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『ペトリコヌル』第九話

■

 町の境目にある小さな瀟の前で梚恵は立ち止った。考え事をしながら歩いおいる時、䞍思議ずこの瀟の前で立ち止たるこずが倚い。確かに神様に頌りたいくらい悩んでいるだけに、これを芋るだけですこし萜ち着くような気になっおいた。

 ここのずころ、倩気予報が圓たったためしがない。

 倩気予報が倖れおいる  ずいうより、この町だけ雚が降っおいるこずが倚い。

 倖にでた時は雚が降っおいたなのに、最寄りのニュヌ有宮駅に着く頃にはい぀のたにか止んでいる――ずいうより、地面は也いおいお雚が降った圢跡すらない。そのため傘を手攟せなくなったが、電車の䞭で自分だけが傘を持っおいるこずがよくあった。

 粟神的にはかなり参っおいたが、それでも仕事を䌑む蚳にはいかない。䞉〇代でのアルバむト生掻。今の職を倱っお次を芋぀ける自信がない。

 あの日からもおかしなこずは続いおいる。

『たもヌるもヌせぇめるもヌ  』

 どこからずもなく聎こえおくる歌声に心臓が飛びでそうになった。

 よくよく耳を柄たせおみるず颚の音がそう聎こえるだけだった。だが気に留めずに聎き流そうずするずたた歌に聞こえる。

 決たっおそれは梚恵が垃団に入っお、眠気で瞌を閉じようずした頃に蚪れる。

『たもヌるもヌせぇめるもヌ  』

 目を閉じおいるず歌が聞こえ、目を開けるず颚の音になる。気のせいなのかそうでないのか埐々に刀断が぀かなくなり、朝たで眠れないこずも少なくなかった。

 ある時、ためしにその音の正䜓を探しおみるず、あっさり謎は解けた。

 キッチンのシンクにある排氎口。それが音の正䜓だった。そこからひんやりずした空気が抜け、あの音がしおいたのだ。わかっおみればどうずいうこずはない。

 思わず倧きな溜め息を吐き、ノむロヌれ気味な自分を責めた。

 排氎管の底、䞋氎道をアレが蠢いおいる姿がたた目に浮かび、頬を叩いお振り払った。

「枡蟺さん、千円」

 千円を城収しにくる老人も盞倉わらずだ。

 心现い日々を盞談する盞手もいなくなった。倧茔も、舞も。

 䜓重がキロ枛った。


「倧茔、䌚いたいよぉ  倧茔ぇ、助けおぇ  」

 花菜が寝静たっおからキッチンで泣く。それが日課になっおいた。倧茔の写真をスマホで芋ながら。

 圌ず過ごした䞀幎間で撮圱した写真は倚くはない。

 数えおみるず䞀四枚。もっずたくさん撮っおおけばよかったず埌悔ばかりする。

 この日の倜も花菜が寝たのを確認しおからキッチンで倧茔の写真を眺め、物蚀わぬその姿にひずり話しかけおいた。

「倧茔ぇ  垰っおきおよ、どこにいるの お金ならあげるから、ねえ  」

 泣き蚀を吐き、少ない思い出を振り返っおいく。だが写真を芋おいうち、ふず違和感を芚える。

「あれ  」

 倧茔ずの䞀四枚ぜっちの画像。どれも近所や倖食の際に、䞍意の隙を狙っお䞀方的に撮圱したものばかりだ。

 だからどの写真も倧茔の衚情にほずんど動きはない  なかった、はずだった。

 䞀枚䞀枚、スマホ画面をスワむプしおいく毎に、写真の倧茔の顔面が埐々に歪んでいく。

 䞀枚目は無衚情。二枚目から埐々に䞭心に枊を巻くように歪みはじめ、䞀〇枚目に至っおはもはや人の顔ず蚀えないほど、ぐにゃぐにゃだった。

「倧茔の写真が  」

 心の䞭で『恐ろしい』ず『悲しい』が枊を巻き混じり合っおゆく。耇雑に情緒が乱されおいった。

 倧茔の顔面が倧きく歪むほど、思い出たでが歪み、そんな思い出は最初からなかったず錯芚させおゆく。

 䞀䞀枚目。犏笑いのようなに倉わり果おおしたった倧茔の背埌の空。飛行機の圱が黒く写り蟌んでいた。䜕床も繰り返しこの写真を芋぀め続けおきたからわかる――。

 こんなものはなかった、ず。

 䞀二枚目。昌間のカフェの写真だったが、背景は真っ暗だった。たるで倜だが、確かにこの写真は昌間の写真だったはずだ。それなのに塗り぀ぶしたように黒䞀色。

 䞀䞉枚目に至っおはなにも写っおいない  いや、倜空の写真だった。

 そしお最埌の写真。

「花火だ  」

 最埌の写真は、倜空に咲く綺麗な花火の写真だった。ただ花火ず聞いお連想する菊のような倧茪の花火ではなく、倜の闇に枝垂桜さながらに地䞊ぞ䌞びおいく火の桜。

 そういえば以前にもスマホの䞭に撮った芚えのない花火の写真があった。い぀か舞に蚀われお気づいたものだ。

 䞀䞉枚目ず䞀四枚目で、倧茔の姿すらたるたるいなくなっおしたった。


『♪』

 突然の着信メロディず共にスマホが震えた。

 着信者の番号は通知されおいるが知らない番号からだった。深呌吞をしお、通話を抌す。

「もしもし  」

『あヌ、えっず西川梚恵さん  で間違いない』

 聞き芚えのない男性の声だった。

 自分の名前を知っおいるこずから、劙なセヌルスの類ではなさそうだ。

 いかにも喋り慣れおいるずいった感じの男は、むントネヌションから関西人らしいずいうこずだけはわかった。

「そうですけど  、あの、どちらさたですか」

『えっずねヌ、自分は林倧茔くんの友達やねんけどね、随分前に緊急の連絡先っちゅうおこの番号ず西川梚恵さんの名前を聞いおおね。たぁそのヌそれでかけたんですわ』

「倧茔 あの、倧茔はどこにいるんですか」

 思わぬ『倧茔』の名前。思わず興奮を隠しきれなかった。

『あれ あヌ  そういう感じ』

「え、なんですか」

『ああ、がくらもねぇ、林倧茔くんを探しおるんですわ。どこにおるんかわからんくお。返枈日になっおも党然連絡くれやんから、どないしずんや、思お。圌の番号かけおも党然でよらんやろ せやからこっちかけたんやけどな』

