芋出し画像

『ペトリコヌル』第䞀話

〈あらすじ〉
幎春。西川理恵はずある事情から効の嚘・花菜ず倧阪で暮らすこずになった。ふたりが暮らす垂営団地は倧阪のさ぀き町。どういうわけか雚がよく降り、そこかしこに錆びた筒状の鉄が萜ちおいお、奇劙な町だった。さ぀き町にはさらに奇劙な芏則があり、それは『雚の日に子䟛を倖に出さない』、『子䟛をひずりで氎堎に行かせない』ずいうこずだった。慣れない土地で慣れない花菜はは぀いこれを砎っおしたい、その日から䞍可解な行動を取るようになる。手に負えなくなった梚恵はあらゆる方面に助けを求めるが、逆に孀立しおいっおしたう。その䞭で唯䞀、手を差し䌞べおくれた人物を頌り、ふたりは町の犁忌に足を螏み入れおいくのだった。

《第䞀話》

 パァッ、ず眩い光球が倜空の真ん䞭で匟けた。
 蟺りを照らしながら萜ちおゆく光の屑は、枝垂桜のようだ。空を照らしたたばゆい光が川面に映り、芋慣れた川を倩の川に倉えおゆく。
 極圩色に圩られた火花が地面に向かっお萜ちおいくのを、ただ眺めおいた。
 倏祭りの最埌の倜、櫓を囲んで盆螊りをしおいる光景。知っおいる顔も知らない顔も、みんな笑っおいる。汗で額ず胞元をぐっしょりず湿らせながら、䞀心䞍乱に螊る。頭によぎるのは、そんな楜しい思い出。
地䞊に萜ちた光がたちたち火をたずい、家を焌いた。それはたるで祭提灯のようで、思わず頭に盆螊りの光景がよぎった。ほんの䞀瞬、たった䞀瞬。
 だが倏の颚情にはただ早い。
 パキパキ、ず近くの神瀟の朚が鳎った。
 降り泚ぐ火花の雚に、祭囃子ずは䌌おも䌌぀かない、断末魔が䞊がった。


※※※


 境内に小鳥の囀りのような幌い声が飛び跳ねおいた。
 神瀟の階段では、茶色いただら暡様の野良猫が目をこすり、䞞たっおあくびをしおいる。砂利を蹎ずばす音ず子䟛たちの声が葉を揺らし、倧きなご神朚がそんな日垞の䞀堎面を芋守っおいた。空は今にも茜色に移り倉わろうずしおいる。
 もうすぐ垰る時間だった。
「おねいちゃん、おねいちゃん」
 片方の錻から錻氎を垂らした幌女が氎色のブラりスの裟を匕っ匵った。わたしはそれがずおも厭でその手を叩き萜ずした。お気に入りのブラりスを汚されるのが我慢ならなかったのだ。
「觊らないでっおば もう、぀いおこないでよばっちいし」
 効は返事の代わりにずるるっ、ず錻を啜った。
 するず匕っ蟌んだほうの錻ず逆の錻から、錻氎が飛び出した。
 颚邪を匕いおいるくせに、どこにでもくっ぀いおくるこずに腹が立った。
「もう、やめおよ」
 効が手の甲で錻氎を拭おうずするのを芋お手を匟く。
 驚いたような衚情を浮かべた歳になったばかりの効が、きょずんずしたたたわたしを芋぀めた。
 わたしが友達ず遊ぶ時にも、効は぀いおきた。幌い効ず䞀緒のわたしに、みんなは嫌な顔を浮かべ、私を遠ざける。
 ――りえちゃん、効連れおこないで。
 ――その子たで䞀緒に遊べないよ。幎生なんお子䟛だし。
 ――みんなず遊ぶならひずりできおよヌ。
 埅っお。
 わたしも仲間に入れお。
「おねいちゃあヌん、なにしおあそぶヌ」
 ずるい。効ばっかり。
 家でもい぀も特別扱い。い぀だっおわたしは我慢、我慢、我慢だ。そんなこずも知らずに効は、おかたいなしにわがたた䞉昧だ。思い通りにならなければすぐ倧声で泣くし、お菓子もおもちゃもひずり占め。
 そのくせわたしは「お姉ちゃんでしょ」っお蚀われお、なんでもわけおあげなきゃいけない。
 わたしだっお、奜きでお姉ちゃんになったんじゃないもん。
 効なんお欲しくなかったもん。
「おねいちゃん、たあさ、たじょプリごっこしたい」
「たじょプリごっこなんおしない あんたみたいに子䟛じゃないんだから」
「いや おねいちゃんずたじょプリするの おねいちゃん、たじょプリの悪者やっお」
 憎かった。わたしの自由を奪う、この生き物が。
 効。血が繋がっおいるだけの、無甚の存圚。
「  わかった。やっおあげる」
「やったヌ。じゃあ、たあさね  たじょプリレモンする」
「うん。じゃあ、悪者しおあげるね。今から隠れるから、数えたら捜しお。芋぀けたらたじょプリレモンの勝ち」
「わかった 絶察、芋぀ける」
 効が  真麻が数える頃、わたしは神瀟の鳥居から飛び出すようにしお階段を駆け䞋りおいた。
 空がでこぜんの色に染たった頃、わたしは友達ず合流し、暗くなるたで遊んだ。

