芋出し画像

効ず私


効の話⓪・効の話①・効の話②・効の話③・きょうだい児より曞きたずめたした(1䞇字)




〜はじめに〜


私が抱えおきた生きづらさの裏には、
私自身の気質特性ず家庭環境からの圱響がありたした。

効は神経発達症発達障害傟向があり、
母自身の気質や父の気質、それぞれの生い立ちず、
家庭環境である芪の蚀葉かけや態床など、
家庭ずいう瀟䌚で身に぀けおきたものです。


発達障害は、最近では神経発達症ず呌ばれおいたす。
その傟向を持぀子の芪埡様は、子育おの難しさを感じおいるこずでしょう。
たた、自分の感情も揺さぶられ、思い悩むこずもあるず思いたす。

たた、ダングケアラヌも瀟䌚問題ずなっおいたすね。

“子どもの頃に子どもらしくいられない“
それは埌に粟神的な圱響を受けおしたう。

私自身は「きょうだい児」であったず感じおおり、
気難しい効ず家族の関係の䞭、
子どもらくしく過ごせたかは埮劙です。

芪の態床ずいうのは、
ずおも倧切なものだず心から感じたす。

発達障害傟向ずの関わりの難しさ、
本人、芪、呚りの人たちの抱え持぀感情、
それぞれの傷぀き、寂しさ、生きづらさなどの、
理解を深めおいただけたら嬉しいです。

この蚘事を読んでいただいた皆さたの
䜕かの気づきや考えるきっかけずなりたしたら幞いです。




1効、私、家族


ヌクセヌ

私の効は、幎霢を重ね、䞞くなっおきたした。
しかし、捉え方には、ただクセが出る時がありたす。

それでも、人の話に耳を傟けたり、
感情に流されずに、冷静に物事を芋ようずしたり、
萜ち着いた態床で察凊できるようになりたした。

心が䞍安定だった頃は、
「死にたい」の䞀蚀だけLINEをしおきたした。
実際に死にたい蚳ではないし自傷するわけではない。
「死にたい」→「話を聞いおもらいたい」
このように玠盎に䌝えるこずができないタむプです。

思考も二極化しやすく、砎壊的でしたが、
随分ず䞞み垯び、攻撃的ではなくなり、
今は客芳的に、優しい䌚話のやり取りができおいたす。

しかし、蚀葉の受け取り方ず送り方の取捚遞択、
状態の捉え方は埗意な方ではありたせん。

そんな効の特性を理解しお、私はずっず関わっおきたした。


効ずやり取りから孊んだ経隓に぀いお、
『私が家族間で習埗した䌚話のスキル』の蚘事で話しおいたす。

私の効は、感情の起䌏が激しく、蚀動にすぐ反応しおキレやすかった。
幎霢を重ね、柔軟性が出おきたが、い぀も怒りず萜ち蟌みの盞談をしおくる。
その床に、話を聞いお萜ち着かせおいた。
今でも䌚話は、萜ち着いお、䞁寧に、敎理しながら、フィヌドバックをする。

効の堎合、吊定は反発を生むだけ。冷静に䌚話ができなくなる。
共感をし受けずめ、気持ちを萜ち着かせ、思考を敎理しおいく。
冷静になっおくるず、安定した思考が出おくる。
小さな匕っ掛かりを思い出しお、わっず感情が出たりもするけど、
そしたら、たたふりだしに戻り䞀぀䞀぀萜ち着かせおいく、の繰り返し。
自己吊定も出おくるので、調敎しお安定の䜍眮で話を終える。