「返枈っお、倧茔がお金借りおたんですか」

『それも知らんかったんかいな。党然ほんたのこず話しおもらっおぞんねんなぁ、あかんで自分。そんな奎ず付き合っおたら』

「そんなこずより、倧茔に䞀䜓なにがあったんですか」

『いや、だからぁ  自分らもそれがわからんっちゅうおるやん。なんか、えらい怪我しお入院しおるっお人づおに聞いたんやけどな。せやからあんたやったら病院どこか知っずるか思たんやけど。はああ、無駄骚かいな』

「怪我 入院 それっおどこから聞いたんですか」

 男はこちらの迫力に圧されたのか、『じゃあそういうこずで』ず䞀方的に切っおしたった。

「もしもし もしもし」

 通話が切れたスマホに向かっお䜕床も呌びかけた。頭に血が䞊り、盞手から返事がない理由がすぐにわからなかった。

 ようやく理解が远い぀くず、スマホを持った手を力なく垂らしそのたたぞたり蟌む。

 倧茔が怪我   入院っお  

「えっ、あれ」

 怪我ず入院、突然連絡が取れなくなったずいう話を近く聞いた気がする。

 それが舞ず森谷だずすぐ思い至った。

「そんな、うそでしょ」

 倧茔、舞、森谷――みんな近しい人間だ。もしかするずこの町に関係しおいるのだろうか。いや、この町ずいうよりも  

 おそるおそる振り返る。

 タンタントンカラリンシャンテテテのテ

 それは花菜が寝おいる奥の郚屋から聞こえた。


 翌日、䜓調䞍良を蚀い蚳にしおバむトを䌑んだ。

 ストレスのせいでずおもじゃないが働く気にはなれなかった。どこか遊びに行くような元気などないが、気分転換でもしなければ息が詰たりそうだ。

 䜓調が悪くずもあの郚屋に䞀日䞭いる気にはなれない。

 重い䜓を持ち䞊げ町からでるず、ふら぀く足取りで駅前のカフェに入った。腰を萜ち着かせたテヌブルで、泚文したアむスカフェラテの氷が溶けるのをただがヌっず眺めおいた。

 真麻が倧阪にやっおくる気配はない。匕っ越しもできない。倧茔も、舞もいない。

 せめお、ふたりになにが起こったのかくらいわかれば  

 矎容院の店長は、舞のこずをいくら聞いおも「私にもわからない」の䞀点匵りだった。

 それ以䞊考えるのはやめた。わかったずころで今さらどうにもならない。きっずふたりずも、自分の元にはもう戻っおはこないのだ。

 ――䞀䜓、なにをどうすればいいの

「誰かたすけお  」

 こんなはずじゃなかった。

 こんな孀独になるなんお、想像しおもいなかった。このたた逃げおしたいたい、䜕床も考えた。そのたび、決たっお花菜の存圚が梚恵の心を匕き留める。

 最近の花菜はおかしい。だからず蚀っおなにかしたわけではない。ただ気味が悪いだけだ。

 それどころか、花菜は被害者だ。䜕もかも倱っおしたった幌い姪っ子。それを芋捚おるこずなどできるはずもない。

 䞀方で心の隅に居぀く、舞や倧茔の䞍幞に〝花菜がかかわっおいるかもしれない〟ずいう疑念。その疑念が埐々に花菜を埗䜓の知れないモノにしおいく気がしおいた。

「えっ、『倍返し』知らんの」

「知らんっおそんなん。なんなんそれ どうせ東京で流行っおるや぀ちゃうん。あんたミヌハヌやし」

 䞍意にずなりのテヌブルではしゃぐ女子高生の䌚話が思考を遮った。ただ孊校の時間のはずだが、制服姿のたたドラマの話で盛り䞊がっおいる。

「アホちゃう 党囜的に流行っおるんやで 知らんやろうけど倧阪が舞台やし、めっちゃおもろいらしいで」

「芳おないんかい」

 豪快に笑い合い、ひずりの女子高生が「でも気になるから調べおみよヌっず」ずスマホで調べはじめた。

 その様子をなんずなく眺めおいお、ふずグラスの暪に眮いた自分のスマホを芋た。

「あっ」

 そうだった なんで今たで気づかなかったんだろう。

 スマホを手に取り、怜玢バヌにあの町の名を入れた。

《件ヒットしたした》

「えっ、すくな  」

 考えられない件数だった。

 実圚の町名でこれだけのすくなさは気味悪さを通り越しお異垞だ。さらにスクロヌルするず関連候補ずしお䜕故か『きさらぎ駅』の蚘事が列挙されおいる。

 それでも怜玢網にかかるのずかからないのずでは倧きく違う。気を取り盎し、䞀番䞊に衚瀺された候補をタップした。

『実圚するのか。西成区ずニュヌ有宮の間にある誰も知らない町』

 衚れたのはブログ蚘事ずその芋出しだった。

 読み進めおみるず廃墟や心霊スポットなどの探蚪ブログのようだった。

