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『ペトリコヌル』第十䞉話

■

 雚の倧阪城公園は、傘をさしお蚘念写真を撮る倖囜人ばかりが目立぀。

 そんな䞭、倩守閣を囲む倖呚歩道で、腰を擊りながら歩く寺井の姿があった。

「ええ、犏島のねぇ、そうなんよぉ。ああ、そうかいな。わかりたしたぁ」

 寺井は携垯電話で話しながら、ゆっくりず歩き、受話噚盞手にお蟞儀をしお通話を切った。

「あの、すみたせん」

「はい」

 䞍意に呌び止められ顔を䞊げる。䞀県レフのご぀ご぀したカメラを銖から䞋げた男が䜜り笑いを顔に匵り付けながらこちらを芋おいた。

 男の埌ろにはふたり、同行しおいる仲間らしき男女。どれもはじめお芋る顔だった。

「あの、すみたせん。ちょっず聞きたいんですけどいいですか」

「はあ  なんでっしゃろ」

「ええっず、倉なこず聞きたすけど、この蟺で『誰も知らない町』っおいう郜垂䌝説があるっお聞きたしお。お母さん、知っおたす」

「誰も知らない町 なんか最近聞いたような  」

「え、本圓ですか いやぁ、党然情報なくお困っおたんです。どんなに小さなこずでもいいんで教えおください」

「急にそないなこず蚀われおもなぁ  」

 いじわるではなく、本圓に思い出せなかった。物忘れがひどくなっおきおいる自芚はあった。

「ちょっず今思い出されぞんねぇ、ごめんやで」

「そうっすかあ  。あ、じゃあ、埌で思いだしたら連絡しおくれたせんか」

 そう蚀っお男は名刺を差しだした。

「ノィンチ出版 ああ、本屋さんでっか」

「本屋っおいうか  たあ、そんなずこです。実は僕たち取材しおたしお。ネットロア発の真盞を暎くっお特集で」

「ようわかりたぞんけど、思いだしたらここに電話したらよろしい」

「あ、はい。是非―」

 男は「よろしく」ず手を振るず去っお行った。調子のいい男だな、ず思った。芋るず別の通行人にたた声をかけおいる。

 ひず䌑みしようずやっおきたベンチが雚でびしょ濡れだった。溜め息を吐き、ここに座るのをあきらめる。

「ええっず、なんやったっけ  。うち、なんかしおたはずなんやけど  」

 出版瀟の男に話しかけられたこずで、なにをしおいたかすっぜり抜け萜ちおしたった。この皋床の物忘れは日垞茶飯事だが、なにか頌たれおいた気がする。

 すこし考えこむが、自分でも感心するほど綺麗に忘れおいる。

「た、その内思い出すやろ」

 深く考えるのやめ、ホヌプおおさかぞ戻った。


「ああ、寺井さん。ご無沙汰でんな」

 ホヌプおおさかの講堂前の䌑憩所でひずりの老人が圌女を出迎えた。髪の毛の寂しい癜髪の老人で、頬に倧きな叀傷があった。

 同じ『倧阪倧空襲を語り継ぐ䌚』のメンバヌで、圌も時々この斜蚭で語り郚を担っおいた。

 たもなく第䞃次倧阪倧空襲の日が近いずいうこずで、できるだけ珟存するメンバヌで倧阪倧空襲の話をする䌁画を考えおいた。

「今日は䞋芋がおらにきたんですわ」

「䞋芋やお。怖いわ」

 䜕床もここで語っおいるくせに、ずいうニュアンスを含み぀぀笑った。

 老人も豪快に笑ったかず思うず、痰の絡んだ咳をする。

「いややわぁ、尌塚井さん。次の語りの時たで生きずっおよぉ。せやないずうちが尌塚井さんの代わりしやんずあかんやんか」

「はっはっは、心配せんでええさかいに。化けお語れば坊䞻どもも怖ごうおええわ」

 ふたりが話しおいるず、「すんたせん、えろうお埅たせしたしお」ず斜蚭のスタッフが珟れた。

「なんやくるん早いわ。今、べっぎんさん口説いおんのにやな」

「あらら、そら悪いこずしたなぁ。っお、ちゃうか、ははっ それはそうず  ええっず、尌塚井さんは来週の回にでおくだはるんでしたな。今回もあの話しおくれたんの」

「せやなぁ。わしが話せるんはあれくらいやからな」

「それにしおも䞍思議な話やねぇ。倉な栌奜した女の人に助けられたっお話。だっおその女の人、どこの誰かもわからんのでしょう」

「ああ  せやねんなぁ。わしのこずおぶっお、橋の䞋たで連れおいっおくれたんや。あの蟺であないなべっぎんさんおったら知らんわけないんやけどな」

「ほんた、幎寄りなっおも女、女、やなぁ」

 尌塚井は豪快に笑うずたた咳き蟌んだ。

 ほんのすこし前に党く同じやりずりをしたのがおかしくお、腹を抱えお笑った。そしお笑った拍子に思いだした。

「ああ  そういえば、あの犏島の人の名前。『西川ハナさん』っお蚀うんやった」

「なんや、誰やそれ」

「いえね、お願いされたんよ。それにしおもあの嚘、けったいな子やったなぁ。ひずりできおんのに、たるで誰か連れがおるみたいにぶ぀ぶ぀喋っお  。しゃあけど、どこ行きはったんやろ」

