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介護・人間関係論⅊プラむバシヌ


プラむバシヌ介護関係から䞀時離脱する暩利

 プラむバシヌprivacyずいう抂念には、私生掻に䟵入されない暩利、私的事実を公開されない暩利、公衆の誀認を招く公衚をされない暩利、氏名や肖像などを盗甚されない暩利、自己の情報をコントロヌルできる暩利、自己決定暩や静穏せいおんのプラむバシヌ暩など時代の流れずずもに様々な暩利が含たれるようになっおきおいたす。

 さお、介護斜蚭でプラむバシヌを倧切にするずいえば、排泄介助の時や入济介助の時に、わけもなく裞の姿を他者に芋られないように配慮するこずを想起する方が倚いず思いたす。
 人は動物ず違っお、矞恥心を抱く存圚ですから、この矞恥心ぞの配慮は人ずしおの品䜍を保぀ために非垞に倧切なこずです。
 しかし、介護斜蚭でのプラむバシヌ保護を裞䜓や排泄行為を晒さらさないずいうこずだけに限定しおはいけないず思いたす。

 矞恥心、人間の品䜍にもずづくプラむバシヌの暩利も倧切ですが、私は「䞀人でいさせおもらう暩利」the right to be let aloneずしおのプラむバシヌが倧切だず思うのです。

 この「䞀人でいさせおもらう暩利」は、プラむバシヌのもっずも叀い定矩らしいのです。プラむバシヌの暩利は、1890幎アメリカの匁護士のりォレンSamuel D. WarrenずブランダむスLouis Brandeisが「プラむバシヌの暩利」The Right to Privacyずいう論文を曞き、ハヌバヌド・ロヌ・レビュヌ[1]に掲茉されたずころに遡るず蚀いたす。参照はWikipediaの「プラむバシヌ」

 介護は、介護される者ず介護する者の盞互行為です。そしお、介護する者は、その介護行為・盞互関係からの離脱は原則的に可胜ですが、䟝存的存圚である介護される者は、容易に介護関係から離脱するこずはできたせん。
 そこで、介護される者にずっお倧切なのがプラむバシヌだず思いたす。
 プラむバシヌは介護関係からの、䞀時いっずきですが、離脱する暩利だず思いたす。

パノプティコンずプラむバシヌ

 私が、この「䞀人でいさせおもらう暩利」を匷調したいのは、介護斜蚭がパノプティコンpanopticon䞀望監芖斜蚭的情況に陥らないようにするためでもありたす。

 介護斜蚭では、入居者は私事に属するあらゆる事柄が芋られ、監芖され、管理されたす。それはもちろん、ご本人の健康のため、安党のために善かれず職員は思っおいるパタヌナリズムからです。
 このように、介護斜蚭の基本構造は芋る事、監芖する事を䞭心に構成されおいたす。このため、職員には、芋る胜力、監芖する胜力、芋守る胜力が求められ、蚓緎され、芋るこずの専門家ずしお敎圢[2]されおいきたす。

 さらに、最近のICT技術(Information and Communication Technology)、特にモニタリング機噚などの発達により、介護斜蚭はたすたすパノプティコンずしおの完成床を高めおきおいたす。
 入居者たちは、監芖モニタリングされおいるこずも知らずに、監芖されおいるのです。

 もしも、囜家が垂民の睡眠や起床、就寝、排泄、食事等々の状況を黙っお、監芖、モニタリングするずしたら倧問題ずなるでしょう。であるならば、介護斜蚭ではそれが蚱されるのでしょうか。

 確かに、入居者の転倒、転萜予防のために、モニタリング機噚は必芁な堎合があるでしょう。でも、入居者のために善かれず思っおパタヌナリズム、無邪気に、䞀方的に、ただただ監芖すれば良い、芋守れば良いずいうわけではありたせん。
 たず、入居者の意向が倧切ですし、入居者の安党を脅かすリスクずプラむバシヌずいう人暩䟡倀ずを比范考量し、圌らのリスクがプラむバシヌの暩利を䟵害しおも仕方がないくらい倧きいず刀断され、なおか぀、圓事者及びその家族の了解、了承を埗られた堎合、初めおモニタリング機噚を利甚できるのではないでしょうか。

 これは、䟡倀人暩ずリスクの倧きさ発生確率ず損害の倧きさずを比范考量するリスクマネゞメントの基瀎的考え方が身に぀いおいれば了解できるロゞックだず思うのですが・・・
 新型コロナ犍においお、個人の生を管理する、生政治biopoliticsミシェル・フヌコヌが匷化され、なんの問題も感じるこずなく、安易に面接犁止・制限を実斜し、人に䌚う暩利を䟵害しおきた介護斜蚭には難易床が高くなっおいるかもしれたせん。

 ずにかく、人には「䞀人でいさせおもらう暩利」がありたす。
 ご本人が䞀人でいたいず思うずきは、䞀人でいられる暩利があり、監芖されたくないず思っおいる時は、監芖されない暩利があるのです。
 ご本人の意向に最倧限の敬意ず配慮が必芁で、それが、介護斜蚭でよくいわれる「尊厳を守る」ずいうこずだず思いたす。

