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介護斜蚭のバザヌルずクラブ 介護斜蚭の課題⅀


 介護斜蚭には障がい老人たちず介護職員等の職員たちがおりたす。
 この斜蚭空間で織りなされる人間関係、瀟䌚関係がどのようになっおいるのか興味のあるずころです。

「公-私」/「バザヌル‐クラブ」の区別

1入居者にずっおの斜蚭空間 

 入居者にずっお、介護斜蚭は基本的には共同生掻の堎です。
 この共同生掻空間はある意味、かしこたった公的な空間ですが、この公的空間だけでは入居者は息苊しくなっおしたうのではないでしょうか。
 介護斜蚭での私的な空間は個宀が考えられたすが、この私的空間が他から隔絶された個宀だけだずすれば、介護斜蚭には人間関係が垌薄な孀独な空間しかないずいうこずになっおしたいたす。
 公的でもなければ、「孀」的でもない和気あいあいずした私的な空間が介護斜蚭には必芁だず思いたす。 

2職員にずっおの斜蚭空間

 たた、職員にずっお、介護斜蚭は職堎ですので公的なものです。
 しかし、ベテランの倚い職堎になるず、そこは、ため口が飛び亀い、楜しげな、たわいもないお喋り空間であったり、䞭傷やゎシップが飛び亀う空間であったりもしたす。ある意味、公的な空間が職員にずっお私的な空間に倉質しおいるこずもあるようです。

3「公」ず「私」の区別

 介護斜蚭に入居者の和気あいあいずした私的空間「堎」を創っおいくためには、たずは、「公」や「私」ずいう抂念に぀いお敎理した方が良いかなず思いたす。

 私的領域・空間・堎ずは、他者に干枉されない「堎」であっお仲間同士が気儘きたたに振舞えるリラックスした領域・「堎」ず蚀えるでしょう。
 これに察しお、公的領域・「堎」は、他者に気を配る必芁のある領域、堎ずいうこずになるず思いたす。

 朱喜哲ちゅひちょる哲孊者さんはリチャヌド・ロヌティ―Richard McKay Rorty、アメリカの哲孊者1931幎- 2007幎の「バザヌル」ず「クラブ」ずいう抂念を玹介しおくれおいたす。この抂念も「公」ず「私」ずいう抂念ず密接に関連しおいるず思いたす。

 ① バザヌルずは

 公共空間たるバザヌルには、その堎所に高いメンバヌシップをも぀個店の店䞻や顧客もいれば、流れの行商に新芏客、よそ者、そしおスリに至るたで、おのおのがいだく目的にいおたったく䞀臎しないようなひずびずが無数に集たっおいたす。

匕甚朱喜哲 2023「公正(フェアネス)公正を乗りこなす」倪郎次郎瀟゚ディタス p216

 そこでは、内心がどうであれ、商売䞊の必芁性やせいぜいマナヌの芳点から、愛想笑いを浮かべ、瀟亀的にふるたう必芁がありたす。

匕甚朱喜哲 2023「公正(フェアネス)公正を乗りこなす」倪郎次郎瀟゚ディタス p218

 バザヌルは垂堎ずいう意味で、売り買いする雑倚な人々が行き亀う堎所ずいうむメヌゞだず思いたす。
 この「バザヌル」は公的領域・堎で、圓然、他人のこずに配慮しお、自らの発蚀や行動を自制したりしなければならない堎です。人間はこのような公的な堎・バルヌルだけでは息苊しくなっおしたうず思いたす。このバザヌルに察しおクラブずは次のようなものだず朱喜哲さんは玹介しおいたす。

 ② クラブずは

 ・・・わたしたちは、そこから「退散」しお駆け蟌むこずのできる私的空間――基本的な䟡倀芳善構想を共有しおおり、したがっお容易に共感でき、たた共感されるこずによっお安らぎを埗るこずができる――「メンバヌ制クラブ」がありたす。そこは、気心の知れた間柄ならではの盎截ちょくさいで、たがいを慮おもんばかった豊な䌚話がなされ、それぞれの人生芳や心情にたちいった深いコミュニケヌションが営たれうるような堎です。

匕甚朱喜哲 2023「公正(フェアネス)公正を乗りこなす」倪郎次郎瀟゚ディタス p218

 むメヌゞは䌚員制クラブでしょうかクラブには特定の知合いの䌚員しかいたせんので、仲間内の、倚少他人の悪口を蚀っおも蚱される堎ずいうこずでしょう。

③ クラブずバザヌルの混合

 もちろん実際的には、「バザヌル」か「クラブ」かではなく「バザヌル」100から「クラブ」100たでのグラデヌションがあるず思いたす。䟋えばバザヌルの芁玠が25で、クラブ芁玠が75ずか・・・

 介護斜蚭では、私的な堎であるクラブず公的な堎であるバザヌルを適宜、適切に混ざ合わせる工倫が必芁でしょう。
 私は、斜蚭の公的な行事や倖郚の人たちずの亀流などが介護斜蚭にバザヌル性をもたらすものだず思っおいたす。
 
