MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Historical Sites : Warsaw Ghetto 1940–1943 / ワルシャワ・ゲットー - 閉ざされた街に生きた40万人のユダヤ人

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ワルシャワ・ゲットー
閉ざされた街に生きた40万人のユダヤ人
ポーランドの首都ワルシャワ。
現在の市街地には、第二次世界大戦 中、ナチス・ドイツ が設置した ワルシャワ・ゲットー の痕跡が残されている。
かつての ゲットー は、周囲を壁や柵で隔てられ、数十万人のユダヤ人が強制的に居住させられた区域だった。
1943年の ワルシャワ・ゲットー 蜂起と、その後のドイツ軍による破壊によって、地区の大部分は失われた。
現在残るのは、壁の一部、建物、地下遺構、街路の痕跡、そして戦後に設けられた記念碑や博物館である。
それらは、現在の都市の中に、かつて存在した ゲットー の位置と歴史を伝えている。
ゲットーの設置
1939年9月、ドイツ軍はポーランドへ侵攻し、ワルシャワを占領した。
1940年10月、ドイツ占領当局はワルシャワにユダヤ人居住区を設置することを決定した。
同年11月16日、ゲットー は外部から封鎖された。
ワルシャワ市内と周辺地域のユダヤ人が強制的に移住させられ、区域内には一時40万人を超える人々が暮らした。
ゲットー は一つの収容所建築ではなく、既存の住宅、商店、学校、道路などを含む市街地を、壁や柵によって隔離したものだった。
現存するゲットーの壁
Ghetto Wall Remnants
ワルシャワには、ゲットー を囲んでいた壁の一部が現在も残されている。
代表的な場所が、シェンナ通りとズウォタ通り周辺の壁の遺構である。
Sienna Street / Złota Street
これらは、かつて ゲットー の境界を構成していた煉瓦壁の一部である。
現在は住宅や建物に囲まれた市街地の中に残り、記念プレートなどによって歴史が示されている。
壁の高さや煉瓦の構造から、当時の区域が物理的に隔離されていたことを確認できる。
Waliców Street
ワリツフ通り周辺にも、戦前からの建物や戦争による損傷を残す建築物が存在する。
この地域は、かつて ゲットー の一部を構成していた。
現在の建物や街路は、戦前のワルシャワと ゲットー 時代の都市構造を考えるうえで重要な手がかりとなっている。
ただし、現在見られる建物のすべてが ゲットー 時代の状態をそのまま保存しているわけではない。
Umschlagplatz
移送集結場跡
Umschlagplatzは、ワルシャワ・ゲットー からユダヤ人が鉄道で移送された場所である。
1942年7月から9月にかけて行われた大規模な移送では、約26万5,000人のユダヤ人が トレブリンカ 絶滅収容所 へ送られた。
現在、この場所には記念碑が設けられている。
Umschlagplatz Monument
1988年に完成した記念碑は、白い壁に囲まれた空間として設計されている。
壁には、犠牲者を象徴する名前が刻まれている。
現在の記念地は、かつての移送集結場の位置と、そこから行われた大量移送の歴史を伝えている。
Mila 18
ミワ通り18番地
Mila 18は、1943年の ワルシャワ・ゲットー 蜂起において、ユダヤ人戦闘組織 ŻOB の主要な地下拠点が置かれた場所として知られる。
1943年5月8日、ドイツ軍が地下壕を包囲した。
この場所で、蜂起の指導者 モルデハイ・アニェレヴィチ を含む多数の抵抗組織のメンバーが死亡した。
跡地には記念の塚と石碑が設けられている。
Mila 18 Memorial 現在の記念地は、地下拠点が存在した場所と、ゲットー蜂起の歴史を伝えている。
ワルシャワ・ゲットー蜂起記念碑
Monument to the Ghetto Heroes
ワルシャワ・ゲットー 蜂起を記念する代表的な記念碑が、Monument to the Ghetto Heroes 現在の記念碑は1948年に完成した。
彫刻家ナタン・ラパポルトらによって制作され、蜂起に参加した人々と、ゲットー で犠牲となった人々を記念している。
記念碑の正面には、武器を持って抵抗する人々の姿が表現されている。
背面には、移送される人々を描いた浮彫が設けられている。
現在はワルシャワの重要な記念地の一つとなっている。
POLIN
ポーランド・ユダヤ人歴史博物館
POLIN Museum of the History of Polish Jews
ワルシャワ・ゲットー 蜂起記念碑 の向かいに位置する博物館である。
2013年に建物が開館し、2014年に常設展示が公開された。
博物館は、ポーランドにおけるユダヤ人の約1,000年の歴史を扱っている。
ゲットー と ホロコースト だけでなく、戦前の社会、宗教、文化、生活、戦後の歴史までを展示している。
現在の建物は戦後に建設されたものであり、ゲットー 時代の建物ではない。
Ringelblum Archive
リンゲルブルム・アーカイブ
ワルシャワ・ゲットー では、歴史家 エマヌエル・リンゲルブルム を中心とする地下記録グループが、ゲットー 内部の生活や出来事を記録していた。
この記録活動は、Oneg Shabbat として知られる。
日記・手紙・写真・行政文書・新聞・子どもの作文・生活に関する記録。
さまざまな資料が収集され、金属製の容器や牛乳缶などに入れて地下へ埋められた。
戦後、1946年と1950年に記録の一部が発見された。
これらの資料はワルシャワのユダヤ歴史研究所などで保存されている。
Jewish Historical Institute
リンゲルブルム・アーカイブは、ゲットー 内部の人々自身が残した重要な一次史料であり、1999年には ユネスコの「 世界の記憶 」に登録された。
現在のワルシャワ
1943年の ゲットー 蜂起後、ドイツ軍は ゲットー 地区の大部分を破壊した。
さらに1944年のワルシャワ蜂起と、その後の都市破壊によって、ワルシャワ全体が甚大な被害を受けた。
戦後、都市は大規模に再建された。
そのため、現在のワルシャワでは、かつての ゲットー の街並みが連続して残っているわけではない。
しかし、壁の遺構、戦前からの建物、地下の痕跡、記念碑、博物館、街路の表示などによって、かつての区域を辿ることができる。
現存するもの
現在の ワルシャワ・ゲットー 関連史跡には、次のようなものがある。
ゲットー時代の遺構
Sienna Street / Złota Street の壁の一部。
Waliców Street 周辺の歴史的建物。
その他の建物・街路・地下遺構。
戦後の記念地
Umschlagplatz Monument。
Mila 18 Memorial。
Monument to the Ghetto Heroes。
博物館・記録
POLIN Museum of the History of Polish Jews。
Jewish Historical Institute。
Ringelblum Archive。
これらは、かつての ゲットー の物理的な痕跡と、戦後にその歴史を保存・記録するために設けられた施設である。


Basic Data
名称| ワルシャワ・ゲットー
English| Warsaw Ghetto
所在地| Warsaw, Poland
設置決定| 1940年10月
封鎖| 1940年11月16日
最大人口| 40万人超
大規模移送| 1942年7月~9月
ゲットー蜂起| 1943年4月19日~5月16日
主な移送先| Treblinka
主な現存遺構| ゲットーの壁・歴史的建物・街路・地下遺構
主な記念地| Umschlagplatz / Mila 18 / Monument to the Ghetto Heroes
関連博物館| POLIN / Jewish Historical Institute
関連史料| Ringelblum Archive

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