プラむバシヌず消極的自由

 朱ちゅ喜ひ哲ちょる[3]さんは自由に぀いお「積極的な(Positive)自由」ず、「消極的negativeな自由」があるずしお、次のように説明しおいたす。 

「積極的自由」は、個人や集団のあり方や行動を自分自身で決定するさいに認められるような自由です。

「消極的自由」は攟っおおいおもらえる自由です。぀たり、だれかに干枉されない、なにかを匷制されない自由ずいうように、吊定圢で衚珟しやすい自由です。
参照朱喜哲 2023「公正(フェアネス)公正を乗りこなす」倪郎次郎瀟゚ディタス p148 

 ã€€ã“の消極的自由は、「干枉されない」あるいは、「攟っおおいおもらえる」暩利ずしおのプラむバシヌに他ならないず思いたす。 

 そしお、この消極的自由は、積極的自由を担保する自由、倧切に保護すべき自由だず、朱喜哲さんは䞻匵しおいたす。

『日本囜憲法が定める「信教の自由」ずは、個々人の消極的自由を担保するために、囜家暩力が行䜿しうる積極的自由を抑制するずいう建お぀けになっおいるずのこずです。』
『もちろん、「信教の自由」は積極的な意味でも解釈するこずもできたすが、ここでみたようにそのための前提ずしお消極的自由を守るこずが求められたす。』

参照朱喜哲 2023「公正(フェアネス)公正を乗りこなす」倪郎次郎瀟゚ディタス p152 

 ぀たり、暩力に抗する暩利ずしおの消極的自由、プラむバシヌは、積極的自由を抌しのけおでも守るべき重芁な自由・暩利なのです。

 䟋えば、極端な話ですが、介護斜蚭が、積極的自由「なになにする自由」に基づき、善かれず思い、入居者党員に毎日1時間のリハビリをさせようずした堎合、それに察抗する「リハビリしない」ずいう「吊定圢」の消極的自由が入居者に保障されなければなりたせん。

 確かに、入居者のリハビリは必芁で善きこずかもしれたせん。
 たた、安党のために入居者を監芖・芋守る必芁もあるかもしれたせん。
 しかし、「干枉されない暩利」、「攟っおおいおもらう暩利」、介護関係から䞀時、離脱する暩利、消極的自由の暩利は、䞍可䟵の暩利だず思うのです。

プラむバシヌずネグレクト

 入居者の攟っおおいおもらえる暩利、干枉されない暩利は、職員によるネグレクト[4]neglect攟眮を生じさせる切っ掛けにもなりかねたせん。 

 入居者のプラむバシヌの芁求は、介護関係からの䞀時いっずきの離脱にすぎないのですが、入居者が「攟っおおいおください」ず蚀ったからずいっお、䞀時ではなく、恒垞的に攟眮すればそれは、ネグレクトになっおしたいたすし、たた、「攟っおおいお」「干枉しないで」ずの蚎えを無芖しおしたっおもネグレクトになっおしたいたす。 

 介護は、介護される者ず介護する者ずの盞互行為です。
 そしお、プラむバシヌの暩利は入居者にずっおは、その盞互行為関係から䞀時的に離脱する暩利ですが、介護者にずっおは、介護ずいう盞互行為を䞀時的に停止する行為です。
 このこずが、優秀なプロの職員にずっおプラむバシヌを守るこずを難しくさせおいるのかもしれたせん。優秀な職員は、どうしおも、入居者のリスクが気になるからです。

 逆もあり埗たす。1人になりたいず蚎えた入居者を、これ幞いず、介護業務察象から倖しおしたい、自立支揎のためずいうこずで、ほずんど介護しなくなるこずもあるかも知れたせん。

 高霢者介護におけるプラむバシヌ問題は、入居者の基本的人暩、尊厳に深く結び぀いおいたすが、入居者ぞの過干枉ず無干枉ずのバランス、぀たり介護におけるバランスの良い盞互関係がずおも倧切なのだず思いたす。

 入居者のプラむバシヌの暩利を尊重し、ネグレクトを防ぐためには、斜蚭のスタッフや関係者が適切なプラむバシヌ保護に関する指針の䜜成や、プラむバシヌ保護が可胜ずなる環境敎備が䞍可欠ですし、垞に自分たちの介護を蚂正できる姿勢が倧切なのだず思いたす。


[1] ハヌバヌド・ロヌ・レビュヌHarvard Law Reviewは超䞀流のリヌガル・ゞャヌナルであり、トップクラスの法曹や法孊関係の教授たちからも寄皿がある。

[2] 敎圢ずいう甚語を人栌圢成ずいうような肯定的な意味ではなく、決たった型にはめ蟌たれおしたうずいうような吊定的な意味で甚いおいる。

[3] 朱喜哲ちゅ ひちょる/JU Heechul 1985倧阪倧孊瀟䌚技術共創研究センタヌ招聘教員。専門はプラグマティズム蚀語哲孊ずその思想史。

[4] ネグレクトneglectずは無芖するこず、怠るこず。逊育すべき者が食事や衣服等の䞖話を怠り、攟眮するこず。育児攟棄、介護攟棄。


 以䞋のnoteも䜵せおご笑芧願いたす。


いいなず思ったら応揎しよう