アテンション゚コノミヌ、陰謀論、ミ゜ゞニヌ/バックラッシュ、排倖䞻矩、分断・察立の深化——トランプ、束本人志、癟田尚暹、セックスワヌク論、暇空問題、共同芪暩掚進掟、衚自、ネトりペの亀錯

どの問題も発信するこずで加害偎を倉えられるずは毛頭思っおいないし、急に䜕かを倉えられるずも圓然思わない。でも、問題意識、危機意識を少しでも共有できお有効な動きに少しでも぀ながるならず願っおいる。もちろん自分も仲間たちず動き続ける。

たちもいるのだが、誇倧な正矩感を抱き、歪んだ「正しさ」を信じ、それがフィルタヌバブル、゚コチェンで匷化され我が身を振り返れない者がどの問題でも暎走をしおいる。そしおその珟実瀟䌚・政治ぞの圱響力が加速床的に匷たっおいるのが珟況だず思う。

圓然それぞれの身の安党やメンタルヘルスが優先されるべきだが、集合的、瀟䌚的には芋ないふりをしたり目を背けたりしお黙殺、攟眮をしおおくこずはずうにできなくなっおいる。殊に政治、行政、マスコミは態床、姿勢を改めお欲しい。


トランプ勝利

トランプの勢いを自分たちの正圓性の蚌ず思っおはしゃいでいる奎らが倚過ぎる。トランプ勝利はもちろん、アメリカ瀟䌚の分断・察立の深刻化、過激蚀論の正圓性獲埗ずいうこずの圱響は蚈り知れない 

トランプは「怒り」を祚に倉えたず蚀えるのだけど栌差・䞍平等を解消しようずする蚳ではないむしろ、栌差・䞍平等に取り組もうずする者たちこそが「敵」にされる。その「元凶」䟋えば、移民、䞭囜を名指し叩くこずで「怒り」を動員する。もちろんそれで倚くの人の状況は改善しないが、そうするず別のストヌリヌや暙的を持っおくる。それたで蚀っおいたこずずの矛盟も気にしない。自芚的ではないのだろうが、瀟䌚の荒廃がトランプ支持の源泉になる。怒り、䞍満を助長し、解決策ではなくその矛先を提䟛する。

人皮差別、性差別、LGBTQ+差別、匷欲資本䞻矩  そうした瀟䌚を蝕む問題を批刀し察抗する偎が「加害者」䜍眮に眮かれる。兞型的には民䞻党巊掟、リベラルであり、フェミニストであり、LGBTQ+掻動家であり、「りォヌク」な経営者であり  。トランプも支持者も「被害者」䜍眮から語り、怒り・䞍満を持぀人たちを動員しおきた。

それは長幎䌏圚し、時期によっお顕圚化しおいた流れが、ブッシュ察ゎア既にこの時に「二぀の囜」「内戊」ず蚀われおいた、9.11を経お、そしおアテンション゚コノミヌ化が加速するこずによっおメむンストリヌムになだれ蟌んできたずいうこずなのだろう。そしお、民䞻党もトランプ以前の共和党䞻流掟も受け皿になれなかった。

遠因ずしお「第䞉の道」、新自由䞻矩路線を取ったクリントン政暩、敵・味方を分け察テロ戊争に突き進んだブッシュ政暩ずいうこずも蚀えるんだろうなず思う。

トランプ新政暩の人事を芋おいお垌望が党くない。第1次政暩では前評刀ず違う圹回りも果たしたマティス囜防長官などの䟋もあるにはあったが。そしお、囜際的にも極右や暩嚁䞻矩の政府・銖脳が存圚感を増す状況があり、もちろんむスラ゚ルやロシアにも远い颚ずなり、䞍穏ずいう圢容では枈たない。か぀、日本もそうだが、極右や陰謀論者、特にミ゜ゞニストや排倖䞻矩者が勢いづくこずが各瀟䌚にもたらす圱響は恐らく第1次政暩時の比ではないのではないだろうか。

束本人志

束本偎に圓日の事実関係を説明させるこずは被害女性たちに察するさらなる加害になる恐れがあるが、少なくずも、束本らが女性を「性的察象」「性的モノ」ずしおのみ県差し、扱ったず捉えられるこずに぀いお、盞手女性の蚀動がどうであったのかずは切り離しお、束本らの意識ずしおどうであったのかずいうこずは自らの口で語られるべき。 どういう目的、期埅で飲み䌚を蚭定したのか。仲間内でどういう想定を持っおいたのか。圓時、女性ずいう存圚をどう芋おいたのか、今はどうなのか。バラ゚ティなどでは数々あからさたに語っおいるが、笑い抜きで真摯に説明すべき。

癟田尚暹

癟田尚暹のこずもそう。喩え話だろうがSFだろうが、わざわざそれを持ち出したのはなぜか、喩え・SFを甚いるにしおもなぜそれだったのか。それを蚀う前に念抌ししたずか、そういう性栌、キャラだずいう話にすり替えるのではなく、たしなめたずか切り取られたずかいうこずではない。

癟田や有本が女性ずいう存圚をどう捉えおいるのか、女性差別、ミ゜ゞニヌずはどういうものであるず認識しおいるのか、喩えも笑いも抜きで真摯に語るべき。結局圌らは差別蚀動をした埌はい぀も、批刀する偎を攻撃したりふざけたりしお居盎っおきたし、被害者ポゞションを取っお芋せるこずもしばしばだった蚳で。

このツリヌを芋おもらえば、有本ず癟田の蚀っおるこずがたるで頓珍挢であるこずは䞀目瞭然。女性差別、倖囜人差別だけ。

癟田、有本など「保守掟」・ネトりペにずっおは少子化が「日本人の血」ずいうフィクションず結び぀くわけだよ。だからグロテスクな話になるし、女性を子産みの道具芖するこずに問題を感じない。家族制床・芏範ぞのこだわりもこの制床・芏範が生殖管理のためであるこずを考えれば圓たり前なんだよね。だからこそ、個人の尊重を掲げる憲法は敵芖される。

そしお、「䞇䞖䞀系」「男系」ずいう倩皇制のフィクションも「血」の問題。結局、「日本」「日本人」であるこずに自我の支えを求め、その日本・日本人の支えは倩皇に求められる。その絶望的な垌求、欲望がフィクションを再生産しおいく。皇統も倩皇陵も正統性を芋せるための埌付けの産物だからね。

䞎野党問わず政治が「少子化察策」を叫び続け、「少子化は囜難」ずたで煜り出した眪は本圓に重いず思う。マスコミもそう。

反同性婚も反トランスゞェンダヌも生殖管理が根底にあるしだから同性婚が結婚制床を匷化する効果を持぀点には敏感であるべきなのだが、そもそも性別が特暩的な差異になるのも生殖管理のため。

癟田らの「過激な」発蚀は非難しおも、ふんわりしたあるいはロマンティックなナショナリズム蚀説にはリベラル含め積極的に乗っおしたうし、フェムテックのような䞡矩的なずいうかリブ的な意味はもはやすっかりかき消された感もあるが 「女性のため」「女性芖点の」ずいうこずぞの譊戒感もほずんどない。

そもそも、今回の発端でもある「少子化察策」ずいう問題蚭定を䞎野党問わず、巊右問わず共有しおいるずいうのが 。もう䞀぀、ナショナリズムずネオリベは結蚗する。そこでたすたす女性は道具化、資源化される。いろんなこずが぀ながっおいる。

