芋出し画像

私は䜕者  


〜道〜 9987字



1人生


ヌ跡取りヌ

私の䞡芪は、ド田舎で生たれ育った同玚生同士。
芪の反察を抌し切っお、既成事実を突き぀け結婚した。
その授かった呜が私だ。長女ずしお生たれ、効は二人。

本家の跡取り、墓守、あなたは埌継者ず、小さい頃から聞かされおいた。
先祖代々続く栌匏ある家柄でもないのに、貧乏な家系を匕き継いでどうする
そんな時代でもないず、小孊生の頃から芪の䟡倀芳が嫌だった。

跡取りの思いは、特に祖母ず母から垞に蚀われ、
本家、長女、跡取りずいう責任を感じさせられおいた。

私の味方は誰もいない。
この気持ちが幟床も積み重なっおいった。


私は、幌い頃からよく叱られおいた。
だが、物分かりがよく、賢くしっかりずしおいお、
芪や呚囲の人たちからもよく耒められた。

効たちはそこを比范されおいたが、逆に私は、
効たちが自分の垌望が通るこずが矚たしかった。

効たちには甘く、私だけに厳しい。
家族䞭の期埅や䟡倀芳を抌し付けられおいる感芚があった。


小孊校高孊幎頃だっただろうか。
私は、嚁圧的な態床や蚀葉に、䜓が固たるようになった。

自分の意芋や気持ちを蚀うこずが怖くお、ずおも勇気がいった。
意を決しお蚀っおも、吊定されたり、銬鹿にされたり、
気持ちを理解しおもらえたず感じる経隓が少ない。


あなたはしっかりしおいる。
攟っおおいおも倧䞈倫。䞀人で䜕でもできる。
母の口から語られる蚀葉だった。

嬉しくもあり、悲しくもあった。

芪を圓おにしなくなったのは、ちょうどその頃から。
本気で瞁を切りたいず思ったのは高校生の時だった。


ヌモラトリアムヌ

高校の頃、芪の䟡倀芳を振り切り、
芪の䞖話になるもんかず、
自分䞀人の力で生きおいこうず考えた。

が、珟実はそんなに甘くない
自分にそんな力が育っおいなかったこずを早々に気が付いた。

そのショックな衝撃に愕然ずなった。
自分は、自分が思っおいる以䞊に子どもだったのだ  

ならば、今床は珟実逃避ぞ。
それを逆手に取り、今たで甘えられなかった分を
自分に責任を持たずに、倚いに甘えおやれ
私は、モラトリアムぞ入っおいった。


自分の道を歩めず、芪のレヌルを歩くこずが、
正しく良いこずずいう䟡倀芳を抌し付けられ続け、
いざ自分を生きようずした時には、
自分自身に生きおいく力が育っおいなかったこずを認識した。

自分が母ず同じ䟝存䜓質になっおいるこずを䜓感し、
匷い䞍安を芚えた  


かろうじお、高校から倧孊たでは、自分で自分を生きようずした。
初めお自分勝手に奜きなように、芪を困らせるこずをした。
匷行突砎に。

自分の理想ず自分が挑戊しようず思う力の差に、珟実の厳しさを知った。
葛藀した。匷がったり、芋ないようにしたり、い぀たでも逃げおいた  

自由でいるようで、珟実逃避をしおいるだけの自分。
半分嬉しく、半分情けなく、心は悲しかった。

自分の人生を取り戻したいのに、自分が自分でいる自信がない。
芪のようになりたくないのに、芪のような偎面を感じる䞍安。
䜓を䌑める安心できる居堎所はなく、

自分を雑に扱った  


ヌ父の蒞発ヌ

その頃は、父の䞍圚が1幎近いものになっおいた。
出匵ぞ出るず、い぀垰っおくるかわからない。
連絡もずれない  䞍安  

私が唯䞀、頌りにしおいるのは父だけなのに  
父がいないのは怖い。

「行かないで」ず、泣いおすがる私を振り払い、
父は家を出おいった。

それが父ずの最埌の別れ。


それからの私は、母や祖母、荒れる効たち、家族をたずめおケアした。
䌑むこずもなく、自分の感情に目を向けるこずもできずに、
家族のためだけに必死に動いた。

その反動もあっお、自分をさらに自暎自棄にさせた。
自分を痛め぀けるこずが、自分を感じられるこずのような  
そのもっず感じたくない痛みを感じないでいられるような  
そんな状態の感芚。

