MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Historical Sites : Auschwitz-Birkenau 1940–1945 / アウシュヴィッツ=ビルケナウ - 忘れないために、ここがある

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アウシュヴィッツ=ビルケナウ
Auschwitz-Birkenau|1940–1945
ポーランド南部、オシフィエンチム。
第二次世界大戦 中、ナチス・ドイツ が設置した アウシュヴィッツ 収容所複合体 の跡地が残されている、Auschwitz-Birkenau。
現在は アウシュヴィッツ=ビルケナウ 国立博物館 として保存され、世界各地から人々が訪れる歴史的記念地となっている。
煉瓦造りの収容棟、木造バラック、監視塔、有刺鉄線、鉄道線路、ガス室・火葬場の遺構、そして収容者から奪われた所持品。
ここには、収容所が実際に存在し、運用されていたことを示す多くの物理的な記録が残されている。
アウシュヴィッツ収容所複合体
中心となったのは、次の三つの主要収容所である。
Auschwitz I|アウシュヴィッツ第一収容所
1940年に開設された基幹収容所。
Auschwitz II-Birkenau|アウシュヴィッツ第二収容所・ビルケナウ
1941年に建設が始まり、巨大な収容・絶滅施設へ拡張された。
Auschwitz III-Monowitz|アウシュヴィッツ第三収容所・モノヴィッツ
1942年に設置された、工業施設と結びついた強制労働収容所。
このほか、多数の付属収容所が周辺地域に設置された。
現在の博物館は、主として アウシュヴィッツI と アウシュヴィッツII=ビルケナウ の跡地を保存している。
Auschwitz I
第一収容所
アウシュヴィッツI は、1940年に旧ポーランド軍兵舎などを利用して開設され、最初の大規模な囚人移送は、1940年6月14日に行われた。
当初は主としてポーランド人政治犯などが収容され、その後、さまざまな国籍・背景の人々が送られた。
現在も、煉瓦造りの収容棟が多数残されている。
建物の一部は展示室として利用され、収容所の記録や遺品が保存・公開されている。
「ARBEIT MACHT FREI」の門
アウシュヴィッツIの入口には、ARBEIT MACHT FREI と記された鉄製の門があり、ドイツ語で「 労働は自由をもたらす 」という意味の言葉である。
この門は、アウシュヴィッツIを象徴する現存施設の一つとなっている。
なお、鉄道線路が中央の塔を通過する有名な門は、アウシュヴィッツI ではなく、アウシュヴィッツII=ビルケナウ の入口である。
Block 11|ブロック11
アウシュヴィッツI に残る煉瓦造りの収容棟の一つ。
Block 11は、収容所内の懲罰施設として使用された。
地下には独房や懲罰房が設けられ、囚人が拘禁された。
建物と隣接するブロック10の間には、銃殺が行われた「 死の壁 」と呼ばれる場所がある。
現在、ブロック11の建物や関連する場所は保存され、収容所内で行われた処罰や殺害の歴史を伝えている。
ガス室・火葬場 I
アウシュヴィッツI には、ガス室と火葬場として使用された建物が残されている。
この施設では1941年から1942年にかけて、主としてユダヤ人やソ連軍捕虜などが殺害された。
その後、ビルケナウで大規模な殺害施設が稼働するようになると、アウシュヴィッツI のガス室は使用されなくなった。
現在公開されている建物は、戦時中の改変を経て、戦後に一部が復元されたものである。
Auschwitz II-Birkenau
ビルケナウ
アウシュヴィッツII=ビルケナウ は、アウシュヴィッツI から約3km離れたブジェジンカ村周辺に建設された。
1941年に建設が始まり、1942年以降、収容所は大規模に拡張された。
広大な敷地には、収容バラック、監視塔、有刺鉄線、鉄道線路、選別場所、ガス室・火葬場、などが設けられた。
現在も、これらの施設の多くが建物または遺構として残されている。
正門と鉄道線路
ビルケナウ を象徴する建物が、中央に塔を持つ煉瓦造りの正門である。
Main Gate|Birkenau
鉄道線路は、この門を通って収容所内部へ延びている。
現在の線路と門は、ビルケナウ の広大な敷地を視覚的に理解できる代表的な場所となっている。
1944年には、鉄道引込線が収容所内部まで延長され、ヨーロッパ各地から移送されたユダヤ人が到着した。
選別プラットフォーム
ビルケナウ 内部には、鉄道による移送者が到着した場所が残されている。
到着した人々は、SSによって強制労働に送られる者、直ちに殺害される者に選別された。
多くのユダヤ人は、到着後まもなくガス室へ送られた。
現在の線路とプラットフォーム周辺は、当時の移送と選別が行われた場所として保存されている。
木造・煉瓦造りのバラック
ビルケナウ には、収容者が生活したバラックの建物や遺構が残されている。
木造バラック、煉瓦造りのバラック、内部には、多段式の寝台や暖房設備などが設けられていた。