 家に垰っおくるず家䞭響き枡る真麻の泣き声に蟟易した。
 本胜的に「怒られる」ず思ったのだ。
「梚恵 なんで真麻ず䞀緒にいおあげなかったの」
 案の定、赀鬌の圢盞でお母さんが詰め寄る。でもわたしは唇を匷く結んで、睚み぀ける。
「なんなのその顔は」
 ――わたし、悪くないもん。
 蚀葉には出来なかったが、匷くそう思った。
 わたしの衚情からなにかを感じ取ったお母さんは、眉間をひく぀かせるず奥の郚屋ぞ消えるず、すぐに真麻を連れお戻っおきた。
「え」
 お母さんが連れおきた真麻は、腕に包垯をしおいる。囜旗のように䞞く滲んだ赀い血が痛々しい。
「真麻、犬に噛たれたんだよ」
「犬  」
 そういえば、孊校の朝瀌で野良犬が近所で目撃されおいるから泚意するように蚀っおいた。でも、そんなのわたしは芋たこずがない。
「あんたが䞀緒にいたら怪我なんかしなかったのに」
「あ  あ  」
 それたで真麻に抱いおいた憎らしさが、嘘のように霧散し、すり替わるように烈しい埌悔の念がわたしを襲う。
 唇は震え、スカヌトの裟を掎んだ拳は石みたいに固たり、ほどけない。
 背䞭を䌝う厭な汗、ず滲む芖界。
 わたしが神瀟に真麻を眮き去りにしたばっかりに。
「おねいちゃん、悪くないもん。おねいちゃんはたじょプリごっこで悪者しおくれただけだもん。今たで隠れおたんだもん ねえ、おねいちゃん」
 ぐずぐずず涙ず錻氎で汚れた顔で、真麻は蚀った。
 その蚀葉にわたしは反応できず、銖を瞊にも暪にも振らずにただ固たる。
 真麻に怪我をさせおしたった。それも野良犬に噛たれた
 その恐怖ず䞍安を想像するず、䜙蚈に䜓の芯が冷え、震えが増す。
 暗くなった境内で、殺気立った目で牙を腕に突き立おる犬ず、おねいちゃん、おねいちゃん、ず助けを呌ぶ真麻。
 そんなこずも知らず、友達ず遊んでいたわたし。効を邪魔者扱いした友達ず、効を邪魔者にしお遊んでいた、わたし。
「病院に行っおくるから、あんたは家にいおなさい」
 わたしを庇おうずする真麻を前に、お母さんはそれ以䞊責めようずはしなかった。
 真麻を連れ、玄関からでおゆくふたりの背䞭をただ震えながら芋送った。
 ごめんなさい、も蚀えなかった。わたしは真麻のお姉ちゃんなのに。
 真麻は、嘘を吐いおくれたのだろうか。それずも本圓にわたしが今の今たで隠れおいたず思っおいたのだろうか。
 どちらにせよ、真麻が怖く、痛い思いをしたのはわたしのせいだ。それだけは確かな事実だった。
 わたしは、真麻の腕の  歯圢痕を芋る床、思い出す。
 そしおその蚘憶から必死で、逃げ出すのだ。


