【人生の満足度 #11】「昔のパパは、よくわからない人だった」娘の一言で気づいた、親子の距離を縮めたもの
どうも。
サイドFIREして2年目の主夫パパです。
少し前に、
妻からこんな話を聞きました。
小学校中学年になった娘が、
「今のパパのことは、よくわかる」
みたいなことを話していたそうです。
最初は、
「どういうこと?」
と思いました。
よくよく聞いてみると、
娘が小学校に入りたての頃。
まだ僕が正社員として働いていた頃のパパは、
「平日はあまり家にいない、よくわからない人だった」
ということらしいんです。
これを聞いたとき、
結構びっくりしました。
だって僕自身は、
昔も今も、
子どもに対する気持ちはほとんど変わっていないつもりだったからです。
会社員だった頃も、
休みの日には子どもと遊んでいました。
むしろ平日に会える時間が少なかった分、
一緒にいるときには、
「最近、何かいいことあった?」
「今、何が好きなの?」
「どこか行きたいところある?」
なんて、
こちらから積極的に質問していた記憶があります。
自分としては、
ちゃんと興味を持っていた。
ちゃんと関わっていた。
そう思っていました。
でも、
娘から見えていた景色は、
少し違ったみたいです。
今は、
会社員だった頃とは比べものにならないくらい、
一緒にいる時間が増えました。
でも、
毎日そんなに大切な話をしているわけではありません。
むしろ、
ほとんどがどうでもいい話です。
「そのコップ取って」
「今日これ着るの?」
「畳んだから、ここに置いておくね」
「これ好きだったっけ?」
そんな会話。
別に、
心に残るような言葉でもない。
子どもの将来について語り合っているわけでもありません。
でも、
こういう何でもないやり取りを、
毎日何度もするようになりました。
そして、
たぶんそういうものの積み重ねで、
娘から見た「パパ」という人間が、
少しずつ分かるようになったんだと思います。
面白いのは、
今の方が僕は娘を注意しています。
読んだ本を片付けない。
食事で出た自分のゴミを捨てない。
お風呂から出てもなかなか着替えない。
同じことを何度も繰り返せば、
僕だって、
だんだん言い方が強くなります。
「さっきも言ったでしょ」
なんて、
きつい口調になることもあります。
だから、
一緒にいる時間が増えた分、
楽しい時間だけが増えたわけではありません。
注意される回数だって、
昔より今の方が間違いなく多い。
それなのに、
娘は妻に、
「今のパパはいい」
と言ってくれているらしいんです。
本人から直接言われたわけではないところも、
なんだか妙に嬉しかったです。
そこで思ったことがあります。
親子の距離を近づけるのは、
特別な会話だけではないのかもしれない。
たくさん遊びに連れていくことでも、
毎回じっくり話を聞くことでもない。
もちろん、
そういう時間も大切です。
でも、
「おはよう」
「それ片付けてね」
「今日どうだった?」
「これ食べる?」
そんな、
一つひとつは記憶にも残らないような接点が、
思っている以上に大きいのかもしれません。
営業などの話で、
何度も顔を合わせているうちに、
相手に親しみを感じるようになる、
という話を聞いたことがあります。
以前は、
それをどこかビジネスの世界の話だと思っていました。
でも、
家族だって同じ部分があるのかもしれません。
「親なんだから、子どもは自分のことを分かっている」
僕はどこかで、
そんなふうに思っていました。
でも、
週に少ししか会わない人のことを、
子どもが深く理解するのは、
考えてみれば難しいことなのかもしれません。
親子だから、
自動的に距離が近くなるわけではない。
家族だから、
勝手に信頼関係ができあがるわけでもない。
一緒にいる。
声をかける。
注意する。
笑う。
どうでもいいことを話す。
そんな小さな接触の繰り返しの中で、
少しずつ、
「この人はこういう人なんだ」
と分かっていくのかもしれません。
以前、
成人した女性の方が、
