【人生の満足度 #9】「パパ、もう出ちゃったの?」火傷をして気づいた、僕はもう十分幸せだった
どうも。
サイドFIREして2年目の主夫パパです。
少し前に、結構ひどい火傷をしました。
原因は、
入れたてのコーヒー。
ちょっとした不注意で、熱いコーヒーを手にかけてしまいました。
最初は、
「まあ、火傷くらいなら冷やしておけば大丈夫かな」
くらいに思っていました。
でも、なかなか痛みが引かない。
冷やしている間はいいのですが、手を離すと、またズキズキと痛くなる。
時間が経っても熱を持っている感じがありました。
「これ、思っていたよりまずいかも……」
そんな僕を見て、
「病院に行ったほうがいいよ」
と強く勧めてくれたのが妻でした。
妻も以前、似たような火傷をしたことがあったそうです。
そのときは傷が残ってしまったことや、かなり長い間痛かったことを話してくれました。
僕は最初、
「火傷くらいで病院に行かなくてもいいかな」
と思っていたのですが、
その話を聞いて、
迷わず病院へ行くことにしました。
病院では塗り薬をもらいました。
先生からも、
「結構しっかり痛みが出ているね」
と言われました。
しばらくは無理をせず、体を温めすぎないようにすること。
お風呂も控える。
運動もしばらくお休み。
普段、運動をすることを大切にしている僕としては、
これが地味にショックでした。
そしてもう一つ困ったのが、
家のことです。
手が痛いと、普段なら何でもない家事が思ったようにできません。
料理など、自分にできることはやりました。
でも、食後のお皿の片付けなどは、
妻と子どもたちが一緒になってやってくれました。
子どもたちは踏み台を持ってきて、
背伸びをしながら食器を片付けてくれる。
いつも自分がやっていることを、
家族が代わりにやってくれている。
それを見ていると、
申し訳ないような、
ありがたいような。
でも一番近かったのは、
「あったかいな」
という気持ちでした。
幸い、塗り薬が効いたこともあって、
安静にしていたら2、3日で痛みはかなり落ち着きました。
そして少し経って、
ようやくお風呂にも入れるようになりました。
久しぶりのお風呂。
とはいえ、まだ少し心配だったので、
その日は僕だけ先に入って、
ささっと体を洗って出ることにしました。
いつものように、
子どもたちとは一緒に入りませんでした。
すると僕がお風呂から出たあと、
子どもたちが言いました。
「パパ、もう出ちゃったの?」
「今日、一緒に入りたかった」
二人とも、
そんなことを言ってくれました。
その言葉を聞いたとき、
なんだか胸の奥が、
じんわり温かくなりました。
普段は、子どもたちと一緒にお風呂に入っています。
学校のことを話したり、
どうでもいいことで笑ったり。
もちろん、
毎日そんなに平和なわけではありません。
兄弟げんかもするし、
僕が注意することだってあります。
「早く洗いなさい」
なんて言っている日もあります。
だから僕にとっては、
ただの「いつものお風呂」でした。
特別な時間だなんて、
あまり考えたこともありませんでした。
でも、
子どもたちにとっても、
パパと一緒に入るお風呂は、
それなりに大切な時間だったのかもしれません。
僕だけが大切に思っていた時間ではなかった。
子どもたちも同じように、
その時間を楽しみにしてくれていた。
それが、
なんだかすごく嬉しかったんです。
サイドFIREして、
会社員だった頃よりも、
家族と過ごす時間はかなり増えました。
僕はずっと、
「子どもたちに我慢させない親でいたい」
「家族との時間を大切にしたい」
と思ってきました。
どうすれば家族を幸せにできるのか。
どうすれば、
今よりもっといい生活にできるのか。
そんなことを考えることも多かった気がします。
でも今回、
火傷をして少し立ち止まったことで、
ちょっと違ったのかもしれないな、
と思いました。
もっと幸せにならなきゃいけないわけじゃなかった。
僕はすでに、
かなり幸せなところにいたんです。
妻が心配して、
病院へ行くように勧めてくれる。
自分ができないときには、
家族が家事を手伝ってくれる。
子どもたちが、
「一緒にお風呂に入りたかった」
と言ってくれる。
そんな毎日が、
もうずっと目の前にありました。
以前、
「幸せって、なるものじゃなくて、あることに気づくものなのかもしれない」
そんなことを考えたことがあります。
今回の出来事は、
まさにそれでした。
特別ないいことが起きたわけではありません。
むしろ起きたのは、
火傷です。
できれば、
しないほうがいい。
でも、
少しだけ日常が崩れたことで、
普段は見えていなかったものが見えました。
いつもの家事。
いつものお風呂。
いつもの家族との会話。
当たり前すぎて、
「幸せ」とすら思っていなかったもの。
それが少しなくなっただけで、
初めてその大きさに気づきました。
「ああ、自分はこんなに幸せなところにいたんだな」
と。
そして、
ちゃんと家族に愛されていたんだな、と。
人生の満足度を上げるために、
何か新しいものを手に入れ続けなくてもいいのかもしれません。
すでにあるものを、
ちゃんと見る。
気づかずに通り過ぎているものを、
少しだけ立ち止まって見てみる。
それだけでも、
人生の満足度は少し上がるのかもしれません。
僕は、
日々の小さな出来事から、
「人生の満足度」について考えています。
大きな成功をしたわけでも、
特別な人生を送っているわけでもありません。
でも、
家族との時間や、
健康、
お金の使い方、
毎日のちょっとした楽しみ。
そんなものを一つずつ大切にしていくと、
人生は少しずつ満たされていくんじゃないかと思っています。
この「人生の満足度」シリーズでは、
そんな日常の中で気づいたことを書いています。
あなたは最近、
「当たり前だと思っていたけれど、実は幸せだったんだな」
と気づいたことはありますか?
よかったら、
コメントで教えてください。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
📖 人生の満足度
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
このnoteでは、投資、健康、家族、時間、お金など、日々の暮らしの中にある小さな出来事から、**「人生の満足度を少しずつ積み上げていく」**ことについて書いています。
大きな何かを手に入れたら、人生が一気に幸せになる。
そんなものではなくて、
「今日はちょっと良かったな」
「これをやってみてよかったな」
そんな小さな実感を、一つずつ増やしていく。
その積み重ねが、少しずつ人生の感じ方を変えていくのかもしれない。
そんなことを、自分自身の生活の中で試しながら記録しています。
よかったら、これまでの「人生の満足度」も覗いてみてください。
📖 人生の満足度
#1 人生が変わった理由を振り返ったら、特別な日は一日もなかった
#3 サイドFIREして気づいた。自由だけでは幸せになれなかった。
#4 必要だったのは、炊飯器ではなく「みんなで泊まるホテル」だった
#5 気づいたら、子どもの頃に「かっこいい」と思っていた大人に少し近づいていた。
#6 ガリガリ君は買える。でも、ガリガリ君リッチは買えない。
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#8「僕もほしい」姉の入賞を見て拗ねた息子が、本当に欲しかったもの