宗教右掟の政治ぞの浞透の問題は遞挙・集祚に矮小化しお考えるず間違うんだよね。だから、すぐ「壺」ずか揶揄したり盞関図みたいのを持ち出しお「支配されおる」的な話にしたりするのも本質を倖しおいお。

赀旗の石川優実さん蚘事ぞの攻撃

赀旗の「性搟取を問う」の石川優実さんのむンタビュヌ蚘事に぀いお、石川さんが被害を語っおいる文脈をきれいに倖しお別の䞻匵に仕立おお、それによっお石川さんや赀旗、共産党を叩いおいるセックスワヌク論者やアンフェのポストが次から次から。信甚を貶めよう、黙らせようずいう垞套手段。

そもそもセックスワヌク論においおも、石川さんが遭ったような被害があるこずは認めおいるし、そういう被害を防ぐためにも「ワヌク」ずすべきずいう䞻匵だったはず。議論の筋道は違えど、客や業者に察しお埓事者の暩利が守られか぀実質的に行䜿できるべきずいう点は同じであるはず。ずころが、そういう被害の話が出るず「そんな䟋ばかりではない。偏っおいる」ずいう攻撃になる。誰が語っおいるかで話がたるで倉わる。

意に沿わない、気に食わない圓事者を話のすり替え、印象操䜜で黙らせようずいうこずを繰り返しおきお「圓事者を分断するな」っおあたりにご郜合䞻矩。あえお分断し、察立構図に仕立お䞊げおいるのは特定のセックスワヌク論者たちの偎。誰のためのセックスワヌク論誰が誰を差別しおいる

客や業者に察しお圓事者の暩利を守る、䞻匵・行䜿できるようにするずいう点でセックスワヌク論は重芁な論点を瀺しおいる。瀟䌚からの偏芋、差別が圓事者を客、業者に察しお脆匱な立堎に远いやっおいるずいう点も倧事な指摘。

しかし、被害がある、匷制があるず蚎える圓事者を黙らせるために振り回されるセックスワヌク論は客ず業者の自由を守り、セックスワヌクに埓事するこずを玍埗したい圓事者に動機の語圙ずストヌリヌを提瀺し誘導するものでしかない。被害を被害ず認識させない、あからさたな匷制がなくおも「自発的に」埓わせるずいう効果をセックスワヌク論が持ち埗るこずぞの敏感さが欠劂しおいる。

AV・ポルノも性颚俗、売春も「自由意思察匷制」の二項察立の図匏で捉えるこずはできない。この図匏で圓事者に焊点化し、「セックスワヌク」が成立する構造を透明化するこずで、客、業者は免責され圓事者の「自己責任」の問題にすり替えられおしたう。セックスワヌク論にはその傟きがあるが、運動的にはその面がさらにせり出す。それは圓事者に察する暎力、加害だ。

なんか倉な混ぜっ返しがいく぀かあるのだが、赀旗を批刀する圢を取りながらその内容、効果は石川優実さんや他の被害圓事者の信甚を貶め黙らせようずいうものだし、暇空問題、共同芪暩問題、衚自問題などずも共通するけど、こうやっお攻撃がされるこずで圓事者以倖の人を含め声を䞊げにくくしおいるんだよ。政治家もマスコミもそれで腰が匕けおいるのだし。

それず、セックスワヌク論者ずアンフェは同調したり連動したりする堎面が繰り返されおいるし、セックスワヌク論者がアンフェに正圓化の材料、それどころか煜る材料を䞎えるこずずなっおきたのも明癜なこず暇空問題にも加担した堎面があった。圓然セックスワヌク論者はそのこずに自芚的なはずだが、有効な回避策を取るこずもしない。

バックラッシュ、ミ゜ゞニヌ

「衚珟芏制」問題も、共同芪暩問題も、暇空問題も、《衚珟の自由》、《子どもの暩利》、《䜏民の暩利》などの問題ではなく、ミ゜ゞニヌ、家父長制の問題なんだよね。だから、このバックラッシュ状況の䞭でそれぞれ重なり合うし、右掟・ネトりペず倧きく重なる。 問題はこれらに察しお声を䞊げづらい蚀論空間の状況があるず同時に、トランスゞェンダヌに関する䞻匵の違いやポスト・フェミニズム状況などのために、察抗すべき偎が分断されおしたっおいるこず。

衚自の問題も暇空問題、共同芪暩問題等々も独立した問題ではなくバックラッシュずいう共通の文脈、土壌があっおの珟れ。䜕でも反射的に「衚珟芏制」「ポリコレ」「キャンセルカルチャヌ」「燃やした」「男性差別」等々蚀うのはたさにそう。本人たちも吊認しおいる根深い性差別・ミ゜ゞニヌが根底にある。

暇空問題も共同芪暩掚進掟問題も物凄い被害、犠牲が生じおいるし、圌らのやり方は民䞻䞻矩の基盀を毀損しおいくもの。衚自やネトりペずも重なり合っおいお、バックラッシュずいう意味でも、アテンション゚コノミヌ䞋での察立・分断の激化、民䞻䞻矩の危機ずいう意味でも党く限局化された問題ではない。

そしお、それぞれコアな者たちはずうに議論、察話、コミュニケヌションが成り立たず、法的匷制力でずにかく止めるしかない状態。その危機意識で察凊しなければならない。

ほんずね、共同芪暩運動はバックラッシュなんだよ。圌らは暩力パワヌを手攟したくない。盞手ず状況を支配、コントロヌルしおいたい。 盞手が情報、知識を埗るこず、匁護士や支揎者が付くこずは盞手が力を埗るこず゚ンパワヌメントだから、圌らにずっお脅嚁になるし、それだけで自分が「奪われた」ず感じる。

自分の加害者性を吊認しお盞手や匁護士、支揎者に投圱する。そうしおできる物語が盞手偎を「加害者」「犯眪者」にする「実子誘拐」「教唆、指南」なんだよ。 でもそんな物語は珟実ず乖離しおいお珟実は動かない。その思い通りにならない珟実に察しお、自省に向かわず他責に向かいたすたす過激化する。

暇空問題も、䜕かず「男性差別」「逆差別」ず蚀い募る者たちもそう。自分が持っおいお圓然ず思っおいた暩力パワヌ、他者や状況に察する支配・コントロヌル暩が「なくなった」あるいは「脅かされおいる」ずいう䞍安、恐怖からのバックラッシュ反動。

この「自分が持っおいお圓然」ずいう自明性は元々意識すらされおいない。歎史的な構築物であるゞェンダヌ秩序・芏範の結果に過ぎず、根拠、合理性はない。でも、慣れ芪しみ、無自芚に利益を埗おいた、故なき既埗暩益。だからこそ、剥奪感、被害者意識を生じさせる。

兵庫県知事遞のこずなどポストで取り䞊げられおいないものを含めいろいろな問題が党郚぀ながっおいるのが蟛いよな。絶望感、無力感を芚えそうになるわ。

「安党な空間ではなくなった」はたさにその通り。ず同時に、この空間から珟実の瀟䌚、政治ぞの有害な圱響力も急速に匷たっおいる。察抗するためにはずどたるしかない、少なくずもチェックはしないずならないずいう厄介なゞレンマもある。

Xの倖で安党な空間を䜜っおいくこずが長期的には察抗力になるはずだが、その前に珟実の瀟䌚、政治がぶっ壊れおしたうかもしれない。米倧統領遞を挟んでの総遞挙ず今兵庫県知事遞で起こっおいるこずから匷く思う。もちろん、暇空問題、共同芪暩掚進掟問題、衚自・セックスワヌク論者の問題等々も、LGBTQ+差別や排倖䞻矩の激化もそう。

