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MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Historical Sites : Haus der Wannsee-Konferenz 1914 / ヴァンゼー会議の建物 - ここで何百人もの人々の運命が決められた

Haus der Wannsee-Konferenz 1914 / ヴァンゼー会議の建物 - ここで何百人もの人々の運命が決められた

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ヴァンゼー会議の建物

ここで何百人もの人々の運命が決められた

ベルリン南西部、ヴァンゼー湖のほとり。
湖を望む庭園の中に、一棟の邸宅が建っている。
Haus der Wannsee-Konferenz

1942年1月20日、ナチス・ドイツ の高官たちが集まり、ヨーロッパのユダヤ人に対する「 最終的解決 」の実施について協議した場所である。
現在、この建物は ヴァンゼー会議記念館 として保存・公開されている。

湖畔の邸宅

この建物は、1914年から1915年にかけて、実業家 エルンスト・マルリエ のために建設された。
設計は建築家 パウル・オットー・アウグスト・バウムガルテン による。
ヴァンゼー湖に面した広い敷地に建てられた、二階建ての邸宅である。

外観には、古典主義的な意匠を取り入れた装飾が見られる。
湖側には庭園へ向かって張り出した中央部分があり、大きな窓から湖を望むことができる。
現在も、建物の外観、庭園、湖との位置関係が保存されている。

1940年|SSによる取得

1940年、ナチス親衛隊SS の保安機関がこの邸宅を取得した。
建物は、保安警察・SDの施設として使用されるようになった。
その後、1942年1月20日の会議会場となる。

1942年1月20日

ヴァンゼー会議

1942年1月20日、ラインハルト・ハイドリヒ の招集により、ナチス・ドイツの高官15人がこの邸宅に集まった。
参加者には、SS、警察、各省庁、占領地域の行政機関などの代表者が含まれていた。

会議では、ヨーロッパのユダヤ人に対する「最終的解決」の実施に関して、関係機関の協力や行政上の調整が協議された。
この時点で、ナチス・ドイツ によるユダヤ人の大量殺害はすでに進行していた。

ヴァンゼー会議 は、ホロコースト の開始を決定した会議ではない。
すでに進行していた迫害と大量殺害を、ヨーロッパ規模の政策として組織的に進めるための重要な行政調整の場だった。

会議室

会議が行われた部屋は、現在も建物内に残されている。
大きな窓から湖を望むことができる、邸宅の一室である。
現在の記念館では、会議が行われた場所を見学できる。

現在の室内展示や家具の配置は、1942年当日の会議室を完全に再現したものではない。
当時の会議風景を示す写真も確認されていないため、会議の様子を描いた画像は、史料に基づく歴史的再構成として扱う必要がある。

ヴァンゼー会議議事録

Wannsee Protocol

ヴァンゼー会議 については、会議の内容を記録した議事録が現存している。
Wannsee Protocol
議事録は、アドルフ・アイヒマンが作成に関与した記録をもとにまとめられた。

現存する文書は、戦後、ドイツ外務省の文書の中から発見された。
この議事録には、会議参加者、協議内容、ヨーロッパ各国のユダヤ人人口に関する表などが記されている。

議事録は ヴァンゼー会議 を研究するうえで重要な一次史料となっている。
記念館では、議事録の複製や関連資料が展示されている。

戦後の建物

第二次世界大戦 後、邸宅はさまざまな用途に使用された。
一時期は教育・保養施設などとして利用された。

その後、ヴァンゼー会議 の歴史を伝える記念館として保存するための取り組みが進められた。
1992年1月20日、会議から50年となる日に、記念館が開館した。

現在の記念館

House of the Wannsee Conference

現在の建物は、
Haus der Wannsee-Konferenz
Gedenk- und Bildungsstätte

として公開されている。

日本語では、ヴァンゼー会議 記念館・教育施設 と訳される。
館内では、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害、ホロコースト、ヴァンゼー会議、戦後の歴史などに関する展示が行われている。

建物そのものに加え、文書、写真、地図、証言などを通して、会議の歴史的背景を学ぶことができる。

現存するもの

ヴァンゼー会議 の建物には、現在も次のようなものが残されている。

邸宅の外観
1914~1915年に建設された建物。
会議が行われた部屋
1942年1月20日の会議会場となった室内空間。
庭園と湖畔の景観
ヴァンゼー湖に面した敷地と建物の位置関係。
建物内部
階段、廊下、部屋など、邸宅としての構造。
関連史料
ヴァンゼー会議議事録の複製、写真、文書、地図など。
現在の記念館は、歴史的建物そのものと、そこで行われた会議の記録をあわせて保存・公開している。

Haus der Wannsee-Konferenz 1914 / ヴァンゼー会議の建物 - ここで何百人もの人々の運命が決められた

Basic Data


名称| ヴァンゼー会議の建物
German| Haus der Wannsee-Konferenz
所在地| Am Großen Wannsee 56–58, Berlin, Germany
建設| 1914–1915年
設計| Paul Otto August Baumgarten
当初の所有者| Ernst Marlier
SSによる取得| 1940年
ヴァンゼー会議| 1942年1月20日
会議参加者| 15人
記念館開館| 1992年1月20日
現在| House of the Wannsee Conference Memorial and Educational Site
主な現存物| 邸宅・会議室・庭園・湖畔の景観・関連史料

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