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Common Law / コモン・ロー - 裁判の積み重ねが社会のルールになる

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コモン・ロー

法典から始まらなかった法 裁判の積み重ねが社会のルールになる

世界には、それとは異なる発展を遂げた巨大な法体系が存在する。
Common Law|コモン・ロー である。
その起源は中世イングランドにある。

各地で行われる裁判、裁判官による判断、過去の判決、地域社会に存在した慣習、それらが何世紀にもわたって蓄積されることで、次第に一つの法体系が形成された。

古代ローマ法から発展した大陸法とは異なる道を歩みながら、コモン・ロー はイギリスから世界へ広がり、現在もアメリカをはじめ多くの国々の法制度を支えている。

1066年 ノルマン征服

コモン・ロー 形成の大きな転換点となったのが、1066年の ノルマン・コンクエスト である。
ノルマンディー公ウィリアム がイングランドを征服し、ウィリアム1世として王位についた、当時のイングランドには地域ごとの慣習や裁判制度が存在していた。

王権が強化されるにつれ、国王は王国全体へ司法権を広げていく。
重要だったのが、 王立裁判所( Royal Courts )の発展である。
王の裁判官が各地を巡回して事件を裁き、地方で存在していた慣習や過去の判断を参照しながら裁判を行った。

こうして地域ごとに異なっていた法から、王国全体で共有される法が徐々に形成されていく。
そこから、Common=共通の という名称が生まれた。

法を作ったのは「裁判」だった

コモン・ロー の大きな特徴は、法の発展に裁判所の判断が重要な役割を持ったことである。

裁判官は目の前の事件を判断する。
しかし似た事件が後に起きれば、以前の裁判でどのような判断が行われたのかが重要になる。

過去の判決が蓄積され、それが後の事件を判断する基準となっていく。
この構造から発達したのが、Precedent|判例 という考え方である。
特に後世には、上級裁判所の判決に示された法的原則を下級裁判所が従うというStare Decisis|先例拘束の原則 が形成されていった。

具体的な事件に法を適用した裁判の記録そのものが、次の裁判へ接続される、これが コモン・ロー を理解する重要な構造である。

法は事件から成長する

法典中心の制度では、まず一般的な規則を定め、それを個別事件へ適用するという構造が強く現れる。

コモン・ロー では、具体的な事件を通じて法的原則が形成されてきた。
契約を破った場合、どこまで責任を負うのか。
他人に損害を与えた場合、どのような条件で賠償責任が発生するのか。
財産を誰が所有しているのか。

裁判所は個別の事実関係を検討し、判断を示す。
その判断が蓄積されることで、より一般的な法原則が形成されていく。
つまり、事件 → 判決 → 判例 → 法原則 → 次の事件 という循環によって法が発展する。
社会で新しい問題が生まれれば、新しい判例が形成され、法もまた変化していく。

陪審制度の発達

イングランドの司法制度では、Jury|陪審 も重要な役割を持つようになっり、中世の制度から長い変化を経て、地域社会の人々が裁判へ参加し、事実認定を担う仕組みへ発展していく。

裁判官が法律上の問題を扱い、陪審が事件の事実を判断する。
この役割分担は、後の英米法圏の裁判制度を特徴づけるものとなった。
現在では国や事件の種類によって陪審制度の運用は大きく異なるが、司法に市民が直接参加する制度として コモン・ロー の歴史と深く結びついている。

Common Lawだけでは解決できない

コモン・ロー にも問題があった。
裁判手続は形式的で、既存のルールだけでは十分な救済を得られない場合があった。

そこで人々は国王へ直接救済を求めるようになり、その処理を担った 大法官( Lord Chancellor )の裁判制度が発達する。
ここから形成されたのが、Equity|エクイティ である。

コモン・ロー が厳格な法的ルールを重視する一方、エクイティは個々の事情に応じた公平な救済を補完した。
差止命令や信託など、後世の英米法で重要となる制度もこの流れと深く関係している。

19世紀には裁判制度が再編され、コモン・ロー とエクイティは同じ裁判所体系の中で扱われるようになった。

議会制定法との関係

イギリスでも議会は多数の法律を制定する。
現代では、Statute Law|制定法 が非常に大きな役割を持っている。

制定法が存在すれば裁判所はその法律を適用し、その意味を具体的な事件の中で解釈する。
その裁判所の解釈が、さらに判例として後の裁判へ影響する。
したがって現在の コモン・ロー 制度は、制定法と判例法が組み合わされた法体系 として理解する必要がある。

世界へ広がったコモン・ロー

近代になると大英帝国の拡大とともに、イングランドの法制度も世界各地へ広がった。

北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、インドなど、多くの地域がその影響を受け、1776年に独立したアメリカ合衆国も、イングランドの コモン・ロー を重要な法的基盤として継承した。

その後、それぞれの国が独自の憲法、法律、判例を発展させたため、現在の各国の法体系は同一ではない。
それでも、裁判所の判決を法源として重視する という基本的な特徴は、多くの コモン・ロー 圏に残っている。

Civil Lawとの二つの系譜

ヨーロッパでは、コモン・ロー とは別の巨大な法的系譜も発展した。
Roman Law|ローマ法 の流れを組む Civil Law|大陸法 である。
大陸法 では体系的な成文法典が重要な位置を占める。

一方、イングランドでは、
Royal Courts → Common Law → Precedent → Equity
という独自の法文化が発達した。

現在では双方とも大量の制定法と裁判例を持ち、単純に「 成文法対判例法 」と二分できるものでもない。
それでも、その歴史的な出発点の違いは現在の法制度にも残っている。

法は、書かれるだけではない

ウル・ナンム法典 から ナポレオン法典 までを見ると、人類は法を文章として記録し、整理し、体系化してきた。
しかし コモン・ロー は、もう一つの法の形成方法を示している。
社会で事件が起き、裁判所が判断し、その判断が記録される。
次の世代がそれを参照し、新しい状況に合わせて解釈する。
その積み重ねが、法になる。

コモン・ロー とは、それは、社会で実際に起きた出来事と裁判の判断を積み重ねながら、何世紀にもわたって成長してきた法秩序なのである。


Archive Data


名称 : Common Law|コモン・ロー
形成 : 中世イングランド、特に12世紀以降に発展
重要な歴史的背景 : 1066年 Norman Conquest、王権と王立裁判所の発展
主要な特徴 : 判例を重要な法源とする法体系、過去の裁判判断を後の事件へ接続
重要概念 : Precedent|判例、Stare Decisis|先例拘束、Equity|エクイティ、Jury|陪審 : Statute Law|制定法
主な継承地域 : イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなど ※地域ごとに独自の法体系へ発展
歴史的接続 : Norman Conquest → Royal Courts → Common Law → Precedent / Equity → British Expansion → Modern Common Law Systems

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