《あくたで郜垂䌝説っお話だけど、この䞀垯ではナビが利かないずいう噂。

 兵庫県民のオカルタヌずしおは是非ずも探玢したいヒリヒリした案件だ。

 結構いろいろなずころで、こういった廃墟や心霊スポットなどの情報は収集しおいるけど、なぜかこの町の名前は䞀床もでおこなかった。

 おそらく、土地の人間しか知らない皋床の超マニアックな噂なのだろう。

 っおいうかこの時点でも実圚しないフラグが立っおるけど、関係ないよね。突貫だ突貫 ずいう蚳で埌日、リポヌトをアップするのでお楜しみに》

 蚘事はそこで終わっおいた。写真もないテキストだけの蚘事だったが、そのあずどうなったのかが気になる。

「  え、ない。これが最埌の蚘事っおこず」

 蚘事の最䞋局に《前の蚘事ぞ》ず、《次の蚘事ぞ》ずいうリンクがあるが、《次の蚘事ぞ》の方はいくらタップしおも次に進たない。どうやらこれより新しい蚘事はないらしい。

 厭な予感がする。

『郜垂䌝説』ず呌ばれおいる我が町。そしお、それを調べにいくず宣蚀したきり曎新が途絶えたブログ。蚘事がアップされた幎を芋るず、《幎》ずあった。今から䞃幎も前だ。

 他の八件のうち、䞃件目たで怜玢結果を確かめる。どれもオカルトやホラヌ系の蚘事ばかりで、曎新した日付が叀い。䞀応、すべお読んでみたがどれも倧したこずは曞いおいない。

 ただ、ひず぀だけ共通しおいるのは『実圚しない町』ずいう蚘述。

 トむレのこずや雚のこず、子䟛をひずりで氎堎に行かせおはいけない、など肝心なこずはどこにもなかった。

「なんなのこれ  なんで、あの町に぀いおなにも  、絶察おかしいよ」

 読んだ蚘事を飛ばしながら怜玢候補の䞋たでスラむドする。

 最埌の、九番目の候補。

 それは他の候補ずは違っお《知恵袋》のものだった。

 ナヌザヌの疑問や質問に他のナヌザヌが答える投皿型の。むンタヌネットで最も利甚されおいる質問箱だ。

『トむレにひずりで入っおはいけない町に䜏んでいたす』

 質問のタむトルに思わず息を呑んだ。蚘事の日付は幎、ヒットした䞭で最も叀かった。

 そんな以前から知恵袋があったこずにも驚き぀぀、震える指先でそれをタップする。

《私は数か月前、聞いたこずのない名前の地域に匕っ越しおきたした。はっきりずした地名を蚘茉するのは避けたすが、ずにかくおかしなこずだらけでなにから曞けばいいのか迷っおいたす。

 ひずたず列挙したすず、

 ・町䞭のトむレが䜿甚犁止。息子小の孊校でもひずりでトむレに行かせないずいうこずを培底。

 ・トむレに限らず、子䟛をひずりで氎堎に行かせおはいけない。歳たでらしいです

 ・空想䞊の神様がいお、町䞭の人がそれを恐れおいる。どうやらこれが氎堎に珟れるから、ずいうこずらしいです

 ・町で出䌚う䜏人が老人しかいない。

 ・雚の日は誰も倖にでず、店もほが党店䌑業。さらに芪は孊校に子䟛を迎えに行かねばならない。

 ・雚が降るず氎回りを䞭心ずした機噚が䞍調になる。

 ・倏堎、プヌルの授業がない。ずいうよりプヌルはあるのに䜿甚しおいない。

 ざっず挙げただけで、これだけありたす。しかもこれは、匷制に近いもので、守らないず村八分にされそうな空気すらあるのです。

 自治䜓や地域によっお、倧なり小なりそれぞれルヌルがあるこずは心埗おいたす。ですが私が思うに、あたりにも顕著ずいうか異様ずいうか。

 この土地は倧阪のずある堎所にあるのですが、倧阪生たれの私ですら聞いたこずのない名前の町で、越しおきた時は戞惑いたした。

 それに『子䟛をひずりで氎堎に行かせおはいけない』ず蚀われおも、これたで逆のこずを教育しおきたした。きっずこの蚘事を読んでいる人達もそうだず思いたす。急にそんなこずを蚀われおも培底のしようがありたせん。

 これだけならここに曞き蟌むこずもなかったのですが、息子に異倉が起こり始めたので困っおいたす。

 普通、小孊幎生ずもなるずトむレくらいひずりで行きたすよね。孊校内ではなんずか培底できおも自宅では難しく、幟床ずなく息子はひずりでトむレに入りたした。

 無論、このこずを叱れるはずがありたせん。それが普通なのですから。しかし、ある時から急に息子のひずりごずが増え、友達ができたず喜んでいたはずなのに誰ず遊ぶこずも、倖にでるこずもなく、ひずりきりの郚屋でぶ぀ぶ぀ずなにかを぀ぶやくようになりたした。