過密な収容環境の中で、多数の囚人が生活を強いられた。
現在も一部のバラックは保存され、内部を見学できる。
また、建物が失われた区域には、煙突や基礎などの遺構が残されている。
監視塔と有刺鉄線
収容所の周囲や内部には、監視塔と有刺鉄線のフェンスが設置されていた。
現在も多数の監視塔やフェンスが保存・復元されている。
これらは、収容所の区画、監視体制、囚人の移動制限などを理解するための重要な施設である。
ガス室・火葬場の遺構
ビルケナウには、大規模なガス室・火葬場が設置された。
Crematorium II
Crematorium III
Crematorium IV
Crematorium V
1943年以降の大量殺害に使用された主要施設である。
これらの施設では、ユダヤ人を中心とする多数の人々が殺害された。
1944年から1945年にかけて、SSは証拠隠滅のため施設の破壊を進めた。
現在、これらのガス室・火葬場は主として遺構として残されている。
倒壊した煉瓦壁、コンクリート構造物、地下施設の残骸、煙突や基礎。
それぞれが、施設の存在と破壊の経過を示している。
Crematorium II・III
ビルケナウ のクレマトリウムII・III には、地下の脱衣室とガス室、地上の火葬設備などが設けられていた。
1945年1月、SSによって施設は爆破された。
現在も、地下施設の崩落した構造物や火葬場の遺構が保存されている。
Crematorium IV・V
クレマトリウムIV・V も、大量殺害に使用された施設である。
クレマトリウムIV は1944年10月の囚人反乱の際に損傷し、その後解体され、クレマトリウムVは1945年1月、SSによって破壊された。
現在は、それぞれの施設の遺構が残されている。
展示資料
収容者の所持品
アウシュヴィッツIの展示室には、収容者から奪われた大量の所持品が保存されている。
靴・スーツケース・眼鏡・義肢・食器・衣服・その他の日用品。
これらは、収容所へ送られた人々が実際に使用していた物である。
一部のスーツケースには、所有者の名前や住所などが記されている。
博物館では、これらの遺品を保存し、収容所の歴史を伝える資料として公開している。
文書・写真・記録
収容所に関する記録も多数残されている。
囚人登録記録、移送記録、写真、建設図面、行政文書、証言、戦後の調査資料。
これらの資料は、収容所の構造、運用、移送、殺害、解放後の状況などを確認するための重要な史料となっている。
1945年|解放
1945年1月27日、ソ連軍が アウシュヴィッツ へ到達し、収容所を解放、その時点で、収容所には約7,000人の囚人が残されていた。
多くの囚人は、それ以前にSSによって西方へ移送されていた。
解放後、収容所の建物、遺構、文書、遺品などが調査され、保存されていくことになる。
現在のアウシュヴィッツ=ビルケナウ
1947年、ポーランド政府は アウシュヴィッツ=ビルケナウ 国立博物館 を設立、現在、博物館はアウシュヴィッツIとビルケナウの跡地を中心に保存・公開している。
1979年には、ユネスコ世界遺産 に登録された。
正式な登録名称は、Auschwitz Birkenau German Nazi Concentration and Extermination Camp (1940–1945) である。
現在も建物や遺構の保存・修復が続けられている。
現存するもの
アウシュヴィッツ=ビルケナウ には、現在も多くの物理的な記録が残されている。
Auschwitz I 煉瓦造りの収容棟、「ARBEIT MACHT FREI」の門、Block 11、ガス室・火葬場Iの建物、展示室と収容者の遺品、Auschwitz II-Birkenau、正門と鉄道線路、選別プラットフォーム、木造・煉瓦造りのバラック、監視塔と有刺鉄線、ガス室・火葬場II~Vの遺構、その他の収容施設・建物跡。
これらは、収容所が実際に存在し、どのような構造を持ち、どのように使用されていたのかを確認できる歴史的資料である。


Basic Data
名称| アウシュヴィッツ=ビルケナウ
English| Auschwitz-Birkenau
所在地| Oświęcim / Brzezinka, Poland
開設| 1940年(Auschwitz I)
Birkenau建設開始| 1941年
解放| 1945年1月27日
主要施設| Auschwitz I / Auschwitz II-Birkenau / Auschwitz III-Monowitz
現在| Auschwitz-Birkenau State Museum
博物館設立| 1947年
世界遺産登録| 1979年
登録名称| Auschwitz Birkenau German Nazi Concentration and Extermination Camp (1940–1945)
主な現存物| 収容棟・正門・鉄道線路・バラック・監視塔・有刺鉄線・ガス室/火葬場遺構・遺品・文書

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