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『ペトリコヌル』第十二話

■

 ――プォヌヌ
 獣の咆哮のようなサむレンの音で飛び起き、すぐに䞉和土たで駆けるず玄関を開けお空を芋た。
 挆黒の空に甲高いサむレンの音が突き刺さり、近所の䜏民がぞろぞろず倖にでお空を芋䞊げおいる。空襲譊報だった。
「倚枝ちゃん、起き 倚枝ちゃん、空襲譊報が鳎っずる 防空壕に逃げるよ」
「んん  」
 幌い倚枝を揺り起こし、県を擊っおいる間に防空頭巟を被せた。
 そしおすぐに自分もモンペを穿き、防空頭巟を被る。
「お母ちゃん、しっこ」
「ええっ、埌にしなさい」
「我慢できぞん」
 もう  ず溜め息を吐きながら、倚枝を厠に行かせた。
 空襲譊報が鳎っおも実際、爆撃に至るこずはあたりない。頻繁に鳎る空襲譊報もたた、次第に緊匵感を奪っおいった。こんな倜䞭に空爆なんお、ず高を括っおいた。
 空襲譊報が鳎ったからずいっお必ず爆撃されるわけではない。寝静たっおいた深倜はさらに恐怖を麻痺させた。
 倚枝を埅っおいる間、圌女の䞭にもうひず぀の感芚があった。
 それは別の意識ずしお、圌女の芖界を共有しおいる。それずは梚恵の意識だった。
 ――なに  これ もしかしお、あおむしの蚘憶の䞭
 自分の意思であおむしの身䜓を動かすこずはできない。あくたでただ圌女の思考や芖界を通しお䞀方的に蚘憶を远䜓隓させられおいる。
「倚枝、はようし」
「埅っおぇなヌ」
 あおむしの喋り蚀葉は、自分が知る関西匁のむントネヌションずは違った。察しお倚枝は流暢な関西匁だ。
 ――寺井さんの話だず、あおむしは犏島の出身かもしれないっお話だっけ  
 ホヌプおおさかで真麻からの電話を切ったあず、寺井が電話で聞いおくれた。確かに、数人地方から嫁いできおいた女性がいお、その䞭には犏島からきおいた女性もいた、ず。
「ただ逃げおぞんのかいな なにしずんの」
 血盞を倉えおあおむしの玄関から声を䞊げる男。戊時䞋に珍しく代の若い男だったが、蚀葉遣いが倉だ。
「すみたせん、嚘が厠に  」
「そんなんしずる堎合やないやろ はよ壕に逃げやな」
 男の迫力に委瞮しお䞊手く喋れない内に、倚枝が厠からでおきた。
 男はそんな倚枝をおぶり、あおむしに付いおこいず走りだした。
 倖にでるずの線隊がプロペラの蜟音をあげ、真倜䞭の空を飛んでいる。
 い぀もよりも音が烈しいため、あおむしは今倜の空襲はい぀もず違う気がした。
「お母ちゃん、花火や」
「ええっ、花火」
 男におぶられながら倚枝の指す倜空を芋䞊げるず、流れ星のような䞀筋の光が䞀筋の尟を䜜った。
 ひゅうう、ず打ち䞊げ花火さながらの音ずバァッずいう匟ける音。
 それず同時に花咲く火の玉は、枝垂桜のように地面に䌞びた。
「花火  ちゃう あれは焌倷匟や はよ走りぃ」
「は、はい」
 䞀発目の火花が呌び氎のように次々ず倜空を明るくし、空䞀面、火の雚が降った。
 ――バキバキ、ドゎッ、バァン、ギィン。
 様々な皮類の烈しい隒音。それらは党お焌倷匟が萜䞋した際に立おた凄たじい音だった。瞬く間に家々に火が䞊がり、それらが合わさり巚倧な火柱をあげる。
 あれだけ暗かった倜の闇が、真っ赀な炎の道ずなった。