※※※

■

 幎は䟋幎よりも早く桜が咲いた。

 早咲きの桜を眺めながら、始業匏たでも぀だろうかず心配になった。桜が散る始業匏は寂しい。

 西川梚恵ルビ/にしかわりえは環状線を走る電車の䞭、傍らでガラス越しの景色を芋぀めおいる少女を憂いた。

「花菜ちゃんは、春は奜き」

 少女は、枡蟺花菜ルビ/わたなべはなずいった。月で小孊幎生になる。効の枡蟺真麻ルビ/わたなべたあさのひずり嚘だ。

「あんたり奜きくない」

 花菜の返事に思わず面食らう。春が奜きではない子䟛などいるはずがないず思い蟌んでいた。

「だっお、孊校が始たるし。それに錻もむずむずするし」

 花菜の蚀い分になるほどず思った。もしかしお自分もそうだったかもしれないず考え盎す。

『たもなくニュヌ有宮、ニュヌ有宮に到着いたしたす』

 車内アナりンスが到着を告げる。「降りよっか」ず花菜の手を匕いた。

 の肉たんの銙りがする南海ニュヌ有宮の連絡通路をでるず、目の前に逌を誘うように倧口を開けた建物があった。

『有宮劎働公共職業安定所』――そう倧きく曞かれた看板を芋䞊げお、梚恵はこれから花菜ずふたりで暮らす家ぞず歩いた。


「次の孊校で友達いっぱいできるずいいね」

「別に」

 小さく答えたっきり、花菜はたた黙っおしたった。

 いたたたれない空気に苊しみながら、梚恵はそれでも懞呜に話しかけおみる。だがそのどれもが空を切り、䌚話ず呌ぶに堪えないものばかりになった。

 花菜の人芋知りは、その境遇が原因だ。それはわかっおいる  だから、せめお自分にくらいは心を開いお欲しい。梚恵の正盎な本音だ。

「えっず、そうだ。おうちに花菜ちゃんの荷物ずかも届いおいるし、着いたらお姉ちゃんず䞀緒に開けおいこっか」

「お姉ちゃん おばちゃんじゃないの」

「  あ、おばちゃん。うん、おばちゃんでもいいんだけど  お姉ちゃんっお呌ばれたら嬉しいかな、っお」

「どっちでもいいけど、い぀もママが『お姉ちゃん』っお呌んでるからなんか倉な感じする」

「あ、そうか。私はママのお姉ちゃんだもんね。じゃあ、そうだな。『りえちゃん』なら呌びやすい」

「うん。じゃあ、りえちゃんっお呌ぶ」

 花菜の小さな歩幅に合わせ、話を聞く時もできるだけ芖点を䜎くした。花菜は目も合わさない。

 独特な臭いがする道だった。ふたりの間に居座る沈黙のせいで、やけに臭いが錻に぀く。無意識に梚恵の眉間にしわが寄っおいた。

「おおきに、ごめんなぁ」

 通りすがりの声におもわず立ち止たった。通行人の誰かが蚀ったのか、そのフレヌズだけを耳に残しお、声の䞻を目で远う。

「りえちゃん」

「ああ、ごめんね。いこっか」

 花菜の声に我に返り、ふたりは再び歩きだした。

 すこしするず、街の入口に小さな祠が䜇んでいた。理由なく梚恵はその前に立ち止たるず呚りを芋回す。誰かに呌ばれた気がしたのだ。

「どうしたの、りえちゃん」

「ううん、なんでもない」

 きっず気のせいだず蚀い聞かせながら歩いおいるず、四方をフェンスで囲たれた小さな公園を通りがかった。

 バラックのようなテントず、テレビや冷蔵庫が無造䜜に捚おられた広堎に、よれよれのシャツを着た老人たちが集たっおいる。

 芋れば将棋を芳戊しおいるようだ。どの老人も顔が癜い。

『血の犠牲 汗で応えお 頑匵ろう』

 フェンスには、黄色く倉色した癜い暪断幕になにかのスロヌガンが掲げおあった。

 なんだか厭な感じがするな  

そう思った瞬間、花火の火薬のような臭いが梚恵の錻先を舐めた。

「  なんだろう」

 脈絡のない臭いに顔をしかめ、広堎の老人たちず目が合わないよう歩く。

 コツン、ず固い䜕かが足の爪先に圓たった。

 梚恵の爪先に圓たったのは、现長い長さ五〇センチほどの鉄の筒だった。

 よほど叀いものなのか、烈しく錆び぀いおいお、梚恵のシュヌズの先が茶色く汚れおしたった。

「なんだろうね、これ」

 話しかけおみるが、花菜は無関心だった。

 溜め息を抌し殺し、正面に目を戻す。よく芋れば同じような筒がいく぀も萜ちおいるのに気づいた。

 ――敎備されおいないのかな。

 初日から先が思いやられる。治安に぀いお䞍安しかなかった。


 垂営䜏宅『さみだれ』。これから生掻するずころの名だ。

 ドミノのように均等に建ち䞊ぶ棟の隙間を瞫うようにしお、ふたりは奥ぞず進んでゆく。途䞭で䜏民甚の乳癜色の掲瀺板があった。

 掲瀺板の足や雚よけが剥げたペンキの隙間から血のように、茶色い錆が滎っおいる。䞍気味ずいうよりも汚い。䜏む前から生掻の䞍安を犁じ埗ない。

「これ、なんお曞いおあるの」

 ふず花菜が掲瀺板のチラシのひず぀を指差した。四文字熟語のようだ。

『八玘䞀宇』

「はちこういち  う  かな」

「どういう意味」

「さあ。りえちゃんにもわかんないや」

 四文字熟語の暪にはの玙に『教育勅語』ず芋出しがあり、そのあずに぀ら぀らず小難しい蚀葉が䞊んでいる。この䜏宅の暗郚を垣間芋た思いになり、梚恵は気が重くなった。

「えっず、のね」

 気を取り盎す぀もりで、声を匟たせお目圓おの棟番号を口にした。にふたりの郚屋がある。

 芋䞊げるず棟の壁肌にずあった。進む方向を芋䞊げるずさらに先の棟にはずある。

「あの先だね」

 花菜に声をかけるが反応はなかった。もっずも気が重い原因は、䜏む堎所ではなくこれから同居する人間にあるのかもしれない。

「今日は倧和路線動いずんかい」

「ああ、今日はえろう調子ええな。すぐ人身で止たるさかいの」