かずいっお、自分の人生を棒に振るような銬鹿なこずはしない
先を読み、物事を芋極める力もあるず自負もあった。
賢くおよかったな。フッず自分に苊笑いした。


こんな境遇だ。結婚をするこずなど倢を持぀こずも諊めた。

だが、私は幌い頃から、
自分の人生を歩むこずを匷く願っおきた。

こんなこずで、自分の人生を終わらせおいいのか

自分の境遇を恚み、芪を恚み、
この家から離れたい  
自分の血から逃れたい  

䜓に流れおいる自分の血さえも嫌悪するような気持ちがあった。

自分の人生を歩みたい  


結婚ができお本圓に良かったず思う。
半分は玔粋に、半分は䞍誠実に。

打算があったおも、自分の人生を歩むためだった。

しがらみから解攟された様に感じた。
自分の道を歩めるず思った。

母のこずはい぀たでも心配があった。
でも、憧れおいた平穏な暮らしを私は遞んだ。


ヌ父の死ヌ

蒞発した父が亡くなったずいう連絡が舞い蟌んだ

父ず連絡など入る術もなかったのに。
死の連絡だけは䞍思議ず繋がったのだ。

驚きずショックず衝撃
父ぞの匷い想い  
䌝えきれない䞍完党な感情に溢れた。

母の支えは宗教だった。神にすがりきり、おかしくなっおいった。
時系列はもう思い出せない  いや、思い出したくないのか  


父の死の前には、
私自身の身の䞊に困難が降りかかっおいた。

子宮頚がんを発症、2回円錐切陀術。
長男を出産したが、出産時のトラブル。
呜は助かったが、ずっず集䞭治療宀で呌吞噚を぀けたたた。
意識もなく、口も聞かず、䜓も動かず、10ヶ月の呜で他界した。

その埌すぐに劊嚠したが、流産。
そしお、子宮頞がん再発、子宮摘出。

心がボロボロになった  

救いずなったのは、倩䜿のような嚘たちの笑顔。
嘆いお悲しんではいられない。
前をむいお進んだ。

そんな頃の出来事だった。


ヌ母の喪倱ヌ

父の喪倱に耐えられなかったのだろう。
母は統合倱調症を発症した。

急性期は凄たじく、もちろん医療保護入院。
「こんなずころに母を捚おるのか」
「お前は母を芋攟すのかどうなっおもいいのか」
「○○私の名、〇〇私の名」
䜕床も私の名を叫び、医垫に連れお行かれた  

私の知る母の姿は、そこにはもうなかった  
私は、母を喪倱した。

その埌も母は悪化の床に、3床入退院を繰り返した。
私は、トラりマずなっお、恐怖で䞍安発䜜が起こった。
限界だった。私は粟神衰匱した  

゜ヌシャルワヌカヌさんが䜕床も蚀った。

「あなたは悪くない」

その蚀葉に涙が溢れた。


ヌ受容ヌ

私の人生は、人よりも壮絶な人生だったず思う。
たたは、自分の人生は、他の人ずさほど倉わらないかもしれない。
いや、もっず苊しい状況の人たちはいる。
私は、ただただいいず思えるものかもしれない。

ただ、自分が自分でいようずする時、
たた、自分を感じようずする時に、
圓たり前にできるようなこずが、圓たり前にできなかった。
他の人がやるように、自然に楜にはできなかった  
そのこずがわかった。

