MVP ARCHIVE CIVILIZATION | ORDER : Napoleonic Code 1804 / ナポレオン法典 - 革命が壊した旧秩序を「法」によって再構築する

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ナポレオン法典
革命が壊した旧秩序を「法」によって再構築する
1804年3月21日、フランスで一つの民法典が公布された。
正式名称は Code civil des Français|フランス人民法典。
後に Code Napoléon|ナポレオン法典 と呼ばれるようになる。
この法典が成立したのは、フランス革命 から約15年後だった。
革命は身分制社会を揺るがし、封建的特権を廃止し、法の前の平等や所有権など新しい原理を打ち出した。しかし、旧制度を破壊しただけでは、新しい社会は安定しない。
革命以前から存在した複雑な地域法。革命期に生まれた新しい原則。
ローマ法から継承された法概念、それらを整理し、革命後の社会を一つの法体系によって再構築したものが ナポレオン法典 だった。
革命以前のフランス
18世紀までのフランスには、全国で統一された単一の民法典が存在しておらず、北部では地域ごとの慣習法が強く、南部ではローマ法の影響が比較的大きかった。
さらに王令、教会法、地方制度なども重なり、適用される法は地域や身分によって異なっており、これは長い歴史の中で形成された社会構造だった。
しかし1789年、French Revolution|フランス革命 が始まる。
封建的特権が廃止され、同年の Declaration of the Rights of Man and of the Citizen|人間と市民の権利の宣言 では、自由、権利の平等、所有権などが示された。
革命の理念を社会制度へ
革命期にも統一民法典を作る試みは行われたが、政治的混乱の中で完成には至らなかった。
1799年、ナポレオン・ボナパルト がブリュメール18日のクーデターによって第一統領となる。
翌1800年、民法典編纂 のための委員会が設置された。
中心となったのは、ジャン=エティエンヌ=マリー・ポルタリス ら4人の法律家である。
彼らは既存の慣習法、ローマ法、王政期の法、革命によって生まれた新しい原則を整理し、一つの体系へまとめていった。
ナポレオン自身も国務院での法案審議に参加した。
そして1804年、36の法律として順次成立した規定が統合され、Code civil des Français として公布された。
何を定めた法典だったのか
ナポレオン法典 は、刑罰を定める刑法典ではない。
人間の日常生活に関わる民法を体系化した法典である。
大きく扱われたのは、人・財産・財産を取得する方法 という領域だった。
婚姻、離婚、親子関係、相続、所有権、契約、債務など、市民社会を構成する基本的な法律関係が整理された。
ここで法は、個別の事件への回答を集めたものではなく、社会全体に適用される体系的なルールとして提示された。
法の前の平等
ナポレオン法典 には、フランス革命 によって形成された重要な原則が組み込まれた。
出生による身分的特権を法制度の基本原理としないことだった。
革命後の民法典では、男性市民を中心とした制度ではあったものの、身分制社会とは異なる共通の民法秩序が構築された。
また、私有財産と契約も重要な位置を占めた。
財産を所有し、契約を結び、それを法律によって保護する。
近代的な市民社会と市場経済を支える法的構造が、全国共通の制度として整備されていった。
革命の理念と、その限界
ナポレオン法典 は革命の理念を制度化した一方、すべての人間に同じ権利を保障したわけではない。
特に家族法では、夫・父親を中心とする強い家父長的構造が採用された。
既婚女性の法的能力には大きな制限があり、夫婦関係における男女の権限は対等ではなかった。
つまり、身分制の解体、法的統一、所有権の保護という近代化が進む一方で、当時の社会構造も法典の中に残された。
ローマ法から近代法典へ
ナポレオン法典 は完全に新しい法思想から作られたわけではない。
その背後には、長いヨーロッパ法史が存在する。
古代ローマで形成された Roman Law|ローマ法 は、6世紀の Corpus Juris Civilis|ローマ法大全 によって大規模に整理・保存された。
中世になるとローマ法は西ヨーロッパの大学で再び研究され、各地の慣習法や教会法とともにヨーロッパ法文化を形成していく。
ナポレオン法典 は、その長い法的蓄積とフランス独自の慣習法、そして革命の原理を接続した。
ここで古代から続いてきた法文化は、近代国家の統一された 成文法典 という新しい形を取ることになる。
フランスを越えて広がる
ナポレオン戦争 によってフランスの支配地域が拡大すると、ナポレオン法典 もヨーロッパ各地へ導入された。
法を明確な条文として整理し、国家全体へ適用するという法典化のモデルは、19世紀以降の各国の民法編纂に影響を与えた。
ヨーロッパだけではなく、その法的影響はラテンアメリカなどにも広がっていく。
それでも ナポレオン法典 は、Civil Law|大陸法系の近代的法典化を象徴する重要な転換点となった。
革命を「制度」に変える
革命は社会の原理を変えることができる。
しかし、新しい理念を宣言することと、その理念によって社会を毎日運営することは同じではない。
革命によって旧秩序が崩れた後、それらを具体的なルールへ変換しなければ、新しい社会秩序は成立しない、ナポレオン法典 が歴史上重要なのは、ここにある。
ナポレオン法典 は、古代から蓄積されてきた法文化と革命によって生まれた新しい社会原理を結び、近代国家の法秩序へ変換した巨大な接続点だった。
Archive Data
名称 : Code civil des Français|フランス人民法典、Code Napoléon|ナポレオン法典
公布 : 1804年3月21日
国家 : フランス
政治体制 : フランス第一共和政・統領政府期
主要人物 : Napoleon Bonaparte|ナポレオン・ボナパルト、Jean-Étienne-Marie Portalis|ポルタリスほか編纂委員
主な分野 : 人・家族・財産・所有・相続・契約・債務
歴史的意義 : 革命後のフランスに統一的な民法秩序を形成し、近代的な法典化に大きな影響を与えた
歴史的接続 : Roman Law → Corpus Juris Civilis → French Revolution → Declaration of the Rights of Man and of the Citizen → Napoleonic Code → Modern Civil Law

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