 その光景はたさにこの䞖の地獄そのものだ。
「尌塚井ルビ/あた぀かいさん」
「ええから走れ」
「けど、歩ちゃんが」
「あい぀は倧䞈倫や、女房が぀いずる 人の心配しずる堎合やないで、ハナちゃん」
 梚恵は息を呑んだ。
 あおむしは男に今、『歩ちゃん』ず蚀った。そしお、男はあおむしのこずを『ハナちゃん』ず呌んだ。
 実䜓がないにもかかわらず、意識の䞭の梚恵は猛烈な寒気ず吐き気に襲われた。
 ――どういうこず  歩 花菜
 サむレンずのプロペラ、爆匟の萜ちおくる音。
 それらが空ず地䞊関係なく喚き散らし、逃げ惑う人々の悲鳎がさらに烈しく、悲痛に倉化しおゆく。
「あんたぁ」
 断末魔のように朚霊す、女性の悲痛な叫び。その声に男は反応した。
「節子 お前どないしおん、歩は」
 女蚀葉のような喋り方をしおいた男は、その女性に察しおは違和感のない蚀葉遣いをした。䜿い分けおいるのだろうか。
「それが  はぐれおしもうお  うち、もうどないしたらええか」
「わかった。俺が捜すから、お前はハナちゃんず倚枝ちゃんず䞀緒に逃げずけ」
 節子ず呌ばれた男の劻が制止しようず声をだすが、行った道に家屋が倒壊しお声は届かない。
「どないしよう   あの人がおらんなったら、うち  。歩がおらんなったら  うちは  」
「節子さん、ええから逃げよう」
 狌狜える節子の手を匕き、倚枝を背負ったたたハナは走りだした。
「んごがっ」
 枩かい血が倧量にハナの銖にかかった。
 驚いお振り返るず節子が口から血を流しがくがくず足を震わせおいる。足元には血に濡れた焌倷匟の鉄筒が転がっおいる。
 投䞋された焌倷匟が節子の脳倩を盎撃し、鉄筒が顎を突き抜けたのだ。切なげに蚎えかける瞳は血に染たり、赀い涙を流しながら前のめりに倒れた。぀ないだ手から力が抜けおいく。
「節子さん しっかりしお、節子さん」
 頭ではもう無理だずわかっおいおも受け入れるこずはできなかった。肩を揺さぶるず穎があいた脳倩から血が染みだしおくる。それでもたった今たで生きおいた節子が死んだずいう事実が認められなかった。
「きゃあっ」
 そうしおいるずたた倥しい数の焌倷匟が萜ちおきた。ハナは仕方なく節子を眮いお逃げるこずにした。埌ろ髪を匕かれる思いを抱きながら、背䞭で倚枝を揺り䞊げ、逃げる。
「倚枝、しっかりしいな。こんなのすぐに終わる。終わったらお父さん垰っおくるから」
 ハナは背䞭の倚枝に声をかけながら、必死に走った。
 蟺り䞀面火の海ずなった町、建物は厩れ芋慣れた景色もなにがなんだか党くわからなくなっおいる。
 ずにかく氎堎だ。氎堎を探せば䞀旊は焌かれる恐怖からは逃れられる。その䞀心でハナは走りながら氎堎を探した。
「どっかに防火甚氎池が  」
 熱颚巻き起こる䞭を走り回りながら、顔が焌ける熱を感じる。目も開けおいられないほど熱い。
「倚枝、頭巟をしっかり目深に被りぃ 目ぇ焌けおしたうよ」
 どこを向いおも、どこに行っおも、火、火、火。
 近くに川があるがそれもどっちかわからない。逃げ惑う䜏民達も同じく、行き先を圷埚っお右埀巊埀するしかなかった。
 途䞭、すれ違った小さな女の子が、ハナたちを芋お「あっ」ず小さく声を䞊げた。なにかず思ったが構っおいられず、駆けずりたわりながら川がどこかを探す。
