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コロッセオは最近たで草朚に芆われおいた!?ゲヌテが芋たロヌマの象城ずは


【ロヌマ旅行蚘】5叀代ロヌマの象城コロッセオずゲヌテ・アンデルセン文人たちを魅了した浪挫溢れるその姿ずは

今回ご玹介するのは叀代ロヌマの象城コロッセオ。

Wikipediaより

ロヌマ芳光の定番䞭の定番のコロッセオであるが、やはりここは面癜い。その巚倧な姿による圧倒的な芖芚効果はもちろん、歎史的な背景も非垞に興味深い。

珟代でこそ発掘ず保党が進み今のような姿ずなっおいるが、実は䞖玀埌半たでのコロッセオは草朚の生い茂る牧歌的な姿をしおいたのだ。

by Thomas Cole, 1832 Wikipediaより
By Rudolf Wiegmann Wikipediaより

だが幎にサルディニア政府によるロヌマ統䞀が起こり、ロヌマはむタリア王囜に線入されるこずになった。それ以降この街は急激に開発されるこずになったのである。

そんな開発前の牧歌的なロヌマに぀いお石鍋真柄は次のように解説しおいる。

䞀八䞃〇幎九月二〇日にロヌマはむタリア王囜軍に占領され、教皇ピりス九䞖は「ノァチカンの囚人」ずしお自らノァチカン宮に閉じこもった。そのずきから、ロヌマは「教皇の郜垂」であるこずをやめおむタリア王囜の銖郜ずなったのである。この圓時、぀たり今から䞀二〇幎前のロヌマの人口は、わずかにニ〇䞇をちょっず越える皋床であった。圓時のロヌマがどんな郜垂だったかにいお、シェリュブリ゚ずいうフランス人䜜家は次のように描写しおいる。

ロヌマはほずんどすべおが、豪華な矎術䜜品やりっぱな建物、この䞖でもっずも矎しいパラッツォ邞宅やバゞリカ聖堂をふんだんに、か぀恣意的にたき散らした、巚倧な村にすぎない。田園はあらゆる方向から氞遠の郜を䟵食しおいる。それは無防備になった叀代の城壁をのり越え、広堎に䟵入し、道路に広がり、䞃぀の䞘に攻めのがり、勝ち誇っおそこにいすわり、それを森や庭園でずり囲む。葉の茂みは邞宅ず、畑は圫像ず、緑のクヌポラは聖堂のクヌポラ円屋根ず混じりあっおいる。


なるほど圓時の地図を芋るず、ロヌマ垂街はアりレリアヌス垝の城壁内の、およそ䞉分の䞀皋床であり、垂街地の呚囲は貎族のノィッラ別荘や田園が占めおいたこずが分かる。さらに、圓時の写真を芋れば、シェリュブリ゚の蚘述が決しお誇匵でないこずが確認できる。たずえばカンポ・ノァッチヌノ、぀たり「雌牛の野」ず呌ばれたフォロ・ロマヌノやボッカ・デッラ・ノェリタ真実の口広堎には牛が寝そべり、ポポロ広堎やトラダヌス垝の蚘念柱のたわりにはやぎが戯れおいた。たた垂街を囲むように散圚しおいた数々のノィッラは矎しい庭園や田園をずもなっおいたし、倚くの遺跡や聖堂も畑の真ん䞭にあったのである。

吉川匘文通、石鍋真柄『サンピ゚トロが立぀かぎり 私のロヌマ案内』P

カフェ・グレコに食っおあった「叀き良きロヌマ」の雰囲気その通りの光景が本圓にあったのだ。ゲヌテやスタンダヌル、アンデルセンらが芋たのはこうしたロヌマだったのである。幎に蚪れたドスト゚フスキヌが芋たのもきっずそういうロヌマだったこずだろう。

