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MVP ARCHIVE CIVILIZATION | ORDER : Roman Law / ローマ法 - 千年をかけて形成された巨大な法体系

Roman Law / ローマ法 - 千年をかけて形成された巨大な法体系

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ローマ法

一つの法典ではない 千年をかけて形成された巨大な法体系

紀元前の共和政ローマ から帝政を経て、東ローマ帝国 へ至る長い歴史の中で、法律、裁判、行政、法学者の解釈が積み重なり、変化しながら形成された法体系。それを広く Roman Law|ローマ法 と呼ぶ。

その歴史は千年以上に及ぶ。
所有、契約、債務、相続、訴訟など、人間社会の関係を法的な概念として整理し、それを体系的に考える法学を発達させたこと。

その蓄積は6世紀の Corpus Juris Civilis|ローマ法大全 へ集約され、さらに中世ヨーロッパで再び研究されることで、現在の大陸法体系へつながっていく。

十二表法から始まる長い発展

紀元前5世紀、共和政ローマ では Twelve Tables|十二表法 が成立した。
慣習として運用されていた法を文章として示し、市民が確認できる共通の基準としたことは、ローマ法史の重要な出発点だった。

ローマはイタリア半島から地中海世界へ勢力を拡大し、異なる民族、都市、商人、土地、財産が一つの政治圏の中で結びついていく。
社会が変われば、法も変わる。

古い規則をそのまま維持するだけでは対応できない問題が次々と生まれた。
ローマ法 は、ここから長い発展を始める。

法を作ったのは誰だったのか

ローマ法 には、共和政期には民会による法律、元老院の決議、政務官による制度など、複数の経路から法が形成された。
特に重要だったのが 法務官( Praetor ) である。

法務官は裁判に関わり、社会の変化に応じて既存の法だけでは処理できない問題へ対応した。
さらにローマでは、法律を専門的に研究し、解釈する 法学者( Jurists )が発達する。

「法律には何と書かれているか」だけではなく、

この規則はどのような場合に適用されるのか。
異なる規則が衝突したらどう考えるのか。
権利や義務をどのように分類するのか。

こうした問題を論理的に整理する文化が形成された。
法は単なる命令集から、体系的に分析される知識へ変化していった。

市民法から巨大帝国の法へ

初期 ローマの法 は、基本的にローマ市民社会を前提としていた。
しかし領土が拡大すると、ローマ市民と外国人、あるいは外国人同士の取引や紛争を扱う必要が生まれる。

交易や人的移動が広がり、異なる慣習を持つ人々が同じ経済圏で活動する。
その中で ローマの法 制度も拡張されていった。

そして212年、皇帝カラカラ による アントニヌス勅令( Constitutio Antoniniana )によって、帝国内の多くの自由民へローマ市民権が付与され、都市ローマの市民を対象として始まった法は、巨大な帝国社会を支える制度へ変化していた。

社会を「法的関係」として整理する

ローマ法 が後世へ大きな影響を残した分野の一つが私法である。
日常的な関係について、ローマの法律家たちは長期間にわたって概念と判断を積み重ねた。

似た問題を共通する法的概念へ分類し、別の事件にも適用できる原理として整理していったことにある。
ここから、後世の法学につながる体系的な思考方法が発達した。

皇帝の時代と法

共和政から帝政へ移行すると、法を形成する中心も変化する。
皇帝の権力が強くなるにつれ、皇帝が発する勅令や決定が重要な法源となり、長い帝政期を通じて、それらの皇帝法も膨大な量へ増えていく。

一方、それ以前から存在する法律や法学者の学説も残っていた。
結果としてローマ世界には、古い法律、新しい皇帝法、裁判実務、何世代にもわたる法学者の解釈 という巨大な法的蓄積が形成された。

それは高度な法文化であると同時に、次第に整理すること自体が必要な規模へ達していった。

Corpus Juris Civilisへ

6世紀、東ローマ皇帝 ユスティニアヌス1世 は、この長大な法的遺産を整理する大規模な編纂事業を行った。
その成果が後世、Corpus Juris Civilis|ローマ法大全 と総称される。

皇帝法を整理した Codex、古代ローマ法学者の学説を集成した Digest、法学教育のための Institutiones、その後の新法である Novellae

ここで重要なのは、ローマ法大全ローマ法 そのものではない。
ローマ法大全 は、何世紀にもわたって形成された ローマ法 を整理し、体系化し、後世へ保存した巨大な集大成だった。

古代から近代へ

西ローマ帝国 が消滅しても、ローマ法 の歴史は終わらなかった。
11世紀頃から西ヨーロッパで ローマ法大全 の研究が活発化し、とくに ボローニャ を中心とする大学教育の中で ローマ法 が研究されるようになる。

各地の慣習法や教会法などと並びながら、ローマ法 はヨーロッパの法律家が共有する重要な知的基盤となり、近代になると、その法概念や体系的な法学は各国の法典編纂にも影響を与える。

1804年の Napoleonic Code|ナポレオン法典 をはじめとする 近代法典化 を経て、その系譜は現在の Civil Law|大陸法 へと続いている。

法は、社会とともに成長する

ウル・ナンム法典ハンムラビ法典 では、社会で起こる問題への対応が文章として示された。
十二表法 では、法が共和政ローマの市民社会に共有される基準となった。
しかし ローマ法 が見せるものは、そのさらに先にある。

社会が拡大し、新しい問題が生まれるたびに法を更新し、裁判で運用し、法律家が解釈し、その結果を再び法体系へ取り込んでいく。

それは一つの法典ではなく、人間が社会そのものを法によって整理し、法を知識体系へ発展させていった巨大な過程である。


Archive Data


名称 : Roman Law|ローマ法
形成期 : 共和政ローマ以前から東ローマ帝国期まで長期間にわたり形成
重要な出発点 : Twelve Tables|十二表法、紀元前451~450年頃
主要な形成主体 : 民会・元老院・政務官・皇帝・法学者など
主要分野 : 所有・契約・債務・相続・家族・訴訟・損害責任など
重要な到達点 : Corpus Juris Civilis|ローマ法大全、6世紀
後世への接続 : 中世ローマ法研究 → 近代法典化 → Civil Law
歴史的接続 : Twelve TablesRoman LawCorpus Juris Civilis → Medieval Reception → Napoleonic Code → 現代大陸法体系

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