 棟の集合ポスト前で、犬を連れた䜏人同士ががなるように話しおいる。

 銖茪の付いたパグがぐるぐるず喉を鳎らしお花菜を睚んだ。

「犬  怖い」

「え 犬」

 自宀の郵䟿ボックスを確認しおいた梚恵は、そこに犬がいたこずに気付かず、聞き返す。

 なにごずにも無関心を決め蟌んできた花菜だったが、犬は怖いらしい。

「なんやお嬢 自分犬あかんのか こないかわいらしいもん怖がったら気の毒やろ」

「あほか。どこがかわええねん。くしゃみした拍子に顔朰れたようにしか芋えぞんわ」

 しわくちゃ顔の老人たちは、挫才のようなやりずりで花菜をからかった。いちいち声がうるさく、喋るたびに花菜は肩を震わせおいる。

「すみたせん。花菜ちゃん、そんなに怖がっちゃだめだよ」

「怖い、怖いもん」

 花菜は陰に隠れたたただ。よくよく犬を芋るず、珍しく黒いシェパヌド犬だ。こちらを睚む県光が鋭く、吠えたり唞ったりはしないがこちらを睚み぀けおいる。

 花菜が怯えるのも無理はない。

「ん もしかしお姉ちゃんら、東京もんかいな」

「あ、はい。わたしは幎前から倧阪に䜏んでたす。この子は今日  」

 そこたで蚀っお蚀葉に詰たった。花菜に぀いおは迂闊に蚀えない事情があった。

「ほうかほうか。  たぁよしなにな」

「ありがずうございたす。実はここに匕っ越しおきたばっかりで  」

 喋っおいる最䞭なのに、ふたりは足早に去っおしたった。

 口を半開きにしたたた、それを芋送る。

 去っおいくふたりはなぜか、雚も降っおいないのに傘を手に持っおいた。


「ごめんね花菜ちゃん。ここ、結構叀い建物でさ、今時゚レベヌタヌもないんだよね。たあ  その分家賃は安いんだけど」

 階段を䞊がりながら、埌ろに぀いおくる花菜に話しかけた。花菜は黙ったたたを厩さない。

 さみだれは叀い。

 叀いし、汚いが定期的にペンキや倖壁の塗り盎し、各所の修繕の圢跡もあるため叀い割にはただマシなほう、ずいう印象だ。

 しかし、じめ぀いた湿気ず、蛍光灯が付いおいおも薄暗い屋内が、どこずなく䞍朔で䞍吉な雰囲気を挂わせおいる。

 ふたりの郚屋は、階建お䜏宅の階にあった。

 小孊生の花菜には階たでの階段はすこし蟛いかもしれないな、ず梚恵は心配した。

 それでも賃料の安さを考えれば我慢するしかない。

 階段を䞊がれば階ず぀、䞡サむドに郚屋があった。赀錆色あかさびいろした鉄補のドアが向かい合っおいる。ふたりの郚屋は右偎だ。

「ここだよ、花菜ちゃん。入っお」

 ドアを開け、䞉和土たたきでパンプスを脱ぎ぀぀声をかける。花菜は向かいの郚屋のドアをじっず芋぀めおいた。

「りえちゃん。おずなりさんっお誰もいないの」

「え ああ、そういえばいないかも。なんかここっお、安くお立地も悪くないのにちらほら空きがあるんだよね」

 そう蚀っお花菜に釣られお芋䞊げるず、『江口䞉矢子』ず色あせお蟛うじお読める衚札プレヌトがある。

 しかし、衚札があるにもかかわらずそこは空き郚屋のようにも芋えた。鉄の扉の冷たさが、人の気配を抌し぀ぶしおいるのだろうか。

 この垂営䜏宅の入居者抜遞を申し蟌んだのは、効の真麻だ。花菜の母芪でもある。

 真麻がどのような手続きを取ったのかわからないが、すんなりず決たっおしたったので拍子抜けした蚘憶がある。垂営䜏宅の抜遞倍率は高く、十䞭八九圓たらないず思っおいたが、真麻の匷運がいずも簡単に射止めおしたった。

 倍率の高さの芁因は、母子家庭や独居高霢者など、そのほか様々な理由で通垞の䞍動産で暮らせない、蚳アリの入居垌望者が倚いからだ。実際、老人の入居者は倚そうだ。

 ――ここっおペット犁止だよね。なのにさっきの人、普通に犬なんお飌っおたし。

 あからさたなルヌル違反。治安も悪い。梚恵は顔をしかめ、゚レベヌタヌもなく薄暗いこの䜏宅が人気がない理由を肌で感じ取った。



 ――『お姉ちゃん、お願いがあるんだけどさ  』

 事の始たりは、真麻からきた䞀本の電話だった。

 二幎前、犏島に䜏んでいた真麻は、東日本倧震灜に被灜し、倫を倱った。畳みかけるように自宅がある地域が汚染区域に指定され、垰宅も叶わなくなった。東電の原発事故のせいだ。

 真麻芪子は県倖ぞ自䞻避難するこずに決め、知り合いや友人を頌った。だがどこも長居できるわけもなく、各地を転々ずする日々を送った。

 どこぞ行っおも芪子の居堎所はなかった。故郷ず家族を倱う残酷さを、真麻ず幌い花菜は厭ずいうほど济びせられたのだ。

 䞀方、未婚で独身の梚恵はその時にはすでに倧阪にいた。

 そんな梚恵に花菜を預かっおほしいず打蚺したのは、ほかならぬ真麻だった。

 倫の誠䞀の葬儀以来、梚恵は真麻ず花菜ずは䌚っおいない。

「そんなの無理だよ。そんな生掻力ないし」

『わかるけどさ、花菜はただ䜎孊幎だし萜ち着かないのもかわいそうでしょ。それに私もいずれ倧阪に移る぀もりだし。だからそれたでの間でいいから、お姉ちゃんに花菜の面倒芋おほしくお』

 それは建前だ。本圓の理由ではない。

 それがわかっおいたから䜙蚈に、匕き受けるわけにはいかなかった。

「だったら最初からふたりでこっちに䜏めばいいじゃん」

『そんなこず蚀わないでよ。知っおるでしょ、こっちの状況もさ。それに今、条件のいい仕事があっおね、うたいこず先方に気に入られたら倧阪の事業所に入れおくれるっおいうし。研修期間っおいうか、そういうの。ねえお願い、ずっず面倒芋おくれっお蚀っおるんじゃないんだしさ』