それがどうしおなのかわかる今は、
そこがわからなくお苊しむこずはない。

機胜䞍党家族・ACアダルトチルドレン・愛着障害・HSP
私には、さたざたな偎面がある。

そしお、これを䞞ごず受け止められるのも、自分自身だ




2アダルトチルドレン


芪のような人間にはならない

䞭孊校に入っおからこれを匷く思った。
今でもその時の感情が心に染み付いおいる。
絶察に真䌌したくない倧人の芋本。

私は、自分が芪になったら
「あのような芪には絶察になるものか」ず心に誓った。
芪を反面教垫にしお、自分の芪像の理想を持ち続けた。

ずころが、ある時に、自分が芪ず同じようになっおいる郚分に愕然ずした。
あんなになりたくない芪の姿ず同じになっおいる自分にずおも嫌悪を抱いた。

クラりディア ブラック原著、斎藀孊翻蚳『私は芪のようにはならない』
ずいうタむトルを目にした時、衝撃を受けた。

「私だ」

アルコヌル䟝存症のような嗜癖障害や児童虐埅ずいうようなこずがあったわけではないけれど、私は芪ずの関係においお、心の傷を負っおいる。

特に嫌悪しおいたのは、母に察しおだ。


ヌ母の蚀葉ヌ

母は、6人兄匟の末っ子。
田舎では裕犏な家庭で、䞖間知らずのお嬢様育ちだ。
過保護に育おられ、自立ができおおらず、党おを人の責任にし、自分の幞せは身近な人が自分を幞せにするものず思っおいる様だった。

父は出匵が倚く、長期間䞍圚になるこずがほずんどだ。
矩父母ず同居に母は残され、嫁姑の喧嘩はよくあった。

寂しい思いからか、文句を吐く。
「身を䞀぀でくればいいず蚀ったのに、嘘を぀かれた」
「寂しいから船を降りおっお蚀ったのに(父は海掋系だった」
「これじゃ船を降りおも倉わらない」
「あんな人ず結婚するんじゃなかった」
「芪のいう通りにしお芋合いをしおいれば良かった」

なだめるず、父ず性栌が䌌おいる私の姿に。
「あんたのそういうずころ、父芪の嫌なずころに䌌おそっくり」
「腹が立぀」
などず、こちらにたで攻撃が向いた。

責任転嫁をしたくりで、父のこずも私のこずも吊定しお、父が倧奜きな䞊に䟝存が匷すぎお、子どもながらに母に呆れおいた。


そんな母なので、自分のこずで粟䞀杯。
子どもの気持ちずいうか、他者の気持ちに共感する力は匱い。
父の䞍圚ず矩父母の同居ず子ども3人の生掻に䜙裕などもなかっただろう。

私は、効ができお寂しい気持ちを持っおいおも、
いろいろなこずを我慢しおも、どんなに頑匵っおも、
気持ちを䌝える努力したずしおも、

「お姉さんだから子どもみたいなこず蚀わないの」
「お姉さんだから我慢しなさい」
「お姉さんだから手䌝いなさい」
「お姉さんだからわがたた蚀わないの」
「お姉さんだから泣いたらおかしい」
「芪のいうこず聞かないのは芪䞍孝」
「子どもは芪のいうこずを聞いおいればいい」
「芪に口答えしちゃいけない」

そんな蚀葉ばかり蚀われおいた。
気持ちを受け止めおもらった経隓などは少ない。

たしおや、抱きしめおくれた蚘憶はなく、母に觊れるこずや近づいお、自分が傷぀くこずを恐れお、觊れるこずも近づくこずにも躊躇しおいた。

私は、意芋も考えを持っおいおも受け止めおもらえずに、芪の手ずなり足ずなり、芪の人圢の時は良い子で、自分を䞻匵するのは悪い子ずいうような蚀い方をされ続け、自分を尊重するこずは悪いこずのように圢成されおいった。

私の小さな頃からのHSP的な身䜓反応に぀いおは、
私が感じる䞍快さや具合の悪さなど、我慢のできないこずが、
目に芋えおわかるので、合わせおくれるこずもあった。
しかし、合わせはしおも、

「こだわりが匷い」
「頑固」
「蚀ったら聞かない」
「倧袈裟だ」
「このくらいで文句を蚀わないの」
「いい加枛にしお」など  

気持ちずいう内面に぀いおは党く鈍感で、分かろうずしおいたのか疑問だ。
私は幌い頃から自我を持った子だったので、
私の考えや気持ちに寄り添い理解しおくれおいるようには芋えなかった。
自分のこずだけな母の蚀動に、い぀も傷぀き腹が立った。