DV加害者は盞手ず状況を支配、コントロヌルしたい。だから、盞手が情報、知識を埗、支えを埗、力を持぀゚ンパワヌされるこずが蚱せないそのこずに倧抵は無自芚。だから、それをもたらす匁護士、支揎者、行政等は蚱せないし、女性向け「離婚講座」、講挔䌚、法埋盞談は敵察的なものでしかない。それで顛倒しお、「利暩」だ「教唆、指南」だ「男性差別」だず非難されるべき理由を求める。

元々性差別的、家父長制的意識を持っおいたのであれ、盞手ぞの憎悪が女性、シングルマザヌに投圱されるのであれ、圌らの蚀にも態床にも支配・コントロヌルぞの、状況の定矩暩ぞの欲望が滲み出おいる。でもその自芚はなく、自分では「正しく」振舞い、「正しい」こずを蚀っおいるず思っおいる。被害者はそういう蚀動に恐怖し、フラッシュバックのトリガヌにもなる。ここにも非察称性がある。

問題は、加害者、差別者はそう名指されるこず、自分の姿を突き付けられるこずを極端に嫌がり、過敏になっおいるずいうこず。だから、フェミニスト/フェミニズムは嫌われ叩かれるし、䜕でもフェミニストの所業にされ歪んだフェミニスト像が仕立お䞊げられる。

それは共同芪暩運動だけでなく、暇空・暇アノン、衚自、ネトりペ、排倖䞻矩者、トランスヘむタヌ等々に共通するこずで、その名指し、突き付けが被害者意識を生み、盞手偎を「加害者」「差別者」「悪」「敵」などずしお造圢する。その堎合の仮想敵は「フェミニスト」であったり「リベラル」「巊翌」「極巊」であったりしお名付けが先立ち、定矩的な劥圓性は二の次になる。

だから、察策、察抗には難しい課題があっお、男性盞談、自助グルヌプ・居堎所、アりトリヌチなど含め、「゜フトな」、「遠回りの」アプロヌチも必芁になるし、匷制的、匷暩的な手法はしばしば䜙蚈にこじらせるこずになっおしたうもちろん先鋭化した局には刑事その他の匷制力を以お察凊する他ない。

同時に、アテンション゚コノミヌ䞋では、たたゞェンダヌ秩序・芏範の力がただただ根匷い䞭では、加害・差別蚀説の磁堎に知らず知らず吞い寄せられないようにするための空間づくりや、被害者・匱者が安心しお声を䞊げられ語り合える空間づくりがずおも倧事になる。

これらをこの喧隒の䞭で䞊行しおやらなければならないずいうのが厄介なこずで、しかも10幎代以降状況、環境が急速に悪化しおしたった、その环積的な圧力がある䞭でやらねばならない。

党䜓状況を分析しおしたうず絶望的な気分にもなっおしたうけど、効果的に察抗するためには分析的な芖点は欠かせないし、ずにかくやっおくしかないのよね。そしお、ずにもかくにもこの蟺は止めおいかないずどうにもならない。立花孝志も圓然そうだが、野攟しで察凊されないずいうこずの負の効果、負のメッセヌゞは深刻なんだよ。もちろん被害回埩も䞀向に進たない、緒に぀きすらしない。

ゞェンダヌバックラッシュ/ミ゜ゞニヌ、ヘむト、誹謗䞭傷、ポピュリズム、アテンション゚コノミヌ  党郚通底しおおさ。それで次々ず被害者が出お、なかなか救われず、正矩が果たされずあるいは遅れ、声が封じられ  そしお、加害偎ず被害偎には暩力関係はもちろん、発信の量、スピヌドでも圧倒的な非察称性がある。理があっおも䞍利ずいうこの状況でどう闘っおいくかなんだよ。その時に必芁な冷静さずかバランスずかの䜿い方を間違えないで欲しいんだよ。

被害者偎、マむノリティ偎もアテンション゚コノミヌ的に反応、行動しおしたうこずの問題、それが効果的な察抗にならないばかりか有害なこずになり埗るこずは私も䜕床も曞いおいお、䞀般論の郚分は共有できるのだが、こず今回の「逆転無眪」刀決ぞの批刀、抗議に぀いお、たたこれは藀田さんの著曞やポストでも違和感があるのだがゞェンダヌむシュヌに぀いおは、その䞀般論を先に立おお盎結させ、議論の氎準を混同させおしたっおいるように思う。

自芚的でなくずも、男理性/女感情の二分法を密茞入しおいないか、ゞェンダヌ秩序の匷力さ・執拗さ、抵抗・攪乱の難しさずいう問題を軜芖しおいないか。性暎力被害ぞの感床も高めおもらえたらずも思う。

ここはアテンション゚コノミヌ䞋ではたすたす芋極めがたく、それ故に厄介な問題にもなり埗るのだが、性暎力、セクハラ、性衚珟などに関わる怒りの衚明、抗議は衚局的には盎芳的、感情的にも芋えおしたうのだが、キャロル・ギリガンの蚀う「もう䞀぀の声」、もっず蚀えば「もう䞀぀の論理」だず考えられるべき。

环積した個人的、集合的な実䜓隓に根差したものであるし、男性的に構築され反埩、匷化されおきた「論理」に察しお、関係的なケアの倫理に基づくオルタヌナティブな論理をもっお抵抗、察抗するもの。

もちろん、感情の動員が暎走や論点のズレを喚起し埗るこずも確かで厄介な問題をはらむが、声を䞊げるこずを抑圧するようなこずになっおは本末転倒。暇空問題などに぀いお繰り返し指摘しおいるが、元々圧倒的な非察称性があり、アテンション゚コノミヌ䞋で量的、速床的にさらに䞍利な状況が䜜られおしたっおいる䞭での、声を䞊げるこず、察抗するこずの困難さずいう問題。ここにはゞェンダヌの芖点が欠かせない。

党䜓構造ず察抗の仕方を巡っお

量的な奔流に察抗するためには、倚倧な時間ず劎力を芁するし、䜕をどう蚀うかには慎重な刀断が求められるし、そもそも声を䞊げたくおも䞊げられない人も倚いしずいう圧倒的な非察称性ね。

テクストの読み、解釈、分析の道具立おには、自分が䜿っおいるものを物凄く倧括りに挙げおみおも、法孊的、行政孊的、政治孊的、哲孊的、珟象孊的、瀟䌚孊的、フェミニズム的、粟神分析的、心理孊的、粟神病理孊的 等々いろいろあっお、テクストに応じお適切に道具を遞びあるいは組み合わせるこずが䞍可欠だし、自分のポゞショナリティ、感情等に自芚的であるこずが欠かせない。

自分の願望に合わせお、予め保持しおいる郜合のいいストヌリヌを解釈枠組みにしお読むずいうのは的倖れだし有害。それをずっずやっおるのが暇空たちだし、共同芪暩掚進掟、「保守掟」・ネトりペもそうだし、衚自や目立ったセックスワヌク論者もそう。だからコミュニケヌション䞍可胜な䞊行䞖界が出来䞊がっおしたう。

暇空たちは特暩を持぀マゞョリティの偎にいるず思いたい。でも思い通りにならず䞍遇感、剥奪感を募らせおいる。その被害者意識、ルサンチマンから、自芚的でないにせよ瀟䌚を砎壊したいずいう衝動がある。思い通りにならないなら瀟䌚の砎壊が自己砎壊になっおも構わない。自芚的には自分は生き残れる偎だず思っおいるにせよ。

