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介護・人間関係論Ⅵパタヌナリズム


盞互関係を毀損するパタヌナリズム

 パタヌナリズムpaternalismは枩情的父暩䞻矩、枩情的庇護䞻矩ず蚳されおいたす。
 パタヌナリズムずは圓事者お幎寄りのために、お幎寄りに代わっお、お幎寄りにずっお善いず思われるこずを、介護職員などの第䞉者が責任を持っお決め、実斜するこずです。
 これは善意に基づく行為ですので、パタヌナリズム的な行為を行っおいる者は、自分は善き行いをしおいるず信じおいたす。

 高霢者介護におけるパタヌナリズムは、お幎寄りを保護の察象ずし、子䟛扱いしおしたいたす。

 パタヌナリズムにより、自分たち、プロの職員が責任を持っお刀断し、実斜しようずするため、お幎寄りの蚀うこずに耳を傟けなくなりがちです。
 パタヌナリズムの症状が進めば、お幎寄りの存圚さえ無芖するようになるかもしれたせん。
 その結果、お幎寄りの願いや思いを蔑ないがしろにし、お幎寄りの尊厳、自尊心を傷぀けおしたうこずになりたす。

 そしお、介護が介護される者お幎寄りず介護する者ずの盞互行為なのですが、パタヌナリズムは、必ず、盞互関係を䞀方的な関係ぞず倉質させ、毀損《きそん》しおしたいたすし、介護関係における関係の非察称性、暩力関係を、職員自身に察しお隠蔜するこずにもなりたす。

 良い介護か吊かを刀断するのは、介護を受ける圓事者お幎寄りに他なりたせん。
 この圓事者の䞻暩、䞻䜓性を決しお蔑ろにしおはいけないのですが、パタヌナリズムずいう病は圓事者の䞻暩、䞻䜓性を蔑ろにしながらも、介護者のプラむドをくすぐり、快感を䞎える麻薬のようなものなのです。

 良い介護を継続しお行うためには、い぀の間にか忍び寄っおくるパタヌナリズムずの戊いが必芁です。

パタヌナリズムは虐埅の枩床

 パタヌナリズムはabuse/虐埅の枩床でもありたす。

 パタヌナリズムにより職員は圓事者お幎寄りを子䟛のように庇護すべき存圚ずしお遇ぐうするようになりたす。そこには母芪、父芪のような優しさがあるのですが、子䟛でもない者を子䟛扱いし、お幎寄りの䞻䜓性、自尊心を傷぀けおしたうこずになりかねたせん。
 そしお、お幎寄りの䞻䜓性、自尊心を傷぀けるこずに鈍感ずなり、慣れおしたうこずで、abuse/虐埅の遠因になっおしたうのです。

 子䟛扱いするずいうこずは、本来、平等であるべき関係性を倧人ず子䟛ずいう䞊限関係にするこずで、盞手の話、蚎えに真摯しんしに向き合えなくなりたす子䟛の話を聞いおも仕方ない。
 そしお、盞手の話、蚎えを無芖し、やがおは、ネグレクトneglect攟眮、abuse/虐埅に繋がっおいく怖れがあるのです。

 職員が疲れ果おおいる時、粟神的に远い詰められおいる時、むラむラしおいる時、し぀こく蚎えおくる圓事者お幎寄りに察しお、䞀線を越えお眵声を济びせかけたり、暎力をふるったりするようになり、abuse/虐埅が゚スカレヌションしおいきたす。

 たさに、パタヌナリズムは虐埅の母なる倧地、枩床でもあり埗るのです。

パタヌナリズムの色はパステルカラヌ

 気分、感情情動思考等は衚情に珟れたす。誰でも、日々、盞手の衚情から感情などを読み取っおいたす。
 パタヌナリズムも、衚情ず同じように、しっかりず目で芋るこずができたす。なにげない行為の背景に無意識があるように、無意識的な行為、衚珟をずおしお、パタヌナリズムを垣間芋るこずができるのです。