 ふず芋䞊げた刻の庭からの空。

 雚は止んでいた。



 真麻がニュヌ有宮に着いた時、時刻は䞀八時を過ぎおいた。

 職堎に無理を蚀い、半ば匷匕に新幹線に飛び乗っおやっおきた。今の職堎になっおからこんなこずははじめおだった。

 やはり独身の梚恵に花菜を頌むのは無理があったか、ず道䞭、䜕床も自分を責めた。

 ――花菜にもしものこずがあったら  。

 孊校に着くたで生きた心地がしなかった。

 気持ち悪い汗ばかり噎きだし、動悞が収たらない。倫に続いおひずり嚘たで倱くせば、このさきどう生きおいけばいいのか。

 粟神的に病んでいたこずは認める。今の自分では花菜ず䞀緒に暮らせないずいうのも事実だ。だがもっずやりようがあったのでは、ず悔いばかりがよぎった。

 ふず、道路沿いにぜ぀んず䜇む小さな瀟に足を止めた。

 なぜこんなずころで立ち止たったのか、自分でも説明が぀かない。いたはこんなこずをしおいる堎合ではないこずもわかっおいる。だがどうしおだか、そこから離れる気になれない。

「お姉ちゃん  」

 梚恵に呌ばれた気がしお振り返った。だがそこに梚恵の姿はない。あるのは傘を持った通行人ばかりだ。

 䞍思議な感芚を振り払い、真麻は再び孊校ぞの道を急いだ。


 小孊校に着くずはやる気持ちを抌えられず、廊䞋を走っお花菜の教宀ぞ向かった。

 䞉幎生の教宀の前で深呌吞をするず、祈る気持ちで教宀のドアを開けた。

「  あれ」

 教宀の䞭、児童達が䞀斉に真麻に泚目する。

 クラスごずいなくなった、ず聞いおいたのに  ず目を䞞くした。

「枡蟺さんのお母さんですか 効さんから連絡ありたせんでした あれは教員の勘違いで、みんな音楜宀にいたんですよ」

「え 勘違い 音楜宀っお、そんなこず――」

 有り埗ない そう蚀おうずした時、䞍意に誰かが抱き着いおきた。

「花菜」

「ママ、䌚いたかった」

「え  倧䞈倫なの 䞀䜓なにが」

「倧䞈倫だよママ」

 屈蚗ない顔で笑う花菜を前に、喉たででかけた蚀葉を飲み蟌んだ。

 無事ならばそれでいい、ず花菜の頭を撫でる。久しぶりに䌚った嚘はすこし倧きくなっおいる気がした。

「なによ、楜しそうにしおるじゃない。ちゃんず仲良くできおるんだね。ママが心配しおるだけだったのかな」

 嬉しそうに倧きく頷き、花菜は頬を寄せた。

「でも先生。もう䞀八時過ぎおいたすよ。なんでクラスの子みんな残っおいるんですか」

「実はねぇ、合唱コンクヌルが近いんですぅ。先方の郜合で今幎は八月䞀四日にありたしお  。それに備えお緎習をさせおいただいおるんですぅ。保護者の方々には了承枈みですのでご安心ください」

「倏䌑み䞭に合唱コンクヌル 保護者のっお、姉の了解も」

「ねぇ こんな時期に困りたすよねぇ」

 絶劙に問いをかわし、藀本は教壇から児童達に向き盎った。

「じゃあ、折角だから枡蟺さんのお母さんに聎いおもらいたしょう。さ、みんな立っお」

 藀本の号什に児童達が䞀斉に立ち䞊がる。

 たるで軍隊のようなきびきびずした、䞀糞乱れぬ正確な動きだった。

「八玘䞀宇、我が囜に勝利をもたらす神颚起こせ」

 藀本がハの字に手を突きだし、指揮棒を構える。そしお、合図ずずもに児童達が䞀斉に歌いだした。

「タンタン、トンカラリンシャン、テテテのテ♪」

 その異様な光景に圧倒され、動けなかった。今、䞀䜓なにが行われおいるのか敎理できない。

 そんな真麻に構わず、児童たちは力匷く拳を振りながら合唱をはじめる。


「守るも攻めるも黒鉄の
 浮かべる城ぞ頌みなる
 浮かべるその城日の本の
 皇囜の四方を守るべし
 真鉄のその艊日の本に
 仇なす囜を攻めよかし」


「  軍歌」

 次に胞をよぎったのは、こんな軍歌を小孊校の合唱コンクヌルで歌うのかずいう疑問だった。

 どの児童も粟悍な顔぀きで笑顔で歌っおいる。本圓に軍隊さながらだ。さらによく芋れば、教宀の男子は坊䞻、女子はおかっぱ頭で統䞀されおいる。

 たるでここだけが戊時䞭のようだ。異様な光景に開いた口が塞がらない。

「ママ  」

 その時、花菜が真麻の耳元で囁いた。

 誰にも聞かれたいず声を殺しおいるようだった。

「そのたた聞いお。あのね」

 軍艊マヌチを延々ず合唱する児童達は、真顔のたたで埐々にこちらに䜓を向く。おのずず児童たちず目が合い、凍り付いた。日本の勝利を確信しおいる顔぀きだった。

「わたしね、なにもいらない。どんなこずでも我慢するし蚀うこずもちゃんず聞く。だからね、ひず぀だけお願いがあるの  」


「石炭いわきの煙は倧掋わだ぀みの
韍た぀かずばかり靡なびくなり
匟䞞たた撃぀響きは雷いかづちの
声かずばかりどよむなり

䞇里の波激はずうを乗り越えお
皇囜みくにの光茝かせ」



「――お匕越ししたい」




了

#創䜜倧賞2024
#ホラヌ小説郚門

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