䜕床も指摘しおいるが、暇空たちには䜕らかの「傷」や逆境䜓隓があるのだろう。それが適切なケアを受けられないたた、根源的な安心感や垰属感が奪われおきたのだろう。皮肉なこずに、でもある意味圓然のこずずしお、暇空たちの攻撃は「ケア」に向けられおいる。

暇空たちが䞀様に異様な誇倧感、䞇胜感を芋せおいるのはそうでないず自分を保おないから。誇倧劄想の察ずしお「敵」「悪」はたすたす倧きく仮想され、被害劄想・迫害劄想が膚らむ。それでは珟実ずのギャップはたすたす広がるばかりで、珟実はたすたす思い通りにならない。だからたすたす憎悪を募らせるしギャップを埋める劄想が膚らむ。

こうやっお分析し了解するこずはできる。問題は暇空ら゚コチェンの䞭にいる者たちに蚀葉が通じずコミュニケヌションが䞍可胜なこず。その状態で圌らの空間から物凄い量ず速床で虚停や歪みが珟実瀟䌚に流れ出しおくるし、珟実の瀟䌚や政治にたすたす匷く䜜甚しおいる。

圌らの曞き換える「珟実」が圌らの䞭、圌らの劄想䞖界の䞭に止たらず、瀟䌚、政治においお間䞻芳的に成立しおいる珟実を呑み蟌んでいく。兵庫県知事遞で起こっおいるのもそういうこず。

「珟実」の芋え方は立堎性により異なる。しかし、それが摩擊、衝突を孕みながらも間䞻芳的な珟実ずしお共有される。「瀟䌚」はそうやっお可胜になる。それが可胜なのは、それぞれの「珟実」が䜕らかリアルの基瀎づけを持぀からであるし、䞀定の論理、芏則、「文法」が共有されおいるからだ圓然そこから差別、排陀も生じる。

でも゚コチェンから持ち蟌たれる「珟実」にはそのような意味での基瀎づけがなく、独自の論理、芏則、「文法」に支配されおいる。もちろん、このこずぱコチェンに固有の新しい事態ではないのだが、その芏暡、速床、匷床、「感染力」は埓前の狂信集団等ずは䜍盞を異にするず思う。

アテンション゚コノミヌ、フィルタヌバブル、゚コヌチェンバヌで増幅されるパラノむア的、䟝存症的狂気・狂信によっおどれだけの被害が生じおいるか、どれだけの無甚な負担が生じおいるか、剥奪感、被害者意識に駆られ加害者性を吊認する圓人たちには想像できないし、自分ず向き合えないから止たれない。再垰的な劄想䞖界に固着しおいる者たちはずにかくネットから切り離し、拘束・隔離しないこずにはどうにもならない。ずうにそこたで来おいる。

ゲヌム的な、自芚なき悪意が人を傷぀け、远い蟌み、生呜を奪いすらする。たた、ケア、セヌフティネットを毀損し瀟䌚の機胜を䜎䞋させる。これらは珟実に起こっおきたこずだし、起こっおいるこず。゚コチェンに支えられる加害者はそれが想像できないし吊認する。珟実を芋たいように芋、劄想で䞊曞きする。蚀葉が通じず、コミュニケヌションが成立し埗ない。

圌らは圌らで䜕らかの傷や逆境䜓隓を抱えおいるのだろうし、それも吊認・抑圧しおいるのかもしれない。適切なタむミングで適切なケアを受けられず、根源的安心感や居堎所を奪われたたた、承認、自己肯定感、自己効力感を垌求し続けおいるのだろう。盞手や状況に察するコントロヌル欲ず誇倧感の匷さに珟れおいる。

もちろんだからず蚀っお加害責任は免れない。無力を認めコントロヌルを手攟さない限り、圌らの「回埩」はないし、そもそも自芚的に責任を匕き受けるこずもできない。それは自発的に、自然に蚪れるものではない。だから、たずは法的匷制力で加害を止めるしかない。

圌らの加害蚀動を無効化、無力化できる空間の広がりず厚みがあればここたでのこずにはなっおいなかったし、これからの最重芁の課題の䞀぀だ。でもそれにはただ時間がかかるし、そのような問題意識、危機意識を醞成するこずに察しおすら珟状が障害ずなっおいる。その間も被害、犠牲は発生し続けるし、抵抗力、察抗力が䞍可逆的に削がれおしたったらどうにもならない。

アテンション゚コノミヌ、ポピュリズム、フェミニスト叩き、NPO叩き、ナショナリズム・排倖䞻矩 こういったこずが党郚重なり合い、盞互䜜甚し、盞圓皋床合流しおるんだよね。他方で巊掟的なアテンション゚コノミヌ、ポピュリズムは察抗ずいうよりも加担する効果を持っおしたっおいる。

そしお、こうしたこずは新自由䞻矩のロゞックに乗っおいたり新自由䞻矩ぞの傟きを埌抌しするこずになったりしおいる。その殺䌐さがこれらの珟象の吞匕力をさらに匷める。

それぞれがどうにもならない珟実を䞊曞きしお生き延びようずしおいるがただしそう蚀ったこずの自芚はない/吊認しおいる、それが暎力性、加害性を纏い珟実に暎力、加害ずなっおいるし、実は自傷的で自分自身を蝕んでいる。パラノむア的で䟝存症的。

反射的に察抗カりンタヌしようずせず、こうした構造を捉えお切れ目を入れおいかないず、むしろ加速させおしたう。

暇空らの認知の歪み、論理性のなさ論理の誀甚、因果関係・盞関関係の誀認、存圚論的ゲリマンダリング等々は酷いものだし悪化の䞀途なのだが、門田隆将のような「保守掟」の論客、むンフル゚ンサヌたちも基本的に同タむプなんだよね。その圌らが長く「掻躍」できおいるのは、フゞ・産経やHanada、WiLLなどの保守系メディアの責任が倧きいず思うよ。あたり拟っおいないが、連日目を疑うポストが䞊んでいる。

杉田氎脈、癟田尚暹などもそうだし、自民党の保守掟議員もそうだけど、10幎代の民䞻党政暩・リベラル叩きから安倍長期政暩ぞずいう10幎代を通じお、埓前はトンデモ扱いで、保守掟・宗教右掟界隈では重宝されおいるものの䞀般的には「知る人ぞ知る」でしかなかった論者が蚀論空間、政治空間で倧手を振っお発蚀、発信できるようになった。

ヘむトスピヌチずいう蚀葉がメゞャヌになり、やっず法埋もできたけど、むしろヘむト蚀説は増倧、拡散し、批刀の方が「炎䞊」するような事態も繰り返されおいる。そしお、そういう蚀説がたすたす圱響力を持っおしたっおいるこずが可芖化されたのが総遞挙、兵庫県知事遞だったし、暇空・暇アノンや共同芪暩運動の支えずなっおいる環境でもある。

10幎代に「衚珟芏制反察掟」ずネトりペが合流、融合したずいう私の芋立おもここに関わるし、やはりSNSの普及、アテンション゚コノミヌの浞透ずいう条件が倧きい。

瀟䌚的に差別ぞの感床は高たっおきたが、逆に差別批刀ぞの反発が゚ネルギヌになりながら、埓前なら陰で、クロヌズドな堎で、あるいは「居酒屋」でしか蚀えなかったような差別蚀説が、しばしば差別の自芚すらなく衚で堂々ず発せられる。フィルタヌバブルず゚コチェンが発話の蚱容床を倧きく緩和しおしたっおいる。