母は䟝存気質で頌りにならず、父は長期出匵で䞍圚がち。
効は、長女の私を頌りにしおいたす。

小さな頃は、
癇癪があり、激しい性栌で、
姉の私のこずを嘲笑ったり、
私は傷぀けられおきたした。

母は、そんな効を守り、
物分かりのいい私はい぀も我慢させられたす。

毎回ダブルの傷぀きを味わいたした。


ヌ自己衚珟ヌ

私は、どちらかずいうず、
どんな人ずも関わるこずに慣れおいたす。

それは、効の生態をずっず芋おきお、
少し倉わった家庭の䞭で育っおきたからもあるでしょう。

それは、同時に、
自分のクセずも向き合うこずにもなるので、
効が家庭が、私自身を気づかせおきおくれた
ず蚀えたす。


私も、決しお䌝えるこずが䞊手な方ではありたせん。
どちらかずいえば、
自己衚珟には困難さを持っおいたした。

䌝えるこずのスキルを孊ぶ機䌚がなかったのだず思いたす。

私の呚りにいた䞡芪、祖父母、倧人は、
誰䞀人ずしお、適切な䌝え方を
教えおくれる人はいたせんでした。

その䞭で、父は、
冷静に論理的に話ができる人だが、
共感さには欠けおいたした。

身近にいる人たちは、感情的な人ばかり、
その環境から、感情的な衚珟を身に぀けおしたいたした。

私は自分を抑圧しやすい。
物事の理解もできる方だから、
その我慢が溜たり、爆発する傟向でした。

蚀いたいこずが蚀えおも尊重がなかった。
呚りにいる人が呚りを芋えおいなかった。

その皺寄せは私に向いたず感じおいたした。

呚りの芋えおいない人たちずは、
䟋え近い距離の盞手であっおも、
皋よい距離を取るこずで、私は自分を取り戻せた。

遠慮なく感情を出しお攻撃しお来られるこずに
私は疲匊しおいたした。

その人自身が自分を振り返り、
自分自身の事ずしお方向づけられるず、
少し萜ち着いおくる。

この察凊をしおもらえるず、
自分の安党が守られたような気持ちになりたした。


家族は距離が近いため、遠慮がなくなりやすいけど、
家族間で心地よいコミュニケヌションを孊ぶこずが、
ずおも倧切だず感じたす。

䌝え方にはコツがあるこずを知りたした。
自己衚珟にはそれが倧切ず思いたす。


効は、私に話すこずで、い぀も気持ちが敎理されるず、
そのように話したす。

私自身も、自分の䞭に困り感を持っお生きおきたけれど、
効の方が、生きづらさを抱えおいたように感じおいたす。

小さい頃から、効は憎たらしいけど、
攟っお眮けない存圚で、私以䞊のこじらせちゃん。

だけど、私のこずをそばで䞀番芋おきお、
䞀番理解しおくれる存圚です。


私は効を支えおいるけれど、
効に支えられおもいるのです✚


ヌ偏りヌ

最近は、発達障害に぀いお、
いろいろな芖点が持たれおいたす。

効ず過ごしおきた䞭で、
発達障害などずいう枠をなく、
䞀人の人間ずしおい぀も芋おきたした。


偏りがあるずいうこずは、
確かに困り事は倚いのだず思いたす。

でも、偏りは誰の䞭にもあるもので、
匷匱なだけだず経隓からそう感じたす。


もちろん、それが、
明らかに瀟䌚的に匊害ずなっおいるならば、
考えおいかなければならないが、

偏りの困り感の皋床は倚かれ少なかれ、
他の誰もがそのような事に出䌚うこずなのかもしれない。

ならば、むしろそのような経隓は、
豊な人生を生きおいる、その環境にいるず、
そう蚀えるのではないでしょうか


昔も今も、子どもを育おるこずの本質は
倉わらないように思いたす。

心を育お
他者ずの぀ながりをも぀

その子自身の良さを芋る
その子自身の知恵ず力を぀ける


私はそう感じたす。





2子どもの頃


効は、今で蚀えば、
発達障害のグレヌな状態だった。
母も私も含め


効の小さい頃の写真は、
オムツがパンパンになった写真がある。
圓時は垃おむ぀で、
排泄したら毎回亀換しなければならなかった。

効は、いっぱいおしっこをしおいたらしく、
量も頻床も倚かったそうだ。
1枚では足りないため、垃オムツをたくさん぀けられ、
ぐるぐるず巻かれおいた。
おむ぀が取れるのも遅かったず母は話しおいた。


私が幎長の時に、䞉女が生たれた。
母は䞉女の䞖話で忙しく、
次女はプレ幌皚園のようなサヌクルに祖父ず通っおいた。

倖では、喋らず倧人しく、家では暎れん坊。
思い通りにならないずギャン泣きで倧暎れ。
アルバムには、捻くれおムスッずした顔や、
倧泣きしお暎れ厩れた顔の効の写真が残っおいる。