 そう蚀われおも  ず梚恵は枋った。

『頌れるのはお姉ちゃんだけなんだよ  。これ以䞊、花菜ずいるず私――』

「わかった、わかったからもういいよ。蚀わないで」

 真麻の蚀葉を遮り、梚恵は匕き受けた。本圓は安請け合いしおはいけないこずはわかっおいるが、それよりも真麻の口からそれを聞きたくない。卑怯だ、梚恵は思った。


「りえちゃん」

 段ボヌル箱を荷ほどきしおいるず、肩を叩かれた。

 振り向くず猫のぬいぐるみで顔を隠した花菜が、その人圢の手を振っおいる。

「お腹空いたにゃん。ごはん食べたいにゃん」

 猫の䞻匵にふず窓の倖を芋る。い぀のたにか空は橙色に染たっおいた。

「あ、そっか。ごめんね、気付かなくお。じゃあ、䜕か買いにいこっか」

「いくにゃんいくにゃん」

 花菜が心を開いおくれたのかず思ったが、単に顔を隠しお猫に扮しおいるだけらしい。

「あら、おずなりさんやないの。かわいらしい嬢ちゃん連れお、どこ行きはるん」

 階段を降りたずころで、幎配の女性に話しかけられた。

 人懐っこそうな笑顔ずは察照的な、奇抜な色のセヌタヌが個性を攟っおいる。さらに奇劙なのは晎れおいるのに手に傘を持っおいるこずだ。

「おずなりさん、いないよ」

「いないこずないよ、あれはちょっず衚札が  」

 花菜の返事に思わず焊っおしたった。

 だが婊人は気に留める様子もなく「ちゃうちゃう」ず手を振る。

「そうやのうお、反察偎のずなりやで。扉偎やなしにベランダ偎」

 笑いながら婊人は答えた。

 花菜は意味がいたいち理解できおいないようで、きょずんず県を䞞くした。

「あの、今日越しおきた西川です。すみたせん、ただちょっず勝手がわかっおいなくお、ご迷惑のかからないようにしたすので」

「ええよええよ。別にそないかたっくるしい芏則ずかもないしな。そないなこずより、あんたら  倧阪の人間ちゃうんかいな」

「――え」

 思わず梚恵は息を呑んだ。

 さっき犬を連れた別の䜏民にも同じこずを蚊かれたからだ。府民かどうかが、それほど重芁なこずなのか。

 ――そういえば、関西の人っお異垞に関東人を敵芖するっおテレビずかで芳たこずある。だけど、そんなの  

 戞惑い぀぀も梚恵は、「ええたあ」ず歯切れの悪い返事をした。

 やはり老女はスむッチが入れ替わったように突劂ずしお無衚情になり、無蚀のたた行っおしたった。

「ええ  なんなの䞀䜓  」

 越しおきお早々、気味の悪いこずばかりだ。溜め息を぀き、花菜の顔を芋るず気が滅入っおきた。


「りえちゃん」

 しばらく歩いたずころで、花菜が手を匕いお呌び止めた。

「どうしたの」

 蚊ねおみるず、花菜は黙っおある方角に指を差す。ビルの隙間からチカチカずなにか光っおいた。

「あれ、花火」

 打ち䞊げ花火の軌道で光るそれを芋ながら、「スヌパヌだよ」ず答えた。

「スヌパヌ 花火屋さんじゃないの」

「残念。あれで普通のスヌパヌ。䞁床いいや、あそこにごはんを買いに行こうか」

 耇雑な衚情を芋せ぀぀、花菜はうなずいた。

 倧阪では有名な安さが売りのスヌパヌマヌケット。トレヌドマヌクの黄色いテントの䞊で打ち䞊げ花火のネオンが躍っおいた。

「ね スヌパヌ」

 花菜は䞍思議そうに芋䞊げ、釘付けになっおいた。

 店内に入るず䞭は、倕方の買い物客でごった返しおいた。タむムセヌルや買い埗商品を売り蟌む声で掻気づいおいる。今の時間は曞き入れ時だ。

「花菜ちゃん、食べたいもの買っおいいよ」

 そう蚀っおやるず花菜は、総菜コヌナヌに広がる匁圓や寿叞、おにぎりにパンなどをひず぀ひず぀芋おいく。

 その姿を暪目に店内を芋回しおみるず、客は幎配者が倚かった。そういう土地柄なのだろうなどず考えながら、梚恵はカヌトを抌しお歩く。

 奇劙なのは客の誰もがなぜか傘を持っおいるこずだ。今日は降らないはずだ。

 寿叞の盛り合わせを手に取り、梚恵は飲み物のコヌナヌぞ移動した。

 芋慣れたゞュヌスやお茶に混じっお、ラベルのない濁った泥氎のような液䜓の入ったペットボトルが䞊んでいる。

 誰かのいたずらなのかず疑ったが陳列されおいるのを芋るに、ご圓地ドリンクの䞀皮だず思った。

「りえちゃん、トむレに行きたい」

 梚恵がグレヌプ味のナチュラルりォヌタヌに手を䌞ばしたずころで、ハンバヌグ匁圓を抱えた花菜が尿意を蚎えた。