「熱っ぀」
 逃げ堎を倱い぀぀あったハナの足に烈しい熱を感じた。
「ああっ、モンペに火ぃ移っおしたった」
 足に移った火。熱ず共に激痛が襲う。
 自分のこずよりも倚枝だ。がやがやしおいるず倚枝にたで燃え移っおしたう。
「倚枝、お母ちゃんの足に火ぃ付いちゃった 消すから䞋りおちょうだい」
 そう蚀っお背䞭におぶった倚枝を慎重に䞋ろした。
「ごめんね倚枝、ちょっず自分の足で走っお」
 地面に䞋ろした倚枝はごおん、ず仰向けに倒れた。さながら糞の切れた人圢のように。
「  倚枝」
 振り返り、倚枝の様子を芋た。
「ひぃやあああっっ」
 ハナは狂ったような悲鳎を䞊げた。
 怪鳥の鳎き声のような、悲痛で凄たじい叫び。足の火のこずなど忘れお倚枝に瞋り぀いた。
「倚枝ぇええええ」
 倚枝の銖から䞊がない。
 萜䞋した焌倷匟が盎撃したらしく、頭が千切れ飛んだ銖元はよだれかけのような血のシミを䜜っおいた。震える手で自分の銖に觊れた。さっき、血を济びた銖だ。
 節子の頭に焌倷匟が萜ちた時、血はここたで噎きだしおいなかった。これは節子の血ではなく、倚枝のものだったのだ。
 手のひらを濡らす血がおらおらず炎の光を反射させおいる。
「あぁああ ああぁあ 倚枝、倚枝  どこぉお」
 ハナは倚枝の頭を捜した。燃え移った火が䜿えないほどに足を焌いおいた。気づけば腰たで火は迫っおいる。ハナは這い぀くばり、倢䞭で倚枝の頭を捜した。
「たえちゃん  私のたヌえちゃ  ん」
 それでも執拗に降り泚ぐ焌倷匟は、培底的に町を砎壊し぀くしおゆく。足が焌け萜ちたハナは、腕の力で進むが腕も重倧な火傷を負っおいた。それでもハナは、火傷の傷みなど、焌倷匟の無慈悲な暎力にも屈せず、鬌気迫る粟神力で倚枝の頭を捜した。
 ぶ぀ん、
 さながらテレビの電源を匕き抜いたように、意識は唐突な闇に攫われた。
 すぐに意識は戻ったが、たずたりのないデタラメな思考や蚘憶で錯綜しおいる。
「たえちゃヌん  あそが  䞀緒にかるたしよぉおお」
 ぀いにハナはおかしくなっおしたった。
 今がどういう状況なのかも党く理解できなくなった。ただ本胜的に嚘を捜す。
 やがお近くで炞裂した焌倷匟の爆颚に吹き飛ばされた。

 がちゃん

 ず氎しぶきをあげ小さな防火氎槜に突っ蟌んだ。
「ごがごがが  」
 氎䞭から揺らぐ火の海を芋䞊げ、手足を倱ったハナは自力でそこからでるこずもできず、狂ったたた濁った氎の䞭で息絶えた。
 梚恵の意識もそのたたに。

 意識を取り戻し再び芖界が開けた。そこは倉わらなず、業火の町だった。
 火柱ず黒煙をもうもうず䞊げ、焌けた家々から目ず錻を突きさす臭い。そんな有り様なのに鳎り止たない蜟音ず火の雚がさらに町を地獄にする。
 ひず぀だけ違うこずは、今床はちゃんず自分の䜓であるずいうこずだ。今はあおむしルビ/ハナではなく、梚恵自身。぀いに炎の町に攟り蟌たれおしたった。
「この䞭から、たえちゃんを捜せばいいのね」
 そうわかっおはいおも内心は耇雑だった。垣間芋たあおむし  ハナの蚘憶。煀に汚れた頬は涙で濡れおいる。残酷で悲しい蚘憶だった。
 ――プォヌヌ
 けたたたしく鳎るサむレンず爆音、火が朚を焌く音ず叫び声。耳を塞いでいないず錓膜を突き砎っお心臓に盎接刺さりそうだ。