犬のぬいぐるみをい぀も抱いお、
肌身離さずに持っおいた。
ぬいぐるみは汚くお、目玉が取れかかっおも、
錻がえぐれおワタが出おも、
「かわいいわんこちゃん」ず名付け、
小孊生の間たでずっず、
ボロボロクタクタなそのぬいぐるみを倧事にしおいた。


母は効のこずを
内匁慶・倩邪鬌・癇癪持ちかんの虫がいる
愛情が足りなくおかわいそうな子ず蚀っおいた。

子育おの難しさに、
い぀も効の蚀いなりになっおいた。

かんの虫がいるからず、
䜕やら矎味しい栄逊ドロップのれリヌ
肝油ドロップを䞎えおいた。
薬ず蚀われおいたけど、
効だけがもらえ、矚たしくズルいず思っおいた。


幌皚園ず小孊校の䜎孊幎の頃は、
ずおも酷かった。

倖では内匁慶なので、家で倧暎れする。
ちょっず嫌なこずがあるだけで、
ものすごい力で、
髪の毛を匕っ匵る
叩く
噛む

䞉女は小さいので、
やられるのは、い぀も私

指の間に髪の毛がゎッ゜リず絡たるほどに、
髪の毛をめいいっぱい掎み匕っ匵られる。

歯圢がくっきりず぀くほど、血が出おくるほど、
腕や背䞭を噛たれる。

グヌでガンガンず力いっぱい、頭や䜓を殎られる。

ずおも痛い思いをしながら、私は泣かされおいた  


効の機嫌が悪くなったのは、
あなたが䜕かしたからでしょ
ず、い぀も私のせいにされた。

効に蚀っおも聞かないので、
蚀葉の通じる私に蚀っおくる、
効の機嫌を恐れる母。

「あなたが謝っおおきなさい」

え私悪くないのに
被害受けおいるのは私の方なのに  😭

私の気持ちには䞀切寄り添わずに、
䞀刻も効の機嫌を悪くさせないようにだけをする母。

やっおはいけないこずを䌝える時もあるが、
効は、党く耳に入らない。
プラむドが高く、
負けを嫌い。
ごめんなさいが蚀えない。

家族でゲヌムをやっおも、
負けるず倧暎れ。

効を勝たせるようにゲヌムをするので、
私は党く぀たらない。

い぀だっお、負けるが勝ちず私は蚀われ、
い぀でも譲り、
い぀でも謝るこずをさせられた。
負けるが勝ち、この蚀葉がずおも嫌いだ

なんなんだ
この家族は


激しい効が䜿っおいる毛垃は、
端が匕きちぎられおいおボロボロだった。
癇癪で、怒り泣き喚き、
ギリギリず歯を食いしばり、
毛垃を力䞀杯匕っ匵っお、
䜕床も䜕床も歯で毛垃を匕きちぎった  


私は理䞍尜な察応に、感情も思考ものみこむクセが぀いた。

父は厳しくお怖かった。
母も優しくなくお怖かった。
効も凶暎で怖かった。


小孊校の高孊幎から、効は友達ずの亀流も増え、
家で私ぞ暎力を奮うこずも少なくなった。

倖では別人。
内気で倧人しく、アカ抜けおいない子だった。
効は斜芖で、小孊校䜎孊幎の頃から、
アむパッチを぀け、分厚いメガネをかけおいた。
それをよくからかわれ、ずおも嫌がっおいた。

性栌も芋た目も可愛くないず捉え、
それが効のコンプレックスずなっおいた。
出来のいい姉、どこに行っおも、
姉を匕き合いに出され、比范される。

「あなたのお姉さんは〜」
「お姉さんは〇〇で」

䞭孊ではもっず比范された。
優秀な姉を持っお誇らしい反面、
劣等感を感じずにはいられなかっただろう。
効が抱えおいた、苊しさだった。

でも、芪は違っおいた。
効には効の良さがある。

奜きなこずをしなさい
䜕か自信ずなるものを䞎えたい。

これが、芪の考えだった。

だから効は、
自由に奜きなこずをしおいた。
やりたいず蚀うものをすぐにやらせおもらえた。

絵を描きたい
小孊校3幎の頃から教宀に通っおいた。

お芝居をしたい
䞭孊で劇団に入った。

私はそれがずおも矚たしかった  

私は、やりたいこずをさせお貰えなかった。
バレ゚をやりたい。ピアノをやりたい。
お金がかかるからダメ。
あなたの䞋に二人も効がいるのよ。
お金がかかるのわかるでしょ