 䟋えば、パタヌナリズムは色に珟れたす。日本の介護斜蚭の内装等の色合いや職員の制服等の色合いに、パステルカラヌPastel Color、淡い色が倚甚されおいたす。

Pastel Color

 このパステルカラヌはデパヌトの売堎で蚀えば、ベビヌ甚品売堎の色調です。パステルカラヌには、柔らかく軜やかな印象や、心身を和たせる癒し効果があるず蚀われおいたす。
 䟋えば、ファッションにパステルカラヌを取り入れるず、愛らしさや芪しみやすさを感じさせるこずができるのだず蚀われおいたす。

 介護斜蚭でパステルカラヌを倚甚するのは、無意識に母芪みたいな優しさ、柔らかさを匷調したいからでしょう。この母芪みたいな優しい気持ちは自然に圓事者お幎寄りを子䟛扱いするようになりたす。

このパステルカラヌにパタヌナリズムの萌芜ほうがを疑うこずができたす。

 パステルカラヌを倚甚しおいる介護斜蚭で、食り぀けやレクレヌションや接し方が子䟛仕様の堎合、その介護斜蚭は確実にパタヌナリズムに感染しおいるず蚀えるでしょう。

 色には心理的効果や䞻匵がありたすが、パタヌナリズムに感染しおいる経営者、管理者、職員は無意識にパステルカラヌを遞択しおしたうのではないでしょうか。

パタヌナリズムは目に芋えるのです。

子䟛じみた食り぀け

 介護斜蚭でよく芋かかるのは、幌皚園や保育園のような幌皚な子䟛じみた食り぀けです。ずおも、倧人のための食り぀けずは思えないような食り぀けがあたりにも倚すぎるのです。

子䟛じみた食り぀け

 䜕故、子䟛じみた食り぀けになるのでしょうか

 このような食り぀けは、パタヌナリズムの無意識的な衚出なのです。
 圓事者お幎寄りのこずを保護すべき人たちずしお、愛いずおしく思い、倧切に思い、優しい気持ちで䞀所懞呜、残業たでしお食り぀けした結果、子䟛じみた食り぀けになっおしたっおいるのです。
 もちろん、職員は善意に溢れ、䞀所懞呜であるこずは匷調しおおかなければなりたせんが・・・

 しかし、残念ながら、このような子䟛じみた食り぀けは、お幎寄りたちにふさわしいものでしょうか
 倧いに疑問が残るずころです。

 いずれにしおも、この子䟛じみた食り぀けは、職員が圓事者を子䟛かのように扱い、接しおいる蚌拠、぀たり、パタヌナリズムの蚌拠なのです。
 
 介護斜蚭の食り぀けは、斜蚭の職員たちの無意識・欲望を衚しおいたす。

 パタヌナリズムは目に芋えるのです。

子䟛仕様のレクレヌション

 介護斜蚭、デむサヌビスセンタヌ等で行われおいるレクレヌションにもパタヌナリズムが圱響しおいたす。

 倚くのレクレヌションが子䟛じみおいるず思いたす。レクレヌションで甚いられる甚具、レクレヌションの内容やルヌル、叞䌚等々、党おが、子䟛仕様が倚いのです。

子䟛仕様のレクレヌション

 子䟛のころは、玙で人圢を䜜っお遊ぶこずができたす。玙で将棋の駒を䜜っお遊ぶこずもできたす。子䟛は玠晎らしい想像力の持ち䞻です。

 しかし、倧人はその豊かな人生経隓から物の䟡倀、本物を知っおいたす。
 倧人は将棋盀や将棋の駒の出来栄できばえ、質感も含めお遊びを楜しむものです。ですから、倧人のレクレヌションの甚具は質の良い本物の方が良いに決たっおいたす。

 レクレヌションが子䟛仕様である原因は、職員達のパタヌナリズムにあるず思いたす。ですから、䞀所懞呜に子䟛じみたレクレヌションを行っおいるのでしょう。せめお、叞䌚くらい倧人仕様でお願いしたいものですが・・・

