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MVP ARCHIVE CIVILIZATION | ORDER : Rule of Law / 法の支配 - 「誰が支配するか」から「何によって統治するか」へ

Rule of Law / 法の支配 - 「誰が支配するか」から「何によって統治するか」へ

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法の支配

権力を法の下に置く――「誰が支配するか」から「何によって統治するか」へ

国家には権力が必要である。
法律を制定し、税を徴収し、犯罪を取り締まり、社会の秩序を維持する。
しかし、その権力自体を誰が制限するのか。
王、政府、議会、行政機関が自らの意思だけで権力を行使できるなら、法律が存在していても、人々の自由や権利が守られるとは限らない。

そこで形成されてきた原則が、Rule of Law|法の支配 である。
法の支配 とは、単に「 法律を守る 」という意味ではない。
統治する側も法に拘束され、権力があらかじめ定められた法と制度の中で行使されること。

それは、国家権力そのものを法によって制御するという、近代社会を支える基本原理の一つである。

法があるだけでは「法の支配」ではない

独裁国家にも法律は存在する。
権力者が法律を制定し、その法律を使って国民を統制することもできる。
法の支配 では、法律そのものにも一定の条件が求められる。

法律が公開されていること、何が禁止され、何が認められているのかを人々が知ることができること、同じ法律が原則として等しく適用されること、行政権力が法律に従うこと。

そして権力の行使について、独立した裁判所による審査や救済を受けられること。
重要なのは、人を法で支配するのではなく、権力そのものを法によって拘束することである。

古代から存在した「権力と法」の問題

法の支配 という現代的概念が古代から完成していたわけではない。
しかし、権力と法の関係についての問いは古くから存在した。
古代ギリシアでは、政治共同体を人間の恣意ではなく法律によって統治するという考えが議論された。

古代ローマでは、Roman Law|ローマ法 が長期間にわたって発達し、社会を法的な規則と概念によって整理する巨大な法文化が形成された。
しかし皇帝権力が強大になったローマ帝国では、皇帝自身と法の関係も大きな問題となる。

つまり法の歴史は、単に「 社会のルールを作る歴史 」だけではない。
ルールを作る者自身を、どのようにルールの中へ置くのか。
この問題もまた、長い法思想の歴史を形成してきた。

Magna Carta

1215年、イングランド王ジョンは、Magna Carta|マグナ・カルタ を承認し、王と反乱した諸侯との政治的対立を背景として成立したものだった。
しかし、その中には王権の行使を一定の手続や規則によって制限する条項が含まれていた。

ここから後世、王であっても無制限に権力を行使できない という原理が読み取られ、イングランドの憲政史の中で重要な象徴となっていく。
法の支配 の歴史を見るうえで、マグナ・カルタ は大きな接続点となった。

王権と議会

17世紀のイングランドでは、王権と議会の対立が激しくなる。
1628年の Petition of Right|権利の請願、1640年代のイングランド内戦、そして1688年のGlorious Revolution|名誉革命
翌1689年には、Bill of Rights|権利章典 が成立する。

国王が議会の同意なしに法律を停止したり、課税したりすることなどが制限され、議会を中心とする政治秩序が強化された。
政治権力を制度によって制限する構造が発達した

法の支配を理論化する

Rule of Law 」という言葉を近代イギリス憲法論の中心的概念として広く知らしめた人物が、19世紀の法学者 A. V. Dicey|アルバート・ヴェン・ダイシー である。

1885年に刊行された『 Introduction to the Study of the Law of the Constitution 』で、ダイシーはイギリス憲法の特徴として法の支配を論じ、恣意的な権力ではなく通常の法律によって統治されること、法の前の平等などが重要な要素とされた。

20世紀以降、憲法、人権保障、司法制度、国際法などの発展とともに、その内容も拡張されてきた。

権力分立との接続

法の支配 を機能させるためには、権力を監視する制度が必要になる。
重要になるのが、Separation of Powers|権力分立・三権分立 である。

権力を複数の機関へ分け、相互に抑制させることで、一つの機関へ権力が集中することを防ぐ。
特に司法が政治権力から一定の独立性を持つことは、法の支配にとって重要になり、政府の行為が法律に違反しているなら、裁判所で争うことができる、国家そのものが裁判の対象になる。
ここで法は、国民を拘束するだけのものではなく、国家を拘束する仕組みになる。

憲法によって国家を縛る

近代になると、この考え方は Constitution|憲法 と強く結びついていく。
1787年に制定された Constitution of the United States|アメリカ合衆国憲法 では、連邦政府の権限を制度的に分割した。

その後、司法審査の発展によって、政府や議会の行為が憲法に適合するかを裁判所が判断する仕組みも確立していく。
世界各国でも近代憲法が成立し、国家権力の構造、国民の権利、政府が行使できる権限などが法によって規定されるようになった。

ここに、憲法によって国家そのものを設計し、その権力を制限する という近代立憲主義の構造が形成される。

Rule of Law と Rule by Law

この二つは似ているが、意味は大きく異なる。
Rule of Law|法の支配 では、権力者も法に従う。
Rule by Law|法による支配 では、法律が権力を行使するための手段として使われることがある。

政府が自らに都合のよい法律を作り、それを正確に執行していたとしても、権力そのものが実質的な制約を受けていなければ、法の支配 が十分に成立しているとは限らない。

違いは、法が権力を拘束しているのか、権力が法を道具として使用しているのか、というところにある。

法は、支配される側だけのルールではない

古代の法典は、人々が社会の中で守るべきルールを文章として示した。
ローマ法 は、それを巨大な法体系へ発展させた。
中世から近代にかけて、さらに新しい問いが前面へ現れる。
では、その法を作り、執行する者は誰に従うのか。

この長い歴史の中で、法は「 統治するための道具 」から、統治する権力そのものを制御する仕組みへと役割を広げていった。
法の支配 とは、誰が権力を持ったとしても、その権力を無制限にはしない
ための文明の仕組みである。


Archive Data


名称 : Rule of Law|法の支配
核心原則 : 国家・政府・権力者を含め、権力の行使を法の下に置く
重要な歴史的接続 : Magna Carta|1215年、Petition of Right|1628年、Bill of Rights|1689年、近代立憲主義・権力分立・司法制度
重要人物 : A. V. Dicey|アルバート・ヴェン・ダイシー
主要概念 : 法の前の平等、権力の法的制限、適正手続、司法の独立、権利保障
対比概念 : Rule by Law|法による支配
現代的接続 : Constitutionalism|立憲主義、Separation of Powers|権力分立、Human Rights|人権、Independent Judiciary|司法の独立
歴史的接続 : Ancient Legal Thought → Roman LawMagna Carta → English Constitutional Development → Modern Constitutions → Rule of Law

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