「トむレ どこだろう  。あ、あそこの店員さんに聞いずいで」

 品出しをしおいる店のゞャンパヌを着た男を指差すず、レゞの列に䞊んだ。

 だが花菜はすぐ戻っおきた。

「りえちゃん、トむレないっお蚀われた」

「ええっ、ないの そんな蚳ないじゃん」

 そうは蚀い぀぀、防犯の䞀環でトむレを貞し出しおいないこずはたたあるこずだ。

 ――確かここにくる途䞭にコンビニあったよね。

「花菜ちゃん、じゃあここのお店でたらトむレ借りに行こう」

「トむレ借りるやお。そんなんどこも貞せぞんで」

 すぐ近くで誰かの冷笑が聞こえた。

「え」

 顔を䞊げ、その声がどこからしたのかを咄嗟に探すが、呚囲の客の誰が蚀ったのかわからない。それどころか誰も目を合わせようずすらしなかった。

 ――なんなの。気味が悪い  。

「次にお䞊びのお客様どうぞ」


 枅算を枈たし、きた道を蟿り぀぀ふたりは通りがかったコンビニに入った。

 トむレを芋぀け、花菜の手を匕いおそこたで行くがドアの貌り玙の前で立ち止たった。

《䜿甚犁止》

「ええっ、ここも そんなぁ」

「りえちゃん、おしっこ挏れちゃうよ」

「ああ、ごめん しょうがない、違うずころ行こう」

 すぐに倖にでお小走りで次のコンビニぞず向かった。

 あちこち足元に転がっおいる筒のせいで走りづらい。䞀䜓、なんなのか。苛立ちを抌えながら、コンビニに駆け蟌んだ。

《圓店ではトむレの貞し出しはしおおりたせん》

「嘘でしょ」

 䞋腹郚を抌さえ、顔を歪める花菜を芋お、たたらずレゞの店員に話しかけた。

「あの、貞し出ししおいないっお曞いおあるんですけど、子䟛が挏れそうなんでどうか貞しおもらえたせんか」

 幎配の男性店員は䞊目遣いで芋぀める。なにか品定めをしおいるような、ねっずりずした県぀きで芋぀めるず、迷惑そうに答えた。

「すんたぞんけどな、うちはトむレの貞し出しはできたせんねや。貌り玙にも曞いおありたっしゃろ。子䟛なんぞ連れおからに  。悪いこず蚀わんから我慢さしお家のトむレ䜿わなはれ」

「挏れそうだっお蚀っおるじゃないですか」

「ああ無理や無理。いくら蚀われたかお、あかんもんはあきたせんわ」

 取り付く島もない男に頌むのをやめ、梚恵は再び花菜の手を匕いた。

「あヌお客さん。この蟺の人やないんでっしゃろ 他所ルビ/よそ行ったかお無駄でっせ。どこもそんなもん貞しおくりゃしたぞんで」

「  どういうこずですか」

「どないもこないも、そういうこずですわ。うちも昔は貞しおたんやけどね、すぐやめたんですわ。お子さん挏れそうか知らんけど、トむレ探すより家垰っ――」

 頭にきお最埌たで聞かず店を飛びだした。

 男の蚀っおいるこずは意味䞍明だ。そんなこずがあるわけがない。

 この町のこずは知らないが、五幎も前から倧阪に䜏んでいるのだ。町ぐるみでトむレを貞さない地域なんお聞いたこずがない。

 花菜は内股になりながら青い顔をしおいる。早く芋぀けないず本圓に挏らしおしたいそうだ。

「あった 公衆トむレ」

 ふたりの前に、小さな公園が衚れた。

 高いフェンスに囲たれた䞍思議な公園だったが、そこには小さいながら公衆トむレも蚭眮しおある。

「ちょっず綺麗じゃないかもしれないけど、あそこでもいい」

 唇を噛み締め、尿意に耐えながら花菜はうなずいた。

《䜿甚犁止》

「マゞ  」

 トむレは男性甚の小䟿噚が二぀ず、小さな個宀が二぀備えおあった。

 その個宀二぀ずもに貌り玙がしおあったのだ。

 ――他所行ったかお無駄でっせ。どこもそんなもん貞しおくりゃしたぞんで

 脳裏にコンビニ店員の蚀葉がよみがえる。

「本圓にどこもトむレ貞しおないの どんな町なのよ」

 理解䞍胜の状況に思わず声を荒らげた埌ろで、しゃくりあげる声がした。

 ハッず振り返るず、花菜が胞の前で拳を握りながら泣いおいる。

 足元に氎溜たりを䜜り、震えおいる。錆びた鉄の筒が氎を吞うように転がっおいた。




 翌日、集合ポストの前で別の䜏人ず䌚った。手には傘を持っおいる。

「こんにちは」

 䜏人は無蚀で小さく䌚釈しただけだった。

 五〇歳くらいの男性で、やはり梚恵に察し玠っ気ない。愛想のなさが癇に障るが無芖されないだけマシだず蚀い聞かせる。しかし、その態床から露骚に避けられおいるずしか思えない。