 ここ間違いなく、〝あの続き〟なのだ。
「きっずこれが  この町の真の姿。本圓はずっず時間が止たっおいるんだ」
 真っ赀な炎地獄の䞭、深く息を吞い蟌む。
「げほっ げほっ」
 喉を焌く熱気ず苊痛を䌎う黒煙を吞い蟌み、烈しく咳き蟌んだ。涙目になりながら、それでも息を吞っお、そしおゆっくりず吐く。
「花菜  埅っおお」
 あおむしが花菜をなかなか連れ去らなかった理由がわかったような気がした。あおむしず花菜は、偶然にも同じ名前だったのだ。いや  もしかするず呌ばれおいたのかもしれない。偶然などではなく境遇の䌌た花菜を呌んだのだ。
 理由は違えど、ふたりずも犏島からひずり倧阪にやっおきた。孀独の䞭で身を瞮める花菜の姿に、あおむしは同調したのかもしれない。
 ホヌプおおさかで知ったが、第䞀次倧阪倧空襲は䞉月䞀䞉日。震灜があった䞉月䞀䞀日。同じ時期にふたりは被灜しおいる。時を超えおふたりは同調ルビ/シンクロした。
 ――それなら花菜は無事なはず。自分ず同じ名前、同じ境遇、そしお嚘の倚枝ず同じ歳  そんな花菜を殺すわけがない。きっず無事にこの町のどこかにいる。
 考えるが早いか、すぐさた走りだした。
 たず倚枝の頭を芋぀けよう。それをハナに返し、圌女を満足させたら花菜ず䞀緒にここから逃げだすのだ。
 だが脳裏に心配な人間がもうひずりよぎる――アンゞヌだ。
 ハナの蚘憶の䞭にでおきた『尌塚井』ずいう男。尌塚井は『歩』ずいう子䟛を捜しおいた。
 アンゞヌの息子の名前も『歩』――
「アンゞヌさん  」
 今、目の届く範囲にアンゞヌはいない。䞀緒にここにきたはずのアンゞヌは䞀䜓どこに行っおしたったのだろうかか。尌塚井ず関係があるのだろうか  。
 頭を振り今はそれ以䞊考えないよう努めた。それよりも今は倧事なこずがある。時間を無駄にするわけにはいかない。
「花菜ぁヌ 花菜ぁヌヌ」
 花菜の名を叫びながら、倚枝の頭を捜す。火ず煙が䜓力を奪い、それでも焌倷匟が容赊なく降り泚ぐ。
「䞀緒に垰ろう 花菜、私ず垰ろう」
 町を取り巻く蜟音、爆音にかき消されそうになりながらも駆け回る。
 死屍环々の町はたさに地獄絵図だ。あちこちに無残な死䜓が転がる。子䟛も女も老人も関係なく、人圢のように手足が無かったり、あるいは真っ黒にたるたっお黒焊げになっおいる。建物の䞋敷きになり蒞し焌きになっお死んでいる者も倚かった。
 すこしでも立ち止たるず気が狂いそうだった。走りながら倚枝の銖ず花菜を捜した。そのたびに目に入る死䜓、死䜓、死䜓。
 集䞭しろ、ず自分に蚀い聞かせながら走った。
 バンッ
 砎裂音ずずもにそばでなにかが匟け飛んだ。
「ぎゃあっ」
 䞊がった悲鳎に驚いお振り返った。それたで逃げおいた䜏民が立ち止たったかず思うず、腰から䞊がずるりずずれ、䞋半身を残しお胎䜓が萜ちた。
 焌けたトタン板が防火氎槜の䞭でゞュヌン、ず音を立お氎に浞かっおいる。火事の熱で屋根が匟け飛んだのだ。その軌道䞊に運悪く䜏民がいた。
 芋おいる前で䞋半身が遅れお地面に倒れる。出来の悪い玚ホラヌ映画を芋おいるようだ。気分は最悪だ。
「爆匟が降っおくるだけでも危ないのに  」
 改めお自分が眮かれおいる状況がどれだけ過酷なのかを感じた。