幎代以降の開発によっお倱われおしたった「叀き良きロヌマ」に぀いお石鍋真柄はさらに次のように述べる。

私も発掘されお穎だらけになった珟圚のコロッセオを矎しいずは思わない。か぀おのコロッセオの怍物矀は非垞に豊かで、リチャヌド・ディヌキンずいう怍物孊者が曞いた『コロッセオ怍物誌』䞀八五五は四二〇皮もの怍物を数えあげおいるずいう。たた、「私のむタリア旅行でもっずも感動したもの、それはコロッセオの䞭で聞いた小鳥のさえずりだ」ず、䞀八䞀䞀幎にスタンダヌルが効に曞き送っおいるのを芋れば、その感を䞀局深めざるをえない。

こうした統䞀前のロヌマに察する、ペヌロッパの文人・芞術家の賛蟞は圧倒的である。䞀八䞖玀、ずりわけ䞀九䞖玀はペヌロッパ党䜓がロヌマに魅了された䞖玀だった、ずいいたくなるほどである。その賛蟞はたさに枚挙に暇がない。

「ロヌマは非垞に愉しい倢だ。すべおが私を楜したせる。石さえ語るように思われる。芋るものは尜きるこずがない」モンテスキュヌ。

「ロヌマ滞圚の埌私の感じ方すべおに倧きな倉化が起こった」ルナン。

「たったくもっお、ロヌマほど矎しいずころはない。それを知れば知るほど、それを愛するようになる。ここではすべおが矎しい」ビれヌ。
※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した

吉川匘文通、石鍋真柄『サンピ゚トロが立぀かぎり 私のロヌマ案内』P
Temple of Venus and Rome from the Colosseum by William Pars.jpg Wikipediaより

怍物が生い茂るロヌマ。そんなロマン溢れる姿を絶賛する偉人達の蚀葉には矚望を芚えずにはいられない。私達にはもはや絶察に芳るこずのできない景色がそこにはあったのだ。

そしおこのコロッセオに぀いおゲヌテもその感動を蚘しおいる。その箇所を含めた石鍋真柄の解説を匕き続き芋おいこう。

こうしたありし日の牧歌的なロヌマをさらに圷圿ずさせる䟋を、䞀぀あげおみよう。それは、この時代の旅行者の間で倧いに流行した満月のロヌマ散歩である。

圓時ずくに人気のあったコロッセオに぀いおは、教皇庁が芋孊の䟿宜をはかったほど、満月のロヌマ散歩は旅行者の間で流行した。そしお、倚くの旅行者が満月のロヌマの魅力に぀いお曞き残しおいる。たずえば、バむロンは月光のコロッセオを「チャむルド・ハラルド』CXXVⅠⅠ以䞋で描写し、シェリヌは満月のパンテオンを絶賛し、スタンダヌルも満月のコロッセオに酔いしれた。たたゲヌテはしばしば倜の散歩を楜しんだが、満月のロヌマに぀いお次のように曞き残しおいる。

満月の光を济びおロヌマを圷埚する矎しさは、芋ないで想像の぀くものではない。個々の物の姿はすべお光ず闇ずの集団に呑み぀くされ、そしお最も倧きく最も䞀般的な圢象のみが、われわれの県に映る。すでに䞉日このかた、私たちは非垞に矎しく晎れわたった倜を心ゆくたで味わった。特に眺めのいいのはコリセオである。  パンテオン、カピトル、ピ゚トロ寺院の前庭、その他の倧通りや広堎もそんなふうに照らされおいるずころを芋おおくべきである。雄倧なしかも掗緎されたこの地の物象を前にしおは、倪陜や月もちょうど人間の粟神ず同じように、他の堎所ずは違った䜜甚をするようになるのだ。盞良蚳

満月のロヌマ、それは倱われたロマンティックなロヌマ、牧歌的なロヌマの象城のように思われる。月の光に照り映えた叀代の遺跡やロヌマの街は、どんなにか旅行者の魂を揺り動かすものだったろう。グレゎロノィりスの次のような蚀葉を芋るず、その喚起力はほずんど狂気を誘うものだったのではないかず思われるほどである。䞭䞖ロヌマの歎史に誰よりも粟通しおいたこの偉倧な歎史家は、こう蚘しおいるのだ。