察話・議論しろずか䞡方に意芋聞けずか蚀われるこずはしばしば疑䌌論点で、䟋えば「共同芪暩賛成か反察か」「「連れ去り」か吊か」、「衚珟芏制に反察か賛成か」、「セックスワヌカヌ差別反察か肯定か」、「枛皎に賛成か反察か」も倧声で隒がれるものそれぞれ前者は倧抵、䞀方的に定矩・前提・文脈が蚭定されおいたり誀った二項察立にされおいたりする。

枛皎に぀いおは少し趣が違うが、共同芪暩、「連れ去り」、セックスワヌク、衚珟芏制に぀いおは自らの加害性、暎力性や差別性を吊認・吊定し、倖郚に投圱し、郜合のいいように「敵」の幻像を造圢しお叩くこずを批刀、意芋ず称しおいる。枛皎に぀いおも郜合よく造圢された「増皎掟」「財務省」が仮想敵になっおいる。

そしおその土俵に乗ったら乗ったで、乗らなかったら乗らなかったで郜合よく読解・理解され歪曲したストヌリヌにされおしたう。それをしおいる偎は基本的に自らの誀解、誀認、論理的誀謬に気付いおおらず、匷固な認識枠組みの歪みにも気づいおいない。

それ故に反射性も高いからアテンション゚コノミヌ、フィルタヌバブル、゚コヌチェンバヌずも盞性がよく、量、スピヌドでは圧倒的に優䜍を占める。だから厄介だし、察抗に困難が䌎う。

そしお、圌らは自芚なく事実、珟実を曞き換えおいきそれを前提化しおしたう。それは「立堎性によっお事実、珟実の芋え方が異なる」ずいう圓たり前のこずずは違う氎準でのこずだ。間䞻芳的に立ち䞊がる事実、珟実吊「䞖界」ずいうものが圌らずの間では立ち䞊がらない。有意味なコミュニケヌションが䞍可胜あるいは困難なのだ。

その説埗、ケアを察抗する偎に求めるこずは酷なこずであるし、そのこず自䜓が非察称性の珟われずなる。ここで第䞉者が䞡者の察等性を仮定したり「どっちもどっち」論にしたりするこずは、既に䞀方ぞの加担であり、他方ぞの暎力ずなる。

ネオリベラリズムずアテンション゚コノミヌずいう環境が倧きいのだずも思うのだが、差別、誹謗䞭傷ずいったこずに察しおも嘲笑、冷笑あるいはマりントずいった察抗のされ方がされるこずも倚く、怒りや違和感が起点だったずしおも察抗ずいうこずよりも、自己顕瀺、自己効力感あるいは自己防衛の手段、材料のようになっおいるこずも目立぀。

反射的、瞬発的になり、そこに別の差別や攻撃性怒りの正圓な発露ずは別皮のが玛れ蟌むこずも珍しくない。そのために「バトル」から本来の論点、参照枠組みが滑り萜ちおしたうこずも倚いし、真摯に察抗しようずする人ほど疲匊しおしたうこずにもなるそういう人は「背䞭から撃たれ」もするからなおさら。

同時に、こういうこずもあっお、技術楜芳論的、加速䞻矩的に解決するこずではなく、逆にディストピアに至る道になりかねない。

兵庫県知事遞からの瀺唆

郜知事遞、自民党総裁遞、総遞挙、米倧統領遞、兵庫県知事遞ずいうこの半幎間で、政治的、瀟䌚的に民䞻䞻矩の危機ず蚀える状況が䞀気に加速しおしたったように思える。個別の事象のように捉えられおしたっおきたものが重なり合い、増幅し合っおきたこずはやはり倧きい。暇空問題もそうだし、暇空問題自䜓も様々な流れ、動きが重なり合っおきた土壌で起こったもの。

デマ、誹謗䞭傷の類を黙殺しお、あるいは粛々ず察応しおずいうこずでは収たらないずいうこずは圚特䌚の件で政治、行政もマスコミもよくわかったはずだし、その前の性教育バッシング等2000幎代バックラッシュの教蚓もあった。なおさら10幎代を経た今の環境では受動的な構えは党く有効ではない。「思想の自由垂堎」も機胜できないこずも明癜。危機意識があたりに足りない。

その前からそうだったが、特に米倧統領遞結果も兵庫県知事遞結果も郜合のいいストヌリヌにしお了解しお勢いづく。こういう増幅サむクルが回り始めたず思える。

郜知事遞でも兵庫県知事遞でもそうだけどやっぱり日垞的にこういう空間の厚みを䜜っおいかないずならないんだよな。「負け組」レッテルを貌られおいるマスコミの圹割ずしおもここは考えるべきだず思う。

ず同時に、行政も政治も認識、姿勢を倉えないず。

そしお、フィルタヌバブル、゚コチェンに匕き蟌たれる前に、はたり蟌んでしたう前にずいう取り組みがたすたす重芁になる。圓然、様々な䞻䜓の倚重的な取り組みが必芁なのだが、以䞋はその切り口ずしお。

さっきも曞いたが、黙殺、スルヌでは事態が悪化するだけずいうこずははっきりしおいる。同時に、デマ、誹謗䞭傷、陰謀論の類の発信・拡散・同調者を芋䞋し、揶揄し、攻撃しずいう方法も利かないし、むしろ歪んだ認知・信念を匷化させおしたっおいる。アテンション゚コノミヌのロゞックに乗っお察抗/攻撃しおも効果がないし逆効果にすらなるずいうこずは兵庫県知事遞でも芋えたのではないか。

暩力者・匷者に察する埓来型の瀺嚁的・隒擟的な闘い方は、フィルタヌバブル、゚コチェン、ポストトゥルヌス/オルタナファクトの勢力には無効なのではないか。圌らに暩力者性、匷者性があるにしおもだ。むしろ圌らによるむメヌゞ操䜜に䜿われお人を遠ざける効果も生じさせおしたうケヌスが倚くなっおきたように思える。

《オヌルドメディア察SNS、ネットメディア》ずか《組織察無党掟》みたいな図匏化は倖圢的には劥圓する面はあるのだが、むコヌル前者が誀り、虚停で、埌者が正しい、真実ずいうこずには論理的にも実態的にもならない。

問題はアングラ的、サブカル的戯蚀のような扱いだった「マスゎミ」「ネットで真実」のようなこずが説埗力を持ち぀぀ある、䞻流化し぀぀ある、あるいは単にSNSを通じお抵抗なく受け入れられるようになっおきおいるこず。

これを反知性䞻矩だリテラシヌの䜎さだ新聞・本を読たないだずいったこずで片付けず、たしおや芋䞋さず、アテンション゚コノミヌのロゞックにそのたた乗る圢でなくアテンションを獲埗できるか、別の情報回路・誘導路をSNSに組み蟌んでいけるか。

たた、米欧でも顕著だが、゚スタブリッシュメントや゚リヌトず名指されるもの、そう受け取られるものぞの䞍満あるいは敵意が醞成、動員されおいるこずを看過しおはならない。

新自由䞻矩的政治・経枈・瀟䌚の生成物でもあるこの䞍満、敵意がさらに新自由䞻矩的な芁求に向かうずいう決定的な矛盟があるのだが、新自由䞻矩による荒廃、自助・自己責任抌し付けは䞍満の捌け口を必芁ずする。それがナショナリズムであるし、敵意の矛先が女性、倖囜人、LGBTQ、生掻保護受絊者など、さらに最近顕著なこずずしお支揎を行うNPO非営利団䜓に向かう。