 劻も「倉な黒い生き物」を芋るず蚀いだしお、私たち家族はいよいよ混乱しおいたす。

 匕っ越しも芖野に入れはじめおいたす。ですがその前にみなさんの知恵をお借りできたらず思い投皿したした。

 こんな習慣の町、聞いた事がありたすか 私たち家族は匕っ越すべきでしょうか 賢者のご意芋賜りたく存じたす。 2003.5》

「䞀緒だ  私ず」

 質問者ず自分の悩みが重なった。過去にも同じ苊しみを持った人間がいたこずに共感を持぀。涙がでそうだった。

 泣きそうな気持を抌え、この質問に察しおどんな回答が぀いたのか確かめた。

《この質問に察する回答はありたせん》

 凍り付く。

 いくら質問が叀いからずいっお、未回答なこずなどあり埗るだろうか。同じ境遇の人間に共感を抱いたのも束の間、答えのない苊しみに再び立たされた。

 改めおもう䞀床、その蚘事を読み返しおみる。

 町は、駅から歩いお二〇分かからないほどの距離だ。

 そんな䞀画に誰も知らない町など、さすがに銬鹿銬鹿しい話だず思った。

「あ、聡がキュヌズモヌルに着いたっお」

 ずなりにいた女子高生ふたりがスマホに届いたメッセヌゞに垭を立ち、店をでようずした。

「あの」

 ぀い声をかけおしたった。

「え」

 きょずんずした様子の女子高生に、思い切っお蚊ねおみるこずにした。

「あの  この近くに『誰も知らない町』があるっお知っおるかな」

「えヌ 誰も知らないっおこずはうちらも知らんっちゅうこずやん」

 そう蚀っおふたりはおかしそうに笑った。構わずに町の名を告げる。

「  知っおる」

「マゞでわからぞん」

 衚情からは嘘を吐いおいるようには芋えなかった。そもそも癜を切る理由もないはずだ。

「ありがずう  」

 女子高生はすこし気の毒そうに小さく䌚釈しお去っお行った。

「本圓に  知らなかった」

 ――じゃあ、私は䞀䜓どこに䜏んでいるの  異䞖界、ずか

 異䞖界ずいう胡乱な響き。

 そんなわけがないずわかっおいた。だが可胜性ずしお考えざるを埗ない。たた袋小路に迷い蟌んでしたいそうになっおいた。

「  知恵袋だ。私も知恵袋に投皿しおみよう」

 ふず閃いた劙案。

 できるだけ簡朔に。だけど、わかり易く。あの質問者を参考にし぀぀、慎重に質問を曞き蟌んだ。

 あの蚘事が叀すぎお誰も答えなかったけど、今ならもしかするず誰か答えおくれるかもしれない。

 そう思いながら質問文を曞き䞊げるず、祈る気持ちで投皿ボタンをタップした。


《この質問はできたせん》


「えっ」

 反射的に倧きな声がでおしたい、店内の客たちの芖線を集めおしたった。

 だがそんなこずを気にしおいる䜙裕はない。

「も、もう䞀床戻っおタップし盎せば」

 自分に蚀い聞かし、前の画面に戻る。時間をかけお慎重に曞き䞊げた質問文はすべお消えおいた。

「なんで  」

 気を取り盎し、もう䞀床質問文を曞き投皿を抌した。だが結果は同じだった。

 その埌、二床に枡っお挑戊しおみるが質問の投皿はできなかった。

 結果を目の圓たりにしお、思わず涙がこがれる。

 疲れ切っおしたった。粟神ルビ/こころが疲匊し、なにもかも捚おおすべおから逃げおしたいたい気持ちだった。

 同じ苊しみを抱いおいたはずの、あの質問者はその埌どうしたのだろうか。もしかしたら死んだかもしれない。諊芳めいた気持ちで再び質問蚘事を読み返す。そしお、質問者の名が目に入った。

《投皿者angel-a-19450313》

 この䞖でたったひずりの理解者だった。『angel-a-19450313』ずいう人物が他人に思えなくなっおきた。『angel-a-19450313』の文字列を撫でる。あなたが健圚なら、助けおほしい。その思いが偶然を生んだ。

《コピヌ 共有 すべお遞択 りェブ怜玢》

「あっ」

 ほずんどのスマホは、衚瀺されたテキストを撫でるようにタップするず文字列を指定できる。その状態で指を離せば《コピヌ 共有 すべお遞択 りェブ怜玢》ず衚瀺されるのだ。

 そうだ、町名で怜玢をかけたように『angel-a-19450313』を怜玢しおみればいい。閃きのたた《りェブ怜玢》をタップする。

《件ヒットしたした》

「やった」

 盎感は正しかった。

 列挙した候補をざっず芋おいくず、オヌクションサむトの出品情報が倚かった。どれもYahoo!オヌクション  いわゆる〝ダフオク〟だ。

『angel-a-19450313』が出品しおいるのは、ランゞェリヌや小物、アクセサリヌにバッグなどの女性を察象にした商品がほずんどだ。その䞭に時折、薬莢ルビ/やっきょうや竹でできた氎筒など、銖を傟げるような出品もあった。

「女の人  なのかな」

『゚ンゞェル』ずいうハンドルネヌムであるこずから、女性かもしれないず思った。

 質問文の印象から男性像を思い描いおいたが、文の䞭で性別は蚀及しおいない。そう考えおみれば女性であるこずも充分考え埗る。

「コンタクトが取れるかも  」

 出品情報の最新蚘事をタップする。それは新品のランゞェリヌで出品䞭の衚瀺がされおいた。ほかにもいく぀か出品しおいるようだ。

 コンタクトするためには、どうすればいいか考えた。

「そうだ  買えばいいんだ」

《angel-a-19450313》が出品しおいる党五品にすべお入札をする。そしお、『即決䟡栌』をタップした。うたくいけば、今日䞭に出品者からコメントがくるかもしれない。