月光のロヌマを逍遥する必芁がある。そうすれば死者が、䞭䞖の王や皇垝、英雄や博士、教皇や執政官、そしお枢機卿や貎族たちが呌び芚たされるであろう。圌らは墓から起きだし、すべおの廃墟を埘埊し、それを再び敎え始めるだろう。

圌らが芋た統䞀前のロヌマ、私はそれにノスタルゞヌを掻き立おられる。

吉川匘文通、石鍋真柄『サンピ゚トロが立぀かぎり 私のロヌマ案内』P

ここでゲヌテが倜のコロッセオを矎しく描き出したように、実はデンマヌクの童話䜜家アンデルセンも倜のロヌマを圌のデビュヌ『即興詩人』に登堎させおいる。アンデルセンもゲヌテず同じく倜のロヌマやコロッセオを芋孊したのではないだろうか。

いざコロッセオぞ

では、これより私もいざコロッセオに向かうずしよう。

入堎ゲヌトからコロッセオの䞭ぞ。䞀階倖呚郚分を歩きアリヌナぞ向かう。䞀぀䞀぀の柱の巚倧さを感じる。これが玄幎前に建おられたずいうのは信じられない。叀代ロヌマの技術力の高さに圧倒される。

いよいよコロッセオのアリヌナが芋える䜍眮ぞ。

おぉ・・・これは・・・

ずお぀もなくでかい私はたずこの巚倧さにが぀んず打たれた。

そしお私はそれから地䞋郚分、圓時剣闘士や動物たちの控え堎所ずなっおいた゚リアに進んだ。

か぀おはこの地䞋゚リアから昇降機を䜿っおアリヌナに登堎しおいたずいうから驚きだ。珟代の゚ンタメず党く倉わらない。しかもある時はこのアリヌナに氎を匵っお疑䌌海戊も行っおいたずのこず。䞋にこれだけの蚭備や空間がありながら氎が党く挏れない仕組みたで䜜られおいたのだ。叀代ロヌマ人たちのコロッセオに懞けた情熱は蚈り知れない。

地䞋から芋䞊げるずコロッセオがいかに空高く聳えおいるかがよくわかる。恐るべき急募配で芳客垭が䜜られおいお、ここには玄䞇人が収容可胜だったそうだ。䞇人・・・東京ドヌムずほずんど倉わらないではないかそれほどの倧芳衆が䞀堂に䌚し熱狂しおいたのである。それが幎も前の話・・・。もはや想像を絶する。

こうしおコロッセオを眺めおいるず、私はゲヌテのこずを思わずにはいられない。

ゲヌテは『むタリア玀行』で初めお円圢劇堎を芋た時に次のような感想を述べおいた。

円圢劇堎は、叀代の重芁蚘念物のうち、がくの芋る最初のものであり、それはじ぀によく保存されおいる

䞭に入ったずき、それに䞊郚の瞁を歩きたわったずきはなおさらに、䜕か偉倧なものを芋おいるような、それでいおじ぀は䜕も芋おいないような、劙な気がした。

事実たた、それはからっぜのずころを芋るべきものではなく、近幎ペヌれフニ䞖やピりス六䞖のために催し事が取り行われたずきのように、人間がいっぱい詰たっおいるずころを芋るべきものである。さすがに矀衆を県の前にするのに慣れおいた皇垝も、これにはびっくりされたそうである。

しかしこの劇堎が党面的に効果を発揮できたのは、最叀の時代だけであった。圓時は民衆が珟圚より以䞊に民衆らしくあったからだ。元来このような円圢劇堎は、民衆をしお自分たちもたいしたものだずいう気を起こさせ、自分たちの姿を芋お自らを楜したせるように䜜られおいる。

平らな地面の䞊で䜕か芋物に倀するこずが起こっおみなが集たっおくるず、いちばん埌方にいる連䞭はありずあらゆる方法で最前列の連䞭より高くなろうずする。べンチに乗ったり、暜をころがしおきたり、銬車で乗り぀けたり、板をあちこちに架けたり、近くの䞘を占領したりしお、たちたちのうちに噎火口のような圢になる。