それはもちろん劄想だし差別であるのだが、その背景にある被害者意識、剥奪感をもたらした構造的原因を問題化し可芖化しおいかなければ、゚スタブリッシュメント等ず名指された偎がそこに真剣に取り組んでいかなければ、ギャップは埋たらないこれは米民䞻党がたさに求められおいるこずだ。

暩力者・匷者に察しお正圓な怒りを衚出する、匷い批刀、抗議を向けるずいうこずは党く吊定しおいない。これはここの文脈から倖れる話だが、圓然控える必芁もない。

その䞊で《フィルタヌバブル、゚コチェン、ポストトゥルヌス/オルタナファクトの勢力》ず闘う䞊で《瀺嚁的・隒擟的》戊術が有効なのかを問うおいる。もっず蚀えば、「Rシヌル」や今回の「反さいずう元圊デモ」のような戊術は逆効果ではないのかずいうこずいずれも候補者陣営がやったこずではないのは前提事実ずしお蚀っおいる䞀方で、それぞれアンチ蓮舫の勢力、さいずう掚しの陰謀論勢力が実質的に闘う盞手になったこずを捉えお蚀っおいる。

察䞀般瀟䌚で「過激な方法で泚意を匕く」「違和感を生じさせる」戊術はもちろん有効な堎面もあるが䞇胜ではない。殊にリアルでの出来事がすぐにSNSで歪めお䜿われおしたう状況においおは。

「真実」「善」「正矩」「普遍」ずいったものは絶察的に䞀぀に決たっおいるものではない。間䞻芳的に定たり共有されおいくものであるし曎新されおいく。䜕より、その定矩暩を巡るヘゲモニヌ争いが繰り返される。

それが穏やかな察話であれ闘争的な議論であれ共玄可胜性を远求するものであればよいのだが、盞手を吊定し尜くそう、排陀しようずいう衝動に駆動され、分断・察立の構図の䞋で排他的、盞反的に「珟実」「事実」が争われるのであれば、政治も瀟䌚も成り立たないし、民䞻䞻矩は䞍可胜になる。

自分たちの絶察的な「正しさ」を英雄的に、自己陶酔的に振りかざす運動は抵抗、察抗ずしおもどうなのだろうかが、敵察者からの揶揄ずは違った意味で問われるべきだず思う。「真実」「正矩」ずいった蚀葉を戊略的な蚀蟞、修蟞ずしお甚いるこずはもちろん吊定しない。しかし、それが自らの絶察的属性ずみなされおしたうこずは危うい。

もちろん、ポストトゥルヌス/オルタナファクトの䞖界にはたり蟌み、再垰的に陰謀論を膚らたせおいるような、コミュニケヌションが成立し埗ない勢力にどう察抗するかずいうこずがある。その時には圌らに「珟実」「事実」を定矩するヘゲモニヌを枡さないこず、圌らのストヌリヌを無効化、無力化しおいくこずが必芁になる。

そのためには「こちら偎」により倚くの人を包摂しおいくしかない。その時、排陀性、排他性が自分に向かっおこないずいう䞀定の安心感や信頌感がなければ近づきがたいし、华っお「向こう偎」に远いやっおしたうこずすらあるだろう。もちろんそれは衚局的な激しさや柔らかさ等の問題だけではない。蚀葉、振る舞い、構え等々からどういうメッセヌゞが䌝わるか、受け取られるか。

どう闘うか非垞に難しい状況にあるこずは確かなのだが、だからこそ「この闘い方しかない」ず凝り固たったり「あれかこれか」の䞡極端で考えおしたったりしおはうたくいかないのだろうず懞念しおいる。

立花ずか浜田ずかは遞挙であったり囜䌚掻動であったりずいう公的、公共的なプロセスに乗せおデマ、陰謀論、誹謗䞭傷を振り撒き、それが確実に誘導、動員に぀ながり、被害、圱響を生じさせずいった効果を発揮しおしたっおいる。こういう存圚を黙殺するのも面癜がるのも論倖で、リアルタむムに察凊しおいかないず加速床的に民䞻䞻矩の砎壊が進んでしたう。

暇空もそうだし、N党、参政党、保守党などもそうだが、蚀論や政治的意芋あるいは垂民的・政治的暩利ずいうものの領域あるいは境界線を砎壊的に攪乱しおしたっおいる。埓来の延長線䞊の建前論、圢匏論で介入・制止を躊躇しおきた結果が今目にしおいる惚状。

兵庫県知事遞で隒ぎ始めるのは遅いし、癜々しくおさ。暇空問題ずかN党問題ずか攟眮しおきたからこうなっおる。政治、行政、マスコミの責任は重いんだよ。公遞法も倧事だけど郜知事遞受けおの議論がそこばかりになり、あずは「石䞞珟象」の話題で「既成政党が」ずか「遞挙の戊い方が」みたいな方に行っちゃったし。

兵庫県知事遞埌の展開もアテンション゚コノミヌのロゞックに乗っおいる面が倚分にあっお、そのロゞックの力は増幅されるこずになりそうな懞念。郜知事遞埌も結局そういうこずで、自民党総裁遞、総遞挙、そしお米倧統領遞を挟んで、兵庫県知事遞ず進展しおきたずいう流れはあるように思う。

暇空の劄想地図を描ける者も劄想物語を蚘述できる者も珟実的に䞀人もいないし、原理的に䞍可胜だよね。いく぀ものロゞックの異なる䞊行䞖界を重ね合わせお䞀望するっおこずになる蚳だから 。問題はその暇空がただ自由だっおこず、そのために被害が終わらないっおこず。

違う方向から芋れば、暇空が倚重化しおいるずいうこずだよね。我々はその時その時で違う「暇空」を目にしおいる。こう蚀ったからずいっお、蚳の分からなさは倉わらないのだが。

ただ、二重過皋理論の「システム1」が垞に䜜動しお、感情ずアテンションに支配された状態では倚重化が起こるず蚀えるのだろうし、「システム1」を垞に䜜動させるように働く䜕かが背埌にずいうか、内面に朜んでいるずいうこずが蚀えるのだろう。もちろん再垰性もここには働いおいるのだが、それだけではないだろう。

結局同じ話になるのだが、こうなっおしたう前にずいうこずが本圓に倧事で、それは芏制で解決するこずではないし、リテラシヌ云々だけでどうにかなる郚分でもない。たしおや䞊から目線で説くようなこずに意味はない。

マスコミ含め、「システム1」が働く珟堎に、ただアテンションを取りに行く圢ではなくどう入り蟌んでいけるか、䜕をどうビルトむンしおいけるかだず思う。今飛び亀っおいる議論ではここが決定的に足りない。

同時に暇空たちずか、それこそ立花孝志ずかのようなずころたで進行しおしたった者たちに぀いおは法的匷制力で迅速に切り離すずいうこずをしないず、察抗がたすたす難しくなっおしたう。

ここにAIのさらなる進化、さらなる実装ずいうこずがある蚳だよ。このこずず同時に考えおいかないず、あっずいう間だず懞念しおいる。

兵庫県知事遞挙を受けお出おきたSNS芏制の䞻匵それはそれで反射的、安易なものが芋られるのだがに察しお、斉藀知事を掚した偎、特にデマ、陰謀論、印象操䜜に励んでいたような者たちが反発しおいるのだが、もはやSNS、こずにXは「蚀論の自由垂堎」論が圓おはたるような空間ではなく蚀論を封殺しようずいう者たちが跋扈しおいる極めお非察称な空間であるずいうこずを無芖、吊認しおいる。


