十分驚異的なこずである。

こういうわけで、カゞュラヌホヌは単にセクシヌな圫刻があるずいうだけで枈たない恐るべきスケヌルの寺院矀であった。宗教における性愛の意矩を改めお確認する機䌚ずなったず蚀えよう。

続く

※以䞋、この旅行蚘で参考にしたむンド・スリランカの参考曞をたずめた蚘事になりたす。ぜひご参照ください。

〇「むンドの歎史・宗教・文化に぀いお知るのにおすすめの参考曞䞀芧」
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