「私は小学校低学年くらいの頃には、もう父親がうっとうしかった」
という話をしていたことがあります。
その場で娘にも、
「パパのこと、そんなふうに思う?」
と聞いてみたことがありました。
娘は、
「別に」
という感じでした。
そのときは平然としていましたが、
内心、
結構ホッとしました。
親子の距離感に、
一つの正解があるわけではないと思います。
性格も違う。
家庭環境も違う。
子どもの年齢によっても、
きっと変わります。
僕も、
「こうすれば絶対にうまくいく」
なんて全く思っていません。
ただ今回、
娘の言葉を聞いて、
一つだけ自分の中ではっきりしたことがあります。
分からないなら、とりあえず接点をなくさない。
それくらいでいいのかもしれません。
仕事が忙しければ、
長い時間を一緒に過ごせないこともあります。
毎日、
子どもとじっくり話す時間なんて取れない人もいると思います。
だから、
無理に「家族の時間を作らなければ」と構えなくてもいい。
朝、
顔を見て、
「おはよう」
と一言言う。
帰ってきたら、
「今日どうだった?」
と聞く。
子どもが何か話していたら、
ほんの少し耳を傾ける。
たったそれだけでも、
「今日もパパと話した」
「今日もママと話した」
という小さな接点になります。
一回一回は、
きっと何でもない時間です。
でも、
その何でもない時間が何百回、何千回と積み重なった先に、
親子の距離ができていくのかもしれません。
もちろん、
今娘との関係がうまくいっているからといって、
安心しきるつもりはありません。
これから、
もっと難しい年頃にもなっていきます。
僕自身、
間違えることもあると思います。
それでも、
子どもだからと上から見るのではなく、
一人の人として接したい。
これはやってはいけない。
これは大切にしてほしい。
そういう線引きは、
これからもきちんと伝える。
そのうえで、
どうでもいい話もたくさんする。
そんな父親でいたいと思っています。
人生の満足度というと、
家族旅行に行ったとか、
子どもと特別な思い出を作ったとか、
そういう時間を想像することがあります。
でも、
家族との関係を作っている時間の大半は、
もっと地味なのかもしれません。
「おはよう」
「片付けなさい」
「今日何食べる?」
そんな、
あとから思い出すこともないような会話。
でも、
娘にとって、
その積み重ねが、
「今のパパのことは、よくわかる」
につながっていた。
そう思うと、
毎日の何でもない会話も、
少しだけ大切にしたくなりました。
僕はこれからも、
娘に嫌がられる日が来るまで、
懲りずに話しかけていこうと思います。
あなたは最近、
家族とどんな「どうでもいい話」をしましたか?
📖 人生の満足度
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
このnoteでは、
投資、健康、家族、時間、お金など、
日々の暮らしの中にある小さな出来事から、
「人生の満足度を少しずつ積み上げていく」
ことについて書いています。
大きな何かを手に入れたら、
人生が一気に幸せになる。
そんなものではなくて、
「今日はちょっと良かったな」
「これをやってみてよかったな」
そんな小さな実感を、
一つずつ増やしていく。
その積み重ねが、
少しずつ人生の感じ方を変えていくのかもしれない。
そんなことを、
自分自身の生活の中で試しながら記録しています。
よかったら、
これまでの「人生の満足度」も覗いてみてください。
📖 これまでの「人生の満足度」
#1 人生が変わった理由を振り返ったら、特別な日は一日もなかった
#3 サイドFIREして気づいた。自由だけでは幸せになれなかった。
#4 必要だったのは、炊飯器ではなく「みんなで泊まるホテル」だった
#5 気づいたら、子どもの頃に「かっこいい」と思っていた大人に少し近づいていた。
#6 ガリガリ君は買える。でも、ガリガリ君リッチは買えない。
#8 「僕もほしい」姉の入賞を見て拗ねた息子が、本当に欲しかったもの