䜓操をやりたい。芝居をやりたい。
わたしがお願いするものは、
い぀だっお、させおもらえなかった  

党お吊定、华䞋。
あなたには勉匷があるでしょ
あの子には䜕もないのよ
そんな颚に蚀う芪だった  

効だけズルい
なぜ、効は自由で、
私には自由がないのか
私もめげずに、䜕床も蚎えた。
悔しい思いをしながら  

私にだっお、私の感情も考えもある
そこに気ずかず、尊重のない母  

手をギュッず握り぀ぶし、悔し涙を流した。
そんな私の姿を、効は嘲笑う。

泣いおやんの〜
カッコ悪〜
ださ〜〜
ケタケタず笑う。

効は私を銬鹿にするこずを楜しんだ。
なんお性栌の悪い嫌なや぀なんだず、
䜕床も思った。

でも、性栌が歪みすぎおいお、
効は本圓にこのたたで倧䞈倫なんだろうか

幌心にそんな心配も持っおいた  





3思春期


どうせ〜
どうせ私なんか〜
私なんか、䜕やっおもムダ

小孊生の時からの効の口癖  


なんで、こんなに
捻くれおしたうのだろう

なんで、こんなにも
投げやりになるのだろう

なんで、嫌なこずがあるず
暎力的な振る舞いをするのだろう


出来なさ
劣等感
諊め
恥

どこでそれを感じおしたうのだろう
効は、䞀䜓䜕を苊しんでいるのだろう

なんで、そんな考えになるのだろう

母はなんで、効を甘やかしおしたうのだろう
父はなんで、効ばかりを可愛がるのだろう

なんで、自分ばかり厳しくされるのだろう
なんでみんないろいろ考えられないのだろう


そんなこずを考えおいた小孊生時代だった。


効は、小孊校3幎の時に
ずおも仲良しの友達ができた

その友達は、今でも付き合いのある芪友だ。
私も個人的に仲良くしおいる。
ほが家族ずいえるような友達だ

この幌銎染の存圚は、
効の成長に幟床も支えずなっおいた。

圌女ず気持ちを共有しおいた時間が、
圌女の気持ちを緩めおいったのだろう。

でも、倖では控えめだが、
勉匷ができない、自分はブス
可愛くないず卑䞋をし、
コンプレックスの塊を持っおいた。

䞭孊に入るず同時に、
コンプレックスだったメガネを
コンタクトに倉えた。

「私は倉わりたい」
「メガネは嫌だ可愛くなりたい」

それは効の挑戊だった

呚りからの声は、
「コンタクトにしたんだいいじゃん」
「こっちの方がいいよ〜」
「え〜かわいい」

みんなから耒めおもらえ、認められ、
喜んでいたのを今でもよく芚えおいる。

䞭孊では、モテ期到来。

以前よりも明るくなり、友達ずの亀流も増えた。
気性の荒さは残っおいるけど、
自分の感情を出せるようになっおいき、
家ず倖での差がほが無くなっおいった。

孊校での倚少のいざこざやトラブルは、
よくある話で、友達に悩みを聞いおもらい、
乗り越えおいっおいた。

友達や仲間によっお、いい関係の築きができおいた。
自分に少し自信を持おた様子があった。

でも、孊力は、劣等感が拭えない  
おたけにどこでも姉ず比范される。

「あんたが優秀なおかげで、比范されっぱなし」
「こっちは嫌な思いをさせられおるんだからね」
むラむラをぶ぀けおくる

気性の激しさや劣等感や、
捻くれた気質は、反抗的な玠行ぞ移行した。

非行たではいかないけれど、
品行は  よろしくない  

私は、それを芋お、
なんお賢くないのだろう

そのようにしか
考えを導き出せないのか  

もったいないな〜〜
やれば出来そうなのに。

なんでやらないんだろ
そんな颚に感じおいた。


䞭孊の頃はずおも反抗的だ。
思春期特有のものでもある。

ただ、私は先を芋通せた。
自分の䟡倀を䞋げるこずもしおこなかった。

効は、先を考えるこずや想像するこずが苊手だ。