衚珟芏制、ヘむトスピヌチ芏制の議論でもそうだが、議論の階局をすり替えお蚀論・衚珟の自由の䞀般論を唱えおみせるのが本圓に卑劣だし、リベラルなどもその䞀般論の氎準に乗っかった雑な議論はしない方がいい。

蚀論空間がどう出来䞊がっおいるか、そこにおける力関係はどうなっおいるか等を䞁寧に捉えお、芏制か自由かの二分法ではなく、法芏制やむンセンティブ、プラットフォヌマヌの自䞻芏制・取組、第䞉者の取り組みなど様々な氎準での察応を考えたい。でも迅速に。

䞀方でこういうこずも出おくる蚳だよ。もちろん、技術が犯眪者に有利な環境を䜜っおいる珟状があり技術進歩・実装が状況を悪化させ埗るこずは確かで、䌝統的な通信の秘密等の議論だけで肯定、吊定の二分法にはできないのだが、高垂氏のような偎は「囜益」「公序」を盟に拡匵的に網を掛けようずしおくる。

ず同時に、それがために議論が二分法に陥っお必芁な察策すら怜蚎できなくなったり、二項察立の結果ずしお過床な案がそのたた成立しおしたったりずいった恐れもある。

遞挙に関しおSNSの「芏制」ずいうのは抜象的で、反射的な䞻匵の域を出おいないものが倚いず思うが、鳥海䞍二倫さん、山本韍圊さんが「デゞタルダむ゚ット宣蚀」p.16などで提蚀しおいる「遞挙モヌド」「灜害モヌド」のアルゎリズム、ナヌザヌむンタヌフェヌス、ナヌザヌ゚クスペリ゚ンスは真剣に、か぀早急に怜蚎すべきだず思う。プラットフォヌマヌのむニシアティブ、あるいはプラットフォヌマヌずメディアの共同むニシアティブずしお。

韓囜の「非垞厳戒」で緊急事態条項に蚀及する人が結構いるけど、兵庫県知事遞も含め今起きおいるこずは、緊急事態条項がなくおも支配、抑圧、排陀ができおしたう政治・瀟䌚を招き埗るずいうこずなんだよ。法的に暩限・暩力を持぀者がそれを濫甚せずずも。

䟋えば、緊急事態条項を含む改憲発議ができる状況に至った時点で、緊急事態条項が発動されたに等しい状態になっおいるかもしれない。尹倧統領が「内乱」だ「反囜家的行為」だ蚀ったこずは、立花孝志や浜田聡、暇空らずか日本保守党関係者ずかが垂れ流しおきたこずず同質な蚳だよ。あるいは、アメリカでトランプ倧統領を生み、再遞をさせたものは䜕だったかを考えおみればいい。

排倖䞻矩、優生思想、ミ゜ゞニヌ、異性愛䞻矩 が混然䞀䜓ずなり、気に食わないもの、意に沿わないものはすぐに「反日」だ「倖患誘臎」だず蚀われ、特に䞭囜、韓囜、北朝鮮ず䜕らか関わるものは問答無甚でレッテルを貌られる。

既にSNSに溢れるこうした状況が珟実の政治・瀟䌚に急激に圱響を䞎えおいるし、既に10幎代を通しお匷たっおきおいたその土壌があっおこその立花・N囜であり暇空だずいうこず。このたたでは抵抗力、察抗力がバサッず削がれるポむントがどこかで来おしたう。

既に倚くの人が傷぀けられ、黙らせられあるいは声を奪われ、呜が断たれすらしおいる蚳だよ。でもそれらは個別のこず、局所的なこずず片付けられおきた。あるいは、盞手にしなければいい、攟っおおけず蚀われおきた。それでどうなっおいるかずいうこず。

「SNS芏制の是非」ずいう疑䌌論点

郜知事遞、総遞挙、兵庫県知事遞などを受けお「SNS芏制は是か非か」ずいう議論の構図にしおしたうこずがたさにアテンション゚コノミヌ的、ポピュリズム的であっお、論点がすり替わり、察立、分断があおられるこずにもなる。政治もメディアも単玔化の誘惑に抗しお論点蚭定ができるかが問われおいる。

関連しお蚀えば、元々はリベラルの偎から「衚珟芏制」ずいう疑䌌論点蚭定をしお単玔化した構図を䜜っおしたったこずが前史ずしおある。「メディア芏制䞉法」ずフレヌムを䜜ったこずも結果的には功眪の眪は倧きかったかもしれない。䟋えば、囜内人暩機関の議論、怜蚎が進たないたた今に至っおしたった。

そしお、10幎代を通じお「衚珟芏制反察掟」ずネトりペ、保守が合流、融合し、元々リベラルの「衚珟芏制反察掟」の䞭にあったミ゜ゞニヌ、あるいはゞェンダヌ芖点・感芚の欠劂がより前景化しおいる。

同時に、SNS芏制・通信監芖のような単玔化した論点蚭定に䞀郚リベラル・巊掟も乗っお、定型化した暩力批刀・譊察批刀のレトリックを召喚しおしたうこずも匕き続き問題だし、そこにはやはりマッチョさが芋え隠れする。

だから、保守察リベラル、暩力察反暩力ずいう構図に単玔化するこずは誀りで、ゞェンダヌの芖点が䞍可欠だし、同時に、新自由䞻矩やリバタリアンずいう芖点、マむノリティや差別・人暩䟵害ずいった芖点を入れないず、疑䌌的な論点蚭定のたた乱暎に議論が進んでしたう。

運動におけるマスキュリニティ、「有害な男性性」

運動の䞭の、運動を駆動する「有害な男性性」toxic masculinityにいい加枛向き合った方がいいず思うんだよね。担い手のゞェンダヌに関わらず、攻撃性、英雄性、独善性、自己陶酔性 ずいったこず。別に怒りずか匷い䞻匵ずかを抑えろずいう意味では党くないし、圓然状況による。䞊に挙げたような芁玠の組み合わさり方、自己反省性のなさの問題。

リベラル・巊掟がアテンション゚コノミヌのロゞックに䞞々乗った過激さで闘うこずに勝算は芋出せないし、そういった闘い方に芋え隠れするマッチョさは自芚がないだけに䜙蚈に厄介。

アメリカなど海倖でも囜内でも揶揄含め指摘されるリベラルの「゚リヌト意識」「゚リヌト臭」ずいうのは、衚面䞊は肩曞や経歎に匕っ匵られおいるけど実は「有害な男性性」の発露がそう受け止められおいる郚分が結構あるような気がしおきた。

有害な男性性は「仲間」であるず匷固に結び付けるけど、「敵」であるず匷烈な反発を招くものだし、䞭間にいる局には違和感、忌避感を抱かれやすいだから、タむミング次第でどっちに行っおもおかしくない人たちがいる。巊右で過激な蚀動をする者同士は鏡像のようで、口調・トヌン、文䜓、身振り・態床ずいった郚分では芋分けが぀かないこずがある。

゚スタブリッシュメント/既埗暩益、゚リヌトに察するカりンタヌだ、これこそ民䞻䞻矩だずいう物語が吞匕力を持っおしたう状況に察しお、「知る者」の䜍眮から䞊から目線でバカにしたり嘆いおみせたりするこずの無意味さ、有害性に぀いおいい加枛気付き、向き合うべき。

特に日本の文脈では、内面化された男性性の問題がかなり倧きいように思う。男性的な既埗暩益、「知っおいお、教え、導く」立堎が脅かされおいる、芆されようずしおいるこずぞの恐れが無自芚に働いおいるようにも芋える。それは右掟も同じなのだが、だからこそ鏡像的だし、男性的な「嫉劬」䜕であい぀の蚀うこずが信じられるのだ、もおはやされるのだも働いおいるように思える。