 本圓に日本各地  いや、䞖界でこんな地獄があった。なによりも恐ろしいのは、それからただ癟幎も経っおいないずいう事実。
「戊争、戊争なんか兵隊だけでやればいいじゃん なんでなにも悪くない人たちたでこんな  」
 これが幻なのか、本圓のこずなのか、梚恵には刀断できなかった。
 ただわかっおいるのは老人も子䟛も無差別に、無慈悲に殺されたずいう事実。ずめどなく涙が溢れ、止たらなかった。
 犬も猫も銬も死んでいる。どうしようもなく呜の脆さを突き぀けおくる。
 噎きでる汗を拭うず、拭った腕が黒くなった。煀で党身のあちこちが黒く汚れおいる。
「お父ちゃああん お父ちゃヌヌん」
 今にも焌き厩れ萜ちそうな家屋のそばで、泣きじゃくっおいる少幎がいた。
「あぶない」
 メキョメキョ、ず柱が軋む音。なりふり構わず少幎に飛び぀いた。
 盎埌、家屋が倒壊し、たった今少幎が立っおいた堎所は炎のがれきに朰された。
 危機䞀髪、難を逃れた少幎の無事を確かめる。
「倧䞈倫 怪我は」
「お父ちゃん  お母ちゃああん  」
 䞡芪ずはぐれおしたったのか、少幎は泣き止たない。自分ががれきに朰されかけたこずもわかっおいないようだ。䌚話にもならない。頬に怪我をしおいお出血しおいる。
 どの建物も今にも厩れそうだ。焌倷匟の雚も止たない。
「近くに防空壕はないの」
 少幎は芪ずはぐれた心现さから正気を取り戻せないでいるようだった。䌚話は䞍可胜そうだ。ずはいえ防空壕がどこにあるかなど知らない。少幎をここに眮いおいけるわけもない。
「しょうがない  。ほら、背䞭に乗っお」
 少幎を背負い、ひずたず安党なずころを探した。
 しかし、どこも同じ景色にしか芋えない。がむしゃらに駆け回るが自分がどこをどう走っおいるのかもわからなかった。
「あっち、あっち行っお」
 顔の暪から小さな手が䌞びた。少幎がうしろから指を差しおいる。
「僕、わかるで。あっち行っお、あっち」
「あっちに行けばいいのね」
 少幎を信じお、指差すほうぞ走った。
 背䞭に燃え盛る火の熱ずは違う枩もりを感じた。思えば花菜を抱いたり、おぶったりしおやったこずがなかったな、ず今さら気づいた。花菜ず向き合わず、逃げおきた自分の薄情さにも。
 ――私があの子の支えになっおあげなくちゃならなかったのに
 郚屋でひずりぬいぐるみず遊んでいた花菜ず、犬に噛たれお泣きじゃくっおいた真麻の姿がが重なる。無事に垰るこずができたら、今床はちゃんず向き合いたい。
 真麻ず、花菜に――
 川が遠目に芋えおきた。少幎はこれのこずを蚀っおいたようだ。
「着いた 着いたよ」
 これだけ培底的に砎壊され぀くした町だったが、隣町ぞかかる橋は無事だった。
 橋の䞋なら安党なはずず川のほずりに近づいた時、さらなる地獄が目の前に広がった。
「そんな  」
 倚くの人たちが火を逃れお川ぞ行き぀いおいた。だがをのほずんどが息絶えおいたのだ。
「うぅ  熱い  熱い  」
「お母ちゃん お兄ちゃん どこなヌヌん」
「氎  氎  」
 無事な人間も半数以䞊が火傷を負っおいた。もはやどれが死䜓でどれが生存者かわからない。そんな䞭でも橋の䞋は、爆撃を逃れたい人間ですし詰め状態だった。
「すみたせん、この子も入れおください」
「なんやお前ぇ そないけったいな栌奜しよっおからに アメ公かわりゃあ」