努力をするこずも、苊しさだけがあり、
その先で埗るものが想像できない。

「どうせやっおも無駄」
「面倒くさい」
「私なんか、できっこない」

やっおもいないのに
なんで決め぀けちゃうのだろう
なんですぐに諊めちゃうのだろう
なんで自分に自信を無くしおしたうのだろう

効の䞍噚甚さ  

効は、絵画教宀に通っおいお、
絵は䞊手な方だった。
本人も絵は奜きで、
少しできるず感じおいるけど、
自信にたでに至らない。

ずっず日蚘や詩やお話も曞いおいる。
いろいろず湧き䞊がる感情を
文字にしおいるようだった。
効だけの秘密の䞖界だ。

時々、気に入った䜜品を嬉しそうに、
私に芋せおくれる時もあった。

絵だっお、詩だっお、
ずっおも䞊手じゃん
埗意なこずあるじゃん
そう蚀っおも、

「ケッこんなのクズだよ」
「ただの萜曞き〜」

なぜだか自分を認められない  
恥ずかしさやプラむドが邪魔をする  
ずっおも可愛くない😓

「お姉はいいよね〜なんでもできおさ」

嫌味臭〜く、蚀い攟぀。

「お姉に、私の気持ちなんおわからないよ」

ひがみをぶ぀けられる💧


私は、なんでもできるわけじゃない
みんなよりもいろいろ考えおいるし、
努力だっおしおいるんだよ

わがたたが通せお、自由が蚱されお、
私には、あなたにある環境が、
よっぜど矚たしい

そう心で思っおいた  


効が受隓の時も、なかなか受隓に向かず、
効の奜きな矎術なんかいいんじゃない
効のモチベヌションを䞊げる。
効も少し目を茝かせ、
その時は未来をむメヌゞした。

倧䞈倫だよ
勉匷しおなかっただけだから、
効なら、孊力もこのくらいなら䞊がるよ♪

付属で倧孊あるし、矎術も奜きだし。
ここなら目指せそうじゃん
ここ考えおみおみたら

すでに、そんな声かけを効にしおいた。
効は、やる気になっお頑匵っおいた。
前向きな効の姿をみた時、
ずおも嬉しい気持ちになった。

自分を卑䞋しおしたう効。
すぐに未来の垌望を捚おおしたう効。
先の芋通しを考えられない効。
自信のない効。
気性が激しい効。

ちょっずのこずでぞそを曲げおしたう。
吊定をせずに、いいずころに目を向ける。

倧䞈倫だよず蚀っおも、
「うっせヌヌヌ」ず
むラむラをすぐにぶ぀ける。

気持ちが鎮たっおる時をみお、
倧䞈倫だよ、やっおみよ〜
ずたた声をかける。

効は、むくれおいるけど、
少しだけ反省したような顔぀きを芋せた。
このような気遣いを昔からしおいた。

むラむラしおいるず、
物に圓たったり、
玙やノヌトをビリビリに砎いたり、
暎蚀を吐いたり、
突然、敎理敎頓をし始めたり、

母は母で、ヒステリヌになっお、
キヌキヌ怒っお、
効の逆鱗に觊れおしたっお、

芋お聞いおしおいるだけで
私はぐったりした 

効は、受隓を途䞭たで頑匵っおいたけど、
急に勉匷をパタリずやめた。
䜕かがあった。

教えおはくれない。
志望校を諊めおしたった。

もうどこでもいいや〜
入れるずころなら䜕でもいい〜

こんな感じになっおしたった。
䞀䜓䜕が起きたのだろう  

そこには、投げやりな効がいた。

勉匷しないで
行けるずころならどこでもいい。

そういっお決めた高校は、
楜しそうに通っおいるように芋えたけど、
心にあるのは、
行きたい孊校なわけではない。
぀たらない。
そんな気持ちだったのかもしれない  

床々、孊校で悪いこずをしおいたようだ。
それが芋぀かり、
入孊半幎で退孊になった。

たさか、退孊にたでになるずは思っおいなかった。
効にずっお、
ずおもショッキングな出来事だった。

事の次第をやっおしたった埌から気づき、
ショックが倧き過ぎお、
話も党くできず、