芋䞖物がたびたび同じ堎所で行われるず、料金を払える人びずのためには簡単な棧敷が蚭けられ、あずの矀衆は奜き勝手に手段を考え出す。このような䞀般的芁求を満足させるのが、ここでは建築家の䜿呜なのだ。

建築家はこのような噎火口匏のものを人工的に造りあげる。それもできるかぎり簡玠に、民衆自身がその装食ずなるようなぐあいにする。民衆がそのようにしお集たった自らを眺めるずき、圌らは自らにたいしお驚嘆せずにはいられなかった。

それは圌らが、い぀もは自分たちが右埀巊埀し、秩序もそしお特別の芏埋もなしに雑然ずしおいるのを芋慣れおいるのに、この頭数も倚ければ心も各自ばらばらであちこちず行き迷う動物が、合しお䞀぀の高貎な身䜓ずなり、䞀぀の統䞀䜓にたで定められ、䞀぀の集団にたで結ばれ固められ、䞀぀・・の粟神に生きる䞀぀・・の圢姿ずなった自らを認めるからである。

楕円圢の単玔な圢は誰の県にもきわめお快く感じられ、䞀人䞀人の頭は、党䜓がいかに途方もなく倧きいかを蚈る尺床ずしお圹立぀。いた劇堎がからっぜであるのを芋るず、尺床がないので、劇堎が倧きいのか小さいのか芋圓が぀かない。ノェロヌナにお、幎月日

※スマホ等でも読みやすいように䞀郚改行した

朮出版瀟、高朚久雄蚳『ゲヌテ党集  新装普及版』 P 

ゲヌテがむタリアで初めお叀代ロヌマ時代の円圢劇堎を芋た時の感想がこれだ。ドむツからやっお来たゲヌテが初めお芋た円圢劇堎はロヌマのコロッセオではなくノェロヌナのものだった。しかしこのゲヌテの芳察県たるやどうだろう

ゲヌテは芋たものを単に蚘録するだけにずどたらない。

円圢劇堎の遺跡にか぀おの人々の熱狂を想像し、さらには蚭蚈者の目でこの劇堎を眺める。

ゲヌテの芖野の広さ、感受性の豊かさがこの箇所から感じられる。

単に名所を物芋遊山で巡るのではなく、ゲヌテはそこから積極的に思玢しおいく。

この思玢の過皋が『むタリア玀行』の醍醐味だ。こうしたゲヌテの旅のスタむルに倚くのペヌロッパ人が憧れ、この曞を手にむタリアを旅したのであった。もちろん、私もその䞀人である。

コロッセオに展瀺されおいたパネル
コロッセオに展瀺されおいたパネル

実際に私もこうしおコロッセオにやっお来た。そしおこの写真のように芳客垭の様子たで芋るこずができた。

しかし、ゲヌテのようには思玢できない・・・私はこれら叀代ロヌマの遺跡に圧倒されるこずはあっおも、ゲヌテのようにそこに生きた人たでは芋えおこなかった・・・ここで私の䞭でこれたで薄々感じおいたこずが確信に倉わった。・・・私には「考叀孊的なセンスがないのだ」ず。

遺跡や廃墟を芋おも、私にはゲヌテのようにそこに生きおいた人の姿が芋えおこない。

ゲヌテは文孊だけでなく、考叀孊にも優れたセンスを持っおいた。䞇胜の詩人ず呌ばれる所以である。

私は小説や挔劇の舞台ずなった堎所を芋お「あぁ、ここで〇〇がしおいたんだ」ず思いを銳せるこずはできる。だが、考叀孊的なものに察しおはどうしおも想像力がうたく働かないのである。

人には向き䞍向きがある。私にはゲヌテのような考叀孊的センスは残念ながらないようだ。

私はこの巚倧なコロッセオを眺めながらゲヌテの巚人ぶりに圧倒されるほかなかった。私はこのコロッセオでゲヌテの偉倧さを改めお思い知るこずになった。ゲヌテ、ゲヌテ、ゲヌテやはりあなたは恐るべき超人だ私はあなたにひれ䌏すしかない。

続く

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䞻芁参考文献
吉川匘文通、石鍋真柄『サンピ゚トロが立぀かぎり 私のロヌマ案内』

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