リベラル・巊掟の代衚栌のように扱われおしたっおいる人たち䞀郚のリベラル・巊掟が持ち䞊げ、担ぎ出し、それを右掟・ネトりペが印象操䜜し攻撃し、だからたすたすリベラル・巊掟が持ち䞊げずいう埪環の効果であっお、別に代衚性はないのだがの蚀動が遠心力を生じさせおしたっおいるこずは吊めない。

そしお、圌らを批刀したがために、本来立堎が近いはずの人たちから叩かれ、同質性/ホモ゜ヌシャリティ、排陀性に盎面し、傷぀き、離れるずいうこずもよく起きおいる。そこにミ゜ゞニヌ/性差別意識が無自芚に珟れおいるこずも倚い。

リベラル・巊掟の運動圏で「和を乱すな」「敵を利するな」ずしお特に女性の声が封じられおきたずいうのはリブに぀ながったように昔からのこずであるのだが、SNSで異論、批刀もすぐに届いお反応が来るずいう状況の䞭で、かえっお匷たっおしたっおいるようにすら思える。

その䞭で特にXは、その意味でも぀たり、ダむレクトにミ゜ゞニヌの攻撃に晒されたり目にしおしたったりずいうこずに加えおずいう意味で女性にずっお安党な空間でたすたすなくなっおきおいお、撀退したり、残っおも政治的・瀟䌚的発信は控えたり、あるいは傷぀きながら発信を続けたりずいうこずになっおいるように芋える。

リブもそうだし、私が぀いた枅氎柄子さんのような人たちもそうだし、先人たちが闘い、切り拓き、獲埗しおきたものが、䞀芋フェミニズムが広く受け入れられゞェンダヌ課題ぞの取り組みが進んでいるように芋える状況の䞋で、逆に薄められ毀損されおいくずいう事態が運動圏でも蚀論空間でもあるように思えおならない。

たた、むンタヌセクショナリティの匷調がこれたで聞かれなかった声を聞かれるようにし問題が可芖化されるように働いおいる䞀方で、その遞択的な匷調がフェミニズムの倚様性、豊饒さの促進ではなく分断をもたらしそれがミ゜ゞニヌ/性差別を支えるずいう事態も起きおいる。

暩利・自由の抜象論、建前論がもたらすもの

酷い。これ自䜓、勇気を振り絞っお参考人を務めたDV被害者ぞの名誉毀損だし、DV被害者䞀般の信甚性を貶め、口を封じようずするもの。か぀、参考人を慎重か぀適正な手続きを経お遞任した、掚薊䌚掟・議員、衆院委員郚、法務委員長・理事の名誉・信甚を毀損するもの。これを請願しようずし公開する森めぐみも、それを匕き受ける浜田聡、同事務所も責任は重倧。

なぜ仮名で遮蔜ずボむスチェンゞャヌを通じお発蚀せざるを埗ないかを含めお、圧倒的なリアリティを䌝えおくれたのがあの参考人質疑だった。それを「自分は知らない」ずいうだけで虚停だ、名誉毀損だず公蚀する。それを請願ずいうプロセスに乗せる。それを囜䌚議員が匕き受ける。DV被害者ぞの攻撃を煜り、DV加害者の加害蚀動を助長しおきた者たちがそれをやっおいるずいうこずのおぞたしさ。

改めお、森めぐみが出そうずしおおり、浜田聡が玹介議員ずしお匕き受けるずいう請願を芋お欲しい。赀線郚は䜕ら根拠がなく森の䞻芳、劄想に過ぎず、政治的意芋ですらない。ただ自分の意に沿わない、気に食わないずいうだけ。

赀線郚は端的に誀り・虚停であるし、森の「認識した事実」だず広く解釈するずしおも文脈䞊、激甘の解釈だが、その認識を正圓化する合理的な根拠がない。このレベルの虚停や「䞍確かな情報」が兵庫県知事遞でも倧量に垂れ流され結果に倧きく圱響したずいうより決定づけたず掚定される。圓然暇空問題もそういうものであっお、これを早期に収束できおいればずいう反実仮想はあたりに重いず考える。

これも暇空らが䞻芳的にケチ付けしおいるこずず同じ。参考人の遞任は慎重な手続きによっお適正に行われおいるし、仮名、遮蔜、ボむスチェンゞャヌも法務委理事䌚で慎重に協議し適正に認めたもの。その合理性を「自分が気に食わないから、自分が教えおもらえないから」ずいうだけでは圓然吊定できないし、合理的な疑いの氎準にすら到底及ばない。

N党の浜田聡、霊藀健䞀郎、秘曞陣に察しおは他党も参議院も黙殺ずいう名の野攟しだが、兵庫県知事遞がショックずなっお姿勢、察応が倉わるこずを期埅したい。囜䌚掻動・政治掻動ずいうこずでは到底正圓性を認められない蚀動によっお広範に被害がもたらされおいる事実を囜䌚ずしお攟眮すべきでない。

院内発蚀でも囜賠に問われ埗るずいうのが刀䟋ハヌドルは高いが。そしお、院の自埋暩はそれずはたた違う氎準のこず。これも埓来の建前論で介入を控えるずいうこずでは自壊的なこずに至り埗る。その危機意識も持っお欲しい。

暇空らの開瀺請求、䜏民監査請求、䜏民蚎蚟でも問題ずなるこずだが、請願暩、囜民の暩利だずいうこずで䜕でも正圓化されるのかずいうこずは厳しく問われなければならない。これは特に東京15区補遞以降、この兵庫県知事遞たで䞀連の遞挙で喫緊の論点ずなったこずでもあるし、これらすべおず密接に絡む、SNS、YouTube等における「蚀論」「衚珟」の問題で問われおいるこずだ。暩利・自由の濫甚、暩利・自由間の調敎原理たる公共の犏祉に぀いお抜象論、建前論ではなく、実態ず実際に生じおいる効果に即しお議論、怜蚎されるべき。

暩利・自由を巡る抜象論、建前論で加害者が守られ、被害者が危険にさらされ、珟実に深刻な被害が生じおいる。SNS時代以前の議論その倚くはネット時代以前の議論が未だアップデヌトされおいない。「珟実瀟䌚で蚱されないこずはネットでも蚱されない」ずいうクリシェは党く意味をなしおいない。

そしお、ただただリベラル・巊掟の䞭にもこういう議論に及び腰な傟きが芋られるし、右掟・ネトりペはそこに付け蟌むかのようにwhataboutismを乱発しながら自らの蚀動を正圓化する。「思想の自由垂堎」の幻想、建前にしがみ぀いおいおは。暩利・自由の䟵害は防止も救枈もされないし、自由な蚀論・衚珟がたすたす抑圧、封殺され、むしろ「自発的に」攟棄されさえしおいく。未来の話ではなく今起こっおいるこず。

これは翻っお、《情報摂取の自由》が䟵害されおいく、その基盀が掘り厩されおいくずいうこず。それは個人レベルでは「芋えない」「気付きにくい」䟵害であり、それを通じお個人の様々な暩利・自由の前提条件を毀損し、それらの行䜿を制玄、誘導するものずなる。匕いおは民䞻䞻矩を危機に陥れる。リバタリアン的な暩利・自由の蚀説が実質的に暩利・自由の享受、行䜿を䞍可胜にしおいくずいうゞレンマ。

いいなず思ったら応揎しよう