あと何回、会えるのか。― 58歳が焼肉屋で親友と話しながら、ふと数えてしまったこと
1. 久しぶりの焼肉
建設業の安全管理者として働いている58歳です。ボディメイクの大会に向けて減量中です。
昨夜、学生時代からの親友と焼肉を食べました。
普段は鶏の胸肉ばかり食べている生活なので、牛肉は久しぶりです。体がびっくりするくらい、美味しかった。
減量中の私にとって、焼肉は「禁断の果実」です。でも今日は、親友に会うという口実があった。
減量中でも焼肉を食べた。その理由は、この食事が「ただの食事」ではなかったからです。
2. 「あと何回、会えるのか」と数えてしまった
焼肉を食べながら、ふと考えてしまいました。
平均寿命まで生きたとしても、あと何回会えるのか。年に2回会えたとして、10年で20回。20年でも40回。それだけしかない。
学生の頃は、嫌でも毎日会っていた。働き始めてからは、年に数回。気がつけば、58歳になっていた。
昨年、母が亡くなりました。その時に強く感じたことがあります。「どれだけ親孝行したって、足りなかったな」と。亡くなってから、何度でもそう思う。
だから今、目の前にいる親友との時間を、心から大切にしたいと思うのです。
1回1回が、すごく貴重で。この年齢になると、それが本当にわかる。
3. 目の手術が教えてくれたこと
今年、左目の緊急手術をしました。
寝ている時にいきなり目が痛くなり、床にのたうち回るような痛み。眼圧が通常の3倍以上に跳ね上がっていました。
先生に言われました。「悪い意味で宝くじが当たった」と。生活習慣とは関係ない。目の構造が、そういう発作を起こしやすい構造だった。しかも右目も同じ構造をしている。「極端な話、明日起きてもおかしくない」と言われました。
こんなに完璧に健康管理をしていても、防げないことがある。人生は、自分がどうなるか、本当にわからない。
この経験が、「無理をしない」「エゴを手放す」という考えに至った原点です。
以前の記事で書きましたが、人生何が起きるかわからない。だからこそ、「壊れる前に動く」。そして、会えるうちに会っておく。
4. 「無駄な時間」は使いたくない。でも。
「あと何回会えるか」を数えるようになってから、もう一つ変わったことがあります。
「誰でも会いたいか」というと、そうではなくなった。限られた時間を、本当に大切な人にだけ使いたい。
冷たく聞こえるかもしれません。でも、58歳になると、これは切実な優先順位の問題なのです。
仕事でも同じことを言ってきました。「他人の尻拭いをやめた」。「無理をしない」。「エゴを手放す」。
それは「冷たい人間になった」のではなく、「本当に大切なものが見えてきた」のだと思います。
時間は有限。だから、大切な人との1回1回を、全力で味わう。
5. だから、今日の焼肉が美味い
今日の焼肉は、減量中の「チート」ではありません。
親友との時間を大切にするための、「必要な食事」です。
鶏胸肉450gの日々の中で、たまに食べる牛肉の美味さ。それは味覚だけの話ではなく、「この瞬間を大切に生きている」という実感そのものです。
かといって、永久に生きるような感覚でいてもいけない。普通に考えて、あと20年。20年ってあっという間だった。これからの20年も、きっとあっという間。
だからこそ、「継続」する。筋トレも、投資も、仕事も、人間関係も。
才能がある人は、才能で結果を出す。才能がない自分は、継続するしかない。そして、継続した先でしか見えない景色がある。
あと何回、会えるのか。その答えはわからない。でも、次に会うその日まで、自分を磨き続ける。鶏胸肉を食べ、ジムに行き、仕事で声を上げ続ける。そして次に会った時、「元気そうだな」と言い合える自分でいる。それが、58歳の私にとっての「生き方」です。
まとめ〜この記事から得られる3つの教訓
教訓1:「あと何回」を数えた時、優先順位が変わる
年に2回会える親友と、あと20年で40回。学生時代は毎日会っていたのに。この数字を意識した瞬間、「誰と過ごすか」「何に時間を使うか」の優先順位が劇的に変わる。
教訓2:完璧な健康管理でも、防げないことがある
目の手術は生活習慣と無関係だった。人生は本当にわからない。だからこそ、「壊れる前に動く」「会えるうちに会っておく」「やれるうちにやっておく」。
教訓3:才能がないなら、継続するしかない
筋トレも、投資も、仕事も、人間関係も。才能がある人は才能で結果を出す。才能がない自分は、継続するしかない。そして継続した先にしか見えない景色がある。
▶ 関連記事