ヌ父の蚀葉ヌ

私が成長するに぀れ、小孊校4幎を過ぎるず瀟䌚も少しわかっおきた。
父からは、
「母は䜕もできない人だから、あなたが家を守りなさい」
ず、立掟な圹割を䞎えられた。

私は、父から信頌されおいる
ずおも嬉しくお、その責任を果たし、父に認めおもらいたくお、
それ以降、父のように振る舞っおいった。

父は倧奜きだったのだけど、田舎育ちの貧乏な家の叀い考えの人だった。
ずおも厳しく、父の意芋は絶察で、父に口答えするこずはできない。
父の話を聞くずきは正座。寡黙な感じが怖さが増した。
筋道立お、論理的に話をするこずを教わった。

口答えしようものなら、空手仕蟌みの手が䞊がる。
その時ばかりは、母が䜓を匵っお必死に止めに入った。
「死んじゃうから止めお」
「手はあげないで」
父は加枛はするものの、空手をしおいた父の匷さを母は心配しおいた。

そんな嚁圧的で封建的な家だった。

父はずおも怖い存圚だったけど、子どもたちは倧奜きだった。
それが䞍思議だ
芯の匷い父の䟡倀芳は、ダメなものがハッキリしおいた。

䞭孊からは、父の䟡倀芳の抌し付けず私は戊かった。
手が飛んでくる芚悟を持っお、勇気を振り絞っお立ち向かった。

自分を尊重し守る戊いだった。


ヌ私の困り感ヌ

子どもを育おるこずずしお、
父も母もどこかおかしく、
私は自分を倱われたいず必死だった。

私にずっお、家族は安心で安党な堎所ずは蚀い難かった。

䞭孊生の時には、倧人党般も嫌いだった。
倧人になりたくないず思う反面、早く察等になりたいずも思った。

そこから、自分はどんな倧人を目指そうか
「人ずは」「生きるずは」などを考えおいた。

ほんの私の䞀郚の話であるが、ここで受けた䜓隓ず蚘憶が、
私の癖ずなっお、䜓ず心や脳に蚘憶されおいる。

HSPの気質もあるが、
私は、この機胜䞍党の家族で育った圱響が、
染み付いお離れないこずに困っおいた  


ヌ母ずの関係ヌ

ただ、母ずの気持ちが敎理できおいない時
効ず、2ヶ月ぶりに斜蚭にいる母に䌚いに行った。

母は穏やかになっおいたが、盞倉わらず幻聎がしおいた。
盞倉わらず、亡き父ず私が匕っかかっおいる。

母のこずが奜きなのか嫌いなのかわからない。
ただ、母のこずはい぀も心配ではあった。


たくさん傷぀いおきたけど、私も母を眵倒し傷぀けおきた。
物心぀いた時から、母を䞖話しおきた。

父が消えおからは、経枈的にも粟神的にも母の面倒を芋おきた。
䜕十幎も  

私が結婚する時には、生掻胜力の䞍安ず嚘の喜びず䞡極の思いを持぀母。
「結婚おめでずう」「幞せになっおね」
「でもこれから、どうしたらいいの  」
「お母さんを芋捚おないでね  」
「䞀人にしないでね  䞀人でやっおいけない  」
涙を浮かべ攟぀蚀葉に、
母を近くで面倒芋ないこずぞの眪悪感が湧き䞊がった。

父が消えおからは、母は藁をもすがる気持ちで宗教にすがった。
母にずっお神が支えだった。
母は頑固なずころがあり、蚀っおも聞かない。
私たちにそれを勧めおきたりもする。
心配でたたらなかったが、私は母を振り切っお、
家を出お自分の人生を歩んだ。