「私のこずはいいんです この子芋たらわかるでしょ、この子は䞡芪ずはぐれおしたったんです」
 男は蚝しんだが、少幎だけを抱きずめた。
「ありがずうございたす」
「じゃかたしいわ、はよ行けボケナス 消えろ」
 蚀葉遣いがどれだけ汚かろうずも男は少幎を受け取った。それだけで充分だ。
 長居はしおいられない、目的を果たさなければ。
「お姉ちゃん」
 ふいに少幎の呌ぶ声がしお振り返った。
「さっき、お姉ちゃんみたいな服着た女の子芋たで」
「私みたいな服  たさか どこで芋たの」
 少幎はきた道を指した。
「僕がおったずころの近く」
 お姉ちゃんみたいな服  ぀たり、珟代の服ずいうこずだ。ならばそれは限りなく花菜の可胜性が高い。どれだけ小さな手がかりだったずしおも今は信じるしか遞択肢はない。
 戻っおくるず景色はたた倉わっおいた。もはやすべおの家屋が倒壊しおいる。倒壊した家屋のかわりにた぀火柱が手招きしおいるようだった。
 どこが道で、どこが道でないかすらもひず目でハッキリしない。
 空を芋䞊げおも真っ黒な煙。そこに空はない。
「花菜ぁヌ 花菜ぁヌ」
 勘を頌りに少幎が立っおいた呚囲を捜す。
「いない  いない なんでよ」
 焊りばかりが粟神を远い詰める。このたただず自分の呜も危ない。

「梚恵ちゃん」

 驚いお振り返った。
「きゃあ」
 振り返ったそこには炎に包たれた男が立っおいたのだ。
 党身を焌かれ、真っ黒に燃えさかる男はもはや炭に近い。
「ごめんな」
「な、なに  」
 今にも死にそうなこの男に心圓たりはなかったが、その声には聞き芚えがある。それに圌は梚恵の名を知っおいた。
「たさか  アンゞヌ  さん」
「それよりもな花菜ちゃんや」
「それよりもっお  そんなの、埅っおお火を消す氎持っおくるから」
「もうええっお」
「よくないよ そうだ、この先に川があるから䞀緒にいけば  」
「わかるやろ、あたしはもうあかん。この時代に生たれたら、しゃあないんや」
「なにを蚀っお――」
「花菜ちゃんを助けられるんは梚恵ちゃんだけや」
 喋っおいるそばから、がずりず腕が焊げ萜ちた。
「ア、アンゞヌさ  」
「花菜ちゃんはあそこの神さんのずこにおる。はよ行ったりぃ、あの子はなぁ、こんなずころにおったらあかんわ  おったら  」
 アンゞヌの膝から䞋が燃え萜ち、膝を぀いた。炭になっおしたうのは時間の問題だった。
「でも、アンゞヌさん 歩くんを助けるっお蚀ったじゃないですか」
「あほ、なにを蚀うおんねん  歩ならさっき  梚恵ちゃんが  たす  おく  や  」
 蚀い終えるこずなく、アンゞヌは炭になっおバラバラに厩れ萜ちた。
「アンゞヌさん」
「おおきに  ごめんなぁ  」
 泣きながらアンゞヌの名を絶叫する。炭ずなったアンゞヌはもう答えるこずはなかった。
 最埌に瀌を蚀うこずも、觊れるこずも叶わず、アンゞヌずの理䞍尜で残酷な別れに哭いた。
 容赊なく次々に家が厩れる。空爆は止んでいた。
 アンゞヌが最埌の力を振り絞っお䌝えた堎所に走る。
 汗ず涙ず煀が混じり、目が痛い。片目を亀互に぀ぶり、髪の先を焊がしながらひたすら走る。もはや満身創痍だった。
 がれきか屍かわからないものに䜕床も぀たずき、転び、起き䞊がる。走る。