 二時間埌、《angel-a-19450313》からメヌルが届いた。



 時刻は䞀九時。千日前『味園ビル』に梚恵ず花菜はいた。

 出品者からの萜札メヌルに、手続きのどさくさ玛れに事情を簡単に蚘茉し返信した。

《angel-a-19450313》はすぐに返事をくれた。そこで堎所ず時刻を指定されたのだ。

『商品の受け枡しも楜だし、ちょうどいい』ず添えおあったこずで梚恵は安心した。玛れもなく䞀〇幎前のあの質問者であるずわかったからだ。

 本来ならひずりで蚪問する぀もりだったが、花菜を眮いおいくわけにはいかない。舞もいない今、連れおくるしかなかった。

 だが問題は堎所  だ。

「りえちゃん、ここっおなに屋さん」

「ええっず、ここは  なに屋さん、かな  」

『味園ビル』の二階。狭い通路に店の看板や小物、自転車や荷物などが乱雑に眮かれおいる。正面から人がきた時、どちらかが譲らなければすれ違えない狭さだ。

 ドアを開けっ広げにしおいる店も倚く、芗き蟌めば䞀〇人入ればぎゅうぎゅうになるほど小さく狭い。奜きな人間しか近寄らないような、䞍思議な堎所だった。

 どの店も奇抜な個性を剥きだしにしおいお、ファミコンをしながら飲める店や、フィギュアやサブカル系のもので埋め尜くされた深倜喫茶を銘打った店、ゞビ゚料理の店たである。たるで新宿ゎヌルデン街を圷圿ずさせる堎所だった。

 少なくずも子䟛を連れおくるようなずころではない。

 恐る恐る奥ぞ進んでいく途䞭、奇抜な栌奜をした店員や、゚レキギタヌを匟いおる客などず目が合った。通路はアルコヌルず煙草、それに揚げ物のにおいが立ち蟌めおいる。

「䞀䜓どんな人なんだろう  。こんなずころでお店やっおるなんお倉わっおる人なのかも」

 怖じ気づきそうになりながら、花菜の手を匕き前に進む。

 の字に続く通路の途䞭に『倩䜿』はあった。《angel-a-19450313》が指定した店だ。

 時代を感じる癜いレリヌフの扉、看板はない。メヌルに目印が曞いおいなければわからないくらい、怪しげな雰囲気が前面に挂う店構えだった。しかも窓もない。ここが本圓にその店かどうか確かめるには、癜いレリヌフの扉を開けるしかない。気合を入れなければずおも無理だ。

「あの  すみたせん。ダフオクで連絡した者です  」

 気合を入れた割に扉をわずかにしか開けず、おそるおそる声をかけた。なにかあったらすぐ逃げられるように構えながら。

「あら、いらっしゃヌい 営業前だから入っお入っお」

 䞭から愛嬌のいいハスキヌボむスがふたりを店内に誘った。先入芳なく花菜がわずかな隙間をこじ開けお入っおゆく。

「ちょっず、花菜ちゃん」

「あらたあ かわいいプリンセスやん あ、そうや风ちゃんあるで。コヌラのや぀ずな、むチゎミルクずハッカのや぀もあるで。なんでも蚀うお、お姉ちゃんサヌビスしたるしな」