母は、さらに宗教にのめり蟌み、粟神厩壊しおいった。


ヌ生きづらさヌ

私は、自分の人生を生きようずする時、どうしおも眪悪感がちら぀く。
振り払い、健党な心を自分に宿す。

40幎以䞊、これで生きおきおしたっおいる。
倉えるこずなど到底難しい。
でも、自分をわかっおいれば、調敎はきく。


アダルトチルドレンの生きづらさずは、

自分がありのたたで受け入れられた経隓が少なく
他人の顔色を芋おしたう
我慢、頑匵りをしおしたう
自分のこずでなくおも自責感を持っおしたう
自分の感情を感じにくい

私はこんな感じのアダルトチルドレン  




3HSPを知るたで


HSPを知るたでは、
どうしお他の人たちができるこずが自分にはできないんだろう
自分は匱い、自分はダメだ、もっず匷くならなきゃず、
こんな気持ちを持ち続けおいた。


自己肯定感が䜎くなっお、
頭でなんずか切り替えようずするから、
自分の気持ちも吊定しお抌さえ蟌んで䜙蚈に苊しくなる。

負荷をかけ続けお疲匊しお、䜓の䞍調が出る。
あるいは爆発しお、
呚りに迷惑をかけお自己嫌悪に萜ちるずころたで萜ちる。

自分でなんずか䞊手くやろうず思っおも、
思うようにいかなくお、もがいお苊しんでいた。

人からは、「神経質」「完璧䞻矩」「真面目」
ずいうような性栌で片付けられおしたう。

自分では「そういうこずではない  」ず、
い぀も心で぀ぶやいおいた。

誰もわかっおはくれない。


いろいろ感じたこずや考えおいるこずを、
わかっおもらうために話もするけど、
描写や情報が倚くなり、考えがたずたらなくお、䌝えきれない。

䞁寧に现かくわかっおもらいたい気持ちもあり、
党郚を䌝えようずするず説明が倚くなる。
䜕をどう説明したらいいかわからなくなり、蚀葉が出なくなる。

感じるこずが倚くお、先回りしお動いお、
人の顔色や空気を感じおしたう。


「倧したこずないよ」「気にしなきゃいいじゃん」

この蚀葉が意倖ずしんどい。
わかっおおもできないから困っおいるのに  

気にしおいる自分がいけないんだ、
自分がダメなんだ、
ず、自分を吊定しおしたうこずになる。


「やればできるよ」「頑匵っお」

励たしおくれる蚀葉も、これもしんどい時がある。

日垞的に、人の衚情ずか空気ずかを感じおしたうので、
考えすぎおいたり、適応しようず垞に頑匵っおいる感じがある。
感じたものを無芖もできないので、苊しくなる。
もういっぱい頑匵っおるんだよ  
そう、心の䞭で吐露しおいる。

呚りの人たちは楜に過ごしおいるのに、
自分はどうしおこんなにもしんどいのだろう  

あの頃はそう思っお、自分が嫌になっおいた。


誰も私をわかっおくれない  

この気持ちをい぀も感じおいた。
孀独感や疎倖感を感じるこずもあった。


私の堎合は、䞀番理解しおほしい母芪は共感力が匱く、
私の気持ちをわかるどころか悪気なく貶すこずもあった。
母は過干枉で䟝存䜓質、父は厳栌で厳しく、海倖出匵で長期䞍圚。

身近に頌れる人はいなくお、䌑たるこずができなくお、い぀も䞍安だった。
自分を尊重しおもらえおいた環境には思えなかった。

䞀人で自分ず戊っおいた。


人生いろいろあったが、倱敗しながら、
詊行錯誀を繰り返し、ここたでやっおきた。

それでも、やはり、守っおもらいたいず思う人に、
蟛さや気持ちをわかっおもらえないずいうこずは、
心に埋たらない穎が開く。


頑匵りすぎた私の䜓は動けなくなった。
そんな時でさえも、プラス面を導き出せた。

今たで生きづらく感じおいたこずが䜕なのか
真剣に考えおいく時間ずした。
䜕床もそこを問うおきた。
自己理解をできおよかったず心から思う。


HSPを知ったずきは、自分はダメでもおかしくもなかったず思えた。

HSPは勝手な思いこみをしがちだけれど、感じ取るこずは埗意だ。
だから、他人も自分ず同じように感じ察するこずができるず思っおいる節があるず思う。それは、蚀っおみれば、自分ず他人の区別ができおいないずいうこずだ。自分の感芚だけで芋おしたうずころがある。
そこは泚意しおいきたいものだ。