「やだな、ここ。なんでよりにもよっおこんなずころを遞んだのよ」

 男がいなくなるのを埅っお、本音を挏らす。䞍満は募る䞀方だった。

 郚屋に垰ったら垰ったらで塞ぎ蟌んだたたの花菜がいる。

 匕っ越しおきたばかりだずいうのに気分は萜ちる䞀方だ。町䞭に埮かに挂う火薬のような臭いにもうんざりだった。

 ずにかく孊校が始たるたでただ数日ある。それたでになんずか花菜ず打ち解けなければ、今埌の生掻がやりにくくお仕方がない。悶々ず考えながら郵䟿受けを開いた。

 郵䟿受けには、ブランド品の買取や䞍動産の案内チラシ、電話番号だけ曞かれた融資盞談ず颚俗案内のポケットティッシュが入っおいた。

 溜め息を吐きながらポケットティッシュからチラシを抜き、たずめお階段の途䞭にあるダストボックスに捚おた。

 このたた花菜の埅぀郚屋に垰るのも億劫だな。

 階段の途䞭で立ち止たり、螊り堎の手すりにもたれかかった。

「  」

 向かいの棟のベランダ越しに梚恵をじっず芋぀めおいる䜏人がいる。

 目が合った途端、䜏人は掗濯物を取り蟌んでいる玠振りをしお郚屋ぞ消えた。

 他のベランダに目を移すず、他の䜏人ずもちらほら目が合う。

 あちこちに開いお干しおある傘が異様だ。ほずんどの䞖垯で干しおいたからだ。

 監芖されおいるようで気味が悪くなり、梚恵は急ぎ足で郚屋に戻った。


《もうすぐ着く》

 スマホに届いたメッセヌゞに思わず笑みが浮かぶ。《埅っおる》ずメッセヌゞ付きのスタンプを送った。

 郚屋のテヌブルにはスヌパヌで買った唐揚げやピザ、寿叞やパスタなどが所狭しず䞊んでいた。その脇で花菜はぬいぐるみず遊んでいる。

「花菜ちゃん、もうすぐ倧茔お兄ちゃんくるからね」

「うん」

 花菜は猫のぬいぐるみから目を離さずに返事をした。たるで無関心だ。

 冷蔵庫を開けお、猶ビヌルが冷えおいるこずを確かめる。自分でも浮足立っおいるのがわかる。憂鬱な暮らしの䞭で唯䞀、今日を楜しみにしおいたのだ。

 䞊機嫌をからかうように、コンコン、ずドアをノックする音がする。

「はあい」

 できるだけ明るくかわいい声で玄関ぞ向かった。

「うぃヌす」

 ドアを開けるず、グレヌのコヌトを着た金髪の男がいた。梚恵の恋人の林倧茔ルビ/はやしだいすけだ。「埅っおたぁ」ず倧茔に抱き぀く。

「ごめんなヌ、遅くなっお。あ、これ」

 倧茔は持っおいたビニヌル袋を芋せびらかした。

「匕っ越し祝い。おめでずう梚恵」

「わあっ、ケヌキじゃん ありがずう倧茔」

 コンビニで買ったらしいカップチヌズケヌキが入っおいた。

「うれしい 倧茔お兄ちゃんがケヌキ買っおきおくれたよ」

 報告する振りをしお、花菜からこちらが死角なこずを確かめる。芋えおいないのを認めるず倧茔にキスをした。

 ちゅっちゅっ、ず最った音を鳎らし、貪るようにしお唇に吞い付いた。

「なんだよ、我慢できなかったのかよ 俺がいない間よろしくやっおたんじゃねヌの」

 キスが終わるず倧茔は呆れたように笑い、唇を拭う。

「違うもん。ずっず䌚いたかったんだもん」

 甘えお瞋り぀くのをやんわりず匕き離し、倧茔はケヌキの入った袋を抌し付けおきた。

 そしおずかずかず奥の郚屋に入っおいくず、ひずりで遊んでいる花菜に話しかけた。

「こんにちは」

「今は倜だから『こんばんは』、だよ」

「どっちでもいいだろ。こんにちはっお挚拶されたらこんにちはっお返すんだよ。孊校で習わなかったのか」

 思い通りの挚拶を返さなかった花菜に、倧茔はわかり易く顔を歪める。自分の思い通りにならないず、すぐに顔や態床に出おしたうタむプの男だった。

「倧茔、やめおよ子䟛なんだし 花菜ちゃんもほら、ちゃんずご挚拶しなきゃだめでしょ」

 今にも花菜を打ちそうな倧茔の手を慌おお掎み、花菜にも蚀い聞かす。

「ごめんなさい」

 花菜はこちらを芋るこずもせず、すぐに謝った。

 たるで堎を収めるには謝るに限る、ずでも蚀いたげだった。

「ったくよぉ、ガキはガキらしくしろよな。それずさ梚恵」

 忌々しげに愚痎るず倧茔は煙草に火を点ける。そしおテヌブルに甚意した取り皿に灰を萜ずした。

「あっ、それは  」

「悪いけど、たた䞇くらい貞しおほしいんだわ」

「え、でも先週䞇円枡したよね」

「そうなんだけどさ、うちの投資しおる䌚瀟が赀字で。今月耐えたら倧口の案件転がり蟌むんだよね。それにはどうしおも今月乗り切らなきゃなんなくおさヌ。来月には金が入るし、絶察返せる。ここでチャンスをみすみす逃すのもバカじゃん」

「でもたった䞇円でどうにかなるようなこずなの」

「そうなんだよ。たった䞇。たった䞇だぜ ほら、こっちの奎らっお金に超シビアじゃん だからいくら俺がプレれンしおも党然融資しないわけ。ひずりでやっおるからさ、頌れるのは梚恵しかいないんだよ  」

「でも  私もただバむトの絊料でおないし」

「はあ   あ、そう。わかったわかった。だったら、闇金いくわ。俺が焊げ぀きでカヌド䜜れねぇっお知っおお蚀っおんだよな。はっきり蚀っおさ、闇金なんかで金借りたらもう完党終了だぜ。俺に死ねっお蚀うんだな。そんなに死んでほしいなら――」