「お姉ちゃん  」

 花菜が䞍思議がる口調で蚊き返す。慌おお店内に入った。

「ダメだっお勝手に先入っちゃ、すみたせん」

「いいんやでぇ。今日は平日やし、どうせ暇やから。あなたも座りぃさ」

 うす暗い店内、がんやりず柔らかい明かりがカりンタヌを照れしおいる。点々ずある間接照明が、劖矎な空気を挔出しおいる。倖芳は怪しいが店内は萜ち着いた印象だった。

「わざわざきおもろたし、奢るわ。飲み物なにがいい」

「あ、いえ  私は」

 たあたあず蚀い぀぀、女はドリンクのメニュヌを差しだした。

「カクテルやったら飲みやすいんちゃう。ほら、カシオレずかファゞヌネヌブルずか。っちゅうか、䜜るん簡単やしそれにしずき」

 蚀われるがたたファゞヌネヌブルを頌み、花菜はカルピスを泚文した。

 沈黙の店内にグラスに氷が転がる音が躍る。ずなりで花菜はそわそわした様子で店内をキョロキョロず芋回しおいた。

「あの  」

「たあ、ドリンク䜜るたで埅ちぃや」

 話を切りだそうずするが躱された。仕方なく黙っおドリンクができるのを埅぀。

「それに先に商売の話からやろ   はい、おたたせ」

 そう蚀っおファゞヌネヌブルずカルピスのグラスを差しだした。

「そうですね、折角萜札したし  ありがずうございたす」

「あんたのお目圓おは別かもしらんけど、私にずっおは立掟な皌ぎやからね」

 そう蚀いっお萜札した商品をカりンタヌに䞊べた。

「たあ、わざわざきおもろたから浮いた送料ぶんっちゅうこずでドリンクごちそうしずくわ」

 そうしお女はひず぀ず぀簡単に商品の説明をした。

「っちゅうこずで占めお䞀二〇〇〇円」

「えっ、もっず高かったはずじゃ  」

「ええねんええねん。たあ、せっかくの瞁やし負けずくわ」

「いいんですか   ありがずうございたす」

 お瀌を蚀っお女の顔を芋るず思わず固たっおしたった。

 口を開けたたた固たっおいるのを、花菜が怪蚝な顔぀きで芗き蟌んだ。

 その女は――男だった。

「なんやの。どうしたん」

「あ、いえ、あの、なんずいうかその  女性だず」

「んん もしかしおあなた、私のこずおっさんやっお蚀いたいん」

 ムッずした衚情で迫った。慌おお「違うんです」ず安盎な蚀葉で抗った。

「ほんたに 嘘蚀うおたらしばくでぇ」

「ほ、本圓ですっお 思っおたより綺麗な人だな  っお、あの」

 女は無蚀でこちらを睚み぀けた。

 その県光に耐えられず、ファゞヌネヌブルに逃げようずグラスに口を぀ける。

 盎埌、ぷぷっず噎きだしたかず思うず女は豪快に笑いだした。

「なぁんちゃっお、焊った あなた、いい人ねぇ。私みたいなもんにお䞖蟞でも綺麗やずか蚀うお、あっはは」

「おばさんはおじさんなの」

 絶劙な質問をする花菜に察し、女は「そうやでぇ、せやけどせめお『おじさん』やなくお『お兄ちゃん』っお聞いおほしかったわぁ」ず笑った。

 うす暗い照明のせいで気づくたでに時間がかかったが、改めお芋おみるず男にしか芋えない。所謂『オネ゚』ずいうものだろうか。

「ピンポンピンポォン 正解。私は男でした  っお蚀うおも、ビゞネスオネ゚やけどねぇ。今の時代、キャラがないずよう売れんからね。びっくりした」

 あヌ、ずかうヌずか、曖昧な返事しかできなかった。特異な䜓隓に頭が぀いおいかない。

「アカりントにもあるけど、私は『アンゞェラ』。アンゞェリヌナ・ゞョリヌみたく『アンゞヌ』っお呌んでな」

「おじさんは倖囜の人なの」

「コラコラお姫さん、私のこずは『お姉ちゃん』か『アンゞヌ』っお呌びやぁ。でも倖囜っおいうのは正解やね。『䞍思議の囜』出身」

 カりンタヌに立぀アンゞヌの恰奜はノヌスリヌブに金髪のロング、耳には倧きなピアスず唇に真っ赀なルヌゞュを匕いおいた。第䞀印象で女性だず思うのは自然だ。

 ただ声は最初から違和感があった。だからずいっおそれだけで刀別するのは難易床が高すぎる。

「あの町に䜏んでるんやお」

 ドリンクの枛りを芋蚈らっおアンゞヌは話を切りだした。

 無蚀のたたうなずくのを芋お、憐れむように眉をひそめる。

「倧倉やったね。私みたいなんが圹に立おるかわからんけど、その子守ったらなあかんもんね」

 い぀のたにか怅子の䞊で眠った花菜にアンゞヌは目をやった。

「それにしおもたさか䞀〇幎前に私が寄せた投皿がただ残っおるなんおなぁ。あん時は誰も答えおくれんくっお、えろう远い詰められたんよ。今やったら誰か答えおくれるんかなぁ」

 アンゞヌは「あなたもやっおみたら」ず提案するが、それは既に詊したこずを話した。

「ほんたかいな じゃあ、そこにも『あおむし』の力が及んでるんかなぁ。かなわんな」

 あおむしずはなんのこずを蚀っおいるのだろうず思った。ふずあおむしずいう名前から青虫を連想し、そうでなければず青いなにかを思い描いた。

 そしおそれに思い至ったのだ。

「青い頭 そう、それです。『あおむし』」

 興奮気味にこれたであったこずを掻い摘んで話す。途䞭、アンゞヌは「花菜ちゃん起きるから」ず、萜ち着くようにず䜕床か諭した。

 初めお自分の身に起こったこずを人に話すこずができた。その喜びで思わず涙ぐむ。改めお自分がどれだけ心现かったかを思い知ったのだった。

「せやなぁ、気になるやろ。町のゞゞババら、誰も教えおくれぞんしな。えっらそうに軍の階玚章なんぞ぀けよるくせに」

「え、なんですか 軍の  」

「階玚章や階玚章。気づかぞんかった 将校やったんか知らんけど、あの町におるオゞンの䞭でちょくちょくおりよんねん。胞に忘れ圢芋みたいに埌生倧事に぀けずるんや」

 千円おじさんが脳裏をかすめる。そういえば、おじさんの胞にもそれがあった気がする。

「たあ、口にするだけでも危ないっちゅうんは䞀緒や。結局んずころ、あれがなんなんかわからんしねぇ。ただ、ルヌルを冒しお䌚うおたうず終わり。ゞゞババら、無衚情ず無関心決め蟌んどるけど、内心は『あおむし』が怖いんやで。必芁以䞊に譊戒しずるんがその蚌拠や」

「じゃあどうすれば  」

 アンゞヌは煙草に火を点け、䞀口に深く煙を吞い蟌み、矎味そうに吐く。そしおグラスにりィスキヌを泚ぎ、氷も入れずストレヌトで飲み干した。

 豪快な飲みっぷりに感心し、ふず手元を芋るずアンゞヌが吞っおいるのは巻き煙草だった。そういうものがあるずいうこずは知っおいたが、芋るのははじめおだ。

「たあ埅ちぃ。ひず぀盞談があるねん。あなた、あの町からでたいっお思うおんねやろ せやけど諞々の事情ですぐにでるんはむずいっちゅうわけや  そこで」

「そこで」

「こっちの条件呑めるんやったら協力したる。  呜がけになるかもしらんけど」

 呜がけ、ずいう蚀葉に思わず背筋が䌞びた。アンゞヌは続ける。

「ひずたず条件の話はあずにするわ。ずもかく、このたたやず確実に花菜ちゃんはあおむしに連れおいかれるで。それやのうおも梚恵ちゃん自身も危ない。効ちゃんの垰りをこのたた埅぀いうんも危険や。逃げが利かん以䞊、いかにしおあの町で凪いで過ごすかがカギやね。どのみち、このたた手をこたねいずっおも危ないこずには倉わりない。せやから、あおむしから身を守る方法を確立させる」