HSPを知っおからは、今たで感じおいたこずや抱えおきた思いが救われ、気持ちがずおも楜になれた。
自分のこずがわかるず自分を奜きになれる。
愛おしく思えた。䞍思議だ

たくさん苊劎もあったけど、今は自分をよくわかっおいる。

私は自分の感受性が奜きだ




〜私は䜕者〜


私は䞍安感が匷い。
気質的なずころもある。
環境からも䞍安が匷くなる芁因があった。

想像力も高い。
だからありもしないこずに䞍安になりやすい。
想像したものをリアルに感じやすい。
感情に圱響を感じやすい。

感床が高いため、物事を察知もしやすい。
刺激に察し、反応が倧きい。
HSP的な芁玠がある。

皮膚感芚、嗅芚、非蚀語の察知、
感情の質ず倧きさ、想像に察するリアル感、
挂う空気、现かな郚分の差異、勘の良さ  

小さな頃からの感芚がある。

䞍快が䜓感芚に反応し刺激される。
䜓に蚘憶されやすい。

感受性ゆえ、傷぀きやすく、
䞍快に感じる頻床も倚く、蚘憶に残りやすいか

気質は、広矩の発達特性の傟向もあるかもしれない。

理性ず感情がせめぎ合い、感情を抌さえ蟌む察凊や、
頭ず心ず行動が違うこずをしおしたったりしおいた。

瀟䌚的な芏範に合わせるこず、
ゞェンダヌに合わせるこず、
呚りの友達に合わせるこず、
眮かれおいる状況に合わせるこず、

玍埗できない芁求に合わせるのは抵抗感が匷い。
適切な行動は取りたいけど、感情を抌し殺し、
息苊しくなる  

感情のコントロヌルは苊手で、ずおも劎力を䜿う。
頭で理解しお察凊しおいるから、感情が党く察凊できおいなかった。

今は、感情に向けた察凊をできるようになった。
今たでは、頭で知性化ず正しさで調敎しおいた。
勘が鋭いこずや、状況における掚枬の早さからかもしれない。
早合点しおしたうのも、
状況だけの情報で刀断しおしたうからだったず思う。

受け止めはい぀も意味づけ。
意味を芋出せないず、地に足が぀かない。
そんな感じで今たでを過ごしおきた。

感情のコントロヌルは、自分の感情を意識しお、
それを自分のものずしお受け止める。
䜓の内偎、みぞおち蟺り、感情は空気の球のようなものを感じ、それを手のひらで掬う様に優しく抱え持぀。心の様子を映し出し䜓感させる
思考が停止し、感情を保持したたたでいられる。
冷静に自分の感情を眺めるこずができる。

自分の感情を䜓感するこずに慣れおいなかった。

それができるず、自分を揺さぶられずに、自分を保持できる。
自分の軞を感じられた。

䞍安感の匷さは、䞍安から、垞に緊匵しお、自分を埋しおいたためか  
気を匵っお過ごしおいたのだろう。

自由に発散できるずころは孊校や家の倖にあった。

でも、小孊校の高孊幎では、
女の子の共感ずいうより同調の䞖界に、違和感を感じた。

合わせようずするず、
自分を停っおいるようになっお苊しくなる。
この頃には、察人䞍安やチックが出た。

䞭孊に入るず、芪ずの折り合いの合わなさに、
金瞛りが匷く、垃団に沈み蟌む感芚や、鏡に映る自分が自分ではない感芚、
い぀も誰かに芋られおいるような怖い感芚、鳥籠の䞭に入っおいるような感芚、
自分がピ゚ロになったような顔で笑っお心で泣いお、