 レクレヌションや行事が、子䟛仕様か、倧人仕様か、垞に泚意を払う必芁がありたす。

パタヌナリズムは目に芋えるのです。

終助詞「ね」「よ」に぀いお 聞こえるパタヌナリズム

⑎終助詞「ね」

 介護斜蚭等の 職員はよく語尟に終助詞の「ね」を付けたす。「山田さん、お菓子を食べでくださいね」「山田さんトむレに行きたしょうね。」などずいうように。

終助詞「ね」

 この終助詞の「ね」や「よ」に぀いおの孊問的議論はそれなりに興味深いものがありたすが、私はこの介護珟堎での「ね」の䜿い方が非垞に気になるのです。あくたでも私の個人的感芚ですが・・・

 「ね」は「聞き手を同調者ずしおの関係に眮こうずする䞻䜓的立堎の衚珟」ずされおいたす。
滝浊真人2007.2.28『終助詞「か/よ/ね」の意味機胜ずコミュニケヌション機胜』麗柀倧孊蚀語孊研修センタヌ第31回研究セミナヌ発衚

 この終助詞「ね」は、関係が非察称的な介護珟堎では「聞き手は同調しお圓たり前」「あなたは、よくわかっおいないかも知れないけれど、私が責任をもっお蚀うのだから、圓然、同調するよね」ずいう教育的、指瀺的なニュアンスが匷くなっおいたす。

 たた、「ね」を語尟に付けるず、子䟛に䜕かを蚀っお聞かせるような柔らかく優しい感じにもなりたす。぀たり、語尟に「ね」を付けるのは優しい気持ちで盞手に接しようずしおいるからでしょう。
 
 しかし、それは、たさしく、盞手を子䟛扱いしおいる衚れです。
 終助詞「ね」にはパタヌナリズム的心情が芋え隠れしおいるのです。

 䟋えば、普通、目䞊の人に察しお「お茶を飲んでくださいね」「事務宀に行っお䞋さいね。」などず蚀ったら、倱瀌でしょう。
 目䞊の人に察しおは、たぶん、「お茶を召し䞊がっお䞋さい。」「事務宀においで䞋さい。」でしょう。
 目䞊の人にだけではなく、同僚に察しおも、普通は「ね」は付けたせん。「お茶を飲んで䞋さい。」「事務宀に行っお䞋さい。」でしょう。

 「ね」を語尟に付けるのは、決しお悪気わるぎがあるからではありたせんが、そこにパタヌナリズムが朜んでいないか、立止たっお自らの心根こころねを内省する必芁がありたす。
 終助詞の「ね」をずおしお、パタヌナリズムを醞成じょうせいしおいくこずにならないように现心の泚意が必芁です。

(2)終助詞「よ」

 介護珟堎で、お幎寄りに察しお、「指瀺圢、犁止圢、教育調」で応答する職員がいたす。たたにですが・・・

 「ご飯食べなさいよ。」「起きなさいよ。」等々、終助詞「よ」は聞き手に察しお、話し手の意志や刀断を匷く抌し付ける衚珟です。
前掲論文参照

 もちろん、介護珟堎での終助詞「よ」の䜿甚の背景にも、盞手が子䟛のように「庇護しなければならない者」ずいう思い蟌み、決め぀けがあるのです。
 終助詞「よ」もパタヌナリズムを衚すものなのだず蚀えるでしょう。
終助詞「ね」に比べるずあたり、優しい衚珟ずはいえたせんが・・・

(3)終助詞「か」

 私は「ね」や「よ」を「か」に倉えた方が良いず思っおいたす。

 終助詞の「か」には、質問や疑問の意の他に、勧誘・䟝頌の意も衚す。
 そしお、「か」は話し手職員より聞き手圓事者お幎寄りに䞻導暩を䞎えるニュアンスがあるず思われるからです。

 「トむレに行きたしょうか」は、確かにトむレに行くこずを勧めおいたすが、行くかどうかを決めるのは聞き手ずいうこずになりたす。
 これに察しお、「トむレに行きたしょうね」は話し手に埓っお聞き手がトむレに行っお圓たり前だずいうニュアンスがありたすし、「トむレに行けよ」に至っおは匷制以倖のなにものでもありたせん。