「あおむしから身を守る」

 そう蚀われおもピンずこない。アンゞヌの蚀葉は心匷いが、正䜓のわからないものから身を守る手立おなどあるものなのか。

「その顔疑っおるやろ。たあ、蚀うおる間にわかるわ。よう考えおみ 私はあの町に䜏んでたんやで あなたよりもよっぜどあの町のこず知っおる」

「疑ったりはしたせんけど  そうですよね。アンゞヌさんはどのくらい䜏んでたんですか」

「二幎、やな。それが限界やった」

 二幎で限界――。限界、ずはどういう意味なのだろう。

 おそらくは今、我が身に起きおいるこずずそう倉わりはないように思う。だがアンゞヌずは境遇や環境に違いがある。

 知恵袋の投皿では息子に異倉があるず曞いおあった。アンゞヌの姿からは想像も぀かないが、圓時は劻子がいたずいうこずだろう。

 家族のこずが気になったが、どうしおか聞いおはいけないような気がした。

「たあいろいろ聞きたいこずあるやろうけど、その前に条件の話しずくわ。条件はごっ぀簡単なこずやし、問題ないず思うで。歩あゆむを䞀緒に探しおほしいねん」

「歩 それっお  」

「私の息子のこずや」

 思わず声がでそうになった。

「あおむしに攫われたたた、ずっず垰っおこおぞんねん」

「垰っおこない、っお、いたもですか  」

 アンゞヌはうなずく代わりに寂し気に笑んだ。

 あの蚘事が幎、ずいうこずはいなくなっお䞀〇幎以䞊は経っおいる。埮笑むアンゞヌずは逆に、戊慄に凍り付いた。

「花菜ちゃんず䞀緒。あおむしに魅入られおもうたんよ。私らが歩の異倉に気付いた時にはもう遅かった」

「私ら  」

「なにを䞍思議そうしずるん。『私ら』っちゅうたら、私ず嫁やがな」

 アンゞヌは「元、やけどな」ず付け足した。

 女装姿でお姉蚀葉を話すアンゞヌからは、『嫁』ずいう蚀葉が酷くアンバランスだ。

「ああ、せやわな。この恰奜芋たら『嫁おったんかい』っおなるわな。そん時はおったんよ。歩がおらんなっお、嫁は自殺した。砎滅過ぎお笑けるやろ」

「そんな  っ アンゞヌさん、蟛かったですね」

「立ち盎れんくらいにぞこんだな。やからこそ歩を諊めるわけにいかん。䜕幎、䜕十幎経ずうが関係あらぞん。あの子がおらん人生なんおありえぞんわ」

 根元たで燻った煙草を灰皿の底でもみ消し、アンゞヌはすぐ次の煙草に火を点けた。思い出話のように宙を芋぀めながら――歩が戻っおこない限り、思い出になどなるはずがないのに。

「蟛いけど、嫁は『死んだ』からええねんよ。けど歩はちゃう。歩は『おらんくなった』だけで、ただ『死んでない』。すくなくずも私は歩の屍を芋おぞん。せやから歩はな、生きおるねん、きっず」

「そうかもしれたせんね」

 正盎な本音は口にできなかった。

『䞀〇幎以䞊、芋぀かっおいないのなら死んでいるんじゃないか』、などずは死んでも蚀えない。その可胜性を、アンゞヌが考えなかったはずなどないのだから。

「あなた、ええ人やなぁ。そんな颚に蚀うおくれお嬉しいわ」

 これが芪の愛なのだろうか。

 䞀〇幎前、異䞖界のような町で、埗䜓の知れないなにかに子䟛を連れ去られた。それから垰っおこない子䟛を、劻を倱くしたあずもずっず生きおいるず信じおいる。

 それを矎談だずはずおも思えなかった。むしろ狂気的だ。

 歩の生存を信じおいるのはいいが、もしも死んだず確信を持った堎合、アンゞヌはどうなっおしたうのか。生きおいるず信じ蟌むこずで、劻の死でさえも狂わずに正気でいれたのではないか。

 どういう事情があったのかはわからないが、アンゞヌず名乗るこの男が女装をしお店をしおいるずいう事実がある。これがたずもな人間の行動ずいえるのか。

 ぀たり  アンゞヌはすでに壊れかけおいるのかもしれない。ちょっずしたきっかけで、人はおかしくなっおしたう。

「わかりたした。  䞀緒に歩くんのこずも捜したしょう」

「ほんた おおきにな  ごめんなぁ  」

 アンゞヌは感謝を告げた。なぜ謝ったのかはわからないが。

 ハンカチで拭った目元が、アむラむンが目尻からこめかみに䌞びおいるのも気づかず、どこか悲し気な衚情を浮かべながら。

 空のグラスにりむスキヌを泚ぎ、たたもひず息に飲み干す。盞圓酒は匷いらしい。

 癜い蒞気が噎きだしそうな声を吐き、アンゞヌは真剣なたなざしを携え向き合う。

「あの町では守らなあかんこずが『䞉぀』あんねん。あおむしはそれのどれかを砎ったらやっおくる。ただ、それは確実にくる蚳やあらぞんくお、運が悪いず芋぀かるおいどのもんや。あそこの小孊校に通うおるガキンチョら、みんながみんな培底しお守っおるわけやない」

「䞉぀のこずっおいうのは」

「ひず぀、『子䟛をひずりで氎堎に立たせないこず』」

 うなずき、同意した。そしお、アンゞヌは顔の高さに指を䞀本立おる。

「ふた぀、雚の日は倖にでない。子䟛は特に」

 二本目の指が立぀。心圓たりは厭になるくらいある。

「雚の日は盞圓危ないらしいわ。圓然、降雚量にもよるんやけどな。蚀えば町党䜓が氎堎になるわけやから合点はいくけども。土砂降りの日なんお地獄みたいなもんや」

 そう蚀っお䞉本目の指を立お、空のグラスを煜った。

「みっ぀、倧人がそれを口ずさんではいけない」

 䞉぀めになっお急に蚀い方が抜象的になり戞惑う。その戞惑いを承知だず蚀わんばかりにアンゞヌは口元に指を立おた。

「しっ。これよこれ。これが『口にだしおはいけない』こずのひず぀。ほんたやったら頭に思い浮かべるのも具合悪いんよ。ほら、それこそ思い浮かべおるだけで無意識に口にだしおるこずずかあるやん」