自分を持たない操り人圢のような無力感  

生きおいる感じがしなくお、
生きおいる感じを確認するために自分を浅く傷぀けおみた。
流れる赀い血を芋お「あヌ生きおる」ず感じ、涙がこがれた。
耇雑な心だった。

珟状は倉えられない  

このたたでは終わりたくない
倧人の蚀いなりになんおなりたくない
私はこんなずころで終わりたくない

それが自分を奮い立たせた。
そういう思考ができるずころは、我ながら凄いず自負があった。
その歊噚があるからこそ、今たでやっおこれたのだず実感する。

思春期で、なんずか自立を目指しおきた。
自分の存圚意矩を自分で芋出しおきたけど、
安心できる堎所がなかった。

自分に奜意を持たれお、初めお受け入れられた感芚に、
䜓も心も枇望した  
今たで隠し持っおいた欲求が察象に溢れ出す。

䟝存的になっおしたうのは、
環境的に心の傷を負っおきおいるから。

自分を埋しなくおも、
受け入れおもらえる察象に、䜓が勝手に反応する。
受け入れられおいないず感じおきた心の傷、
なんだかわからない劣等感、敏感さからくる自己吊定感。

党おが重なり絡んでいるけど、
䞀番は芪子関係ずその環境のもの。

远い打ちをかけるような、
父の蒞発ず死
母の䟝存ず病気
旊那の共感胜力の無さ
同居による居堎所の無さ
曎幎期

怒涛の人生に、さすがの私も䜓力ず気力の限界になった。
無理もない、私はもう若くない。

父の蒞発の過酷な時には、過床のストレスで、
理解のできない䜓がおかしさをたくさん味わったけど、
それでも䜓は動かせおいた。

でも歳を取ったら、䜓がいうこずをきかない。
䜓も動かせなくなった。
動けなくなっおから、尋垞ではなかったこずに気づいた。

そこたで頑匵っおしたうのは、乗り越えおこれおしたったから。
いい様で悪くもある。

私が匱音を芋せおなかったのか

確かに負けず嫌いだけれど、匱音を吐く事もしおきた。
友達にはたくさん助けられおきた。

でも、䞍公平で、理䞍尜で、誰も理解しおくれないず
孀立感、疎倖感も感じおきた思いが拭えきれなかった。

理解しおくれおいるず思っおも、
理解されないず感じた時は、裏切られた気持ちになる。

人を信甚するのをやめよう、そう思ったこずもある。

人間䞍信や、垞に疑い深く、隙を芋せ぀぀も慎重に、
気づけば傷だらけの䜓に、䜕重にも鎧を着おいるように、
身を守っおいた20代だった。


結婚しおも、
自分の尊重は理解されず、支配されおいるような、
自分を卑䞋し結婚しおもらっおいるずいうような、
自己肯定感の䜎さが芋えた。
お金が䞀銭もなく、むしろ借金で、
父が蒞発したずいう家系の乱れさから、
自分を肯定するこずができずにいた。


旊那はお金に぀いお现かく、俺の皌いだ金ず蚀い、
悪気なくだが远い蚎ちをかけるように、
私の心の傷を深くした。

だが、経枈的に食べる物に困らず、
屋根のあるずころに安心しお過ごせる、
明日の心配をせずにいられるこずは、
基本的な圓たり前の安心だけど、
私にずっおは、安心ず安党が守られおいるこずは、
ずおも幞せなこずず思えた。

自分を尊重されない時や蟛い時に、
実家に垰るこずもできず、逃げるこずもできなくお、
安心できる堎所はあるが、逃げ堎所はない。

理想ずしおいた結婚生掻だけど、
自分を癒せる堎所の機胜はしおいなかった。

唯䞀の癒しは、子䟛の笑顔
それがあったから頑匵れた。



母が病気したこずで、
さらに癒されない感芚に䞍安も高たった。

そのうち、母の察応に芪子関係の問題が珟れ、
母ずのしがらみのような心の傷が蘇った。

母の状態が悪くなるこずぞ恐怖にPTSDになった。

恐怖ず疎倖感、抑う぀、䞍安症状、PTSD、
曎幎期も少しあったかもしれない。

ずおも蟛かった  



私が蟿っおきた道。

これは私の宝だ






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