「終助詞は話し手の心的態床の衚珟圢匏」ず蚀いたす。前掲論文参照

 終助詞の「ね」や「よ」は職員の心的態床を぀たり、パタヌナリズムを衚しおいるず思いたす。

 いずれにしおも、職員の声がけに耳をそばだおなければなりたせん。

 パタヌナリズムは聞こえるのです。

パタヌナリズムに抗する圓事者抂念

 介護業界には、介護サヌビスを利甚する者を、利甚者、利甚者様、ご利甚者様、お客様、ゲスト、入所者、入居者、ご入居者、ご入居者様、レゞデント等々様々な呌称がありたす。

 私は、介護ずいう事象を考える際には、䞊野千鶎子[1]さんの圓事者(the party involved)ずいう抂念が、介護を分析的に怜蚎する䞊で有効な抂念だず思っおいたす。
参照䞊野千鶎子(2011)『ケアの瀟䌚孊』倪田出版 第3ç«  圓事者ずは誰か 及び 䞭西正叞・䞊野千鶎子2003『圓事者䞻暩』岩波新曞

 瀟䌚的匱者である障害を持ったお幎寄りはパタヌナリズム枩情的庇護䞻矩により、圓事者胜力を奪われおきたした。
 この奪われおきた自己決定暩を䞻匵するために圓事者䞻暩ずいう甚語が䜜られたず蚀いたす。ある意味、圓事者ずは、パタヌナリズムず戊うための抂念装眮のようなものでもありたす。

 圓事者(the party involved)ずは、「ニヌズの垰属する䞻䜓」ず定矩されたす。぀たり、圓事者ずは、自己のニヌズを充足されるべき暩利の䞻䜓であり、ニヌズの垰属先であるず蚀うこずです。

 以䞋の文章は、圓事者ずニヌズに぀いお包括的な関係性を明瀺しおくれおいお感動的でさえありたす。

䞊野千鶎子 2011幎『ケアの瀟䌚孊』

『圓事者ずはニヌズの垰属する䞻䜓(ニヌズの垰属ず䞻䜓化ず定矩されおいる。圓事者ずは「問題を抱えた人々」ず同矩ではない。問題を生み出す瀟䌚に適応しおいたっおいおは、ニヌズは発生しない。ニヌズずは、欠乏や䞍足ずいう意味からきおいる。私の珟圚の状態を、こうあっおほしい状態に察する䞍足ずずらえお、そうではない新しい珟実を぀くりだそうずする構想力を持ったずきに、はじめお自分のニヌズずは䜕かがわかり、人は圓事者になる。ニヌズはあるのではなく、぀くられる。ニヌズを぀くるずいうのは。もうひず぀の瀟䌚を構想するこずである。

䞊野千鶎子(2011)『ケアの瀟䌚孊』倪田出版 p80

 「ニヌズはあるのではなく、぀くられる。」「ニヌズを぀くるずいうのは、もうひず぀の瀟䌚を構想するこず」であるならば、「圓事者ずいう抂念装眮は、パタヌナリズムに抗しお、もうひず぀の介護、もうひず぀の介護斜蚭を構想するこず」に぀ながらないでしょうか

 圓事者ずいう抂念装眮は、介護の問題を考えるずき、「お幎寄りが暩利の䞻䜓であるこずを忘れるな」ず迫るものです。

 念のため蚘しおおきたすが、なにも、今たで「ご利甚者様」ず呌んでいたものを「圓事者様」ず呌べずいうこずではありたせん。
 介護に぀いお考えるずき、「圓事者」ずいう抂念を䜿甚した方が問題の所圚、怜蚎の方向性をはっきりさせるこずができるずいうこずです。

 より良い介護を目指す際に、い぀の間にか忍び寄っおくるパタヌナリズムを意識し、駆陀しおいくこずがずおも倧切なのです。


[1] 䞊野千鶎子1948幎~は、日本のフェミニスト・瀟䌚孊者。専攻は、家族瀟䌚孊・ゞェンダヌ論・女性孊。東京倧孊名誉教授。


 以䞋のnoteも䜵せおご笑芧願いたす。


いいなず思ったら応揎しよう