「もしかしお、私も知っおる蚀葉ですか」

「蚀葉ちゃう、歌やで。もうわかるやろ」

 わからないはずがない。思いだすのも厭になる。

「もしかしおこれですか  タンタン、トンカラリン――」

「あかん それ以䞊歌いな」

 軍艊マヌチを口ずさもうずした刹那、アンゞヌが血盞を倉えお怒鳎った。驚いお䞭断した。

「それやそれ、倧人が口にしたらあかんや぀」

「え  」

「ええか、ひず぀めの『子䟛を氎堎に立たせおはいけない』のんず、ふた぀めの『雚の日に倖にでない』っちゅうのはな、あくたで子䟛に察しおの犁忌や。それにこのふた぀は『町限定』のルヌルやし町の倖は範疇やない。でもみっ぀めの『倧人がそれを口ずさんではいけない』は次元がちゃう。町やろうが町の倖やろうが、関係あらぞん。あおむしはどこでも珟れよる」

「ちょ、ちょっず埅っおください あおむしっお、子䟛を攫うんですよね 倧人の前にも珟れるっおこずは倧人も攫われるんですか」

「ちゃう。あおむしは目が利かんねんけどな、やから盞圓近くにこなわからんらしいわ。せやけど倧人は背栌奜で子䟛やないっお䞀目でわかるやろ。あおむしはな、倧人から子䟛を奪っおいきよるんよ」

「それっお子䟛が攫われるのずどう違うんですか。子䟛が犁忌を冒すず攫われお、倧人が冒すず子䟛が奪われる  どちらも同じに聞こえたす」

「そうやなぁ  じゃあ、蚀い方を倉えるわ。子䟛が授かれなくなる」

 胃が瞮むような、膀胱が持ち䞊がるような䞍快感に息を呑んだ。倧人から子䟛を奪う  ずは、そういう意味なのか。

「私の考えやずあの町の䞋氎道ずかになにかが棲み぀いずるはずなんよ。氎道管から䌝っおきよんか、どんくらいの数おるんか  わからんけど、あんな慣習が根付くんやから盞圓数おるんやず思う。そんでルヌルを砎った子䟛を攫いにきよんねん。そんなんもあっおアレを『神様』やなんお蚀うずるや぀もおる有り様やしな」

 脳裏に浮かぶ、倧茔や舞、森谷の姿――

「たさか、私の呚りで消えた人っお  それを歌ったから、ずか」

「たあ間違いないわ。あおむしは必ず氎堎に珟れる。トむレ、颚呂、プヌル、川、池、海  堎合によっちゃ台所ずかにもきよる。せやけどな、究極なこずを蚀うずあれを口ずさんでも、氎堎さえ避ければなんずかなるねん。どうしようもないんが雚の日。雚の日だけはいたる所が氎堎に化けよるから、ほずんど逃げ堎がなくなる――。窓ひず぀ない密宀ずかやったら話はちゃうけどね」

 アンゞヌは空のグラスにりィスキヌを泚ぎ足す。そしお、あたり枛っおいない梚恵のグラスを指差し、「ずりあえず飲み。シラフじゃ聞いおられぞんで」ず勧めた。

 蚀葉を倱う。元凶は花菜だったのだろうか。

 花菜があおむしに魅入られたのは、町のルヌルを砎ったから

 だずすれば、自分のせいではないか。

 そう思うず頭がおかしくなりそうだった。倧茔も、舞も、森谷も、みんな自分が死なせた。花菜の媒介しおだずしおも、かかわったこずは事実だ。

「私が花菜をひずりでトむレに行かせたから  ひずりでお颚呂にも  だからみんな  」

 こんな時悔やむのは倧茔のこずばかりだ。自分にずっお、倧茔が心の拠り所だった。どれだけ理䞍尜なこずをされたずしおも倧茔さえいれば幞せだった。

 その倧茔が自分のせいで、もう二床ず䌚えないかもしれない。そう思うだけで今すぐ狂っおしたいたくなる。

 倧粒の涙が手の甲に萜ちた。すぐにもうひず぀、たたひず぀――

「うっ  うう」

 涙が止たらない。すべおを倱っおしたった。それが党郚、自分の䞍泚意のせいだったなんお、死にたくなる。

 自分を蚱せない気持ちが匷くなればなるほど、涙はずめどなくながれ嗚咜は倧きくなった。

「気持ちわかるで。私もおんなじ思いをしたしな。自責の念に囚われすぎおなにもかもが手遅れになっおもうた。死んでもうた私の嫁ずはもう二床ず䌚われぞん。私もずっずずっず歩を捜し続けお圷埚うずる。自分責めるんはいっちゃん楜な方法や。私みたいにならんよう、どないかせんず」

「そんなの無理です  私なんかには  」

「花菜ちゃんを守っおやれるんは梚恵ちゃんだけなんやで。花菜ちゃんたであおむしに攫われたらどうするん しっかりしい」

「うう  うぅ」

 アンゞヌの喝にたたらず泣き厩れた。アンゞヌの蚀う通りだ。花菜を救えるのは自分だけなのだ。

 だが倧茔がいない䞭で発起できるはずがない。逃げだしたいずいう衝動が党身を駆け回る。

「今はただ、よう決めやんわな  。たあ、ずにかく今日は垰りぃ。ほんでゆっくり考えたらええわ。せやけど家に垰ったかお私の蚀うたこずしっかり守りや。雚の日は絶察に䞀緒におったり。できるやんな」

 正盎、それができるかどうか自信はない。でも今の梚恵には黙っおうなずくしかできなかった。今はなにも考えられない。

「決心぀いたら私のずころに連絡ちょうだい。これ、私の連絡先やし」

 アンゞヌから連絡先のメモをもらい、ひずしきり泣いた埌  『味園ビル』を埌にした。

#創䜜倧賞2024
#ホラヌ小説郚門

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