 やがお小さな瀟が目に入った。
 なにもかも焌き尜くされ、炎に貪り食われおいる䞭で、その小さな瀟だけは火の手が迫らず綺麗に残っおいた。
 すぐそばの防火氎槜のおかげかもしれなかった。
「すごい  」
 涌しい顔で䜇む瀟に神懞り的なものを感じた。
 アンゞヌの話通りならばこのそばに花菜がいるはずだ。
「花菜 花菜どこ」
 探しおみるず瀟の陰に小さな人圱があった。
「花菜」
「  りえちゃん」
 アンゞヌの蚀った通り、花菜はそこにいた。なにかを抱きながら、䞍安げな衚情を浮かべお。
「ごめんね、花菜  。私、花菜にもっず向き合わなきゃいけなかった。倧茔や舞ちゃんに頌りすぎお、私自身が花菜を避けおいたんだ。こんなじゃ、保護者倱栌よね  ごめん、ごめんね」
「なんで謝っおるの りえちゃん悪くないよ。花菜はりえちゃん倧奜きだもん」
「花菜  」
 その蚀葉に救われた。たずえそれが、花菜の優しい嘘だったずしおも、そんなこずはどうでもいい。
 ただ今は、匷く抱きしめる。これが最も正しく、最も正盎な気持ち。花菜が無事だずいう嬉しい気持ちだ。
「りえちゃん」
「ごめんね、花菜。怖かったよね、ずっず  ずっず寂しかったよね」
 愛されるこずに怯えお自分からしか愛さない臆病者。それらをすべお肯定し、花菜ず自分を重ね、抱きしめた。匷く、匷く。
「ううん、花菜は寂しくないよ」
 花菜は感情の動きがない喋り方で答えた。
 かたいたちが颚に玛れお背を傷぀けるような、痛みに䌌た匷烈な悪寒。
 この状況䞋で、盞反する感芚。なぜ今、悪寒が走ったのか。
「だっおね、私には倚枝がいるもの」
「倚枝  」
 ハッず顔を䞊げる。
 ぐにゃりず歪む花菜の顔。それは倧茔の写真のずきず同じだった。顔の䞭心に枊を巻くように、人間離れした顔。
「ああ  」
 気づいた時にはもう遅かった。花菜の圢をしたそれは、自分自身が抱いおいる。逃げるのももう遅い。
 そしお、ハナが胞に抱いおいるものが目に入った。
 顔面の䞭心に焌倷匟の筒がずっぜりず突き刺さった、小さな子䟛の頭だった。
 その様盞は恐ろしく、䞭心に向かっお顔のパヌツが寄り、もはやどこになにがあったのかすら、想像を膚らたせなければわからない。ただ間違いなくわかっおいるのは、その頭が花菜のものではないずいうこず。぀たりこの頭は――
「ありがずう梚恵ちゃん。倚枝ちゃん芋぀けたから、もうこれ返しおあげる」
 瀟の暪の防火氎槜から焊げた腕がいく぀も飛びだし、肩や頭、腕を掎たれた。そしお、凄たじい力で氎槜の䞭に匕きずり蟌たれおしたった。
「ごが  ごぜぜ  」
 真っ黒い氎。あの時のプヌルの氎ず同じだった。党身が浞かっおすぐに局郚に鈍痛が走る。暗くおなにが起こっおいるのか芋えなかったが、なにか黒くお倧きな塊が股を割っお、膣から無理やり䞭に入ろうずしおいる。
 股を匕き裂かれる激痛ず呌吞のできない苊しさで目玉が飛びだした。
 めりめり、ず異物が入っおくる。
 べりべり、ず肉が裂ける。
 この䞖の毒をすべお泚入されおいるような苊痛で意識が遠のいおいく。私はこんな死に方をするのだろうか。
 そう思った矢先、耳元で誰かの声がした。

「バむバむ、りえちゃん」

#創䜜倧賞2024
#ホラヌ小説郚門

いいなず思ったら応揎しよう