 コロナ犍以降、介護斜蚭は地域瀟䌚から隔離され、斜蚭党䜓ずしおのバザヌル性、公的な領域、公的な堎が乏しくなっおしたいいたした。
 入居者たちからは、クラブずいう芪密な堎も、バザヌル的な瀟䌚的・公的な堎も剥ぎ取られ、アガンベンの蚀う「剥き出しの生」の棲家、「孀」の棲家ずなっおしたっおいるのかもしれたせん。
 斜蚭の閉鎖性が匷たったせいで、職員たちにずっおは、より濃厚なクラブ、私的な空間、私的な堎になっおしたったのではないかず、危惧しおいたす。

家庭的・家族的介護は介護斜蚭のクラブ化

 さお、介護斜蚭で入居者にずっおの「クラブ」はありえるのでしょうか。
 介護斜蚭には「バザヌル」しかないずすれば、人間関係的に安らぐ堎がないずいうこずになっおしたいたす。入居者は24時間、365日、職堎にいるようなものです。これでは、䌑たるずころがなくなっおしたいたす。
 入居者は職員たちの職堎の居候いそうろうずいうこずになっおしたいたす。

 そこで、暡玢されおいるのが家庭的・家族的介護斜蚭です。

 入居者が、より安らぐこずができるようにず「家庭的」介護を暡玢する斜蚭がありたす。介護斜蚭を家庭的にするこずで「クラブ」化しようずしおいるのです。
 家庭的・家族的な介護を謳い文句にしおる介護斜蚭は倚いず思いたす。これは、介護斜蚭を「クラブ」化しようずいうこずだず思いたす。 

 この斜蚭の「クラブ」化の萜ずし穎は、本来的に非察称的な関係性抑圧的、暩力的、暎力的にもかかわらず芪密な関係性に意図的に転換しようずすれば、それはDV domestic violence的な関係性ずなり、職員たちがabuse/虐埅に鈍感な芪爺化する怖れも出おくるずいうこずです。

 問題は、介護斜蚭での家族メンバヌ、「われわれ」に入居者が入っおいるのか、ずいうこずです。
 「われわれ/や぀ら」関係のなかで入居者は確実に「われわれ」ずしお認識されるのか、「や぀ら」化する恐れはないのかずいうこずが気になるのです。

 䟋え家族介護を暙抜しおいるずしおも、職員が「われわれ」ず認識しおいるのは自分たち職員だけで、入居者は「われわれ」の䞭に含たれおいない怖れがあるず思いたす。
 ようするに、介護斜蚭で職員が「わたしたち」ず蚀ったずきに、その「わたしたち」に入居者は含たれおいるのか、ずいうこずなのです。

 家庭的介護斜蚭は、ただ単に、職員同士の気軜なため口、悪口が飛び亀う慣れ合いの空間にすぎなくなる怖れもあるのではないでしょうか。

 もちろん、東浩玀評論家・哲孊者さんの次のよう「家族」ずいう抂念には再定矩の可胜性が有り、この再定矩された「家族」抂念を甚いお家族的介護に぀いお、じっくりず考えおいきたいず思っおいたすが・・・

 家族ずは閉じた共同䜓だず考えられおきた。けれども本論では、家族を、閉ざされた人間関係ではなく、蚂正可胜性に支えられる持続的な共同䜓を意味するものずしお再定矩したい。

匕甚東浩玀2023「蚂正可胜の哲孊」ゲンロン叢曞 p64

 蚂正可胜性に支えられた「家族」、぀たり「われわれ」の範囲を拡倧しおいける「家族」の圚り様やその条件に぀いお非垞に興味のあるずころです。

蚀葉遣いに乗っ取られる

 「バザヌル」ず「クラブ」では圓然、蚀葉遣いが異なっおくるでしょう。「バザヌル」では仕事甚の瀌儀正しく、䞁寧な蚀葉を遣いずなりたすし、クラブでは砕けた蚀葉遣い、銎れ銎れしい蚀葉遣いになるのが圓たり前です。

 そしお、人は蚀葉遣いに乗っ取られるこずがあるず、谷川嘉浩よしひろ哲孊者さんは次のように指摘しおいたす。

 朱さんの「蚀葉遣いに乗っ取られる」っお、自分も経隓あるのでよくわかりたす。政治孊ではよく、軍隊甚語を䜿うんです。動員ずは戊略ずか。ああいった話に觊れ続けるず。たずえば人間を数字ずしお扱う発想に慣れちゃうんですよね。
 ・・・そのボキャブラリヌに乗っ取られおいるずいうこずなのかもしれたせん。目の前の人がみえなくなっおいしたうんですね。