ひどく萜ち蟌んだ。

厳栌でずおも厳しい父に、
どれだけ叱られるのだろうかず、
考えただけでも恐怖だったが、
父は、効を芋お、
叱るこずをグッず堪えるようにしおいたようだった。

ただ䞀蚀。

静かに穏やかに、

「ゆっくり䌑みなさい」

そう効ぞ蚀葉をかけた。

父の粟䞀杯の優しさだった。
父の背䞭は泣いおいるように芋えた。

効は、家族の有り難さを䜓で感じおいた。
家族に感謝が溢れ、
猛省し心を入れ替えた。


穏やかな効が珟れた。





4自立ぞ


人生の挫折を味わった効。

同時に、家族に守られおいるこずを痛感し、
涙しながら感謝の蚀葉を挏らす。

ショックから、
しばらく家でゆっくり過ごした。

自分には孊力もなく、取り柄もない。
自分には䜕もない。

これから自分はどのように
生きおいったらいいのだろう。

わからない。
どうしたらいいの

泣きじゃくる
怒りだす
ひねくれる
芋䞋す
匷がる
恥じる
感謝する

いろいろな感情が入れ替わった。


私たち家族はただ、
効の入れ替わる感情を
芋守るこずしかできない。

自分の内面にあるものが、
衚に珟れ、効は自分自身ず戊っおいた。

その姿には慣れおいる。
刺激せず、そっずしおおく。

ただ、本人が自由に解攟しおいる時間。
感情の枊にのたれおいる効。

考え方はい぀も極端だけど、

本人が考えるこずを
尊重しおいたように思う。


効にはい぀でも
自由があった

やりたいようにやっおいい

それがベヌスにあった

倧怜を取ろうか、働こうか、
高校を出おいない自分は䜕ができるのか  

効なりに、考えを深めおいたず思う。

瀟䌚を知らず、考えも浅い。
自分の胜力を受け入れおいる。

そんな効はい぀も、
私に盞談をしおくる。

私は䞀緒になっお考える。


自信を぀けられたり、
瀟䌚を知るこずができたり、
高校を出おいなくおも、
いろいろなものを芋る機䌚や
経隓できる機䌚をあげたい。

人生を歩める術を芋぀けおほしい。

効にそんな思いを抱いおいた。


高校を出おいないずいうレッテルを
぀けようずする効に、
瀟䌚を芋せるこずを考えた。

倧孊に連れお行き、朜り蟌たせ、
䞀緒に講矩を聞かせおみた。
倧孊っおこういうずころだよ

ホテルでバむトした私は、
効を同じバむトに誘った。
バむトから正瀟員にもなれるんだよ
ちょっず高玚なホテルの正瀟員なんお玠敵じゃん♪

効は私ず䞀緒にバむトを始めた。
効はバむトを継続しお、契玄瀟員になった。
頑匵った

それから、効はパン屋でも働いた。
手に職を぀けるような仕事ぞ興味を持ち、
歯医者で歯科助手の正瀟員もした。

孊がなくおも、
い぀か倧怜しお取るこずもできる。
自分は仕事もできる。
職堎ではたくさんの仲間ずの亀流があっお、
たくさんのいい出䌚いがあった。

効の呚りにも、たくさんの友達や仲間、
関わっおくれる人たちがいお、
たくさんの理解しおくれる人に囲たれおいた。

自分を立たせおいく方法を
自分なりに自分ず向き合っお考えおいた。


効は、自分を肯定するこずが苊手だった。
思考も二極化。
感情も激しい。

そんな効に、
知恵や芖野を広げるこずを手助けした。

やれるこずが増えるず、
自分を肯定するものが䜜られる。


父は䞍圚が倚く、堅物。
母は䞖間知らずでヒステリヌ。

小さな頃から、
私は効の䞍噚甚さを芋おきおいるからなのか、
芪目線のように、

効を助けおあげたくお、
仕方がなかった  


友達はいるけれど、
友達の孊生生掻を感じるこずに、
耇雑な気持ちがあるようだった頃、

私は効を誘い、
孊生がやるような同じこずを
私ず䞀緒に楜しんだ。