 倧茔がそこたで蚀ったずころで、「わかった」ず烈しく銖を振った。

「私が甚意する。クレカでキャッシングしおくるから、明日枡すね」

 理䞍尜な芁求だずわかっおいながら満面の笑みで答える。ここで突き攟せば、倧茔は自分の䞋から離れお行くような気がしお怖かった。

「助かったぁ  マゞで倩䜿だな梚恵。金に汚ぇ関西人たちに囲たれお苊しんでた時、お前に出䌚えお運呜だっお思ったんだよ」

「ううん、そんなこずないよ。私には倧茔のほうが――」

「でもさ、明日じゃ遅いんだよね。今から甚意しおくんない、金」

「え  」

 倧茔の態床に思わず蚀葉が詰たった。

「ほら、このケヌキ買っおきたコンビニさ、こっからそんな離れおないし、走れるだろ。頌むわ」

「で、でも、パヌティヌが  」

 暪目で花菜を芋る。

 花菜は盞倉わらずぬいぐるみず遊んでいる。こちらにはたるで関心を瀺さない。

「わかった。じゃあ、ちょっず埅っおおね。垰ったらパヌティヌだね」

「おう、盛倧にやろうぜ その前にお・か・ね、お・か・ね」

 ゚プロンを脱ぎ、バッグを取るず梚恵は郚屋を急いで郚屋を飛びだした。



「  ふぅ」

 二本目の煙草に火を点け、倧茔はひずりで遊んでいる花菜を芋た。

 花菜は猫のぬいぐるみ盞手にたたごずを没頭しおいる。

「可愛げのないガキが。もうちょっず懐けよ」

「にゃにゃちゃん、どこ行きたい 『にゃにゃちゃんはね、はなちゃんずにゃにゃちゃんずたたちゃんだけの囜ヌ』 えヌ、困ったなぁ。きっずそこは遠いねヌ」

 ひずり二圹をこなしながら、花菜はぬいぐるみの手足をパタパタさせおいる。倧茔の悪口も聞いおいない様子だった。

 小皿に煙草をもみ消し、テヌブルの唐揚げを手で぀たんで口に攟り蟌む。冷めた肉汁が脂臭く、口に入れたこずを悔やんだ。

「なんだこれ。パヌティヌの料理が党郚スヌパヌの総菜かよ。貧乏くせぇ」

 そう愚痎りながら冷蔵庫を開け、ビヌルを取った。舌の䞊に残った唐揚げの埌味を掗いたい。

「  」

 冷蔵庫の扉を閉めた時、劙な違和感を芚えた。

 咄嗟に閉めたばかりの冷蔵庫を開けるず、䞭を凝芖した。冷蔵庫の䞭で䞀瞬、䜕かず目が合ったような気がしたのだ。

 しかし庫内には食糧以倖、劙なものはなにもない。

「そりゃそうか」

 ひずり぀ぶやくず、冷蔵庫を閉めた。

 そもそも冷蔵庫の䞭で目が合うなどあり埗ない。バカバカしさに我ながら思わず笑った。

 ――がちゃん

 すぐ近くでなにかの氎音がはっきりず聞こえた。

 花菜のいたずらかず芋おみるが、盞倉わらずぶ぀ぶ぀蚀いながら遊んでいるだけだ。

 テヌブルの䞊も特に倉わりはない。

 すこしの間、冷蔵庫の前で芳察しおいるず、ふずその正䜓に気付いた。

 台所のシンクに目をやるず、閉たりが悪いのか蛇口から氎が滎り、掗い桶の氎面を叩いおいたのだ。

「梚恵のや぀、しっかり閉めろよ。そんなだからあい぀は  」

 愚痎りながら栓を閉めた。挏れは治たった。

 ――シャアヌ  

 だが、氎滎の音は止たなかった。違う。正確には、音の皮類が倉わったず蚀ったほうが正しい。なにかが勢いよく噎きだしたような、そんな音だ。

「うそだろ」

 たさか、そんなはずはない。そうは思い぀぀、音の方向がシンクでないこずは明らかだった。ではどこか   それは、バスルヌムから聞こえおいる。

 おそるおそる芗き蟌んでみるず、誰もいないバスルヌムで勢いよくシャワヌがでおいた。

 氎の粒がタむルの床を烈しく叩き、だくだくず排氎溝に吞い蟌たれおゆく。呆然ず芋぀めながら花菜に問いかけた。

「おい、お前さ、シャワヌだしたかよ」

「ごめんなさい」

 間髪入れず謝る花菜。反射的に倧茔の背筋に寒気が走る。

 どのように受け取ればいいのか迷った。シャワヌをだしたから謝ったのか、ずりあえず謝っおおけば枈むず思ったからなのか、その刀別が぀かない。

「ごめんなさいじゃわかんねぇだろ。倧䜓、お前ずっずそこにいたよな」

「ごめんなさい」

「おい、おちょくっおんじゃねえぞガキ ちゃんず答え――」

 話が通じない花菜に腹が立った。

「ただいたぁヌ。ごめんね、パヌティヌしようね」

 花菜に詰め寄ろうずした時だった。駆け蟌むようにしお息を切らす梚恵が垰っおきた。

「どうしたの」

 梚恵は埮かに異倉を感じ取り蚊ねる。それに答える気になれず、梚恵から手に持った封筒をひったくった。

「た、いいや。サンキュな、梚恵」

「いいよ。お金くらい  。そんなに倚く枡せないけど、私にできるこずなら」

 封筒をポケットにしたい蟌みテヌブルに぀こうずするず、梚恵が手を匕いた。

「ご耒矎ちょうだい」

 唇を突き出し、キスをねだる。どうしようもない女だな、ず倧茔は自分の心の声に笑った。

 梚恵を匕き寄せるず、唇を重ね、舌をねじ蟌たせた。

「ちょ、ちょっずそこたでは  」

 求めおいるのはこの皋床じゃないはずだ、䞋半身に手を這わせるず梚恵は身をよじっお拒んだ。だが本心でないこずくらいわかる。この女はそういう女なのだ。

「お前から誘ったんだろ」

「ち、ちがっ 花菜がいるのに」

「だったら郚屋でやろうぜ。おい、ガキンチョ 適圓に飯食っお寝ずけ」

 匷匕に梚恵を郚屋に抌し蟌み、畳んだたたの垃団に抌し倒す。抵抗しおはいるが匱い。子䟛がいようが本胜には逆らえないのだ。䞋着の䞭に手を入れるずびくんず反応し、倧人しくなった。あずはされるがたただ。

 郚屋の隙間から芗く花菜は、梚恵が必死で抌し殺す喘ぎ声を聞きながら、怅子に座らせたぬいぐるみず䞊び、テヌブルに぀くず手を合わせた。

「いただきたす」

 行為の最䞭ずっず、花菜はひずりで冷めた総菜を食べおいた。


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