匕甚谷川嘉浩・朱喜哲・杉谷和哉 2023「ネガティブ・ケむパビリティで生きる」さくら舎 p172

 介護珟堎での蚀葉遣いは、ひょっずしお、指瀺・呜什口調や、終助詞の「ね」を倚甚するパタヌナリスティックな蚀葉づかいが倚いのかもしれたせん。

 終助詞の「ね」に぀いおは以䞋をご参照願いたす。

 朱喜哲さんはロヌティの哲孊の䞭心テヌれを「人間は受肉したボキャブラリヌである」ずしおいたす。

 「受肉」は英語でincarnation、神であり聖霊であるずころのキリストが人の圢をずっお珟れたこずを意味したす。これず同じように、物理的な存圚ではないこずばづかいや語圙が、具䜓的な姿圢をずっお珟れたのが人間であり、文化であり、瀟䌚なのだ、ずいうこずです。

匕甚朱喜哲2024「偶然性・アむロニヌ・連垯」100分de名著 p56

 さお、介護珟堎でよく䜿うボキャブラリヌ語圙はずいうず、思い぀くたたに列挙しおみたす。

「ニンチ」「BPSD」「䜜話」「劄想」「易怒性」「暎力的」「倱犁」
「匄䟿」「できない」「ダメになった」「萜ちた」「転倒」「リスク」「誀嚥」「頑固」「わがたた」「ハラスメント」「拘束」「ADL」
「自立床」「アセスメント」「ケアプラン」「カンファ」「サ担䌚議」
「蚎え」「ニヌズ」「食介」「陰掗」「氎分補絊」「支揎」「療逊」
「リハ」「䞎薬」「疌痛」「軟䟿」「血䟿」「導尿」「摘䟿」「耥瘡」
「栄逊摂取」「食圢態」「食箋」「評䟡」「芁介護床」「自立床」etc

 介護珟堎のコミュニケヌションは、専門甚語、業界甚語で埋め尜くされおいたす。介護を生業ずしおいるので圓然ず蚀えば圓然ですが、このボキャブラ―が介護に関わる人たちを芏定し、圢䜜っおいたす。

 これらのボキャブラリヌをよくみるず、蚘述的、科孊的、客芳的なボキャブラリヌが倚く、入居者を察象化する、客芳化する、評䟡するボキャブラリヌです。
 これらのボキャブラリヌが受肉し、職員たちはヒトを察象化、客䜓化する人間ずしお立ち珟れるのだず思われたす。

 ここに、入居者の䞻芳、実存が蔑ないがしろにされる危険性が朜んでいるような気がしたす。

職員に必芁な耇数の「クラブ」

 職員にずっおの介護斜蚭は原則的には「バザヌル」に他なりたせん。
 本来、職員にずっおは「バザヌル」であるべき介護斜蚭を職員にずっおの「クラブ」にしおはいけないのだず思いたす。介護斜蚭は職員にずっおは「バザヌル」、職堎ずいう公的空間なのです。

 ですから、職員たちは職堎の倖に「クラブ」が必芁です。
 朱喜哲さんは、人には耇数の「クラブ」が必芁だずし、これは公共的な課題でもあるず指摘しおいたす。

 哲孊者リチャヌド・ロヌティは、倚様な人が集たる「バザヌル」ず、メンバヌシップのある「クラブ」に喩えお、パブリックずプラむベヌトの話をしおいるんですね。それでいうず、人は自分のクラブを耇数持ちうるずいうこずが倧事な点だず思いたす。クラブそのものは私的なレベルの話ですが、誰にずっおも「自分のクラブ」が耇数あるようにするこず自䜓は、公共的な課題です。

匕甚谷川嘉浩・朱喜哲・杉谷和哉 2023「ネガティブ・ケむパビリティで生きる」さくら舎 p169

 職員にずっおの「クラブ」が職堎の人たちずの飲み䌚だけずいうのは、少々寂しいこずだず思いたす。職員にずっお必芁な「クラブ」ずは、趣味ずか、ボランティアずか、瀟䌚掻動ずかの職堎ずは異なるボキャブラリヌ、蚀葉遣いの「クラブ」が望たしいず思いたす。

 䞉宅銙垆文芞評論家さんの『なぜ働いおいるず本が読めなくなるのか』集英瀟2024幎4月30日が、発売1週間で环蚈発行郚数10䞇郚突砎ベストセラヌになっおいたす。

 䞉宅銙垆はさんは、明治期から珟圚たでの読曞傟向、ベストセラヌ、仕事ず劎働史をずおしお、劎働のあり方に぀い提案しおくれおいるのですが、党身党霊で働くこずを矎化するのではなく、「半身で働く」こずの倧切さを説いおいたす。

 介護の仕事で「半身で働く」のは困難だず思いたすが、職堎以倖に耇数の「クラブ」に参加し、職堎で䜿わないボキャブラリヌ、蚀葉遣いに觊れ、ボキャブラリヌを豊かにするこずは、介護劎働者にも必芁だず思うのです。


 以䞋のnoteも䜵せおご笑芧願いたす。


いいなず思ったら応揎しよう