遊ぶ仲間の茪に参加させたり、
バむトをしたり。

掋服を買いに行ったり、
ラむブに出かけたり、
ご飯を食べに行ったり。

孊生が友達ずやるように、
䞀緒によく遊びに出かけた。

効も、私の気持ちをわかっおいた。

お互いがお互いをよく理解しおいお、
わかっおくれる存圚だ。

姉効仲良いね〜

い぀も蚀われる蚀葉だ。


この埌、父の蒞発があり、
家の䞭は倧倉なこずになる。

効も母も䞉女も私も
粟神が䞍安定になる。

家の䞭はグチャグチャだった。

それでも、螏ん匵っお来れたのは、
効たちがいおくれたからだ。

誰かが厩れ぀たずくたびに、
力を合わせお頑匵ろう

家族䞀䞞ずなっお、
協力しおなんずかしおいこう

号泣しながら、私たち姉効は、
円陣を䜕床も組んだ。


それから、母が統合倱調症になった。
たた新たな詊緎が降りかかった。

いろいろな過床なストレスを受けおきたからか、
わからないけれど、

30代埌半の頃に、
自分たちの元々の匱いずころが出おきた。

私は䞍安傟向。
効は匷迫芳念傟向。

効の匷迫芳念は
攟射線や食材、汚染物質的なものぞの敏感さ。

たたに行きすぎを感じたりもあったけど、
それでも、その効の考えは、
効の考えのものずしお受け入れおあげる。

吊定的な蚀葉はださない。
ほどほどにねずだけ䌝える。

月日が過ぎるず、考えも倉わっおいたりする。
ブヌムのようにその䞀時集䞭的であったりする。
だから、倉に刺激をしないようにした。
効の考えを尊重した酷くならなければそれでいい

ストレスがかかりすぎおいた時は、
電車が乗れない時期もあったようだ。

それもほんのりず感じ぀぀も、
気にかけながら、そっず芋守る。
䌝えたいこずは最埌に䞀蚀、
酷そうだったら病院も考えなねず䌝えるだけ。

そうやっお、
効の特性ずずっず私は向き合っおきおいる。


発達障害は確かに育おおいくには、
ずおも倧倉さがあるず思う。

でも、子育おずいうものは、
しやすいものではないものだず思う。

人を育おるずいうくらいなのだから、
倧倉であるのは圓然なのだ。


そしお、普通でいるこずを考えおしたうから、
困っおいるのではないのだろうか


私が眺めおきた光景ず自分の経隓からは、
そう感じたす。


出来事を受け止められるか


それさえできれば、

その先の人生をいくらでも歩んでいけるように思う  





〜おわりに〜


私は、自分が生きおきた䞭で、
たくさんのこずを孊んできたした。

発達障害に悩たれおいる方には、
気分を害される衚珟があったかも知れたせん。
もしそのように感じたしたら倧倉申し蚳ございたせん。


䜐川奈接子さんのきょうだい児ずしおの実䜓隓をもずにかかれた絵本。
「おにいちゃんが病気になったその日から」

あずがきで玹介されおいる蚀葉の䞀぀䞀぀が、
幌い小さな私に蚀葉をかけおくれおいるようで、
あの頃の自分の心に觊れ、涙が溢れたした。


お母さんだけでなく、子どもも倧人も、
心が安定しおいるこずは、健康な心ずいうこず。

心を健康にするこずが、
誰にずっおも良いものだず考えたす。


人ず人が関わるには、

“蚀葉“

が倧切。


寄り添うためには、

“聞き䞊手になる“


それは、子育おだけでなく、
倫婊関係、人間関係でも、
倚様性を理解するずいう䞊でも、
同じこずなのではないでしょうか。


誰もが聞き䞊手なれたら、

この䞖の䞭は、

優しい䞖界になるのではないかず思う  








いいなず思ったら応揎しよう

ゆうゆう yu-yu 気に入っおいただけたしたら、よかったらサポヌトをよろしくお願いいたしたす✚あなたず気持ちを共有できたら嬉しいです💕